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A面 覚醒します

『俺達は一番戦闘参加者が多い通常ワールドの戦場フィールドで主に動いていますけど、高山達が取得したような特殊スキルが使われたってのは噂話でも聞いたこと無いです』



『こっちも検証プレイや、縛りをやっている連中にそれとなく探りを入れてみたけど、シークレットレアスキルなんて影も形もありゃしねぇな』



『カナやんと同じくこっちも収穫無し。生産系とか、牧場生活なんかのほのぼのプレイ組も、新スキルツリー解放なんてあったら騒ぎになってるだろうし。ホウさんの方で情報って上がって無いの?』



『弾丸特急の攻略掲示板なら、その手のレアスキル発見って書き込みは噂話ならいくつもあがってるが、こればっかりは検証してみないと、どうとも。面白がってデマ撒く奴やら、他のプレイヤーの足引っ張るために嘘情報拡散ってのは昔からありきたりの手だ』



 美月達同じくPCOでは初心者の誠司達。急遽集合した同期ギルメンや、何故か美月達と一緒に高校にいるという同盟ギルド『弾丸特急』ギルドマスター鳳凰こと大鳥からの情報は、美貴が半分予想していた、手がかりさえ無しというものだ。



「開祖とかそういう単語で引っかかったのはありませんか?」

 


 聞き込みで尻尾は掴めないのはプレイヤー数を考えれば仕方ないかも知れないが、PCO攻略情報では最大手の弾丸特急ならば、断片でも良いから情報がないかと美貴は再度尋ねるが、



『雑談板の馬鹿話ならともかく、スキル関連の考察じゃ出てきてないな』



「ホウさんがいるって聞いてたから、すぐになにか判ると思ってたけど見通し甘かったか」



 自室の椅子の背もたれに背を預けた美貴は、天井を見上げながら、仮想コンソールを呼び出し、室内環境管理を選択し、エアコンの温度を2度下げる。


 少し冷ための冷風が、寝起きでまだ寝ぼけていた身体を、しゃっきりと目覚めさせてくれる。


 このシークレットレアスキル騒ぎは、思ったより面倒なことになるかもしれない。


 それが美月から連絡をもらって、話を聞いて最初に頭に浮かんだ感触だったが、どうやら予感は当たりそうだ。



『改めてすみません。こんな朝から皆さんにご相談してしまって』



『ごめんなさい。美月とあたしじゃ公開して良いのか、それともしない方が良いのか』



 眉間に皺を寄せた美貴に気を使ったのか、画面の向こうで美貴やギルメン達に、美月と麻紀が深く頭を下げている。


 普段から折り目正しい美月は当然としても、その巫山戯た恰好とは裏腹に、麻紀もさすがに良いところのお嬢さんだけあって、礼儀作法は完璧。


 こうまで丁寧に恐縮されてしまうと、美貴としては、今回の件には先輩であり、PCOの裏で暗躍する三崎の影が濃厚に見えているので、逆に申し訳なくなる。


   

「あー気にしない、気にしない。ネトゲーには朝も夜も無いから。レアボスが出たら夜中でもギルメン叩き起こして狩りが始まる世界。それに私達の就職試験の一環だから。むしろ黙ってられた方がまずいからね」



『そうそう。レアスキルと聞いたらまずは食い付く。それがMMOゲーマーとしての嗜みだかんね』



『それ、これ見よがしの餌に見事に釣られてる状態で言っても空しくねぇか?』



『カナ。攻略サイトやってる俺のモチベーション下げるなよ。疑似餌だろうが、撒き餌だろうが食らいついて調べるのが楽しいんだからよ』



 わざと巫山戯た物言いをして、美貴が答えると、ギルメン達や鳳凰も雰囲気を察したのか、美貴に続き、ワイワイと楽しげに言いだす。


 この風景に美貴は、まだリーディアンが稼働していた頃の空気を思い出し、少し懐かしくなる。


 状況が困難であればあるほど、文句を言いつつも、皆で知恵を寄せ合って攻略を楽しむ。それが多数の人が集まるMMOの魅力であり、自分達のギルド、ギルド同盟の気風だと。



「ともかく今回問題なのは、功績ポイントが取れる公開だと、美月ちゃん麻紀ちゃんの名前がこれ以上ないくらいばっちりゲーム内でさらされること。正直言って、美月ちゃんはまだ良いんだけど、麻紀ちゃんが目立ち過ぎ」



