C面 銀河のラスボスLV1
「乗艦許可をいただきありがとうございます。星系連合惑星特別査察官シャルパ・グラッフテン以下132名。早速査察に入らせていただきます」
アリシティアが繰り出した先制攻撃の挨拶に対して、無視し眉根1つ動かさずシャルパは、傷跡も痛々しい白く濁った右目と冷徹な左目でアリシティアの視線を真正面から受け止めながらも、星系連合の印章が入った査察証ホログラムを提示した。
人から見れば、冷淡すぎる対応にも見えることだろう。
現にアリシティアの後ろで控えているカルラーヴァは、初対面の実姉の冷淡な返しと眼光鋭い単眼に驚き萎縮してしまっている。
グラッフテンは遺伝調整をされて生まれる一族。その姓を持つ者は、魂魄の一欠片までも銀河帝国皇家に尽くすという使命が根幹へと刻み込まれている。
それはグラッフテンを形作る物として銀河帝国が滅びた今も変わらず、末裔たるシャモン、シャルパやカルラーヴァにも施されていた。
最優先対象であり姉と呼び慕うエリスティアが罰として隔離され、銀河標準時間で数日だけとはいえまともに会えずいただけでカルラーヴァは心身ともに絶不調になったくらいだ。
だというのにシャルパは、最優先対象であるはずのアリシティアと決別して以来会うのは、数百年降りだというのに、全く動揺したそぶりも無く、その挨拶さえ流してしまった。
もし自分が同じような態度をエリスティアに取ったならば、まともに立っていることが出来ず、へたり込んでしまっただろう。
挨拶を無視されたアリシティアもさぞショックを受けていることだろうと、おそるおそるアリシティアを見てみると、
「さすがシャルパ姉。仕事に私情は挟まずだね。ここで私的な挨拶されたら逆に幻滅かな。じゃあこっちも……ご乗艦歓迎いたします特別査察官ご一行様。ディケライア社代表取締役社長アリシティア・ディケライアです。謹んで査察をお受けいたします」
表情が一変する。先ほどまでの親しみをみせる笑みから、微笑を浮かべながらもより相手を飲み込む圧倒的な余裕をもつ貫禄へと。
査察証の提示と共に送られてきたデータが、アリシティアが手元に呼び出した仮想ウィンドウに高速表示されていく様が、情報共有しているカルラーヴァの視界に飛び込んでくる。
査察内容、部署は多岐にわたり、どれだけ本腰を入れてきたか、まだ学生で勉強の途中であるカルラーヴァでもひしひしと感じるほど厳しい物。
そもそも惑星改造会社にとって、星連特別査察官とは鬼門。
彼らが訪れた段階で、不正行為の何かしらの証拠が押さえられており、既に敗北が決まっている負け試合。
いかに傷を浅くするか。改善策を打ち出してみせるか、次善策しか手は無い。出来無ければ開発停止、悪ければ事業免許取り消しさえもある非常事態。
それでもアリシティアの余裕ある笑みは変わらない。受けて立とうと心の底から本気で歓迎していると、感じさせるものだ。
「確認させていただきました。複数のチームに分かれて各惑星および担当部署に、査察に入られるという認識でよろしいでしょうか?」
「スケジュールの指定はこちらでさせていただきます。恒星は欠くとはいえ惑星4つと、衛星級大型艦二艦となりますと……」
かつて姉と呼んだ者と、姫と仕えた者のやりとりとは信じがたい、実務的なやりとりに終始した事務的な対面はしばらく続く。
カルラーヴァは、口出しする立場でも知識もないので、その間も無言で後ろに控えるしかないのだが、どうにも居心地が悪い。
ディケライア社においてカルラーヴァの立ち位置は、本来は幹部社員の娘、妹であり、次期後継者であるエリスティアの従者でしかない。
この場に立ち会っている資格が無いととがめ立てられてもおかしくないので、臨時的に案内役という非常に曖昧な役職を与えられて、一応問題は無いのだが、それでも慣れない物は慣れないのだから仕方ない。
姉であるはずのシャルパも、一瞥さえしてこないのも緊張感を高める要素の一つ。
何を考えているのか分からない冷血鉄面皮。
それはもう1人の姉で、シャルパの双子の妹でもあるシャモンが吐き捨てるように教えてくれた評価だが、今のところその人物評通りといった印象を受けていた。
だがそれ以上に、カルラーヴァには何を考えているのか分からないのがアリシティアだ。
特別査察が入るという絶体絶命な状況でも、アリシティアの強気な笑みは変わらない。
むしろ自分達の勝ちを確信しているかのような自信ありげな笑みに、見えて仕方なかった。
「あのクソ女。姫様の挨拶無視なんて……」
画面の向こうに移るシャルパさんを今にも捻り殺しに行きそうな剣呑な顔を浮かべたシャモンさんの手の中で、握られていたフォークが紙細工のようにくしゃりと曲がり、さらには粒子となって消え失せる。
