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A面 毒手

 天を翔る船を肉体とし、無重力の宙を思うままに走り抜けるこの上ない心地よさに、上がるテンションを感じながらも、西ヶ丘麻紀は逸る心を抑える。


 既に起動させ船外へと放出した緊急跳躍ブースターは、まだ接続指示は出さず、船腹側に併走させており準備は出来ている。


 刀を抜いた麻紀が視界の先に見据えるのは、重力変動が可視情報化された白く輝く光の球。


 転位ゲート出現位置を現すそれは、完成と共に割れる仕様で、プレイヤーからは見た目そのまま卵やらエッグの愛称で呼ばれている。



『タンデム戦闘スキル発動を確認。艦ステータスが上昇しました』



 サポートAIイシドールス先生の音声と共に、エッグ表面に、ホクトのステータスや装備では通常は表示されない、転位ゲート完成までの秒数表示が浮き上がった。


 タンデム戦闘スキルによって美月との間により高度な情報リンクが確立したことで、観測、処理能力に優れるマンタによる観測結果が表示された為だ。


 スキルの効果はそれだけではない。ホクトに装備された自動防御兵装の60%近くが、マンタ側によって制御が行われており、浮いた分の処理能力が反映され、各種反応が強化される。


 仮想体の両腕とリンクしたグランドアームの指を一度握り、開いて、追従性を確認。


 ステータス強化はされても、使い始めたばかりのグランドアームは関連スキルレベルが低いので、感覚よりだいぶ遅れがあるが、それを計算に入れていれば、ぶっつけ本番でも問題はない。



「重力制御推進機関で体を崩す! あたしの足とイメージリンク!」



 表示されたカウントに合わせて、出現と同時に仕掛ける為に、仮想コンソールを弾きジャミング弾を装填しつつ、思考コントロールによって速度の微調整を行い、重力制御推進機関を本来とは違う用途に用いるために口で指示を出す。


 VITマルチインターフェースと呼ばれる口答指示、入力操作、そして思考操作。3種混合操作法によるマルチタスクにも慣れて来た。


 ならいけるはずだ。



「すぅぅぅっ」



 深く息を吸い込み、母との稽古の時と同じく、拳を握らず、半分開き、指を取られないように五指を揃える。


 揃えた五指は、麻紀が手ほどきを受けた古式護身術の基本構え。御殿医だったという先祖より伝わる懐剣を用いて婦女子が身を守る術。



『ブースター発動まで15秒』



 仮初めの身体に呼気を整える必要などないのかも知れないが、ラッシュを仕掛けるときの癖で深く吸った息を止める。



『重力場崩壊まで2、1、敵艦出現』

 


 ゲーム的演出なのだろうが、内側から弾けるようにエッグが破砕され、その残滓が砕け散った鏡のように空間へと広がっていき、その中心から機械仕掛けの狼が忽然と躍り出ててくる。


 最高速で突き進むホクトと、加速状態で出現したビーストワンの移動軸線は、偶然か、それとも互いに読んでいた必然か、見事に重なる。


 故に起きたのは超至近距離、超高速のチキンレース。頭から互いが突っ込む形となる。



『Yessssss!!!』



 オープンチャンネルからサクラの勇ましくも可愛く、そして楽しげな雄叫びが響くなか、ビーストワンがビームを纏った右爪を大きく突き出し、背後ブースターから極大炎をあげて一気に突っ込んでくる。


 

「射出、展開」



 最低限の単語だけを発しながら麻紀が頭の中で出した指示に従い、ホクトの自動防御砲台からジャミング弾が射出。


 ばらまかれたジャミング弾はすぐに炸裂し、周囲の空間を掻き乱し、一時的な目くらましとなる。


 本来は逃亡のための装備で、一時的に各種レーダー能力を大きく低下させるものだが、その効果は無差別。サクラだけで無く、近距離で炸裂させた麻紀自身の視界も大きく曇り、霧の中に迷い込んだ様な錯覚を覚えるゲーム内視覚効果が発動する。


