C面 宇宙忍者屋敷に光を見た
フォルトゥナ内を移動するカーゴは、輸送船整備区画を通り過ぎると、無人有人問わず多くのカーゴが行き交っている船体中核方面ルートではなく、カーゴが全く通っていないルートへと向かい始める。
ナビゲーターで行き先確認してみるが、行き先不明表示。来客向けナビゲートでは表示されない社外秘ルートのようだ。
頭の上の犬耳がピクリと立ったので、通常では使われていないルートだとシャモンさんも気づいた様子。
だけど、先ほどシャルパさんが乗っていたとおぼしきカーゴとすれ違ってから、いろいろ思うところがあるのか、下手に話を振るのを躊躇するレベルで不機嫌。
と、なると頼りにすべきはやっぱりこの人?になる。
「リルさん。現在位置、進行方向、速度から到着地点予測できますか?」
『外部向け資料には外殻部船殻予備調整区画の1つと記載されている方面に向かっていますが、他の調整区画と比較しセキュリティレベルが物理、電子両面において突出しており、重要機密区画と推測いたします』
船殻調整区画は文字通り船殻表面装甲の損壊や劣化を、補填、または入れ替えるための予備液体金属がプールされた補修用区画。
まともな補給や補修が出来無い超長距離航行艦では補修区画の重要度は高いだろうけど、最重要セキュリティ設定を施すのはさすがにおかしい。
表示された船体図や各種データを見ると、フォルトゥナの公称船殻厚は約20㎞。
対爆対衝撃対フレアなど原始太陽系内に突っ込んでも、船体中枢部には影響がほぼ皆無な抜群の防御性能。
同様の性能を持つ創天の船殻厚は平均100㎞超あるが、フォルトゥナは四世代ほど先の最新型超長距離航行艦用装甲なので、1/5装甲厚でほぼ同等の防御力と。
その分お高く、創天の船殻表面装甲の全取っ替え10回分の方がまだ安いくらいだ。
安いが重いジャンクアーマーと、高価で軽い魔法アーマーと自然に変換して、納得する辺りが俺らの業の深さだろうか。
敏捷値に差が出るってか。
「ミサキ……あんたここの社長に気に入られている?」
俺がゲーム脳な感想を抱いていると、シャモンさんが声は不機嫌なままだが、船内図をいつの間にやら真剣に見ていた。
質問の意味はよく分からないが、雑談をするような気持ちではないだろうし、雰囲気的にもあり得ない。
「微妙ですね。俺個人というよりも、アリスのパートナーだからっての割合が強いと思います。たとえば……」
重要な情報だと考え、正直な感想をいくつか綴っていく。
アリス当人はレンフィアさんをものすごく苦手としているが、レンフィアさんの方はといえば、弟子の1人として、言葉の端々にそれなりに可愛がっているという感じだ。
だから俺に興味を持ったと言うべきか。
ただ企業のトップ同士ということもあり、個人的感情抜きで接してくるんで、百戦錬磨な豪腕商売人社長に、お嬢ちゃん社長だったアリスが一方的に叩きのめされていたのも、一方的な確執の原因だって気もしなくもない。
俺が銀河中央、星連議会へ向かったときも、フォルトゥナは就航前で前のバルジエクスプレス本社船でレンフィアさんに送迎してもらったわけだが、基本的にその時の地球時間で一年ほどの船旅で会話の6割がアリス関係が起点で、残り4割がサラスさんが依頼した俺への銀河経済市場最新情報レクチャー。
いやまぁ、アリス曰くぼったくり料金はもってかれたが、その対価には十分すぎるほどの勉強にはなった……なったんだが、レンフィアさんから聞いた情報を元に組み立てた最近の対星連向け裏工作に対するアリスからの当たりが強いこと強いこと。
そりゃ教わった人の影響は出て当たり前だが、レンフィアさんを思い出して嫌だと言われても。
なんだろう。アレか。別の女の匂いがするってやつか。いやそこは先人の知恵に学ぶって事で納得しろよアリス。
「……何であたしはのろけ話聞かされているのよ。しかも姫様相手の」
「いや、レンフィアさんとの接し方の主体がアリス経由だと言うことを説明していただけですって」
