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C面 見えない地雷原に踏み出す勇気

「ふぁぁっ。第一トラップは全回避。二番ぞろぞろ。三は少数か。なかなか相互不信やらが強そうなこって」



 特別議会から帰還して数時間。銀河標準時間で早朝な創天内を繋ぐカーゴに揺られながら、不眠不休な所為で眠気を感じつつも仕掛けた罠の成果を確認していた。


 今も仮想球場会議室では臨戦態勢で、銀河のあちらこちらの惑星政府や関係機関からの問い合わせに対応中だが、その修羅場を抜け出してきたのは、サボりではなく、別の仕事があるからだ。


 といっても移動中だからと寝てたら、サラスさんの説教コース間違いなし。


 移動中も仕事時間な社畜として、秒単位で更新される書類に目を通して確認作業は怠らずだ。


 その確認結果といえば反響は予想以上。成果もぼちぼち。ただ大団円にはほど遠く、次なるステージにご招待って感じか。


 景気よくばらまいた経済計画書には、罠というか、区分のための目安を仕掛けてあったんだが、まず第一が、その惑星国家が単独で行おうとした場合の予想収益。


 遠回しで回りくどくして表現して仕掛けた第二が、将来的なライバル惑星や星域を出し抜いて、利益を多めにとれた場合のシミュレーション。


 ここまでは計画書内のデータを素直に読み取れれば分かる範囲。


 本命は第三。


 元データを参考にして、ありとあらゆる心理的条件をさっ引いて、純粋に最大限の利益を得るために、周辺星域の各惑星政府が協力し共同開発をした場合に得られる最大利益への道しるべ。


 単一かつ短期的な利益で見れば2>3>1。


 やりやすさで見れば1>2>3。


 各勢力の地力の違いがあるから、多少変動はあるが、だいたいはそんな感じといった所だ。


 そしてこいつの肝は、銀河全域で考えたときに総収益が最も大きいのは、一番困難な3番ってとこだ。


 古典小説じゃないが恩讐を超えてと行けばいいが、さすがに事はそう甘く無し。


 まぁそいつも想定の範囲内。だが目に見えて分かるデータを示し、楔を打ち込んだここからが腕の見せ所だ。




「あの小父様……エリス姉さんは気になさらないのですか?」



 秒ごとに更新される資料に釘付けになっている中、不満げな声に顔を上げてみればカーゴの対面に腰掛けていたカルラちゃんが、シャモンさんの妹とは思えないほどに穏和な彼女には珍しく苛立っているのか、髪の毛から出た犬耳をぴくぴく動かす。


 今朝方まで火星隔離区画でエリスと一緒にいてもらったんだが、戻ってきたのに俺がエリスの様子を聞かないのがご不満のご様子。



「あー、まぁ気になるのは気になるけど、聞きたくないと言うか、聞くとテンション下がりそうというか」



「はっ。ほっときなさい。どうせエリスティア姫様からの侮蔑のお声に耐えられないだけでしょ。本性を隠していたミサキが悪いんだから」 



 そのカルラちゃんの横に腰掛けていたシャモンさんが、犬歯をむき出しにした噛みつきそうな顔で、こっちの心情を百パーセント読み切った一刀両断でぶった切る。


 俺がエリスを隔離した所為で、シャモンさん自身がエリスとしばらく会えなくなるのもあってまた容赦ねぇ。


 これ以外にも苛立つ、と言うか本命の理由はあるんだが、そこを指摘したら物理的に首を飛ばされそうな剣呑さがあるんで黙っておく。



「罵詈雑言なんていつも涼しい顔で受け流してるんだから、姫様の嘆きも真正面から受け止めなさいよ」



「いやいや無理ですっての。エリスからの嫌いの一言でほぼ瀕死でしたよ俺。これにさらにひどいの来たら寝込みますっての」



「甘えたがりな姫様が、いくらあんたの本性を知ったからって、そこまでひどいことは言ってないでしょ。カルラ。どうなのその辺?」



「えと、すみません……小父様が突発的に飛び降りたりしたら大変なので、私の胸の中に仕舞っておきます」



 シャモンさんの問いかけに対して、カルラちゃんは眼下に広がる市街地を見ながら少し言いよどんでから、俺に同情的な目を向ける。


 え、何その反応……まさか好感度が最悪さえ振り切って奈落固定状態なのか。


 バグ技ないと回復できないとか、セーブからのリスタート必須レベルなのか。



「こういう時は、じ、時間で解除されるか、から、心配ない」



 こじれた関係には時間が一番の特効薬という言葉もある。時間ならある。やること一杯だ。だから大丈夫だ。大丈夫と信じよう。 


  

