Ab両面 ゲーム盤は変化する
サクラのビーストワンへと、麻紀のホクトが何かを接続させた瞬間、エリスティアは動く。
「メル! 報告!」
求める情報は膨大。詳細は言葉として口から発するよりも、思考で告げた方が段違いに早い。
VR世界とはいえ思考するのは己の脳細胞であり、感覚はリアルボディに合わせられている。
つまりは銀河帝国皇家末裔にして、現銀河最高峰のディメジョンベルクラドであるアリシティア・ディケライアの愛娘であるエリスティア・ディケライアの肉体感覚に。
(ういっさ! 周辺状況! サクラ様情報! 美月様&麻紀様情報まとめてドン!)
エリスティアから見れば、原始文明も良いところの地球の技術力にあわせてあるため、MA461Lタイプ自己進化型AI通称メルの本来の数億分の一の性能さえ発揮できていない劣化コピーだが、それでもメルは即座にエリスティアの求めていた多角的な情報を、コンマ数秒で返してくる。
その情報転送量は地球人であれば、過負荷で脳が一瞬で焼き切れるほどの量と速さだ。
しかしそれをエリスティアは当然のように受け止め、一瞬で理解し思考する。
別次元を感じ取り、天体単位の物質の超空間経由転送さえも可能とする次元案内人。ナビゲーター。ディメジョンベルクラドの血脈がそれを可能とする。
もっともこの膨大なまでの情報量が必要となるゲームプレイは、現状エリスティアとその従者であるカルラの宇宙組専用プレイ環境だと本人は知る由もない。
他のプレイヤー。地球人向けには、同様の環境情報や、操作指示はより簡素化された上に、サポートAIやスキルで補われており、一般的なゲームとなっている。
しかしエリスティア達の情報処理負担や、操作のシビアさ、煩雑性は、それとは比にもならないほどにかけ離れている。
感覚的に判りやすく例えるならば、オーケストラ曲を聞くために、地球人プレイヤーが曲が録音された機器の再生ボタンを押せば良いところを、宇宙組だけは自分で演奏ホールを用意し、楽譜も手配し、人員と楽器を揃え、さらに録音と一音たりともずれない音を指揮しなければならないといった感じだ。
完全なるマニュアル操作で、スキルさえ、地球人側の同スキルと同様の効果がマニュアルで出来る環境が整ったり、機能制限が開放されるだけというものとなっている。
これはあまりにかけ離れた身体能力を持つ地球人と宇宙側の差を埋め、ゲームに公平性をもたらすための人為的な負荷。
差を埋めるために適正な負荷を割り出すのに、某廃神兎の膨大なゲームプレイデータが大いに役立ったのはいうまでもない。
『僚艦が緊急跳躍ブースターを使用。30秒後に戦線離脱』
「あーもう!? なんで!?」
無情なシステム音声がもたらした確定情報に、エリスティアは仕掛けられた罠の厄介さに声をあげる。
麻紀の手により、サクラに接続させられたのは、今朝方のアップデートで新規実装された亜空間ホームに関連した新アイテム『緊急跳躍ブースター』
一定時間経過後に、跳躍禁止設定エリアからも強制退避跳躍が出来るが、その反動で装甲値に半永久半減効果あり。
一見逃げるためのアイテムだが、それはかなり使用場面は限られるが、相手を確実に戦場から追い払い、半壊ダメージを与える武器となる。
今朝方、実装されたばかりのアイテムだから、まだ使用感などはどこの攻略サイトや、プレイ動画にも上がっていない。
敵対プレイヤーにも接続が出来るなんて情報も、もちろんない。
なんでそんな新装備情報を組み込んだ戦術を美月と麻紀は出来た?
接続と同時にカウントダウンがリセットされ、最初から始まることを知っていたのか、麻紀がダッシュして、サクラへ肉薄し接近戦からの妨害工作を開始している。そこに迷いなど見受けられない。
それ以前に、用意周到な罠に嵌めてきた美月の行動もある。PCOがVRMMO初プレイのゲーム素人の美月が、とっさにあれだけの罠を仕掛けたと考えるよりも、事前にエリスティア達の動向を知っていたと考える方が自然か?