「そういうのはイコクと飲んでいる時にでもしてなさいよ……たぶん向かっている先はレンフィア社長の私室だと思う。船殻外殻のもっとも厚い底の部分。ここの辺りが攻め手からみた攻略するには最高難度になるわね」
いつの間にやらジト目で見ていたシャモンさんに、とりあえず反論してみたんだが、どうにも納得していただけないご様子だが、船内図の一部を拡張して、外殻部船殻予備調整区画でももっとも分厚くなった最深部を指さす。
ただしそこは乗員区画からはずいぶんと離れた辺鄙な場所。
おおざっぱな地図で詳細は分からないけど、周囲に人が頻繁に立ち入る必要がありそうな設備や区画は見あたらない。
とても私室を構えるとは思いにくい場所なんだが、これを信じるべきかどうかの判断基準が、シャモンさんの勘になるとなれば話が別だ。
長距離跳躍艦において一番重要な物。それはどれだけ貴重で、どんなに高価であろうとも換えの効く船体や主機関じゃない。
最も大切な者。存在。それは船を導くナビゲーター。ディメジョンベルクラド。
この船には研修生を含め、多数のディメジョンベルクラドが乗艦しているが、間違いなく最重要なのは社長であるレンフィアさん本人。
その身を守るために設けられた区画と考えれば、もっとも厳重な最重要区画になるのは自明の理。
「こっちは仕事の話で訪問させていただきましたが、あちら側は私室で受けると」
「そっちの駆け引きはあんたの分野でしょ。あたしは攻め落とすなら、逆に姫様を守るとしたらそこを選ぶって話よ」
「ありがとうございます。やっぱりシャモンさんに来てもらって良かったですよ」
心から礼を言ったつもりなんだが、シャモンさんはつまらなそうに鼻を鳴らして、また思考の海に沈んで不機嫌顔に戻っていく。
シャルパさんの行動は気に掛かるし、アリスやカルラちゃんの方が心配でしょうが無いといった所か。
それでも俺に付いてきてくれているんだ。こっちも全力で答えなきゃ失礼ってもんだ。
西洋人相手なら自宅に招かれるなら、結構歓待されていると判断する所だが、いつも緩いが公私をきっかりと分けてくるレンフィアさん相手となると、話は変わる。
ちと分が悪いか?
こっちはレンフィアさんを完全に引き込むつもりで来ているんだが、あまり乗り気ではない意思表示って可能性もある。
少し前までは銀河全域に新しい流通網を作るって計画には好感触だったが、エリスの件や、監査が入ったことで、見限られたか……いや、なら逆にあの人は、火星に降りてバカンスを楽しみつつアリスをからかうか。
となると、まだどっちに傾くか微妙なライン、いや、だが……
いくつもの仮定と、攻略手段を頭の中で組み立てていくが、しっくりくる道筋が頭の中には出来上がらない。
勘でしかないが、どうにももっと別方面の、こっちの想定外の設問を提示をされている予感がする。
考え過ぎと笑われるかもしれないが、こっちは文字通り地球の命運を勝手に背負わせてもらっている身。負ける気などさらさら無い。
馬鹿げた次元、おとぎ話のような技術まで手に入れた宇宙文明に対して、考えるのを止めたらその瞬間が、力を持たない俺の無条件敗北。
まとまりようもない仮説を考え優先順も禄につけられていないってのに、カーゴが無情に止まって、扉が開くが、出迎えや降車を促すアナウンスも無し。
先に席を立ったシャモンさんが隙の無い足取りでゆっくりとカーゴ外に出ると、周囲の安全を確認してから、指を軽く曲げて俺を手招きする。
席を立ちながら、一応の用心で左手につけた腕時計の文字盤をワンタッチ。簡易宇宙船機能を持つ腕時計型デバイスが起動して、
『外部環境対応モードを起動します。環境保持可能制限時間は34時間となります』
登録された使用者である俺に適した環境で形成された特殊フィールドが展開される共に、バイタルデータウィンドウが立ち上がり内部数値を表示される。