「なんで議会に乗り込んだ時より動揺してんの。これからあの根暗クソ女が来るってのに、しゃっきとしなさいよね」 



 舌打ち混じりのシャモンさんだが、わざわざエリスの反応をカルラちゃんに聞いたの貴女でしょうが。


 いらだちを紛らわすかのようにふさふさな尻尾でシートを叩いたシャモンさんは、そのままそっぽを向き、窓の外を流れる無人の艦内市街地の光景へと目をやって無言となる。


 シャルパさんがディケライアから離れて地球時間で百年以上は経つが、未だ怒り収まらずといった感じだ。


 双子の姉と呼ぶよりも怨敵に向けるような敵意の溢れたシャモンさんを見ていると、むしろ時間をおくとこじれてひどくなるんじゃねぇのと、俺とエリスに当てはめた嫌な未来予想図が俺の脳裏をよぎっていた。



「お、小父様。そういえばカーゴが発着所でなく、展望公園の方へ向かっていませんか?」



 嫌な沈黙に耐えかねたのか、カルラちゃんが話題を変えるが、あいにく俺もその辺りは聞かされていなかった。


「アリスの指定。ネタバレ厳禁とかで、詳しい話は聞いてない。ともかく展望公園に来いってさ。転送装置が使えないのも、その絡みみたいだよ」



 時空間制御が完璧に行われている創天内なら、区画から区画を移動するのにドア一つを通り抜けたら別の場所って、某青狸印のドアっぽくいつもならいけるんだが、今朝からそちらの転送機器は使用禁止中。


 だからこうしてわざわざモノレールカーゴで艦内を移動中というわけだ。


 地球の月と同等の大きさ、というか自然衛星に偽装して月として長年夜空に君臨していた送天と同型艦の創天は、艦全体に無数の発着ゲートがあり、全長20キロを超える大型輸送艦の建造、改修さえできる隔離型造船デッキさえも数千単位で備えている。


 とは言っても、今回訪れる船は、銀河最大の運送企業バルジエクスプレスが誇る最新フラッグシップ大質量長距離跳躍艦『フォルトゥナ』


 直径500㎞を超える超大型球形艦は、さすがに創天といえどそれを収容できるデッキは持たないので、送迎艦によるお出迎えとなるのが普通だ。


 そういった大型艦で来るのは要人や重要な顧客と決まっているので、それらVIPを迎えるために、宮殿かと見間違えるかのような荘厳な装飾が施された来賓用デッキなんてのも創天にはある。


 今回はそちらを使うかと思っていたのだが、師匠筋にあたり今も苦手としているレンフィアさん相手に先手を取ろうとしている、何かと負けず嫌いなアリスにはなにやら考えがあるようだ。


