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B面 忠誠値100の敵

 オリンポス山麓に建造された火星中央都市は、中央宇宙港の北側の来訪者向けの区画と、南側。地球の再生者であるリバイバー用区画に大きく2つに分けることができる。


 リバイバー区は、それぞれの地球地域ごとの特色を色濃く現した居住区、商業区、工業区をセットにして、そのセットの合間に公園区画を組合わせた、某都市建造ゲーのような仕様。


 要は世界各地の都市をイメージしたその国の文化や風俗を再現したタウン区画と、区画間の境となる緑化区画のセットで、見た目は日本でお馴染みな○○村といった風情だ。


 リバイバーの皆様は、ディケライア社の特例現地協力社員という名目で籍を持ち、様々な仕事をしてもらっているので、一般居住区は巨大企業城下町といったところか。


 家賃、光熱費は無料。仕事内容やら、追加報酬に応じて、給金として火星都市内限定の電子マネーを配布し、火星内で自給自足している食材やら生活品購入に当ててもらっている。


 そんな火星都市の状況をモニターに映しながら、新造タウン区画の報告書に軽く目を通していく。


 面接してこちらの主旨に同意をしてくれた協力者を蘇らせているとはいえ、人が増えれば増えるほど軋轢は生まれる物。


 ほんの些細な問題が、いつ大きな火種となるかなんてわからない。


 あがってきた苦情や要望には速やかに対処ってのは、都市運営ゲームと変わらず。ただ宇宙育ちだったり、他種族なディケライア社の面々には、微妙に判りにくい機微もある。


 そして地球側の新規再生者からしても、要望を伝えようにも見た目がまんまエイリアンなディケライア社の面々には、最初は抵抗が強いので、状況把握もかねて緩衝材としての俺が入っている。



『シンタさん。こっちが農場の栽培品目にいくつか新規追加されたリストです』



「はい。了解と」



 三ツ目のオペ子さんが映ったウィンドウから飛びだしてきた報告書という名のVRカードを数枚受け取りすぐに展開。


 大規模農場がベースとなったコルホーズ区画は、初期組であるルナプラントの植物学者であるレザーキ博士が中心となって運営されている。


 色々と印象が悪くないかと思った区画名称だが、レザーキさん曰く『昔と同じ失敗したら、我々は全滅だねぇ。そうならないための訓戒だよ』とにこやかに笑ってやがった。


 アリス好みにカスタマイズされた簡易指揮システムを流用したカードの表面では、山の斜面に作られた茶畑で、のんびりと茶摘みをするミニキャラ達が映されている。



「茶の生産ですか。確か他の作物に比べて土壌環境が違うから、大変だとかって話でしたよね」



『えぇ。そうみたいですね。でも火星都市群合同第43回要望投票でランキング入りしてましたから。地球時間でわずか2年で商業販売できるくらいの安定供給が可能になったのも、植物生成シミュレーターのおかげだって皆さん喜んでいましたよ。開発陣にもお礼を言ってくれとの事です』



 技術者連中に酒飲みが多い所為か、それとも元々他に作っていた食物をアルコールに転用できるからか判らないが、火星における嗜好品開発事業は、酒類が先行気味。


 しかし宗教観的に難しかったイスラム圏の人達も、最近は何とか仲間入りしてもらっているおかげで、その頃からコーヒー、茶類などの非アルコール系嗜好品の要望も多くあがっている。


 経営に失敗したら地球文明及び地球人類が終わりって状況じゃ、文字通りの神頼みが精神安定に一定の効力を発揮してくれているので大助かりだから、なるべくご機嫌伺いしといて損は無しだ。



「了解。大園ソフトウェアさんには、今回の土壌改良や育生データと一緒に礼状を送っておきます」



 資材に制限があり、耕作可能面積も限られている今の火星じゃ、リアルで試行錯誤する余裕はそうは無いが、そこは俺らVR屋の出番。

  

 リアルに制限があるなら、環境データをいじくり時間の流れを早めれる仮想世界で、リアルへと十分転用可能なデータを取れば良いという。


 しかし、惑星開発をメインにしたPCOを隠れ蓑にしているとは言え、リアル火星開拓で自分所の植物生成シミュレートが使われているとは大園さんも思うめぇ。


 また一枚手札が増えたことに嬉しさを覚えながら、そこからさらに展開すべきルートをいくつも考える。


 科学技術じゃ銀河文明の足元にさえたどり着いていない、地球文明の強みはその多様性と、発展性。

 

 文明変化スパンの長い銀河文明から見れば、単一種族が1つの惑星でこれだけ短期間に、次々に新しい試みを試したり、商品を開発していくのは珍しいとのこと。


 茶1つとっても製法やら、飲み方、さらにはそこから発展した飲茶文化と、いくらでも売りはある。


 人の手による生産や独自文化という物の価値が極めて高い銀河文明相手にするには、それは何よりも大切な物。


 おそらくはこの発展性も元々は、実験生物である俺達に意図的に与えられた精神的特性だと考えるべ……



「と、そうだ。少し個人的に聞きたいことあったんですけど今、少し良いですか?」



 未来に向けて色々と考えているうちに、脱線しかけた思考を立て直し、俺は表情を改めて、何となく声を気持ち潜めながら、オペ子さんへと尋ねる。


 

『……シャルパさんの事ですよね』



 俺の表情から何を聞きたがっているか悟ってくれたのか、オペ子さんが何時もの笑顔を引っ込め、額の目を悩ましげに閉じながら声を潜める。


 あまり触れてはいけない、もしくは触れたくない話題といった感じなのは、他に話を聞いた人と変わらない。



「えぇ。率直な印象を教えてもらえますか」



『真面目です。本当に真面目で、アリシティア社長の事を第一に考えている方でした。その忠誠心はお母様のサラス部長や、ご姉妹のシャモン部長と比べて勝るとも劣りません』


 

 窮地に陥った社を見捨てた裏切り者。


 そして今は惑星特別査察官という、色々とグレーゾーンな仕事が多い惑星改造会社にとっては、最大の仇敵として立ちふさがった執行者。


 しかしそれら現実を前にしても、オペ子さんも、他に話を聞いた人達と同じく、嫌悪感といった悪感情や、何故あの人がといった困惑さえも感じさせない、明確な回答を与えてくれた。


 つまりはシャルパ・グラッフテンという人物は、アリシティア・ディケライアを守るために存在すると。


 シャルパさんに関して尋ねた誰もが、表現の違いはあっても、十人中十人が忠誠心に溢れた人物だと答えてくれた。


 その行動に嫌悪感をみせたのは実の姉妹のシャモンさんのみで、他の社員からは怨嗟や、蔑む声も無かったほどだ。


 それらの印象を統合して人物像が固まってきたが、そうなると今回の行動は実に厄介で、簡単にどうこうできる物で無いと感じさせる。


 現場組の各部長からは、相棒のフォローを頼まれたが、これアリスが一番悩むパターンにもろ嵌まりじゃねぇか。


 色々と方針は考えられるが、俺の判断でどうこうしていい話でもねぇな。



「ありがとうございます。あとすみません。アリスの予定を俺の権限で変更お願いします。新茶を飲みつつ視察追加で」



 多少公私混同気味かも知れないので新規農作物視察という名目を組み込みつつ、昼飯を一緒に食べるという、多忙な俺らに取っちゃささやかな贅沢へとスケジュール変更を頼んだ。











 コルホーズ農場区画は面積的には火星都市で最大の区画となっていて、ぱっと見には巨大サイコロといった正方形構造物が並んでいる。


 その内部を見れば、青々とした小麦やら穀物類が生い茂った層もあれば、整然と樹木が立ち並ぶ層もあるといった感じの、様々な農地が形成されている。


一層一層で異なる環境調整した農場階層を積み重ねる事で、最高効率耕作面積を求めた構造で、それが今現在は10階層型が4基稼働中で、5基目の基本階層作りに着手中。


 最終的には増設した20階層30基稼働で、一億人分の食料を自給自足する食料生産計画となっている。


こいつは規模はともかく、純粋な地球技術によって建設、運営で、元々はルナプラントで研究、実験されていた月面農業ファクトリーの拡大発展版。


 基本的にここが火星の台所なので、ここが育たなければ、火星リバイバー人口を安易に増やせないという縛りもある最重要区画になっている。


 ただこの巨大さなので、すぐに組み立てられるというわけでも無く、需要と相談しながら少しずつ建設中。


 ここに限らず、リバイバー区画は、基本環境整備はさすがにディケライアが管理しているが、その他は地球産技術による物となっている。


 地球技術にこだわるわけは星系連合への言い訳である文明発展観察実験という大義名分を維持する目的もあるが、未来への貯金というはっきりした目的もある。  


 銀河文明から見て未だ未発達な原始文明というアドバンテージ。こいつを有効的に使うためにも、今は安易な手に頼れず、非効率的だが仕方ない。



「で、どうだよアリス。新茶の味は?」



 茶畑を見渡せる休憩所のベンチを借りて、今も絶賛刈り取り中のリバイバーさんが扱う茶摘み機の駆動音をBGMとしながら昼食を取り終えた俺は、相棒に食後の茶の感想を尋ねる。



「うっ、苦いのによくそのまま飲めるねシンタ」



 俺に促されて一口飲んだアリスは、落ち込み状態を表すへたっていたウサミミが一瞬立ち上がり、すぐにミルクポットとシュガーボックスに手を伸ばした。



「これくらい渋いほうが眠気が覚めて美味いからな。お前もいい歳なんだから、そろそろ甘いのよりこっち方面に目覚めろよ。そういや今朝のエリスの朝飯も好みに合わせてかなり甘め設定にしたけど、あれだけ甘いと太らないか?」



 緑茶に大量の砂糖とミルクをぶち込むという暴挙をしやがった相棒に、俺は呆れ気味で返しながら、手酌で二杯目を注ぐ。


 うむ。少し苦いが、朝飯がエリスに付き合って甘かった分、昼はこれくらいが丁度いい。



「大丈夫だって、私達の身体の中には過剰栄養をストックしておくナノシステムがあるって前に言ったでしょ。船の故障なんかで無人惑星でサバイバルになってもしばらくは生き残れるようにって。シャモン姉なんて、戦闘用ナノだから、地球時間で千年くらい飲まず食わずで戦闘活動が続けられるし」