いくつもの疑問と疑点が稲妻のようにエリスティアの脳を走り、考えたくない推測を導き出してしまう。
今戦う彼女たちは、父のお気に入りのプレイヤー達だ。ゲーム正式オープン前から動向を探っていて、情報が入ると何時も楽しそうに笑顔を浮かべあれこれ考えていた。
美月と麻紀は父が今取り組んでいるプロジェクトの切り札だと、エリスティアの周りの大人達は誰もが言っていた。
彼女たちを優遇し、贔屓をしているのかもしれない。実の娘であるエリスティアを差し置いて。
自分だって勝たなきゃいけないのに。オープンイベントで入賞しなければ、宇宙に戻れないのに。こんなに恐い地球にいなきゃいけないのに。
父は何時もそうだ。いつだって仕事優先だ。たまに気まぐれで遊んでくれるが、いつも、何時も、仕事で滅多に帰ってこない。
だから今回も仕事を優先して、美月達を贔屓したのか? エリスティアが帰れなくなるというのに。
「メル! ウェポンブレイク指定『物星竿』!」
心の大半を占めかけた不安を追い払うかのように、並行して考えていた打開策をエリスティアは叫ぶ。
通常では、跳躍砲次弾発射まで1分。それではブースター発動まで間に合わない。
だが武器を破壊する代わりに特定ステータスをあげられるウェポンブレイクならば、次弾発射までは20秒。それならば間に合う。
しかし問題は照準をどこにあわせるかだ。物星竿は射程範囲内ならどこにでも撃てるが、その照準は一度決めたら移動不能。再指定したらもう一度最初からカウント開始。奇しくも緊急跳躍ブースターと似たような条件だ。
サクラと麻紀はもみ合い移動しながら、攻防を繰り広げている。サクラの方が近接戦闘に優れた近接戦闘艦、それもビースト状態なので、攻撃という面では大きく押している。
しかし麻紀もその巨大なグランドアームとそこから伸びたサブアームを使い、攻撃を防ぎながら、修復材カプセルを用いて、自艦の損傷を補い戦闘能力を継続し、倒すのでは無く時間稼ぎに注力している。
種の割れた重力変動機関による見えない足も用いているが、チャージが追いつかないのか、回数は少ないが、要所要所で役に立っている。
攻めのサクラと、守りの麻紀の実力は多少サクラが有利ながらも拮抗している。
30秒以内で、エリスティアの望む形での決着がつくなんて、幸運に祈れる状況では無い。
しかも今この瞬間も、美月による苛烈なクラック攻撃は続いており、艦のパフォーマンスを維持するのにも、限界がある。
動かせない照準。しかもそれにも実際にはぶれがでるかも知れない。
ぶれだけならば、幼いながらも精密性では極めて優秀と褒められた自分の力を、次元跳躍転送を行うディメジョンベルクラドの能力を信じて行える。
だから照準は決めてある。そこしか無い。そこならばマキに気づかれず、サクラだけが知れる。
だが今の状況は自分を信じるだけではどうにもならない。相手が、サクラが信じてくれなければ。
だから……
「はっはー! やるねマキ! その防御イエスだね! KARATEマスターだったの!? それともマスターNINJA!?」
『あーもう五月蠅い! ちょっとは黙って出来ないの!? こっちはあんたの攻撃を防ぐのっ? あと空手とか忍術じゃ無い! 護身術!』
必殺技を撃つための尻尾にエネルギーを再チャージするほどの余裕は無いが、打撃武器として使うぐらいならば問題無い。
四肢に合わせて2尾の尻尾を用いた6つの打撃技。それをマキは2本の巨大な腕を用いて防ぐ。
腕の防御をすりぬけた致命的な一撃は、重力変動機関による斥力の盾をとっさに張って防いでいるが、出力に余裕が無いのか、攻撃には回ってこない。
捌かれ、すかされ、防がれれば防がれるほど、好敵手を前にサクラのテンションは、ますます跳ね上がる。
2つの腕はまだ時間的な意味とスキル的な意味でも馴れていないのか、祖霊転身状態だというのに動きは少し遅く、反応も鈍い。
