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B面 ようこそ。火星上空周遊ホテル【オリンポス】へ

 フルダイブ完了と共に、俺はVR世界社内エレベーター内の仮想体へと意識を移す。


 灯りが消えて真っ暗なエレベーター内。だがステータスを弄って暗視機能を発動と。


 突然の事故に苛々と戸惑い交じりの表情を僅かに浮かべる青年が1人。会社のゲート通過時に取ったデータで作った柳原さんの仮想体にぱっと見で判る不備は無さそうだ。


 セキュリティの一環で持ち物チェックなどもさせていただいているので、小物類も再現は出来ている。


 ただし財布や手帳の中身まで、完全再現とは行かないので、そこら辺から気づかれる可能性も考慮と。


 まぁ、中身がおかしいとばれた場合は、実はあのエレベーター事故で本人が亡くなって、今の身体は再生体でしたと、いつぞやの俺の実体験をネタに、第二のだましと行ってもよさ気だ。


 転送完了やら環境チェックのメッセージを消して、柳原さんとの会話ログを確認。


 中身の俺が入るまで簡易AIによる自動応答にしていたが、今確認中です。少々お待ちくださいと、機械的に返していたが、短時間だったので不自然さを見抜かれてはいないようだ。


 

「お待たせしました。どうやら揺れて緊急停止装置が誤作動を起こしたみたいです。センサー類をリセットしたので動きます。いやーVR世界側に色々リソースを回していて、リアル側が疎かになっていまして。すみません」



 いつの間にかVR世界入りしたとしばらくは気づかせないために、リアルを強調しながらエレベーター機能を稼働状態へと。


 灯りが点り、エレベーターが動き出す。



「少し前ならともかく、貴社はずいぶんと羽振りが良いと聞いていますが。あの巨大な飛行船や、ゲームワールドを急遽倍増させたりと」



「蒼天はディケライア社の持ち物ですし、サーバー増設も、我々が思った以上のお客様にご参加していただけたのは嬉しい誤算ですが、ワールドが1つのままだと、プレイに支障が出そうでしたので。ゲームに参加できないお客様にログインゲーと揶揄されたくはありませんから。それにオープンβでのプレイヤーの実力差を鑑みた結果です。姪御さんのようなベテランプレイヤーは慣れて来たら、歯ごたえが足りないとなりそうでしたので高難度ワールドを。逆にVR初心者のプレイヤーのお客様方には、当初の予定通りの難易度を。全てのお客様にVRMMOを楽しんで頂く。それが我が社の基本方針ですので」



 サーバ増設、ワールド2つのリアル事情は、うちの娘様の妨害工作対策での泥縄。


 しかしそんな親としても、GMとしても、外聞の悪いことこの上ない情けない話を、わざわざ馬鹿正直に言う必要もなし。



「プレイヤー優先……会社全体はともかくとして、プレイヤー間では極めて悪名高い貴方が、その言葉を口にするか」



「そりゃしますよ。俺は悪役なので。プレイヤーがガチでぶっ倒したいGMなら、ゲームプレイにも熱が入るってもんでしょ」



 プレイヤー優先という紛れも無い会社の方針をお為ごかしに使いつつ、柳原さんの意識を会話へと集中させる。


 肉体や持ち物への違和感をもっとも感じやすいのがフルダイブ直後のこの瞬間。


 今この時だけ誤魔化せれば、この後に控えてる爆弾で、そんな些細な事など気にならない流れに持っていける。


 敵意交じりの柳原さんの言葉をノラリクラリと交わしている間に、エレベーターはがたつきながら再度停止。


 しかし今度は先ほどと違い、灯りが消えることも無く、階層表示もGMルームがある地下1階を示している。


 きしみつつも扉がすぐに開く。だが開いたそこに見えるのは、出入りを管理するための社内ゲートでも無ければ、喫煙者のために設けられたボックス型の喫煙スペースでもない。


 どこまでも広がる青空が広がり、その陽光の下には、都市計画が一からしっかりとなされ、整然と並ぶビルと、その間を埋める様に伸びる巨木がビルの合間から姿を見せる。


 大都会と自然が融合した新世代型都市の情景が、パノラマで広がっている。


 俺が出現位置に設定したのは、火星都市上空に浮かび周遊している巨大飛行船ホテル『オリンポス』の展望ラウンジ。


 リアルではディケライア社の会議も良くおこなっている施設で、俺も何度か訪れたことのある円盤船だ。


 カテゴリー的には惑星内飛行船と位置づけられていて、星間航行はさすがに不可能だが、大気圏離脱、再突入は可能。


 星系外からの船が発着する火星上空中継ステーションと、地上を行き来する事も可能で、VIP相手の送迎船として利用する事も将来的には見越している。


 その際の目玉がこの展望ラウンジ。地球人からすれば未来的でも、宇宙側からすれば、ノスタルジーに溢れた時代遅れな船に乗って、未開原始文明の香りが色濃い都市群へと降下していくって寸法だ。


