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VR同窓会 開戦

 煉瓦風デザインタイル張りの校門と固く閉じた門扉を横目に見つつ、前庭と一体化した広場を手早くチェックしていく。

 右手には昨今では珍しくなった薪を背負った二宮金次郎像。

 その像の見る先には小学生の目線で見れば広いであろう池が作られている。

 池の中をのぞき見れば少し濁った水面が疲れ切った俺の顔を反射し、水中では小さな金魚が凍り付いたように静止していた。

 広場の向かい側に目をやると畳二畳ほどの大きさの連絡用掲示板が一つ。

 ガラス張りの掲示板にはわら半紙とは名ばかりの再生紙で、本日の同窓会のプログラムと今回ご出席なさる方の名簿と現連絡先。

 ポップアップウィンドウを呼び出しリストと照合確認をし誤記載や記入漏れなしを確認。

 ついで掲示板の脇に立つ大きな桜の木へと目をやる。

 桜の木は満開となった桃色の花を堂々と咲き誇っているが、木から散った花びらは、見えない糸で吊したかのように空中に停止した状態だ。

 写真や絵画のように美しくはあるが凍り付いたように停止した幻想的な風景を映し出すここは、リアルでは無くVRによって再現された舞岡北小学校の敷地内。

 開校時に記念植樹されたという桜は十数年前に落雷で焼失し、すでにこの世から消えていたが、VRではあるが見事な復活を遂げている。

 同窓会開催時刻である午後三時まであと5分を切り、ホワイトソフトウェア従業員総出の最終チェックを慌ただしくおこなっている真っ最中だ。

 なんせ最後に組み込んだデータのアップが終わったのは今朝方7時。

 環境系のメインデータでは無いので大丈夫だとは思うが、どこで影響が出るかも判らない。

 最後の最後で何らかの不具合が起き、同窓会が中止になればこの二ヶ月の努力が水泡に帰すのは勘弁と、残った力を振り絞っていた。



『三崎。入り口周辺どうだ?』

 


「校門周りはバグなし。池なんかの反射率も問題なしです。んじゃ目玉の桜を動かします」



 総合管理室で全体の総指揮をしている中村さんへと答え作業開始を告げる。

 この木の再現には苦労させられたので、停止状態でもこうまで咲き誇ってくれているのを見ると、それだけでも感動はひとしおだ。

 なにせ桜の前で撮った写真や映像データは、それこそアルバム数冊分ほどになるほど大量に有ったが、その大きさ故に全体を映した映像が一切無かった。

 映像を繋げて再現してみたりもしたのだが、どうにもつなぎ目が不自然で違和感が存在していた。

 他の木なら多少違ってもごまかしようもあるのだろうが、さすがに校門のシンボルともなるとそうはいかない。

 ちょっとした違和感が不評に繋がるかもしれないからだ。



『準備するからちょっと待て……そういえば福島さんに礼はしたのか?』



「今度一升瓶持ってVR盆栽を二時間制限でも楽しめるように内部時間設定変更しに行きますって伝えてあります」



 そこで解決策に知恵を拝借したのが、千年盆栽を達成した園芸マニアなご近所の福島の爺さま。

 過去の気象データや映像データ等から生育状況を推測してもらい、そのアドバイスを元に手直しして再現した桜は、ユッコさんから太鼓判を押してもらえる完成度を誇り、感謝しきりだ。



『そうか。あと寿司もつけろ。経費は会社で持つ……よし。いいぞ。開始してくれ』 



 こちらの木も花びらと同じく停止状態で透過体となっているので、水面に手を伸ばすような感じで表面ぎりぎりで手を止めてリンクを繋げて支配下に置く。



「リンク接続。停止モードから稼働モードに切り替えと」



 モードを切り替えると透過体だった木と花びらが実体化し、空中で止まっていた花びらは重力を思い出したようにヒラヒラと落ち始めた。

 急速垂直降下したり、きりもみ上に螺旋を描いて空中に上がっていくなんてありがちなバグもなし。

 校門すぐの桜の木は学校の顔でありイメージが強く覚えている方も多いそうなので、些かリアルでの開花時期には早いがご登場願っていた。



『プログラム上では問題なし。見た目はどうだ』 

 