長年受け継がれた技法と術理が、サクラの猛烈な連撃をかろうじてながら最低ダメージで防いで、薄氷の時間を稼ぎ出されてしまっている。
マキがいう護身術とやらはよく判らないが、これぞ東洋の神秘と言わずしてなんという。
リアルジャパニメーションのワザを、実際に目の当たりにして盛り上がらないアメリカンなど、アメリカンではない。
だが楽しむ時間のリミットが刻一刻と迫っているのも、もちろん承知。
このままじゃ攻めきれない。自分が跳ばされれば、残るのはエリスだけだ。エリスがどれだけ優れていようが、この状況では逃げるのもままならない。
ならサクラが狙うエンディングは決まっている。
自分のミスで、仲間を負けさせるなんて、サクラの流儀じゃ無い。
倒すべきは、自分の負けと引き替えにしても無力化させるのは、今もエリスへのクラック攻撃を持続させながらマキのサポートを行っているミツキだ。
今はその為の仕込み。格闘戦にのみ絞りエネルギーを溜め込み、一瞬のダッシュに賭ける。
ミツキのマンタは圧搾空気をランダムに噴射して僅かながらも座標を変化させているが、それはエリスの跳躍砲対策で、サクラからすれば十分カバー可能な誤差の範囲内でしか無い。
3秒あれば、マンタのテールアンテナを断ち切れる。そうすれば今猛威を振るっている分子コピー探査機は全て停止とまでいかずとも、その力を大幅に落とせるはず。
自由に動けるなら、エリスなら無事に船墓場から脱出出来る。
そうやって決めた道があるのだから、今は今で全力で楽しむ。
あくまでも自分が、跳躍までにマキを倒すことに固執していると思わせるために。
『サクラ! ブースター発動1秒前にこの座標!』
不意にエリスからの通信回線が開き、やけに細かな座標指定が共有宙域図に表示される。
そこは今サクラが目指す方向とは真反対。
サクラとマキが最初に接触した位置で、今もばらまかれたジャミング弾の残滓が強く影響を残す場だ。
『かなりシビアなタイミングと位……』
「エリー! ナイス! 良く判らないけど了解!」
オープンチャンネルから秘匿通信回線に切り変え、禄に説明を最後まで聞かず、サクラはサムズアップで返す。
このシチュエーションだ。大逆転のための手だという以外、細かな説明はいらない。
仲間が何かするっていうなら言葉など無くとも信じる。
それがサクラのスタンス。憧れ、海を渡る決意を固めさせたあのコンビのプレイスタイル。
『ち、ちょっとお話は最後まで』
「エリーを信じてるからオールオッケー!」
そして本人は言及しないし、何か事情があって言えないのかも知れないが、会話の端々や顔立ちから、おそらくはあの二人の関係者というか、子供だろう即興の相棒が考えてくれたのだ。
そこに乗らないルートなどサクラ的にあり得ない。
『あぅっ!? あっ! ……は、外したら怒るからね!』
サクラの力強い断言に、顔をトマトのように赤面させ、黒髪から伸びたメタリックウサミミをピンと伸ばしたエリスはしばらく口ごもってから、怒るにしては少し嬉しそうな成分を含んでいたようにも感じられる捨て台詞を残してモニターが消える。
その照れ怒り顔が思いのほか可愛らしかったので、もう少し堪能したかった所だが、さすがにそこまでの余裕も無い。
更に攻撃速度を上げてサクラは擬態をかます。
マキとのオープンチャンネルでの会話が無くなったのも、時間が無くなり、さすがに焦ってきていると思わせるために。
一瞬の判断ミスが致命的な負けとなる。その緊張感が心地よい。上がってくるアドレナリンを燃料に変えつつも、軌道計算をサポートAIを使い開始。時間と座標を打ち込み、タイミングを割り出す。
出て来た答えは確かにシビア。しかも予想外の動きに対しても、こっちに最大限の警戒をしているマキの妨害が入るかも知れない。
だがそれがどうした。これくらいの困難やトリックをこなせず、世界一のプレイヤーになれる物か。
父は絶対に生きているとサクラは確信している。タフガイな父がたかだか月で孤立したくらいで死ぬわけが無い。
仲間だって全員救って、生きて帰ってくる。
それこそがサクラが一番好きなリアルアメリカンヒーローな父だ。
だからサクラは父が帰ってきたときに誇れる物を手に入れる。世界一のプレイヤーになって驚かせてやるのだ。
心配などしていないのだから、今を楽しむだけ。
全力で苦労して、全力で楽しむのだ。
サクラの意思に答え、さらに四肢と2本の尾は弾み、踊るように次々に連撃を叩き込んでいく。
「マキ邪魔邪魔! サクラの狙いはミツキなんだから!」
ブラフをかまし、マキの意識を撃墜から排除へと変更させ、より防御に集中させる。
残り時間は数秒。耐えきれば勝ちだと思わせるギリギリの心理戦を仕掛けた。
圧倒的な力の嵐の前に、グランドアームで作られた城門が軋み、歪むが、一気に増した圧力に押し負けぬようにか、ホクトがメインスラスターを大きく噴射させ、立ちはだかる。
その強固な壁こそがサクラの狙いだ。
堅く、そして不動の壁となったホクトはこの虚空に出来た大地。
攻撃速度を調整し仮初めの大地に四肢を同時に着地させたサクラは、大きく叫ぶ。
「スラスターフルファイヤ!」
四肢による最大跳躍と、全身のスラスターによる一斉噴射を同期させ、サクラは天に向かって跳ぶ。
目指すべきは未だ残るジャミング弾の残滓によって隠された宙域。
短距離戦闘に置いて圧倒的なアドバンテージをもたらすダッシュ能力によって、追いつこうとするマキを引き離し、サクラは隠された雲の中に飛び込む。
そこにあるのが何かは見えない。本当にあるのか判らない。だがそれでも自分が言ったとおり、エリスを信じるだけだ。
『耐衝撃準備! 跳躍砲発射!』
エリスの力強い声と同時に、ビーストワンに埋め込まれた毒の位置が、刹那の時に重なる。
それは神がかり的なタイミングとコンマ単位の誤差も許さない位置調整がもたらす奇跡。
しかしそれは奇跡だが必然。
仮とはいえ、”絆”を結び始めたディメジョンベルクラドとそのパートナー達にとっては、奇跡は必然となる。
エリスが放ったのは、極めて極小で威力も最低限ながらも、毒を打ち消す銀の銃弾。
正確無比に、これ以上はないタイミングでビーストワンに接続された緊急跳躍ブースターの位置に重なった跳躍ゲートから出現した砲弾が、ブースターに命中、破壊して即時停止させる。
計算され尽くしたこれ以上は無いという絶妙のタイミング。
そうこれ以上は無い……だからこそ読まれる。
『重力スラスターフルドライブ!』
一瞬遅れて追いついたマキが大きく叫ぶ。
「what's!?」
ホクトの船体は全く届いていないというのに、その回転に合わせて生まれた大きな力の流れによって、振り回されたビーストワンが吹き飛ばされる。
その正体は推測するまでも無い。ジャミングされた空間では検知不可能な重力場だ。
ホクトが産み出した変位重力場がビーストワンとその周囲を覆い、指定ポイントに向かって跳躍した推進力がそのまま別ベクトル方向へと切り変えられていた。
今しがたスラスターを全力噴射させたばかりのビーストワンでは、その勢いを打ち消すまでの推力を再び出すのには、まだ少しだけ時間が必要だ。
だがこれは攻撃ではない。ただ力の向きを変えただけで、船体は軋むがダメージは皆無と言って良い。
その狙いは、
『ブレイク指定『テールアンテナ』』
ミツキの静かな声が響き、マンタのテールアンテナ全体が激しく輝いたかと思うと、瞬く間に収束し1本の細長い光の槍となって撃ち出された。
光の槍と、ビーストワンの船体が交差した瞬間、ビーストワンの制御システムは一斉に停止した。
「テールアンテナ全損を確認。修理不能なデッドウェイトと判断してパージします」
いくら壊れて邪魔になったからと言って、ゲーム内でもポイ捨てなんてどうだろうと思ってしまいながらも、美月は小さく息を吐きだし、堅く握っていた手の力をようやく緩める。
みれば爪の跡が食い込んでおり、急に感じた痛みと共に軽く血も出ており、仮想体のHPも極々僅かだが減少している。
