B面 花火の下の決意(加糖版)
海上に張り出した形で建設された第三ターミナルの屋上となりゃ、夜ともなれば海風で少しは涼しくなるかと思っていたが、案外そうでも無い。
考えてみりゃ空港付近にあるのはコンクリート製の建物ばかり。
昼間にばっちりと吸収した熱を夜まで保ってるんだから、そら暑いはずだ。
もっとも地球の全環境は今現在は偽り。
この偽物の夜空の外に鎮座するディケライア本社でもある恒星系級改造艦創天とそのメインAIであるリルさんの管理下。
この辺り一帯の外気温だけ下げてくれと頼めば、二つ返事でやってくれそうな気もするが、まぁこの暑さを楽しむのも夏文化の一つって事で我慢だ。
実際に監視カメラの画像や、足元を見下ろしてみりゃ、このクソ暑い中でも夜店は大盛況で、お客様は大満足でお楽しみの様子。
あとこの暑さのおかげで、うちのバカ野郎に対する怒りが適度に持続できるってのもいいな。
ダラダラと流れる汗を時折ぬぐいながら、次々に海上に打ち上がる大輪の華を特等席で撮影して、せっせと恒星間ネットワークに流していく。
夏の風物詩を見ながらとくりゃビールの一つでも欲しい所だが、あいにく今は仕事中。
それにこの後の事を考えると、飲みながらって訳にもいかない。
ふつふつと湧いてくる感情をとりあえずは抑えつつ、真面目にコンソールを叩き、銀河各地の情報を元に、今日の仕掛けの成果と大まかな状況を確認していく。
革命派と旧帝国派の二大勢力への仕掛けは概ね良好。
ただ地球人人類への誤解がちょっと生じているのが計算外……サクラさんのアレな言動は極々稀な特殊例だっての。
帝国最後の実験生物=戦闘特化種族と思っている輩がご愛敬ってか。
んな誤解を払拭するにゃ、いろいろ文化面で押していく方が良いが、手っ取り早い戦闘クエストと違い、建築やら地形改善などの芸術文化系クエストの成果は、まだまだ出てくるのが先。
仕掛けをいくつも埋没させて、地球文化の多様性を一気に花咲かせるためにも今はひたすら下準備だ。
『三崎様。いくつかの惑星政府から、花火本体やその技術を持ち込めないかという打診が水面下で来ております。主に光や音の刺激を好んだり必須とする種族の方々で、花火を新たな食料品や嗜好品として捉えたのか、心が引かれているようです』
その一環である俺が流している映像に、早速食いついてきた人達がいると、リルさんが知らせてくれる。
そう。こんな風に新しい物がアレばすぐに反応するくらいには、停滞した銀河文明に飽きている連中が多い。
それが俺にとっては、つけ込む隙になるんだが、そう上手くいかない理由もあるわけで、
「あー……さすがに現状で現物の輸出は。惑星環境保全法で煙やら音ってどうですか?」
『大気汚染への影響は微々たる物ですが、大抵の惑星への持ち込みが禁止となります。また破壊力も低度ですが、極めて原始的な構造で誘爆の危険性も高いため、輸出、運搬などの各種法律にも違反するというのがローバー専務のご見解です。過去には地球の花火と似たような構造物を打ち上げる風習を持つ星もありましたが、火薬類の製造及び技術の民間伝承が禁止されロストテクノロジーとなっている星間文明も多々見受けられるそうです』
「まぁ予想はしてましたが……勿体ない事してるな」
有人惑星の環境保全に関しちゃ、地球より遥かに五月蠅く厳しい星連所属惑星じゃ、花火大会すらも簡単に出来無いって辺りが、今のがちがちに固い銀河の状況を現す一例だと思う。
もっとも、銀河全域を巻き込んだ大戦で、有人無人を問わず何万もの星が破壊されたり、住めなくなったりと、甚大な被害が実際に発生していた時代を、知識としてしか知らない俺が偉そうにどうこういえる話でも無いとは思う。
過剰なほどの惑星環境保全法が生まれ、大規模広域戦争やその原因となったAIや兵器群に対する禁忌がすり込まれるのも、それだけの事があった何よりの証拠だろう。
しかし、だからといって元々人口が多かった星は特例として許されても、新規居住惑星に登録住民数許可が、最大でも一億を越えない辺りは、どうなんだろうと思ったりもする。
文化的な問題以外にもそんながんじがらめに縛り付ければ、銀河全体で新規の惑星居住権が高騰するのは当たり前。
だったら不老不死になってるんだし、子供も産まなくていいやってなる奴が続出するし、代わり映えしない人生に飽きたからって、肉体新生、記憶消去でリバイバル人生を送る奴が増えれば、文化的にも停滞し始めるって話だ。
一般庶民は現状に不満はありながら、それを誤魔化して満足していると思っている奴が大半。