「こちらも問題なしです。花は先に少し散らしときますか? 路面に花びらがちょっとあった方が良いでしょ」



 路面に目をやれば今落ちた10枚ほどの花びらが散り落ちている。

 この数だと単なるゴミにしか見えないが、もう少し枚数が多ければ色鮮やかなピンク色の模様となり無機質なコンクリート舗装を飾ってくれることだろう。



『稼働開始は5分前だからな。適当に落としておいてくれ』



 現在は再現全領域がメンテナンスモード状態。

 稼働するまでは、風一つ吹かず世界は止まった状態のままだ。

 このまま桜だけを稼働状態にしてもそう易々と花は落ちない。

 開場15分前なんだから、営業稼働モードに切り替えればいい話なのだが、まぁ、なんせ……金が無い。

 再現全領域をリアルと同じように動かすとなると、風の動き一つとっても、それにともなう枝葉の動きに、水面の波紋と多大な影響が起き、演算量は桁違いに跳ね上がる事になる。

 もっともリーディアンオンラインの時は大陸を丸々一つ作って動かしていたのだから、それと比べれば狭い学校敷地+αくらいなら、スペック的には本社地下のホストサーバを一台、しかも半稼働で余裕で動かせる。

 しかし経営的にはその一台を半稼働させるだけでも電気代が痛いらしく、ぎりぎりまで稼働を待っている状態だ。

 ……本当に大丈夫か。うちの会社?



「了解。んじゃ物理でいっておきます」

 

 

 会社の先行きにそこはかとない不安を覚えながら。今回の仕事が先に繋がると信じて、俺は幹に手を当てて軽く揺する。

 しなって揺れた枝からはピンク色の花びらが散り、地面をほどよく染め上げていった。

 出迎え先である校門辺りはこれで準備完了と。

 後は同窓会参加者の来訪を待つだけであるが……



「あーそれで中村さん。本当に俺で良いんですか? 受付手伝いだけならともかく挨拶と説明もって」



 来客者が最初に訪れる校門に配置されているのは、先輩女性社員が行う来客者の受付を手伝うためだと納得は出来る。

 しかし会社としての説明と挨拶をかねた総合司会を、ペーペーの俺がやらされるのはなんかの間違いだろ。

 普通こういう会社としての社運をかけた仕事の挨拶は社長で、お年寄り向けの判りやすい機能説明なんかは中村さんクラスの熟練者の出番だと思うんだが。

 


『突貫制作で想定外の不具合が起きてもおかしくないんで、俺はここから動けない。かといってVR技術に一番詳しい開発部の奴らや他の連中だと癖が強すぎるのと、非常時の戦力低下も痛い。対応になれている社長や営業部は、もう一組のお客の方の相手で動けない。あっちはそれこそ仕事の話で細かい事になるからな。諸々考えるとお前が一番適任なんだよ。三崎。社命だ……いい加減腹を決めろ』



「……ういっす。脳が動いてないからあんまり期待しないでください」



 社命と聞いて、仕事だ仕方ないと思う辺り自分が年をくったと実感する。

 疲れた顔のままで出るのは失礼なんで、頬を張って気合いを入れついでに眠気を覚ます。

 VRの良い点は思いっきり殴っても、それほど痛くないことと跡が残らないことだ。



『お前なら大丈夫だろ。基本的に人当たりが良くて口は上手いからな。社長もこの間の和菓子屋での件は、形無い物を売るってことで詐欺師みたいな才能があるってほめてたぞ』



 いや、それ……褒めてないですよね。

 というかあの社長にだけはその褒められ方はされたくないんですけど。

 俺も大概だが、社長こそ、その思考と詭弁は詐欺師そのものだと思う。

 なんせまだ成功していない今回の同窓会を切っ掛けに、かなり大がかりな仕掛けを施そうとしているくらいだ。

 どうにも返しにくい評価に俺が返答に詰まっていると、



『ポート解放5分前。全域稼働開始します。全職員は所定の配置についてください』



 無機質な機械アナウンスが流れると共に世界が躍動し始める。

 池へと注ぎ込む水のせせらぎと聞こえ、春先の暖かい風が吹き始め花の香りを運び、前庭の木々に隠れた飼育小屋から雄鳥の鳴き声が響く。

 ふと気づくと目の前のコンクリートに小さな点の影が生まれる。

 かと思うと、一気に大きくなった。

 何かと思い頭上を見上げれば、会社の受付嬢である大磯さんが空から降りてきたところだった。



「屋上設備のほうは問題なしです。目隠しの霧発生させてください……っ!」



 下にいる俺に気づいた大磯さんが声を上げて、はためいていたスカートの裾を慌てて押さえつける。

 人手が足りなくて現場チェック班は複数箇所担当があり、俺は受付に回されるのを聞いていたので校門周りを最後に回していたのだが、大磯さんは確認箇所の少ない校舎屋上を最後にしていた。