 シャモンさんなら何か知っていそうだが、今の雰囲気的に聞けるわけもなく、それ以前にアリスからの口止めなら、頑として言わないのがシャモンさん。


 遺伝子レベルで忠誠度100固定の絶対守護神を裏切らせようってのが無駄ってもんだ。


 まぁ、そうなるともう1人の絶対守護神が見限ったというか、裏切らないはずの人が裏切ったのか、それとも裏切りじゃないのか。


 どうしてそうなったのか理由が気になるんだが、今のところは答えに繋がる手がかりは無し。本人に会えるのだからそこから探るしかないだろう。


 それに気になるのはもう一つ。いまだ監査対象の通告がないことだ。


 昨夜の大仕掛けで、利益を考えディケライアを潰さない方向に力が働き、監査命令を撤回させることが出来たかは未だ不明。


 監査が撤回できていないなら出来ていないで、いくつか手はあるがそっちは勝率が低い手ばかりと。


 戦略ゲー1944日本軍スタート並みの絶望感ある状況だが、ここまで来たら仕込んだチートが上手く稼働するのを祈るのみ。


 どうにも会話の弾まないカーゴにしばらく揺られ、資料の半分にも目を通せないうちに第二展望公園区画駅へと到着する。


 ここは宇宙を見渡せる展望台だけでなく、銀河中の変わった動植物を集めたパークにもなっている。


 アリスのお気に入り公園で夫婦デートや、親子でお出かけとよく使う場所なんだが、次にエリスと来られるのはいつになるのやら。というか、来れる日がまたあるのか……


 どうにも先ほどのカルラちゃんの反応から弱気になっているが、サイコロを振ってイベントが確定した以上は、致し方なし。


 仕事でも私生活でも、どうにか逆転の手を考えるだけだ。


 駅から出た俺たち3人は動植物園がある方向とは真逆の芝生エリアと呼ぶよりも広すぎるので草原エリアと呼ぶべき場所に向かう。


 しばらくするとぽつんと一本立つシンボルマーク的な巨木が見えてきて、その下には見慣れたウサ耳をぶんぶんと振り回すハイテンションな相棒の姿があった。


 展望モードとなった空を見上げれば、少し離れた位置に鎮座する送天の姿がよく見えていた。

  


「シンタ! 遅い!」


 

 俺らを見かけた瞬間、元気に稼働中のウサ耳+勝ち誇った顔をしてやがったので、言葉とは裏腹にご機嫌なご様子。


 まぁ昨夜は長年のトラウマの元に、認めさせるとまで行かなくても、一矢、いや三百矢報いたので、気分がいいのは分からなくもない。


 ただ、だからといってここに無意味に呼び出したとは思えない。何を考えているのやら。



「文句言うなら転送装置使わせろ。居住区画からどんだけあると思ってんだ」



「すみません小母様。私を迎えに来ていただき、遠回りをさせてしまいました。それでなぜここに呼ばれたのでしょうか?」



 一々律儀に頭を下げ謝るカルラちゃんと、アリスの精神年齢どちらが上かと思わず考えてしまうが、俺の疑問顔をアリスは別の意味に捕らえたようだ。



「ふふん。シンタもカルラもどうしてって顔しているね。あの性悪羊やシャルパ姉を迎えるのに何で公園って」



 こっちは眠気を押し殺して忙しい中抜け出してきたのに、調子に乗って勿体ぶってみせるアリスの、勝ち誇った顔がイラッと来るので、一応性悪羊発言を録音。


 あまり度が過ぎたらレンフィアさんにご進呈してやろう。


 

「いいから早く本題に入れ。フォルトゥナが跳躍してくるまで、後1時間を切ってるぞ」 



「分かってないなシンタ。勝負はファースト攻撃が肝心でしょ。だからお出迎えには天級の秘密兵器を使います」



 うむ。笑顔で宣うアリスの頭の上で、ウサ耳が過去最大に荒れ狂うので激烈に嫌な予感がして来やがった。


 詳細を問いただしたい所だが、ネタバレ厳禁派のアリスに聞いても、遠回しにしか答えないな。


 シャモンさんをちらりと見るが焦っている様子はなく、むしろ常にないほどに真剣な表情だが心ここにあらずといった別のことを考えているご様子のまま。


 カルラちゃんはと言えば、互いに目が合うが同じく首を横に振るだけで、アリスの企みが分からない。


 こりゃ下手に聞いて、意味の分からない説明が長くなるより、会話スキップ連続で見た方が早そうだ。



「ヒントはね。鋼鉄神の方の胸部とか銀河天使の方の黒い月って感じ」



 よし分からん。相変わらず何が言いたいのか一つも分からんぞうちの嫁。それでも長年夫婦をやっていく秘訣はスルー力と、流れに身を任せることだ。



「分かった分かった。どうなるのか楽しみだから早くしてくれ」


 