 霧が晴れるまで頼れるのは視覚情報のみ。目の前に見えるのはサクラ、ビーストワンだけだ。


 ジャミング弾の炸裂と同時に、グランドーアームの左腕親指先端に埋め込まれていたオプション装備のビームシールドが最大出力で展開。


 青炎を灯す爪と、白炎を纏う盾が真正面からぶつかり合い、激しいエフェクトをまき散らす。


 ビームが纏う色の違いは、そのまま出力の違い。


 純粋な戦闘艦であるビーストワンの爪に対して、多目的に用いれるブロック艦であるホクトの盾は及ばない。その威力を大幅に削りながらも押し負け、ビームシールドは急速に耐久値を減らし消失しかける。



『ブースタ発動まで10秒。カウントダウン開始9……』



 しかしそれは計算の範囲内。ほしかったのは、防ぐことではなく、投げるための刹那の間。


 受け止めた左腕を引きながら、物理推進機関、重力制御推進機関を最大稼働。


『8』


 サクラの周辺情報察知能力をジャミング弾で殺し、その意識を左手のシールドに集中させながら、本命である見えない右足を麻紀は一気に蹴り上げる。


 押し負ける左腕の勢いも喰らい、スラスターを用いて艦体をぐるりと回転させながら、重力場の産み出す斥力をビーストワンの脚部に叩き込み、宇宙空間での足払いを敢行する。



『7』

 


『Oh!?』



 突撃の勢いもあり大きく体勢を崩したビーストワンから、サクラの素の驚き声が発せられる。


 まさか腕だけのホクトが足払いを仕掛けて来るとは予想もしていなかっただろう。だがこれはあくまで奇策。


 種を明かしてしまえば何度も通用しない一度だけの搦め手。


 本命は別にある。それは毒を埋め込むために残した右腕だ。


『6』


 船腹に隠していた毒を緊急跳躍ブースターを、右のグランドアームで掴み、そのまま大きく回転するビーストワンの脇腹後方へと押し当て、



「修復コーティング噴射!」



 緊急跳躍ブースターの磁気吸着機能を発動。ビーストワンへと接続させ、さらにその上から、補修用の超硬化コーティング剤を指先から噴出して簡単には取り外せないように埋め込む。



『5』



 それらは技術屋の麻紀だからこそ出来る一瞬の早業。


 ビーストワンの腕の可動域からもっとも取りにくく、そして重要機関が集中しているから力技で外すことも躊躇せざる得ない最適ポイントを見抜き打ち込む必勝の毒手。


 しかし問題は自艦が発動させた緊急跳躍ブースターが、敵艦へと作用するかだ。


 上手く発動すればあと4秒で麻紀達の勝利は確定する。


 

『敵艦が緊急跳躍ブースターを使用しました。敵艦の戦場離脱まで30秒のカウントダウンを開始』

  


 イシドールス先生の無情な声が響き、予想外の問題が新たに生まれる。


 美月の予想通り、敵艦に緊急跳躍ブースターを接続は出来たようだが、同時に対象が敵艦へと変わった事でカウントダウンがリセットされたのか、30秒に戻ってしまっていた。


 残り3秒から、予想外の10倍の時間を稼がなければならない。


 それも切り札を使い切った上で、別ゲーとはいえ、格闘戦に特化した州チャンピオンであるサクラから。


 

「グランドアームにエネルギーを集中! 耐えるわよ!」 



 だが麻紀に迷いは無い。一度離れたビーストワンの懐へと、自ら飛び込んでいく。


 護身術は戦う為の、相手を倒す為の武術ではない。


 圧倒的に肉体能力で負ける女、子供に必要な、敵を倒す為の力では無く、逃げ延びるために特化した技。


 だから本来とは違う戦い方。でもそれが麻紀の戦い方だ。


 誰かの死に強いトラウマを持つ麻紀にとって、相手を倒す、殺すことは禁忌であり、最大の弱点。


 それはゲームという仮想世界でさえ発動してしまうほどに、深く深く刻まれた心の傷。


 だから生き延びる。自分も死なず、大切な友(美月)も死なせず、そして相手も死なせず、時間だけを稼ぐ。


 生き残るために、死地に飛び込む。


 大きく矛盾する戦いを麻紀は開始した。

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