 工程表上での時間に余裕はあったと思うが、トラブルが生じ思った以上に時間を食い、開業直前アナウンスに慌てて空を飛んでショートカットしてきたという所だろう。

 


「……見た?」



 地面に降りてきて気まずそうに耳を赤くして顔をうつむけ、おそるおそる聞いてくる。

 年齢的には俺の3つ年下であるが、大磯さんは高校卒業と共にホワイトソフトウェアに入社したので会社では1年先輩になる。その顔を潰すような答えは返せない。

 


「相変わらずの見事なまでの鉄壁でした」

 


「そ、そう! ご、ごめんね。遅れて。ちょっとトラブってた。すぐ準備するから!」



 ほっと安心した息を漏らした大磯さんはごまかし笑いを浮かべながら、照れ隠しに大きく指を振って掲示板前に受付テーブルをインベントリーから呼び出してた。

 その手際は見事の一言。

 目立ちすぎず、かといって地味すぎない色合いのテーブルをチョイスし、ぱぱっと設置したかと思うと、その上にサイン用のインク壺やら羽ペンを取り出し並べてあっという間に受付を整えていく。

 この人基本的に仕事は出来るし、性格もいいんだが……なんというかドジだ。

 


『開場2分前。来場者ポータルを解放します。グラウンドに霧生成。目隠し開始』



 大磯さんの準備が終わるとほぼ同時に、入り口である校門を閉じていた鉄製の門扉がきしむ音を奏でながら内側に開きはじめ、同時に濃いミルク色の霧が発生してグラウンドの向こう側に立つ校舎の姿を覆い隠す。

 本命は皆様そろってご覧くださいという趣向だ。

 

 

『あーこちら白井。簡単だけど挨拶するのでそのまま聞いてくれ』



 全域放送でいつも通りののらりくらりとした社長の声が響く。

 おそらくこの会社でこの二ヶ月一番忙しく駆け回っていたはずなのに、声に疲れは無く、気負いも無い。



『全社員皆の奮闘のおかげで開場までは無事に来た。ここまで来れば後は僕らの本業だ。これからみえられるお客様。そしてこれを見ているお客様。その全てに我々ホワイトソフトウェアの真髄を、楽しいVRMMOを体感してもらおう。つまりいつも通りだ』 



 失敗すれば会社は潰れるというのに、あくまで自然体でいつも通りに行けば良いと言える。

 それが社長の持ち味であり、くせ者揃いの会社をまとめ上げる素質なのだろう。



『では営業開始』




 社長の挨拶が終わると同時に門が完全に解放され、その門柱のあいだに光の輪が発生する。

 仮想体生成リングがゆっくりと回転しながら地上へと降りると壮年の男性が姿を現す。



「……ほぉ……これは……なんとも」



 後ろへとなでつけた白髪の男性は黒フレームの眼鏡奥の目を驚きに見開き、感嘆の声を上げている。

 反応は上々だがまずい。あの位置で立ち止まられると、入り口がすぐに詰まってしまう。



『田中耕一さん。元クラインインテリア社品質部部長。三年前に早期退職。現在は生まれ故郷で素人絵描きをしながら隠居生活……三崎君。こっちまで案内してきて』



 その男性。田中さんのすぐ横に不可視ポップが浮かび上がり、簡易プロフィールが表示される。

 大磯さんが気を利かせて教えてくれたようだ。

  


「ようこそ田中様。こちらでご記帳をお願いできますか」



 感慨深い表情を浮かべる田中さんの気を害さないように、にこりと微笑みながら挨拶をかねた誘導の声をかける。



「おっ……おぉ。これは失礼。ふむ。こちらですな」



 懐かしい光景につい見惚れていたであろう田中さんはどうやら俺たちの存在にすら気づいていなかったみたいだ。

 俺の声に少し驚いたような仕草を見せていたが、すぐに大磯さんが待機する受付に気づき校門からこちらへと近づいてきてくれた。

 一人目の誘導は成功。

 大磯さんに後は任せて俺は次の仮想体を生成し始めたリングへと目をやった。

 ……このやり取りをこのあと数十回やらされる羽目になったのだが、それだけ再現率や心に訴える物があったのだと思っておこう。













「小野坂。久しぶりだな。まだ生きてたか」



「おぉ野瀬か! そっちこそよく生きてやがったな。何年か前に心臓発作で倒れて梁から落ちたって聞いてたぞ」



 受付で記帳をしていた大学教授である小野坂さんに気づいた大工の棟梁だという野瀬さんが声をかけると、つい今まで紳士然とした丁寧な物腰で受付をしていた小野坂さんの言葉遣いが些か乱暴になった。