 詳細は問わず、ただおもしろそうだからと言うところだけ乗ってやる。それが一番早くアリスを動かすこつだ。



「もうせっかちさんだな。ふふん。まぁいいわ。目に物見よ! リル! メル! ……」 



 右手を天に上げたアリスが勢いよく創天、送天両艦のメインAIの名前を呼んだが、なぜかそこで止まりやがった。


 何かしっくり来ないといった顔を浮かべると、ぶつぶつとつぶやいている。


 そのアリスの言葉に耳を澄ませてみると、



「ここは王道でトランスフォーメションだけどでも桜花って子と被るからやっぱ無し。変形も日本語読みだから変わらない。でも変身とか転身とか蒸着だとちょっと違うし、単一だから合体、合身、合神も私的にアウト。そうなると単一でいくならトライシンクロン……も違う。となると勢い重視で単一でいくならウェークアップもしくはショータイム。でもどっちも捨てがた! そうだメルとリルそれぞれに呼びかけで使えば……」



「リルさん。メル。このアホウサギはほっといて始めてください」



『畏まりました。泊地モードへと移行します』



『ういさぁキャップ! 跳躍門モードに変形スタート!』



 姉妹AIなくせにテンションが両極端な二人の声で、なにやらアリス好みなワードが響いてきた。


 あとメルのやつまた俺の呼び方が変わったんだが、気にしたら負けだろうな。


 いろいろと疑問はあるが、何が起きるか見学してやろうかと待ち構えていたのだが、



「ストップ! すっとっぷ! シンタ! 様式美!」



 いきり立ったアリスが先ほどとは違う意味でウサ耳をぶんぶん振り回して、俺の胸ぐらを掴んでやけに短いクレームを入れて来やがった。


 長年のつきあいで何を言いたいのか何となくは分かるが、アリス進行に合わせていると長くなるのでスキップしたのが、お気に召さないご様子だ。



「なんで! なんでそういう意地悪するかな! ここゲーム中だったら強制スキップ禁止のムービーシーンだよ!」



 怒り狂いつつもゲームで例えてくる廃神アリスを前に俺が返すべき言葉は、やはり廃神ゲーマーの基本だ。



「いいか聞けアリス。俺たちは今時間があまりない。つまりはTA中だ」



 慌てず急がず冷静に返した俺の声に、アリスがはっと表情を変える。



「昔、言ったよな。TAで最良の結果を狙うなら立ち回りなんぞ基本、勝つためにはスキルを出す際のフレーム単位の削りさえ意識しろって。削れる物は極限まで削る。すなわち『削りは』」



「『勝利』……くっ! あ、あたしの負けね」 



 俺の言葉を引き継いだアリスが膝をつき、実に悔しそうに草地に拳をたたきつけた。


 ふっ。勝った。完膚無きまでの完全勝利だ。この理屈を出せばさしものロープレ派アリスといえど、負けを認めざる得ない。


 俺とアリスの間では一瞬で決着がついたんだが、外野のお二人さんには意味が分からないらしい。



「あ、あの姉さん。一体何が勝ち負けだったんですか今の?」 



「あぁもう! ミサキの所為でうちの姫様がどんどん変なことを言い出すようになってんじゃない! どーしてくれるよあんた!」



 戸惑うカルラちゃんはともかく、シャモンさんのクレームには断固反論ありだ。



「いやいや最初にこの言い回し言い出したのはアリスですよ。説得力のある一言だって、逆転だが逆境だかが勝利とか」



 だが俺のシャモンさんへの反論に怒り心頭になったのは、今し方うちひしがれたばかりのアリスだ。



「ちがーう! 元ネタは『逆光は勝利』 元ネタを知らずに乱用しないでよね! Rから着せ替え人形でも読んでネタ元とその意味を理解してから使いなさいよ!」



「人形を読むってどういう状況だよ。フィギアとか興味ないぞ俺」



「あーもう! シンタみたいにそうやって気軽に使うのがいっちゃんむかつく! 『おまえの中ではな』に至っては元ネタ結構重いのに、煽りで使ってくるのばっかだったし! むしろアレは優しみ!」 



 どうやらクソやっかいなアリスのオタ気質な地雷原に足を踏み入れてしまったようだと気づいたが、時既に遅しって奴だ。


 火がついたアリスをある程度宥めるまで10分以上を余分に使う羽目になり、その直後にいつもより心なしか冷たく感じるリルさんの『命令を再度実行いたしますか?』の声と共に、俺たちの最短タイムアタックは失敗に終わった。

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