大抵はその星系からも出ずに、記憶を消して、最初から人生を謳歌する。
だけど状況は変わらないのだがら結局似たような人生を送る。
だから何も新しい物が生まれず、唯々どこかで見たような風景を繰り返す。
それが今の天の川銀河全域で起きている文化的袋小路。
心の中で新しい物を求めている者は多いが、忘却して新鮮な気持ちを取り戻す事で凌ぐ。
こんな状況に危機感を持っている奴や、状況を変えようとしている連中もいるが、先の銀河大戦の因縁なんかもあって、そいつらも一枚岩じゃないから、思惑は噛み合わず力の向かう先はずれて、あちらこちらでの小競り合い程度になっちまう。
固まって閉塞した銀河の星々。
それを大きく変えるには、それだけの力と熱がいるって話だ。
その力と熱を持って、認識を変える。
今では無く、先を見る。
誰かが与えてくれるのでは無く、自分で掴む。掴みにいく。
現状に満足するんじゃ無くて、常に新しい物へと興味を持ち、がむしゃらに突き進む。
一人二人じゃ無い、この銀河に住む全員をそんな風に変えなきゃ、銀河の閉塞なんぞ抜け出せないって話だ。
そして停滞を抜けたその先に俺達が目指す、グランドクリアへのルートが開かれるはずだ。
「リルさん。花火職人の爺様やら一団って確か復活していましたよね?」
今はロックされている手でも、先を見据え動く。
今は無駄になろうが、後で使えるように持っていけばいいだけだ。
その為に日本のみならず、全世界から特殊技能を持った職人連中でお亡くなりになった方々を口説きまくっている次第。
手持ち資源でやり繰りするのは、シミュレーションゲーム初期最大の楽しみってか。
『はい。老衰でお亡くなりになったご年配の花火職人の方々と、地球時間の4ヶ月前に花火工場漏電爆発事故でお亡くなりになった若い職人の方々の肉体再生と精神ケアが終わっておられます。皆様、すぐにでもチームとして動けるように意思疎通は完了しておられます』
頭と手は揃っている。
しかし普通の惑星じゃ花火を作成できないってなら、普通じゃ無いところを使うだけだ。
学術研究のためならば多少の無茶やら、規制を乗り切れる特例が出るってのは、地球も宇宙も変わらず。
うちの馬鹿野郎も最初はその手でリーディアンに乗り込んで来やがった辺り、俺が思っている以上に、潜在的には文化閉塞に危機感を持っている連中が多いって事だろうか。
「星連アカデミア所属の各惑星大学で古代文化、技術の研究をしている先生らに連絡をお願いします。古代火薬文化共同研究講座を新規開催しませんかって? それと接触のあった惑星政府に資金援助やらVR講座受講生の募集打診。あと並行して特殊空間設定のできる実験無人惑星での現物実験を行う許可申請もできるかの確認をお願いします」
まずは銀河では最低レベル扱いされるが仮想物で客寄せして、さらに仮想で満足できずに、リアルを求める流れを作る。
攻略ルートをいくつも作成し、それをお客様が進むために、整地し、ヒントを作り、さらに別ルートへと繋げていく。
人脈こそが俺にとって最大の力。
俺達が望む道を進むために、まずは誰かに満足し幸せになってもらう。
言い方は悪いが、恩を売って、利を得るって奴。
しかしこれをやるには複雑怪奇な銀河法やら、いろいろと厄介な力関係が存在するので根回しは十分かつ、下準備のための下準備のさらに下準備ともいくつもやらなきゃならないのが、俺が忙しい原因の1つだ。
『かしこまりました。関係各所に新規プロジェクトの素案を通達。検討後修正を施します』
俺の計画案に沿ってリルさんが、各種部門や関係法律調査へのプロジェクト素案を組み上げ始める。
こいつの成果が出るのはいつになるかは、まだ予測はできないが、上手く育てて、苦労に見合う収穫を得てやろう。
『三崎様。アリシティア様が屋上へと参られました。こちらの立入禁止区画へとご案内いたします』
「ははっ。来ましたか。今の最優先事項が」
やることはいくつもあるし、やらなきゃなら無い事もいくつかある。
そんなクソ忙しい中でも、最優先になるんだから、感謝して覚悟決めろよこの馬鹿野郎が。
アリスの好奇心の強さや、仲間思いな所は長所だと認めてやろう。
しかし、しかしだ……だからといって好奇心旺盛で新しいことや興味深いことに何でも手を出してみりゃいいって問題でも無い。
そう、最低限、最低限でいい。人様の迷惑を考えろって話な訳で、
「お待たせシンタ! どうこれ! ユッコさんデザインの新作浴みぎゃっ!?」
相棒にしてうちの嫁が屋上に現れた瞬間に、その勝ち誇ったどや顔にアイアンクローをