A面 それぞれのゲーム攻略 美月&麻紀編
生徒手帳としての役割も持つ個人端末を、情報技術実習室の十数世代は前のワークステーションと繋げ、校内アーカイブへとアクセスする為の下準備を美月は始める。
夏休み期間中で、オープニングイベントも後半に差し掛かった上に、早朝に緊急アップデートがあったというのに、わざわざ美月達が登校してきたのは、このデータベースから目的のプログラムをダウンロードするためだ。
アーカイブ内のプログラムリストへのアクセスだけならば、生徒であれば誰でも校外からでも出来るが、実際に使用したり、改良するためにダウンロードするには、クローズド環境のアーカイブ本体へアクセスしなければならず、それが可能なのは、校内端末で本人確認をしてからという、厳重な管理がされている。
「高山美月。1年C組。生徒番号は780114です」
ヘッドセットをつけて、声紋認証および虹彩認識を行い、ようやくアーカイブ本体へのアクセスが可能となり、専用仮想ウィンドウが展開される。
「羽室センセ。なんでわざわざこんな古くさいシステムなんですか? 今だったらナノシステムの個人認証で外部からでも情報セキュリティは万全なのに」
隣の端末で同じ操作を行っていた麻紀は、暑い中わざわざ学校まで来たのが嫌で、不満が溜まった顔で自分のこめかみの辺りを叩いている。
暑いならマントを脱げばいいのにとは一般常識では思うが、ブランケット症候群の気がある麻紀には酷な話なので口には出せない。
「情報リテラシー教育の一環だ。現在のネット環境に対応していない、古い情報やセキュリティってのはいくらでも……ってここらは二学期になってから、本格的に授業でやるから、お前らさっさとデータ下ろせ。アップデート後は先行有利ってのは昔から鉄板攻略法だからな」
アップデート直後という状況に学生時代を思いだしたのか、教師としての表情を羽室が消して、楽しそうではあるが真剣味が強い色になった。
そんな羽室をみてあきれ顔を浮かべている中年男性が一人。
今回美月が使おうとしているアーカイブプログラムの制作者で、OBの大鳥さんだと羽室からは美月達は紹介されていた。
「さすがKUGC出身。教師が廃人育成かよ」
「ゲーム内で学んだMod製作技術が、学業にも有益だって建前を建ててあるんだから、ホウさん余計なちゃちゃいれないでください」
個人的にも付き合いがあるようで、軽いやり取りを交わしている教師とOBを横目で見ながら、美月達はそれぞれ目当てのプログラムのダウンロードを開始する。
PCOは、そのメイン開発会社であるホワイトソフトウェアが、前作で用いていたという個人Modシステムが採用さている。
基幹プログラムをいじれるわけではないが、公式にはない髪型や顔、体型などに加えて、ゲームバランスを崩さないようにある程度のテンプレートや機能制限はあるが、ゲーム内効果を持つアイテムを自由に作れるという機能だ。
それは例えば、ビームライフル内蔵義腕だったり、シュークリーム型小型爆弾等の戦闘用小物に限らず、オリジナルデザインの指輪や服、もしくは音楽スキルを取っている者ならば、オリジナルの楽器だったりと、プレイヤーの発想を元に、自由自在にアイテムを作り出せる土壌を作り出している。
今回美月が目的としているのも、ゲーム内で使用可能な判りやすい3D地図を作るためだ。
公式の地図作成機能もあるが、微妙に使いづらく、範囲も大きすぎたりするので、それよりもより細かく、さらに使いやすくする目的がある。
これら個人Modデータアイテムの出来を競うコンテストも行われるそうで、優勝者の個人Modが公式採用され賞金が出る賞金大会、もしくはリアルで製作可能な現実的な物は、VRデータから型を起こしてプレゼントという連動企画も予定されている。
また、ゲーム開始直後で未だ到達した者はいないが、関連スキルを上げたうえに、必要Modデータ枠を課金、もしくはゲーム内の功績を挙げて確保すれば、オリジナルデザインの宇宙船や、惑星規模要塞など、大型な物まで製作可能だという噂だ。
アンネベルグが利用者に貸しだしている補助AI達も、このModシステムの一部で、個人用よりも高性能テンプレートが使用可能となっているので準公式Modと呼ばれている。
羽室に聞いた話では、公式ツールを若干不満がある物に”わざ”と仕上げ、開発ツールを、協賛企業やプレイヤーに積極的に開放して、それらを公式にも採用することで、盛り上げていく手管は、GMミサキこと三崎伸太のやり口だとのこと。
『なし崩しで仲間作りはシンタの十八番なんでな』が羽室の弁だ。
「えと……大鳥先輩。すみません即席3D地図作成プログラムをお借りします。それと使わせていただきありがとうございます」
ダウンロードが終わった美月は、制作者の大鳥が年上の大人なのでさんで呼ぼうか、先輩で呼ぼうか迷った末に、後輩の立場で借りるのだからと、ヘッドセットを外して軽く頭を下げて、お礼を伝える。
「この年で、女子高生に先輩って呼ばれるのはちょっと恥ずかしいな……あと昔の作品でも、PCOで使うなら、利用感も聞かせてほしいから鳳凰でいい。知り合いリストにでも入れといてくれ」
礼儀正しくお礼を伝えてきた美月に対して、少し居心地が悪そうに照れた大鳥が美月達現役組に自分のプレイヤーネームを伝えると、
「え、鳳凰って! 大手攻略サイトの運営している鳳凰さんですか!? 何時も利用させて、情報書き込みもさせてもらっています!」
「お、利用者さんか。こっちこそありがとうだな。本業が忙しいうえに、シンタの奴がいろいろ仕掛けているせいで、なかなか情報を集められないから助かってるよ」
データ収集癖がある亮一がその名に反応して食いつくと、大鳥も嬉しそうに笑顔でかえす。
どうやら美月が見せてもらっていた攻略情報や映像の出所であるサイトは、大鳥が運営しているようだ。
「すげぇ! 先輩あんなでかいサイト運営してるんすか! 今朝だけでも当日カウンターもう15万超えてましたよ!」
「戦場地図更新データの所だよな。あの見やすい3Dマップのおかげでマップ把握で俺ら助かってます」
FPS系寄りのゲームプレイをしているという伸吾や誠司も、色々役立つ情報がすぐに手に入るからと入り浸っている様だ。
「そりゃホウさんの所は年期が違うからな。さすが初心者向け最大手ギルマスなだけあって、判りやすい、見やすいサイト構造に関しちゃ、お前らも良い勉強になるぞ」
さらには羽室も、大鳥の運営するサイトには色々助けられていたようで、すぐに参戦してしまった。
男連中はそのままサイトの見やすさを褒めたり、サイト運営の細かい部分に関する雑談を始めている。
そこにはゲームを心底楽しんでいる、もしくは楽しんでいたプレイヤー達の姿がある。
美月には、その姿は遠く……そして少しだけ羨ましい物だ。
彼らを横目で見ながら美月はダウンロードした大鳥製作の地図データプログラムを、ゲーム内でも使いやすいようにカスタマイズしていく。
美月には目的がある。父の行方を、その安否を知る為に、慣れないゲーム攻略をするという目的が。
だからどうしても楽しむ事が出来ない。失敗したらどうしよう。失敗はできない。その思いが先行してしまう
美月を慎重にさせる、そして大胆な一歩を踏み出せない様は、ゲームプレイにも現れている。
ノーマルワールドに留まり、無理をせず、高い成功率を求める。
そのプレイは、地道に確実に稼げるが、大きな成果を得る事は無い。
しかし、だからだろうか、後1歩が遠く、届かない。
そしてそれは昨日までの話。
新たな機能も加わり、さらに最低限での入賞ラインとなる功績ポイントを目指して、スキルや装備が揃った事で高難易度ワールドに、徐々に転移して熾烈な争いをしはじめたゲーマー達に、置いていかれるのでは無いかと思ってしまう。
彼らに追いつくには、引き離されないためには、高難易度ワールドへの転移が必要だとは理解している。
だがあちらはさらに戦闘の激しい世界。
自分がやられたら、そして自分の親友がトラウマを刺激され傷ついたら。
もしゲームだといわれているあの世界が、現実の世界だったら。
そして、何より……
色々と考え思慮深く行動するのは美月の長所であるが、同時に短所でもある。
どうしても不安定要素が強いと進めない。躊躇してしまう。一生懸命に伸ばさなければ届かないと判っているのに、竦んで手が伸ばせない。
ふと自分がいつの間にか手を止めていた事に、美月は気づく。
一番の不安要素を自覚してしまうと、どうしてもその思いが手を止めてしまう。
父は本当に生きているのだろうか? 世間でいわれているように、本当は死んでいるのではないか……
自分が父から聞かされた話が、人が住まうのが難しい月の世界の話が、美月の中で常識として語る。
あの状況で、巨大な有史以来最大級といわれる太陽風【サンクエイク】の直撃を喰らった月で父が生きているはずが無いと。
自分はただ父が生きているかも知れないと、無理矢理に思い込んでいるだけでは無いか?
「……大丈夫だよ。美月」
美月が不安から手を止めてじっと自分の手を見つめていると、いつの間にか横に来ていた麻紀がそっと手を重ねてきた。
どうやら浮かない美月の表情から、その心情を察して心配して来てくれたようだ。
「うん。麻紀ちゃん。ありがとう」
「美月には何時も助けてもらってるもん。気にしないで。それよかいい手を考えたんだ。ちょっと面白いプログラムがあったから、追加で導入してみるね」
にこっと笑った美月に、麻紀も明るい笑顔で返しながら、共有ウィンドウに1つのプログラムを表示する。
麻紀が示したプログラムは【ロボットアームで高速ジャグリング】と書かれている物だ。
「羽室センセ! 実習室のフルダイブマシーンって使わせてもらっても良いですか!? 私はマントを使うから美月用に。色々リアルタイムでプログラムの調整がしたいんで、アンネベルグよりも、学校でやったほうが早そう!」
「あ? 校内でVRMMOだ。巫山戯ていってるわけじゃ……ないようだな。アーカイブのプログラム改造実証実験って名目なら……仕方ない。二人ともあとでそれぞれレポート5枚以上で出せよ。自由課題ってことにしてやるから」
校内でゲームをやりたいという麻紀の無茶な頼みに、羽室は少し迷ったが、思いのほか真剣な顔つきの麻紀の表情を見て思うところでもあったのか、レポートを条件に許可を出してくれていた。