 隔絶した科学力な銀河文明じゃキャラメイク感覚で、太ったり痩せたりも自由自在だったなそういえば……今度リルさんと結託してアリスのそれらの機能秘密裏に封鎖してやろうか。自己管理を教えるためにも。



「それよりさ……いきなりお昼一緒にって、シンタからは珍しいお誘いをしてきたのは、シャルパ姉対策でしょ」



 俺が密かに悪巧みをしているとは考えもしていないのか、アリスは自分から本題に踏みいる。


 さっきまでの状態に戻ったウサミミを少し揺らしながら、アリスは小さく息を吐いている。

 


「どう見ても落ち込んでいるから、もう少しクッションを踏んでからいこうとしたのに、こっちの気づかいを無駄にすんなよ」



「ごめん。でもシャルパ姉が相手なら落ち込んでいる時間は無いし、誰かに慰めてもらえることでもないから。それが”パートナー”であるシンタでも」



 アリスはキーワードを口にし、自分の意思を尊重してほしいと目で訴えかけてきた。


 お前ね。それは卑怯だろ。心配さえさせないってのは。


 思うところはある。あるが、それでもアリスが明確な意見を持っていることは判ったので、俺は黙って湯飲みに手を伸ばし茶で口を塞ぎ、アリスの次の言葉を待つ。



「シャルパ姉は優秀だよ。ほんとにね。油断したらうちの会社はすぐに営業停止処分になって潰される可能性も高いよ。ローバーとサラスおばさんが、不備な部分の見直しと対処に動いているけど、間に合うかどうか微妙だって」



「いつ来る予定なんだ?」



「地球時間で一週間後。あと1回の跳躍で到着するバルジエクスプレスの貨物船に乗ってるって。ナビゲーターしているレンフィアも星系連合からの箝口命令が出ていて、こっちに伝えられなかったってさっき連絡があったところ」


 

「到着してからじゃ無くて、到着少し前に箝口令解除かよ……思いっきりこっちの出方を試してきてるな」



 抜き打ち査察も質は悪いが、それより直前の事前連絡はさらに質が悪い。


 その少しの時間で上手くすれば都合の悪い部分を隠せるかも知れないと、どうしても考えてしまう。後ろめたい部分があればあるほどに。


 隠すか、それとも素直に情報を差し出すか。


 裏を返せばこれは隠されていても見つける自信があるという何よりの証左だな。シャルパさんが優秀だという情報に、査察対象は古巣のディケライアという事を加味して、かなりこっちの分が悪い。


 既に査察は始まっていると思ったほうが良いだろう。


 しかしこんな駆け引きをしてくるって事は……



「なぁアリス。シャルパさんってこっちの味方に引き抜けるか?」



「無理だよ。シャルパ姉は絶対にディケライアを潰す気だよ。だってシャルパ姉は最初から私の絶対の味方だから……いくらシンタだって味方は引き抜けないでしょ」



 敵では無く、絶対と断言できる味方が、ディケライアを潰そうとするね。


 アリシティア・ディケライアの絶対的な味方であるからこそ、その行く末に影を落とす窮状に陥ったディケライア社を潰そうとするって事だろうか。


 主の願いを無視してでも、御身の為と。ゲーム数値なら忠誠値マックスだろ。シャルパさん。


 姉妹であるシャモンさんと方針は違うが、ベクトル的には同じっぽいな。



「でも絶対に負けられない……だからね。シンタ。どんな手を使ってでもシャルパ姉の行動を妨害して排除する。私はそのつもりだよ」



 アリスの声のトーンが変わり力強くなり、頭のウサミミがぴんと立ち腹はくくったようだ。


 絶対的な味方であるから、シャルパさんを最悪の敵として認定して。


 ったく。らしくねぇ選択しやがって。


 どれだけ卓絶した科学力があろうとも、一皮剥けば結局は感情がそこにある。


 だから俺は銀河文明を、そこに住まう人達を恐れない。いくらでもやりようはあると知っているからだ。



「了解。じゃあシャルパさんにはアリスの”相棒”として俺が直接に応対する。良いよな」



 アリスがキーワードを口にしたのなら、こっちもキーワードを口にするだけ。



「シンタ……ずるいよ。そう言われたら断れないって知ってるのに」



「俺は卑怯だってお前が一番知ってるだろ、何を今更」



 俺は口元だけで笑いながら、苦めの茶を一気に飲み干す。


 心配させてもらえないなら、勝手に心配して気を使うだけだ。


 アリスが社長として動くしかないなら、動けないなら、俺はアリシティア・ディケライアの相棒としてその間を埋めるだけ。


 無理ゲー、確定イベント、説得不可能な敵で味方。


 こいつがゲームなら諦めるが、ここはリアル。ならひっくり返してやろうじゃねぇか。


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