どこまで細かく設定して作ってあるのだろうこのゲームは……本当にここはゲームの中なのだろうか。
あまりにリアルすぎる感覚にいつもの疑問が胸をよぎるが、そこまで余裕が無い事を思いだし、美月はメインモニターへと目を向ける。
そこでは半壊したグランドアームを何とか動かし、パラライズ状態のビーストワンを捕獲した麻紀が、もう一つ買っておいた緊急跳躍ブースターを再接続していた。
美月が放ったのはマンタのテールアンテナのブレイクウェポン攻撃。
テールアンテナの出力をオーバードライブさせ、過剰な電磁波をまとめ槍として放つことで敵機械を1分間無力化させる効果がある。
リアルではアカエイが尾の先端に持っており、マンタには本来存在しない毒針だが、マンタという愛称はプレイヤー間で自然発生した物なので、そこらは気にしても仕方ないだろう。
『美月。ブースターと有線通信ケーブルの接続完了したよ。あとどうする?』
ブースターを接続したホクトの船体がビーストワンから離れるが、その両艦の間には1本の細い通信ケーブルが繋がれたままだ。
有線ならばシステムダウン中の艦とも通信可能となるあたり、細かい所に凝り過ぎな気もしないでもないが、今はそれが助かる。
「有線通信の中継お願い。上手く煽るから」
演技など出来ないが、すぐに喧嘩腰になる麻紀よりも自分の方がまだマシだろう。
始まったカウントダウンを見ながら、翻訳機能をオンにして通信画面を開く。
『りゃミツキのほうなんだ? やるね。引き分けだね』
映ったのはリアルに会ったことのあるサクラを少し年上にしたハイティーンの少女だ。
満面の笑顔の上。髪から跳びだしてちょこんと見えるのは犬耳。獣人族アルデニアラミレットの特徴である尾っぽも画面の後ろ方で、楽しそうに揺れている。
「引き分け? 私達の勝ちです」
やはり自分が出て良かったと思いながら、美月は冷静な声で返す。
麻紀だったら負け惜しみを言うな、やらなんやらで本題に入る前に言い争いになるところだ。
『ふふん。引き分けだよ。ベストじゃないけどベター。あたしの最低限度の狙いはテールアンテナ破壊。エリーが逃げられればそれでオッケーだからね』
表情からは負け惜しみという感じは見当たらない。本気でそう思っているようだ。なら方向性を変えればいい。
「判りました。では引き分けで良いですよ。互いに少なくないダメージを負ったのですから。こんな遭遇戦で……だから次はしっかり決着をつけませんか。互いにしっかりと傷をいやし、準備をしてから。私達にはまだまだ切り札がありますから勝つのは私達ですけど」
サクラの言動から、その性格は判りやすく、派手なシチュエーションを好むことは把握済み。
時間も無いのだから、回りくどい言い方では無く、決着をつけるためという名目でストレートな決闘を申し出ながら、合体スキルを匂わせる発言で挑発をかます。
『へぇー……決闘ってこと? 良いね!』
予想通りすぐ前向きな返事が返ってきた事に美月は心の中で安堵する。
恐いのはサクラによる不意の襲撃。警戒してクエストをしていては、こっちの予定はその対策や準備に無駄に費やしてロスが出ていた。
だが決闘を申し込み、サクラの襲撃をこちらでしぼってしまえばその期間は安心してクエストに注力できる。
そしてその期間は長ければ長いほど良い。
「なら麻紀ちゃんとサクラさんの戦いがオープン日に始まったのだから、決着はオープンイベントのラストはいかかがですか?」
そこにもサクラ好みのフレーバーを効かせた提案を美月が繰り出すと、
『ふーん。なるほどね。ミツキって結構したたかだね。でもいいよ。そっちの方が盛り上がるし、サクラたちの準備も万全になるから。次はちゃんとしたコンビ対決だね』
どうやら美月の狙いをサクラは見抜いたようだが、それでも琴線に触れるのか笑顔で了承の返事を返す。
しかし気になるのは、”ちゃんとした”コンビ対決という言い方だ。
途中で麻紀が参戦してきた事を指しているのだろうか?