 日常から一気に非日常へと。


 そんなのがテーマだが、今回の場合もその目論見は正解。



「……っ!?」


 

 柳原さんはいきなりの光景に理解が追いつかず、声も無くしている。


 そりゃそうだ。県庁所在地とはいえ、地方都市のしかも寂れたビルのポンコツエレベーターの外にこんな光景が出てくるなんて予測不能だろうよ。


 さて、んじゃお披露目も終わった事ですし、お仕事と行きましょうか。有言実行。プレイヤーがぶん殴りたくなるGMとしての本領発揮だ。


 思考停止状態に入った柳原さんをわざと無視しながら、俺はエレベーターから出てラウンジへと足を踏み入れる。


 VR側のホテル船は初めてだが、リアルと区別がつかないほど。さすがは須藤の親父さんが監修に関わってるだけあって、再現度が半端ない。


 足元のカーペットは沈み込むほどに柔らかく、どこか錆っぽかったエレベーター内とは一変した空気は清浄そのもの。まるで春の高原にでも来たかのようだ。 


 

「こりゃ転送事故ですね。目標地点がずれたようです。あーちょっとまずいんで、見なかったことに出来ませんか?」



 口ではばれたらまずそうに言いながらも、顔ではしてやったりと性格の悪い笑みを浮かべてみせる。


 どっちが本命かなんて誰でも判るだろう。



「な、なんなんだこれは、VRか!?」



 俺の声かけで唖然としていた柳原さんも再稼働。ここがVR空間ではないかと狼狽しつつも、あちらこちらに指を振って確かめはじめる。


 仮想ウィンドウを立ち上げようとでもしているんだろうが残念。機能の大半は一時的にロックしております。


 ロックと言ってもこれは宇宙側技術の流用ではなく、純地球産の技術。


 国の施設などで採用されている利用禁止設定を流用して、専用の警告文が、いわゆる国家機密がうんたらといった内容で、やたらと硬く、長ったらしくした警告文だ。


 便利な言葉。国家機密。なんせそれだけで、こっちは黙っててすむし、聞かされた方は色々と勘ぐってくれる。


 盛大に勘違いしてもらえるように、さらに燃料投下と。



「といっても、さすがに見た物を忘れるなんてのはまだ実験段階ですし……あぁすみません。上から許可が下りました。さて柳原さん。サンクエイクの真実を見たくはありませんか? 大佐やシルヴィーさんも会いたがっていましたし」  



 人をだますにゃ、どれだけ馬鹿馬鹿しい荒唐無稽な話でも、その人が信じたくなる情報を混ぜてやれば良い。


 例えば死んだはずの家族や婚約者の名前とかな。



『What!……Brother and Silvie! ? They're alive after all!』



 そのセオリー通り、不信感を百倍くらいに高めた声ながらも、必死さを感じさせる表情の柳原さんが俺の言葉の真意を確かめてくる。


 いやー2人とも愛されてんね。見た目は純日本人だが、とっさに問いただす言葉が英語に変わる辺りからも、メンタル的にも完全にあちら側。


 仕事よりも家族を大事にする欧米人タイプのようだ。


 仕事仕事で愛娘を放置している、社畜日本人としちゃ眩しい限り。


 うむ。この動画は後で大佐とシルヴィーさんにご進呈しとこう。そのうち笑い話として使える日が来れば万々歳だ。


 その日を迎える為には、今はヘイトを高める悪役として、お仕事お仕事と。


 真実は小説より奇なりって言葉があるけど、今の俺がすべき事は、真実に、嘘を交えて、より奇をてらった話を作る事。


 宇宙側の事情に掠らせつつ、地球技術で可能な似たような嘘八百を仕立て上げて、その反応で柳原さんがみせる、家族思いな地球人メンタルをたくさんの講義受講者達に知って貰い、共感してもらおう。



「さて無事に生きているかどうかの判断は、貴方次第ですけどね。まぁ、とりあえず降りましょうか。火星の大地へと」



 目的達成のために、家族思い、姪っ子思いの柳原さんに白羽の矢を立てて正解だわな。やっぱ家族は大切にしなきゃだな。うん。


 仕事仕事でしょっちゅう放置気味の嫁と娘様に、説教を喰らいそうな理想論をそらんじながら、俺は仰々しく礼をして、柳原さんをこちら側へと引き摺り落とす笑みを浮かべてみせた。 

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