フィールドは、個人用携帯火器程度なら余裕。小口径エネルギー、重力兵器にも少しは耐えてくれるって話で、実演映像も見てはいるが、さすがに自分の生身で試す気にはならないんで、カタログスペックを信じるのみで済ませている。
警戒しすぎな気もするが、ディケライア現役最強戦力のシャモンさんを俺につけたアリスの判断を尊重すれば、こっちも最大級の警戒で準備しておくべきだろう。
カーゴ外に出ると、そこは停留所といった情景ではなく、対流する液体金属で囲まれた隙間と例えるのが正解な殺風景な光景が広がっていた。
四方を囲う液体金属自体が微妙に発光しているので暗くはないが、どうにも圧迫感は感じる。
振り返ってみると、先ほどカーゴが抜けてきたはずのトンネルは既に姿形もなく消え失せていた。
床面側を触ってみると、少しひんやりとした堅い感触が返ってくる。
『船殻表面最下層。船内図上では予備装甲部最下層となっている非公開区画です。大気レベルおよび重力環境特クラス。生存環境に問題はあ……』
「ミサキ頭下げ! 重力カット!」
リルさんの環境報告の途中で、シャモンさんが頭上に向かって拳を振り上げながら出した指示にとっさに身体が動く。
頭を下げながら、仮想コンソールを叩いてショートカットに入れていた重力カットからの浮遊機能を発動。
今まで立っていた床が突如変形し大穴が開き回転する歯がいくつもある破砕機が出現。さっきまで乗っていたカーゴが飲み込まれて、あっという間にスクラップへと変わっていく。
いやあのカーゴって相当頑丈で、大気圏外からノーブレーキで惑星に突っ込んでも下手すれば惑星の方が割れるってCMでおなじみの、『惑星に当たっても壊れない』が売りでしたよね。
なんで飴細工のように簡単に破壊されているのやら。
頭上を見上げてみれば、天井から次々に打ち出される直径二メートルほどの無数の金属柱を、シャモンさんらしき影が遙かにしのぐ早さで接触と同時に、光を放ちながら消滅させている。
環境アナライザーの自動測定によれば、周囲の熱が破滅的勢いで上昇しているので、シャモンさんに原子分解攻撃された柱が熱に変わっているようだ。
……昔アリスがシャモンさんは生身で【光になれ】が使えるだなんだと言っていたがこれか。
しかも恐ろしいのが、これでもシャモンさんにとっては、通常攻撃クラスってのがアリスの言。
その気になれば対象に合わせた反物質弾生成対消滅攻撃も出来るとか、云々は冗談だと思いたい今日この頃。
シャモンさんの血筋が銀河帝国親衛隊長末裔ってのをさっ引いても、原子破壊攻撃デフォな歩く惑星破壊生体兵が軍列組んで闊歩していたという銀河大戦。
銀河大戦はPCOでの大戦争シナリオイベントの参考にしたが、さすがにここまで無茶苦茶だとゲームバランス崩壊するからと、かなり薄めのマイルドにしたのは、佐伯さんの英断だと改めて思う。
「上で生身原子分解。下でダイヤより硬いカーゴを易々粉砕ってどんな地獄ですかこれ」
殺意マシマシだと思うべきか、それとも余興ととらえて良いレベルなのか、防衛本能が迷子状態になった俺は愚痴るしかない。
『そうおっしゃるわりには、余裕があるように見受けられますが。シャモン様の指示にも即座に反応されていましたし、予想なされていましたか?』
「いやさすがに予想は無理ですって。即座に反応できたのは、忍者屋敷ダンジョンのつり天井トラップやらに幾度かやられたからです」
新規ダンジョンが導入されたらとりあえず突っ込む脳筋な相棒のおかげで、トラップに対する恐怖心が薄れたのは、良いのか悪いのか。
大気圏突入も可能な特殊フィールド耐熱実証試験は成功ってか。ただこのまま稼働時間実証は勘弁とか思っていると、5分ほどで苛烈な攻撃は唐突に止まる。
床の大穴が消えて、四方の壁面も元の流体金属の壁に戻ると、もはや光りの矢になっていたシャモンさんも停止して姿を現す。
息も切らせていない辺り、これでも準備運動程度だったりするんだろうか?