 少し空気を変えてから美貴は本題へと戻り、自分が懸念している理由を、指を折りながら一つ一つ口にする。


 βテスト時代の初代サイバーパルクール王者。


 正式オープン後初の祖霊転身プレイヤー同士での戦闘実行者。


 その相手は文字通り世界一のプレイヤー数を誇るVRMMOゲームHSGOからの刺客。カリフォルニア州チャンプ『チェリーブロッサム』ことPCO名『オウカ』。


 オウカと麻紀はその後も何度も激しい戦闘というか、麻紀が逃げる鬼ごっこになっていて、見応えのある逃亡追走劇がプレイヤー間の名物になっている始末だ。



「さっきホウさんが言ってたのに被るけど、面白半分で有名プレイヤーにちょっかいを掛けてくる連中ってのも結構な数がいるからね』



『この子らが賞金首プレイヤーってのもあれか。ゲーム的に賞金は低くても、リアルで知名度があれば狙ってくる賞金稼ぎ連中が増えてもおかしくねぇな』



『うちのギルメンってのも、悪い方向に働きそうだよねぇ。あんまり目立ちすぎると贔屓を疑われるでしょ。ありえないのに』


 

 開発主要メンバーどころか、開発大元の企業トップまでが、元ギルドマスターという特殊な環境。


 KUGCが開発から優遇されていないという証拠を示すために、KUGC関係者はオープンイベントでは入賞しても賞金無し。


 代わりに対三崎給料直掛けバトルという形になっているが、華々し過ぎる麻紀の活躍で、その効果もかなり減少していることだろう。



「有象無象でも数が多ければ、まともにプレイするのも大変でしょうね。現に今も余分な対策をしなきゃ、停泊中でも会議の時間さえ取れないんだし』



 これが通常フィールドなら話は別だが、美月達は今は港で停泊中で、他のプレイヤーも多く存在する為、正体を隠匿する為に色々と小細工をして、この会議の為の時間を稼いでいる始末だ。


 ログアウトしたとしても中身のプレイヤーが抜けただけで、船自体は中立地帯に残されているので、最悪戻ったら船が襲われていて、ホームに強制帰還している可能性だって否定できない。


 ログアウトは安全地域でというのが、このゲームでの鉄則になっている。



『しかも美月ちゃん達にスキル説明してきたちびキャラいたでしょ。最初はともかく、一時停止した後のアレ、中身入りで十中八九シンタ先輩本人」



 MMOは多数のプレイヤーが参加するゲーム。ただ純粋にゲームを楽しむのと同じくらいに、自己顕示欲を刺激されるイベントも多い。


 自分が目立つために、一番手っ取り早い方法は、より目立つ者を標的にすれば良い。


 そして誰かを妨害をしたければ、その名前や行動を面白、可笑しく晒せばいい。食い付いてくる者は必ずでてくるはずだ。


 開発から優遇されているなんて噂は、名前も顔も知らないプレイヤーからもヘイトを集めるその最たる物だろう。



『こ、これもあの人の仕業なんですか? 私達のゲーム攻略を妨害する為の』



 画面の向こうの美月達も自分達が置かれている状況を正確に察し、さらに三崎の名前が出たことで顔色が変わり、悔しそうに、唇をかむ。


 ただでさえオウカという天敵プレイヤーがいるというのに、さらに不特定多数のプレイヤーに狙われるなどたまったものでは無いと、その顔は如実に語る。


 その仕掛けをしてきた、美月のいう”あの人”。直接の先輩に当たる三崎の意地の悪い笑顔が美貴の脳裏に色鮮やかに浮かぶ。



「そこなんだけど、正直微妙なのよね」



 あれが三崎の仕掛けだという予感はする。するが、妨害の意図があって行動を起こしたとは思いにくいのが正直な感想。 



『あのすかした嫌味な物言いは、アッちゃんじゃ無くて、シンタ先輩だろうねぇ。暇を持てあましてアドリブとかかな?』



『今そこまでシンタ先輩は暇じゃねぇぞ。頼まれごとしている俺だって、方針相談で連絡してから帰ってくるまで半日くらい掛かるのザラだ。よほどの事が無い限り直接は出てこねぇよ』



「今、金山が受けてる先輩絡みの頼みって、アッちゃんの本性さらしだっけ?」



『アリスさんがうちの掲示板に入り浸ったり、オフ会に参加しても、特定プレイヤーとの癒着や情報漏洩を疑われないように、ゲーム命なロープレ派廃神だって周知の事実を広めてる』



「どうせまた何時もの、仕掛ける側に真意を気づかせない回りくどい手でしょ。先輩裏で暗躍するのが大好きだから……だからこそ美月ちゃん達に関しては、さも妨害ですってばかりに表立って出てきたのが違和感ある」 



 三崎の手管を十分に知っている同士達は、美貴の言葉にそれぞれの反応で一斉に頷き肯定する。


 三崎伸太はとにかく狙いを掴ませない。


 何か狙いがあるのは判っていても、その目標を絞り込ませず、下手すれば先の先のその先まで狙って、複数の攻略目標を設定して、相手に考えさせ、その思考を逆手に取り、さらに罠を仕掛ける。


 どこまでが罠で、どこからが計算外なのか判断させず、相手を困惑させるのは三崎の得意手だ。


 それが故に、見え見えの妨害をしてきたというのが、どうしても違和感が付きまとう。


 現に今の美貴達も、三崎の罠の真っ直中にいるといっても過言では無いが、その真意を長い付き合いがあるというのに見極め切れていない。


 就活の一環でVRMMO初心者の美月達にゲームを教えろ。


 あの通常モードは気の良い頼りになる先輩で、ゲームに関しては腐れ外道が、面白半分や思いつきでこんな試験内容を設定するとは思えない。


 おそらくその裏には美貴には想像もつかない、やたらとめんどくさい裏事情を抱えているはずだ。


 下手すれば、就職試験と題し、大手企業をいくつも巻き込んで、数多の就活学生をゲームに挑ませたのも、周囲を巻き込む意図はあったかも知れないが、その第一優先目標は、美月達のゲーム攻略を補助させる為という可能性だってあり得る。


 三崎の目的は、美月達の妨害では無く、美月達の手助けなのかもしれない。


 そう思わせておいて、最後にどんでん返しを仕掛けて来る可能性も捨てきれない。


 敵か味方か? 考えても、推測の域からは出ない。


 むしろ考えれば考えるほど三崎の罠にはまる可能性もあるが、どうしても考えてしまう。



「先輩の意図、結局そこなのよね……美月ちゃんと麻紀ちゃん」



 このままでは埒が開かない。そう判断した美貴は、表情を改めて、不安げな二人へと呼びかける。 



「なんか特別な事情があると思うけど、二人がなんでPCOに参加しようと思ったのか、良かったら……聞かせてもらっていいかな?」



 美月達がゲームに参加したのは、本人達的によほど重要な事情がある。


 そのプレイがゲームを楽しむというよりも、むしろ必死にゲームを攻略しようとしている様も見ても丸わかりだったからすぐに気づいていたが、あえて踏み込んでいなかった質問を口にした。



『私達がゲームに参加した理由ですか……』



 答えに躊躇する様の美月の表情は、何か特別な事情があると、ありありと語っている。


画面の向こうの美月が視線を僅かに横に向けた。おそらくその視線の先には、別画面に映る麻紀の姿があるのだろう。


 麻紀の顔には緊張と、何故か恐怖の色が浮かんでいた。


 麻紀のゲームプレイは観察していれば一目瞭然だが、戦闘が多いフィールドに出ているのに、未だにプレイヤーどころかNPC相手にも、致命的な攻撃を一切行わない不殺プレイ。


 縛りで不殺プレイを行うプレイヤーもいるが、麻紀のそれはどう考えても違う。


 死に対する忌避や恐怖が強すぎるのかもしれない。しかもゲームという仮想世界でさえだ。


 おそらくは何らかのトラウマ持ち。それも相当根深く、強すぎる原体験があるはず。


 それが安易に想像出来たからこそ、美貴だけで無く、KUGC全員で示し合わせて、今までこの話題に、美月達がゲームを始める切っ掛けには触れてこなかった。


 だが三崎の妨害? がここまで判りやすく出てきた以上は、これ以上この話題から目を背けながら、攻略を進めていけば、どこかで致命的な無理が生じるかも知れない。


 麻紀は見かけはアレだが、美貴も知っている大手医療法人一族の令嬢という事。


 そして三崎というかディケライアが、その医療法人グループを橋頭堡にVR方面から医療業界に切り崩しを掛けて仲間をテイムしまくっているいるのは、ちょっと事情を知っていて、ニュースサイトの小さな記事にも目を通してすぐに判る。


 世間的に大々的に広告を打って派手に展開しているVRMMOとしてのPCOと比べれば地味だが、ディケライアは着実に、多種多様な業界にその触手を伸ばし、力を増している。


 最終攻略目標をどこに定めているのか知れないが三崎のことだ。協力得る代わりに、クエスト感覚で麻紀のトラウマ解消でも引き受けて、二人をゲームにでも引きずり込んだか?



(ほんと何やらかしてるんだかあの人は女子高生相手に……)



 最終的には帳尻は+にあわせるが、いくらでも外道プレイに奔るのは三崎の特徴。しかしそれはあくまでもゲーム世界限定。


 その資質がもしリアルで発揮されているなら、迷惑この上ない事態だ。



『……』



 目に見えて青ざめた麻紀が、タブレットケースから薬を取りだして口に放り込んでいる。


 美貴の今の問いかけでさえ、何かを刺激してしまったようだ。



『ご、ごめんね麻紀ちゃん。対策や予測を正確に立てるには、メンバー間の情報共有は必須。ゲーム攻略の基本なの。でももちろん無理強いする気は無いから。所詮はゲーム。楽しく無いことを無理してやる必要は絶対に無いからね』



 思った以上に強い反応に。自分でもフォローになっているとは思えないが、慌てて美貴は口にする。


 こんな言葉でどうにか落ち着けるなら、二人ともゲームには参加していないはずだ。



(あーもう! ユッコさんいてくれたら上手くフォローしてくれるのに!)



 年上と気取っても所詮はまだまだ美貴も絶賛就活中の大学生。こういう場面での人生経験の無さは致命的だ。


 こういう深刻な場面では、不動の副マスことユッコが何時も上手いこと立ち回ってくれていた。ユッコならどうしていただろうと考えるが、あそこまでの安定感を発揮できる自信がない。


 ユッコと同じくゲーム内で人格者で知られていた鳳凰こと年長者の大鳥もこの場にはいるが、事情をよく知らないからか、口を挟まないように控えている。


 他のギルメン達も、同期ばかりなので、美貴と似たり寄ったりで反応に困っている。


 参加者の中で美月達と一番付き合いのある誠司達はある程度事情を知っているようで驚きの色は見えないが、どう声をかけた物かと戸惑っている。


 どう声をかけるべきかと躊躇していると、新たに通信ウィンドウが開く。


 その画面には、自分はゲーム参加者では無いからと緊急会議に参加していなかった、美貴の先輩であり、美月達の学校の教師でもある羽室が映っていた。



『宮野妹。そこに手を出すなら攻略メンバーか、ルートくらいしっかり確保しとけ』



 見てられなくなったのか、それとも教師のとしての本能でも働いたのか、傍観から介入に方針を変更したようだ。



『高山。西ヶ丘。どうしてもきついなら、俺が先輩権限でシンタを締め上げて押さえ込む。どうせなんかの取引でも持ちかけてんだろあの野郎は。ただその場合は、どこまでお前らの望みが叶うか保証はできないがどうする?』



 羽室は代替え案と共に一気に斬り込む。


 楽ではあるが報酬の少ない簡易ルートか。きついが全てが手に入る高難度ルートか?


 極々簡単に言えばそんな2つのルートを提示する。


  

『といってもどうせシンタのことだ。お前らも、もうどうするか選択させられた後だろ』



 もうルートは確定している。あとはその決められた道をどの速度で走るか。


 苦しくて、足を止めるか。それとも、我慢して走り抜けるか。


 それを選択するのはプレイヤーの、美月と麻紀の自由だと、羽室の声は語る。


 血の気が引けた色のままだが、顔を上げた麻紀が、既に決断した後であることを思い出したのか、こくんと小さく頷いた。 



『だ、大丈夫です。美月の為だから。美月、良いよ。全部説明しよ、美月のお父さんの事。それに……あたしのせいであのお兄さんが死んじゃったかも知れないことも含めて』



『うん。麻紀ちゃんが良いなら。私達がゲームに参加したのは……』



 しかし決意した美月達が告げたのは、誰もが予想していない内容だった。












「以上です。すみません。あんまりにも信じられない話なので……信じてもらえるように、上手く説明が出来る自信がなくて黙っていました」



 美月が主に説明し、時折麻紀が補足する形で、今までに起きた事をすべて伝え終える。


 美月の父。月のルナプラントで死んだはずの高山清吾が生きているかも知れない。


 それどころか、オウカさえも親族にルナプラント関係者がおり、その絡みでPCOに参加してきた節があり、全滅したはずのルナプラント職員が全員生存している可能性だってある。


 地球全域に大きな影響を起こしたサンクエイクの規模を考えれば、月に生存者がいるだけでも信じがたいのに、一番の問題はサンクエイクの起きた日の記憶が、美月と麻紀の中には二重であることだ。


 美月と麻紀の二人が出会った日。あの日にひょっとしたら三崎にも会っていたかも知れない。


 だがもし会っていた記憶が正しいのならば、あの日三崎は麻紀を助けようとして、自分が電車にひかれ死んだはずなのだ。



『『『『『『『…………』』』』』』



 説明を終えた美月が見たのは、どう返した物かと一様に困惑している美貴達の表情だった。


 それはそうだ。美月でさえ、今も実際に体験したことだというのに、あれが全て現実に起きたことだと思えず、困惑しているのだから、当然の反応だ。   


『あぁ、ほんと裏で何やってるのよあの先輩は。タロウ先輩。どう思いますか』



『タロウ呼ぶな……高山。西ヶ丘。一応は確認するぞ。それは全部本当の話だな』



 呻き声をあげた美貴からの呼びかけに、何故か不快そうに返した羽室は、今の話の真偽を再度確認する。


 美月も麻紀も小さく首を振って答えると、羽室が大きく息を吐いた。



『情報不足でどうこう判断は難しいが、確信を持って言うとしたら、高山の親父さんは確実に死んでいない。生きてる……しかしあの野郎。どんなクソめんどくさい事に絡みやがった。カナ。その辺はなんかさわりでも聞いて無いか』



「……えっ?」



 頭をがしがしと掻いた羽室が、父の生存を確信を持って断言するが、その言葉を美月はすぐに理解が出来ない。



『こっちにそんな手に持てあます話題がきてたら、とっくに他の先輩らに相談してますって! アリスさん絡みじゃ無いですか? 相当な無茶をし始めたのってPCOが動き出してからみたいですし』



『あーカナヤンそれ正解かも。普段の言動で忘れるけど、アッちゃん海の向こう人だったねぇ。亡くなったお父さん宇宙フリークだったみたいだし、そっちでなんか絡んでたとかかな。ほらアッちゃんがラスフェスすっぽかすくらいだし』



『確かにアッちゃんがあの状況で来ないのは、本人が亡くなったか、それに匹敵した何かが起きたくらいか。正直いって、親の葬式があってもイベント優先しかねないくらいの廃神なのに、会社引き継ぎくらいで来ないって、今考えたらおかしいけど』



『うげっ! ちょっと待て! そうなるとサンクエイクが起きること、あの人ら知ってたことになるぞ! まさかそれに乗じてこの規模の策略を仕掛けたか!?』  



『シンタ先輩ならやりかねないねぇ。目的のためなら全人類をだまくらかすなんてのも平然とやるタイプだし。いあ、ほんと権力握らせちゃダメなタイプだぁねあの先輩。考えてみれば粒子通信も、この間の飛行船も手が早すぎでしょ』