「おう。あの時は死ぬかと思ったが。なーに人工心臓に変えてからは前より調子が良くなったくらいだ。まだまだ現役さ。ほれとっととこっち来いや」



「ははっ。お前らしいな。待ってろ。すぐサインしてそっちに行くから……コホン。失礼。これでよろしいかな」



「はい。ありがとうございます。小野坂教授。どうぞ御交友をお楽しみください」  



 つい出てしまったであろう言葉遣いに気づき咳をしてごまかす小野坂さんに対して大磯さんはにこりと微笑んで返す。

 ふんわりとした自然な笑顔は大磯さんの最大の武器。

 会社を訪れた取引先のお偉いさんから息子の嫁にしたいと口説かれた事もあるらしい。



「あぁ。ありがとうお嬢さん。お恥ずかしいところを見られたな。あまりに懐かしくてつい若い頃に返ってしまいそうだったよ。君の会社は良い仕事をするね」



 まだ本番が始まってもいないのにご満悦な表情を浮かべた小野坂さんは楽しげな笑みを浮かべながらお褒めの言葉をくださると、先ほどから呼んでいた野瀬さんの方へと歩いていった。

 高い再現率を誇る失われた桜の巨木は、来場した方達を一気にノスタルジーへと引き込む仕掛け。

 前庭のあちらこちらでユッコさんのご学友達が談笑の花を咲かせていた。

 その話の種は互いの近況だけでは無い。

 今は失われてしまった桜の木を見上げながら。

 リアルとうり二つに再現された前庭を散策して懐かしげに目を細めながら。

 そして発生している霧で隠され姿が見えない校舎がどうなっているのかと、実に待ち遠しそうに語り合いながら。

 この場を楽しんでいただけているようなのでとりあえずは成功といったところか。



(小野坂さんで44人目。あとお二人で全員)   



(了解。あとはユッコさんと神崎さんですね)   



 不可視ポップアップウィンドウに浮かんだ大磯さんからの文字チャットに対して、俺も同じく声に出すWISではなく右手で仮想コンソールを軽く叩き返事を返す。

 俺たちGMとは裏方。

 司会進行の様子や現状報告、打ち合わせなどはなるべくお客様に見せないのが理想なので、この声を出せばすぐ届く至近距離でも文字チャットで会話を交わす。

 ユッコさんは設備の整った自宅からでは無く、西が丘ホスピスから潜ることになっている。

 校門へと目をやると丁度二つの仮想体生成リングが出現し動き始めていた。右のリングは通常サイズ。左側のリングは幅が広く大きい。

 右のリングから上品な白色を基調としたワンピースの上に赤色系のカーディガンを重ね着したユッコさんが出ててきて、左のリングからは暖色の淡い橙色のゆったりとしたブラウスを纏った神崎さんが車椅子に座って姿を現した。



「ケイ子! 遅いわよ。待ちくたびれちゃったじゃ無い。もう貴女に会うのが楽しみだったのよ。どうせユッコがいろいろ服に五月蠅く言ったんでしょ」



 入ってきた二人に気づいた丸っこい……もとい恰幅の良いご婦人が明るい笑顔を浮かべて喜色の声をあげた。

 その声に一斉に視線が校門に集まった。



「おっ! 来たか今回の立役者と主賓が」



「昔から三島の着せ替え人形だったな神崎は」



「ははっ。そうだった。そうだった。相変わらず仲がいいなお前ら二人は」



 場が一気に盛り上がる。

 ホスピスから出ることが出来ない神崎さんとVRとはいえ会えることが皆嬉しいのだろう。

 温かな雰囲気と声が二人にかけられる。

 その口火を切った話し好きなおばちゃんといった空気を全身から醸し出すあの人は確かグラスさんという方だったか?

 大磯さんに目線をやるとすぐにグラスさん(仮名)の横にポップアップウィンドウが浮かび上がった。



『美弥=グラス(旧姓新村)さん。元大日航空CA。国際結婚なされて現在は海外で生活。お二人と会うのは10年ぶり』



 一流のドアマンは数千人の顧客の容姿やプロフィールを素で覚えているというが大磯さんもそれに近い能力を持っている。

 大磯さんの場合は記憶自体は脳内ナノシステムの補助を受けているが、ともかく集めている情報量が多く、さらにそれをその時々に合わせ有用情報として使い分ける事が出来る。

 天性のドジに気をつければ、どこの一流企業でも秘書としてやっていけるだろうが、本人曰く、そんな所じゃ緊張してとんでもないドジをするからと生気の抜けた沈み笑いを浮かべていた。  



「もう。五月蠅い言わないでくださいな。それが私の仕事で趣味なんですから。それに恵子さんの場合は元が良いから着せ替え甲斐があるのよ」



「ふふ。お久しぶりねみんな。由希子さんに私が頼んだのよ。最近の服装なんて判らないから選んでほしいって。これどうかしら?」



 嬉しそうな笑い顔を浮かべたユッコさんと神崎さんが応えると、車椅子が音も無く進みグラスさん……美弥さんの方へと動いた。

 病院側から提供してもらったVR車椅子データを数値を少しいじくって調整してあるが、動作は問題なしのようだ。



「いいわね。恵子の白い肌には暖かい色が栄えるもの。ねぇユッコ。今度あたしの服もみてよ。娘に年寄り臭いって言われてるのよ」



「はいはい。でもその前に美弥ちゃんは少し痩せなさい。前にあったときより大きくなってるでしょ」 



「そういえばそうだな。昔は一番痩せてたのが今じゃ逆側に一番だ」



「もう失礼ね。これでも今日のために1キロも落としてきたのよ」



 ユッコさんが浮かべた意地の悪い顔に悪のりした男性が茶々を入れ周囲から笑い声が上がる。

 そしてこの冗談に一番笑っているのが当の本人である美弥さん。

 ユッコさんの同窓の方達は極めて良好な関係を今も築いているのを感じさせる光景だ。



『三崎。お客様が歓談中のところ悪いが、全員そろった事だし始めろ。最初の田中さんが没入してから10分経過。残りは110分だ』



 司会を始めろという中村さんからのWISが脳裏に響く。

 この楽しげなおしゃべりをこのままさせてあげたいところだが、俺たちには難敵がいる。

 VR規制条例の条項が一つ。



 ”娯楽目的での脳内ナノシステムによるVRシステム利用における完全没入は一日二時間を上限とする”



 今回の同窓会もあくまで楽しむための物になるため、娯楽目的を禁止するこの社内通称のヒス条例に引っかかってしまう。

 忌々しいことこの上ないのだがそれでもどうにも出来ないのだから、この枷をはめたまま俺たちは進むしか道は無い……今は。

 


「皆様ご歓談中のところ失礼いたします! 私はホワイトソフトウェアの三崎伸太と申します。全員おそろいになったことですのでそろそろ始めさせていただきます。あちらをご覧ください!」  



 まずは大声で一気に注目を集め、次いで声を一度落とし、もう一度声を張り上げながら、オーバーなほどの大きな身振りでグランドを指し示す。

 俺に集まっていた視線がその手の動きに合わせてグラウンドへと一斉に注がれる。



『霧解除。バックからライトアップ開始。音楽スタート。徐々に上げていけ』



 管理室の中村さんの声と共に風が霧をゆっくりと晴らしはじめ、その風音に混じって微かな音が響いた。

 裏側から光を当てられた校舎が霧の中から徐々に姿を表すのに合わせて、最初は聞き取りにくかった音がやがて明確なメロディーとなる。



『霧パターン変化』



 風にながされるままだった霧がやがて空中に止まり形を作り、詩のような言葉の群れを空中に浮かび上がらせた。



「え? これ……校歌じゃない? 曲もほらあの霧の文字も歌詞でしょ!?」



「そうか校歌だ。おぉ! 懐かしいな! 俺は今でも歌えるぞ!」



 校舎に目を取られていたお客様達も歌詞とメロディーがそろい数十年前の記憶を呼び起こさせる。

 一人が歌い出すと、徐々に詠唱の輪が広がり、すぐに大合唱となる。

 再現された校舎がその全貌を表すとその歌声は最高潮へと達し、歌の終わりと共に大歓声へと変わった。

 同窓会の会場が小学校であるのならば何よりもふさわしい開幕のテーマは校歌しかない。

 あざとく。

 王道に。

 そして楽しんでもらうために。

 制限された二時間でいかに趣向を凝らすか。

 それがホワイトソフトウェアのやり口だ。

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