「お疲れ様です。ありがとうございます。おかげさまで助かりました。戻ったら一杯おごります」
計器の計測ミスだと思うんだが、瞬間的に光速を超えていたシャモンさんに、とりあえずお礼というには、釣り合っているのか微妙な提案をしておく。
「けちくさいわね。二杯はおごりなさいよ」
あ、その程度のいいのか。すげーな元帝国親衛隊隊長一族。
身体を動かして少しはすっきりしたのか、シャモンさんからは先ほどまでの鬱屈とした空気が和らいでいた。
「で、どうする気この後? ぶちこわせって言うなら上と下どっちもいけるけど」
シャモンさんが上下を指さすがその意味は、20㎞の表面装甲をぶち破るか、それとも艦もろともたたき壊すか。
なんつー物騒かつ頼もしい二択。
だけど俺が選ぶべき回答じゃないな。ここまで流れに身を任せてというか流されっぱなし。
主導権を握るなら、この選択肢しかあり得ない。
「って事らしいですけど。どっちがお好みですかレンフィアさん? 俺としてはご一緒にお茶でもって選択肢を提案しますけど」
頭を下げてしゃがんだ時によったスーツの皺を手で直しながら、俺は虚空に向かって、不貞不貞しいだの、慇懃無礼だの、可愛げがないだの、性格の悪さがにじみ出ているだの、なぜか周りに評判の悪いいつもの口調で提案して一礼してみる。
『ちょっと試しただけなのに、本当に可愛げのない子達ね。旧帝国最強戦力のグラッフテンが船内にいるのに、バカな選択する気なんて無いわよ。こっちにいらっしゃいな。お茶でもしましょ』
眠たげなレンフィアさんの声が響き、すぐに今まで壁だった場所に下へと向かうエスカレーターが生成される。
歓迎されていると見せかけて、罠二重は俺もよく仕掛ける手なんで、一応警戒してすぐに乗らない。
「試したですか。なら合格って事でよろしいでしょうか」
『さぁ、どうかしら。知りたいなら早く来れば良いでしょ。ディメジョンベルクラドのパートナーとして慎重なのは良いけど、時には大胆さも求められるって事は知っておくべきじゃない』
パートナーね。こりゃ仕事の話を易々進めれる雰囲気じゃなさそうだわな。
シャモンさんに目で合図をして軽く頷いたのを確認してから、先ほどまでとは違い俺は先にエスカレーターへと足を乗せた。
ゆっくりと動くエスカレーターに俺が乗っても特に何も起きるでもなく、シャモンさんも俺の後ろに続いて乗る。
エスカレーターはそのまま3階層分くらい降りてから、平行に代わり動く歩道へと様変わりして俺たちをどこかへと誘っていく。
周囲の壁や床は相変わらず液体金属の殺風景な光景のままだが、ふと気づけばリルさんとの接続が絶たれている。
本当の意味で外部との通信が制限される機密区画へと入ったって事だろうか。同時に液体金属の壁は固形化されて、細やかな装飾がされた通路へと変わる。
そのまま1分ほど進んでから、船の大きさのわりにはやけにこぢんまりした扉の前で歩道がとまり、扉が開く。
部屋の中は照明が落としてあるのか、それともそういう空間なのか、扉部分から先は真っ暗闇で先が見通すことも出来無い。
素直に入るべきか、それとも観察してからと考えるべきなんだろうが、この躊躇さえ試されている可能性もある。
しかしお客様は早く来いとご要望。
だからこの状況で、俺が取るべき選択肢は1つ。
何の迷いもなく、先行して一歩踏み出す。
扉を抜けた瞬間、まぶしい明かりと共に浮遊感を覚え、軽く蹴ったつもりだった身体が宙に浮かび上がっていた。
「減点。無重力空間での身のこなしが素人レベル」
扉の先の部屋。ふわふわと浮く綿雲のようなクッションに身を預けた羊角の女性。
バルジエクスプレスのレンフィア社長が眠たげにだめ出しの減点を下していた。