『しかし、そうなると彼女らの記憶の二重化って、ナノシステムを使った記憶書き換え実験でもやらかしやがったか。西ヶ丘さんの実家は大手医療法人西ヶ丘だって話だな。そっち関係で技術を手に入れたか、開発したか』



『ちょっと待ってホウさん! その手のやばい技術って世界的に開発禁止じゃ無いんですか!?』



『シンタが非常事態で、法律やらルールを気にするかどうかなんて、後輩のお前らの方が詳しいだろ。あいつは使える手は全部を使って、使わなくても用意だけはするから、平気でやらかすしな』



 羽室が断言した理由を理解が出来ない美月を尻目に、美貴達が半分パニック状態で言葉を重ねていく。

 

 その勢いの激しさは美月が口を挟むことができ無いほどだ。


 父が亡くなったと思い一人になってから引っ込み思案だった美月の性格はかなり変わったが、根っこ部分では控えめなその性分は変わらない。 



『センセ! ちょっと待ってください! うっぷ……な、なんで美月のお父さんが生きているって断言できるのか、最初に教えて!』 



 流れをぶった切るために、わざと自分の画面を大きくした麻紀が大声で斬り込んだ。



『あぁ。二人とも悪い。俺も混乱してて説明不足だった』



 羽室の謝罪に続き、ばつが悪そうに画面の向こうの皆が頭を下げていた。


 三崎が死亡したシーンを思い出した上に、口で説明したので、顔色はさらに悪くなっていて、吐き気さえ覚えているようだが、麻紀の必死な様子が場の流れを一気に引き寄せていた。

  


「麻紀ちゃん、ありがと……先生。何故、父が生きていると断言できるんですか。教えてください」



 自分が躊躇するとき何時も前にいてくれる親友に万感の思いを込めて感謝を伝えた美月は、改めて羽室に向き合い、言葉の意味を尋ねる。


 美月が伝えたのは自分の見聞きした証言だけで、何の証拠も無い。だというのに父の生存を口にするだけの根拠がどこにあったというのだろうか?



『悪いな。俺らには当然すぎたんで、その辺はすっぽ抜けてた。まぁ簡単なことなんだが、高山。親父さんが本当は死んでいるのに、生きていると言われて騙されたら嫌だろ』



 羽室の問いかけは、美月には問われるまでも無く当然の事だ。そんな当然の事をわざわざ口にしたのには、それなりの理由があるはず。


 続きをすぐに聞くために、美月は無言で首を小さく縦に振って答える。



『あいつは、シンタは腐れ外道だって言われるだけに、目的達成のために手を選ばない。だけどあいつの横にはアリスが、ディケライア社長アリシティア・ディケライアってのがいる。アリスは、シンタのそういう所を嫌っている。ましてや死者や、残された奴を騙して愚弄するなんて手を絶対に許さない。そしてアリスが本気で嫌がるなら、シンタはその手を取らない。あいつらはそういうコンビなんだよ。根拠はそれだけだが、確実に親父さんが生きていなければシンタの奴が、親父さんが生きているのを装う手を使うことはあり得ない』