この人に石炭を握ってもらえば人工ダイヤが作れそうだなと思いつつ、下手に口出してターゲットを向けられてもアレなんで、俺は出された渋めの茶を無言ですする。
こっちが持参した手土産『太陽と星々』。太陽系を象った恒星系菓子の監修にはアリスが入っている所為か、それとも固定するために砂糖菓子やキャラメリゼを多用した所為か、やたらと甘いのが多いので、この渋めが助かる。
「アレで一応は拒否反応がでてるでしょ。どれだけタフなんだか。アリシティアはアリシティアでこまっしゃくれちゃって。母は強し、それとも女は強し?」
大量の茶菓子と、おそらく天然物のやたらと高い茶葉を前にポリポリとつまむレンフィアさんは、無重力空間なのをいいことに寝っ転がりながら、アリス達の対面をご観覧中。
リルさんとの回線は切断されたまま。復旧する気配もないので、文字通り見ているしか出来無い状況だ。
完全に場の手綱を握っているはずのレンフィアさんがちょっと不満気なのは、シャルパさんの塩対応にアリスが全くショックを受けずに平然と受け止めているからのようだ。
「ならゲーマーは強しって事で。この程度でやられていたらレスバやらさらしを乗り越えた有名プレイヤーなんぞやってられませんって」
最初期はともかく、出会ってからの記憶じゃあの程度でへこむアリスなんぞ想像も出来ない。オンラインゲーは不特定多数な匿名空間。そりゃ言いたい放題なむき出しの悪意が刺さる刺さる。
むろん俺だって、数々言われてそれなりに、
「君から感染したって訳か。アリシティアもパートナーに毒されたなら納得納得」
いや勝手に俺をみて、ノーダメな理由を納得されても困るんですが。
そんな俺の視線での抗議はまるっきり無視して、レンフィアさんは茶菓子をつまみつつも、俺らが星連議会に提出した事業計画書をすらすらとスクロールさせながら流し読みする。
一瞬で数千ページが流れていく文字の奔流だが、銀河の人らの強化された視神経やら脳はその速度ですら容易く受け止めてみせるので、ちゃんと見てくれていることは見てくれているようだ。
「昨日の議会放送は私も見ていたけど、これ結構甘いわね。リスクが高くなるけどもっと稼ぐ方法があるってすぐ分かりそうじゃ無い? この草案作ったのサラスでしょ。彼女がそんな手抜かりすると思えないんだけど」
その証拠にレンフィアさんは最後までページをスクロールさせたあと、少しだけ思案気な表所を浮かべてから、気がついた点を直球で投げ込んできた。
さすが銀河を股に掛ける最大の運送会社バルジのトップ。この計画案に組み込んでいる不備というか、弱点をあっさりと見抜いてきた。
「えぇ、それはあくまでも銀河全体の共存共栄を目的とした場合の航路設定や流通計画。これを元に、各惑星や星域単位で動けば、より確実な、そして実入りの多い新しい航路を開けますね……他の星域を犠牲にしてでも実行すればですけど」
俺はそれについて頷いて答えてみせる。隠すことでも無いからだ。
俺たちが作り出した流通網計画の趣旨は、銀河全体で見れば最大利益を出すためのマクロ視点の物。
ミクロ視点で見ればいくつかの穴や、改善点が浮かび上がってくるのは当然。
自分達だけ儲けようと思えば儲けられる計画が目の前にあるとなれば、どう動くか。
銀河全体で共存共栄を得ましょうというのは立派な理想論だが、大小の差はあれ銀河全域で数千万を超える各国家が、足並み揃えてとなると現実的じゃ無い。
むしろこれが争いの種になる可能性さえある。
開発計画なんぞ何せ先行有利。先に地盤を固めて、流通網を作ってしまえば圧倒的アドバンテージをとれる。
実際に我先にと詳しい内容や具体的な内容を尋ねてくる問い合わせが、ディケライアに殺到している。先行争いレースは昨日から始まっていると言っても過言じゃ無い。
「何企んでるんだか」
何でそんな一見理想に見える現実的でありながら、実質では危険な計画書をわざわざ星連議会なんて衆目を集める場で公表して、さらに議論を巻き起こした?
呆れ気味な目線の中に僅かながら避難の色を込めて、レンフィアさんは俺に問いかける。
銀河全域を流通網に持つ大運送会社にとって何より変えがたい物は航路の安全性。トラブル無く、安全、確実に荷を届けられることが、銀河において最も重要な条件となるだろう。
だから少しでも荒れるなら、ディケライア社の申し入れは受け入れがたいとその目が語っている。
さてここでごまかす、とぼけるという選択肢も無くは無いが、選ぶと後々で苦労しそうなターニングポイントだと俺の勘が告げる。
ならば提示すべき答えはいくつかあるが、その中からどれを選択するか?