最初から2対2の公平な戦い方を求めているという事か。
『っともう転送だね。うーん防御力半分か。まぁ当たらなければいいね。死な安って日本のゲーム名格言もあるしね。それより、ほらエリーも出て来なよ。挑発合戦はプロなら当たり前だよ』
自分だったら大いに頭を悩ませる防御力半分に対して、恐ろしく軽い発言をしたサクラが横を向き、先ほども出していた相方を画面に呼ぼうとしている。
『敵艦A跳躍まで残り5秒、4、3、2』
渋っていたのかなかなか繋がらない中、最後の最後、1秒前に画面が開き、そこに出た予想外の人物に美月は思わず驚き固まる。
『べぇーだ!』
勝てなかったのが悔しいのか大粒の涙を目に浮かべながらも、強気に顔をこわばらせ、舌を出してあかんべーをしてみせた黒髪の少女の頭の上では、これ見よがしに威嚇するかのように機械仕掛けの耳がぴんと立っていた。
『敵艦A緊急跳躍。B艦も戦域から離脱しました』
ビーストワンが光り輝き消えると共に、舌を出していた少女が、エリスと名乗り、オープン日に美月達の前に現れた謎の少女が映っていた画面が閉じる。
『ちょっ!? 美月今のって!』
「エリスって子だったよね……なんであの子が」
驚く麻紀に対して、碌な返事が返せないほどに美月も混乱させられてた。
主導権を握るつもりで仕掛けたが、いまだ主導権は、姿が見えないGMに握られている。
改めて美月はその事を実感させられていた。
先ほどまで派手な戦闘が繰り広げられていた宙域から少し離れた虚空の宙。
そこに宇宙には場違いなスーツ姿の二人の男達がいた。
それはプレイヤーからはどのような手段を用いても感知、干渉ができないGM権限のステルス機能を使い、美月達の戦いを観戦していたGM三崎伸太と、サクラの叔父である宗二だ。
「いやぁ白熱した戦いでしたが残念、引き分けでしたか」
「あんたの思惑通りか。どこまで俺達を玩べば気が済む!」
にやついた人の悪い笑顔を浮かべる三崎に対して、対峙する宗二は殺意さえ篭もる強い目を向ける。
「くくっ。玩ぶなんて聞こえが悪い。俺が求めているのは皆さんの幸せですよ。さてサクラさんが勝てば、お二人を大切な人達に会わせてあげるという賭けでしたが引き分けですね……なら一人分だけとしましょうか」
誠意の無い悪意交じりの笑いをこぼした三崎が右手を振ると、その指先に白いカプセルが出現する。
「こちらのプログラムをどうぞ。貴方と姪御さん。どちらが会うかはお任せしますよ」
外見がカプセル型のプログラムを投げ渡した三崎が、演技がかった一礼をして口元に笑いを浮かべる。
「……どういうプログラムだ」
「飲んだ瞬間に安らかな死をお約束する片道切符ですので、ご利用は計画的に」
「なっ!? 話が違う!」
「おや、言いませんでしたか。死ななければ会えませんよ。ですが無駄なサンプルをこれ以上増やしていく余裕も、意思もありません。そう貴方の姉君のように無難なサンプルなんかはね」
それは実に嫌らしく、そして悪意で固められた笑み。
そのにやけ面した悪魔を殴り飛ばすため、宗二は強く拳を握り締めた。
A面は一度ここで決着。
小文字bは誤字では無く、子兎視点を現しています。
次からは今回の裏側B面に移行します。
今話最後のシーンまでの展開となるまでの経過となります。
お読みくださりありがとうございます。