 羽室が確信した理由は、美月には根拠とは到底に思えないものだ。


 何の証拠も無い。言葉だけの保証。


 それが父の生存の証拠になるのだとは思えない。


 思えない。思えないのだが、何となくだが、羽室の言うことも理解が出来る。


 相手が嫌がるから手を選ぶ。そう思うのは理解が出来る。出来てしまう。


 なぜなら美月には、麻紀がいるからだ。


 麻紀が嫌がるから、美月も不殺プレイを貫いている。


 所詮はゲームだと半分以上は思っていても、リアルに繋がっている可能性がほんの欠片でもある限り、死にトラウマを持つ麻紀を追い詰めてしまう殺害行為は出来ない。


 自分にとって麻紀が、三崎にとってのアリスという、掛け替えのない存在であるならば、羽室の口にする言葉が理解が出来てしまう。


根拠に納得できなくても、その理屈に理解が出来てしまった。


 考えすぎてストレスが溜まりすぎたのか、それとも感情を無視して理解したせいか、美月の意識はすっと切り変わる。


 どこか冷めた、客観的に状況を見る自分へと。



「でも先生。そうすると何故……いえ、あの人は私達に何をさせたいんでしょうか。敵なんですか。それとも味方なんでしょうか」



 何故自分達に絡んできているのか。そう問いかけようとした美月は、途中で質問を変える。


 三崎は目的のためなら何でも使うと、その人柄を知る人は誰でも言う。


 だから美月達を利用して何かをしようとしている。それだけは確信できる。


 それが悪意を持つ敵なのか、それとも父とあわせようとする味方なのか。それが重要だ。


 しかしどちらにしろ三崎にとって自分は駒でしか無い。


 そう感じたとき、美月は微かな怒りを覚える。客観的に自分を見られるはずの状態になったはずの美月が。


 自分が苦労し、悩み、麻紀も苦しんでいる。


 その現実が、抑え込んでいる感情さえも漏れ出すほどに、溜まってきていたのだろうか。


 だが美月は知らない。利用されていると思う程度なら、自分の怒りを強く刺激しないことを。


 もっと美月的には許せない行動がある事を、今の美月はまだ知らない。



『正直、あいつが高山達の敵か味方かはまだまだ判らない。どこをクリア目標に定めているかだからな……ただな、すまない。個人的に謝らせてもらう。1ついえるとしたら、敵だろうが味方だろうが、あの野郎はこの状況を楽しんでやがるってことだけだ。本当に悪い』



 羽室が自分のことでも無いのに、なぜか深々と頭を下げる。



「……どういう意味でしょうか?」



『あー言葉通りだ。サンクエイク後は矢鱈目ったらな世界的にカオスな状況だ。逆境を楽しむあいつが、この困難な状況で嬉々として罠を仕掛けまくっているのは丸わかりだ。だろ宮野妹?』



『だからそっちも妹って呼ばないでくださいって……ほんとごめん。シンタ先輩の場合、本人的には敵って種別は無くて、全部を味方っていうか、手持ちの駒で利用して楽しむプレイだから、どっちにしろ苦労する事になってる』



 何らかの企みがあって利用されているとしたら、利用されている側の美月達が怒りを覚えるのは当然だ。


 だがそれ以上に許せないのは、怒りを覚えるのは、三崎がこの状況を計算し、自分がその思惑通りに悩まされていることだ。


 全ての状況を自分の麾下に治め、美月達の苦悩も計算し何かをなそうとしている。


 神様気取りなのか……いや三崎はゲームを管理するゲームマスター。ゲーム世界に関しては文字通り神だ。


 誰かの思惑通りに動かされ、自分はただ駒にさせられる。


 それが美月には、腹が立つ。


 自分の悩みは、麻紀の悩みは、自分達の物だ。誰かの思惑に利用されて良いものでは無く、その解消も自分達の関知しない場所で解消されるものでもないはずだ。


 誰かの思惑にそのまま流されるのは、喜びも、後悔も、誰かに一方的に与えられるなんて、我慢できる物じゃ無い。



「…………私、あの人が嫌いです」



 美月はぽつりと小さく告げる。


 人の好き嫌いを口にするのは温和しい美月にしては、至極珍しい。美月らしからぬ発言に麻紀さえも目を丸くしている。



「だからあの人の思惑に、そのままに乗りたくありません。だから少しでも思惑を外れて行動しようと思います」



『待て待て、気持ちは判らなくはないが、それじゃ入賞して、親父さんの情報を手に入れるってのが難しくなるぞ』



「はい。目的は変わりません。でも私が思ったプランへと、あの人が思い描いたプランを破って進もうと思います。だから皆さん、改めて協力をお願いします」



 不機嫌層に眉を顰めていた美月は、表情を改めて頭を下げながら、GMへの、神への反逆を口にした。


 高山美月は、高山清吾の娘である。その高山清吾の座右の名は『独立独歩』


 追い込まれた状況と積み重なったストレスが、父から受け継いだその血を覚醒させる。

   

 


 プレイヤー高山美月はプレイヤースキル【腹黒】LV1を習得した。

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