「多少の無理を通すためです。今更釈迦に説法ですが、普通の状況ならちょっと航路を作るのは危険だったり、維持するには採算的に問題ありとみる場所がいくつもあるでしょ。そういう時に他にも狙っている人がいたらどうしますかね?」
地球の慣用句だけど、頭の中の翻訳機能が上手いこと翻訳してくれると信頼して、俺はとりあえず無難な、そしてまともな答えを提示する。
より近くなる、便利になる航路が、今まで築かれていなかったのはもちろん理由がある。
そこが危険星域をまたいでいたり、大戦時から可動を続ける無差別攻撃型バーサーカー艦隊の影響範囲内をかすめていたりだったりと。
なるべくリスクの少ない現実的な場所を選んだつもりだが、二の足をふむ箇所が少なくないわけでも無い。
だから後押しを、競合相手を用意したと俺は言外で語る。そしてこの計画書の肝はその競合相手を、提携相手と呼び変えれば、リスクを分け合い、より成功率を高める計画になることにある。
星系連合設立以来の根本理念は共存共栄。銀河のお偉方はそれをみせていただけると、こうご期待しときますかね。
「君に聞いても悪役面で無難な答えだけみたいね。シャモンさん。どうなのこれ? アリシティアの援護になるの」
殺気マシマシな目で今もシャルパさんを睨み付けていたシャモンさんに、レンフィアさんが躊躇無く話を振る。
あれだけお怒りなのに恐れない辺り、レンフィアさんも肝が据わっているというか何というか。
そして、やはりこの人の目をごまかすのは大変だと改めて気持ちを引き締める。
そっちも気づかれたか。
シャモンさんがちらりとこちらを見るので、俺は無言でカップに手を伸ばし口を塞ぐ。口出ししないのでどうぞという合図だ。
「交渉はあんたの仕事でしょ……あの根暗鉄面皮がどれだけ悪辣な手を仕込んできても姫様の勝ちです。ミサキが勝負に出た段階で、勝ち筋が完成してます。本当に悪辣な奴ですから。あの鉄面皮冷血女さえ味方だっていう奴ですから」
とても味方を褒めているような言葉じゃ無いんだが、シャモンさんからの褒め言葉として受け取っておこう。
「勝ち筋が確立している? 見えてるじゃ無くて……計画が動き出している。既に先行して動いている星もあるから……あぁ」
やはり頭がいいなこの人。答えに行き着いたのか納得しつつも、どん引き顔で俺に目を向けた。
「航路新設、整備の大事業となると、既存の惑星改造会社はどこも手一杯になる。そうなるとそうそう仕事は受けられないわね。思い付いた事より、実行したって方に感心するわ」
「でしょうね。しかもそれが銀河の端の端。辺境で太陽を失った四つの惑星を維持しながら、地球の人らに異変を悟らせない、苦労ばかりで美味しい仕事でも無い。となると、手をあげる企業はそうはいないでしょ。人道上の使命感にでも燃えていたら別ですけど」
「断言する。皆無よ。ここまでの移動費用で足が出るかもしれないのに、そんな地雷案件を踏むお人好しの惑星改造企業がディケライア以外にあるわけないし、もしあったならとっくに潰れてる。ましてやこれから空前の航路開拓ブームが来るかもしれないのに」
呆れ気味な視線を受けながら、俺は我が母星地球を象った超特大のグラブジャムンを切り分けて自分の皿にのせる。
甘い物はさほどすかないけど、これも演出の一つだ。
「銀河帝国との違いを謳う星系連合にとって、惑星保護は重要命題の一つ。何かあれば地球が全滅っていうこの状況下では、査察で不備があっても、事業免許取り消しどころか一時中止も出来ません」
「ざまーみろって奴です。シャルパの奴が、どれだけ気合い入れて査察しようが、それは改善すべき課題としてうちは受け入れるだけ。ディケライアを裏切ったあいつが、何をしてもディケライアの為になるだけです」
多少は溜飲を下げたのか、それともやけくそ気味なのかシャモンさんがシャルパさんを睨み付けながら勝利宣言をした。
「母星の同族を人質にか……ミサキ君。君はどこ目指してるんだか?」
甘いという概念がバグったような甘さを持つインド菓子を一口かみしめると、口の中に激甘シロップが生地からあふれ出してくる。ドーナッツのシロップ漬けとはよくいったもの。
あとでカルラちゃんに同じの持たせて、隔離中のエリスへの差し入れにしとくかと甘さに悶絶しつつ考えながら、レンフィアさんの質問への答えは差し控えておいた。
そりゃ言えるわけが無い。娘持ちのいい大人が、銀河のラスボス目指してますなんて、風体が悪いのにもほどがあるってもんだ。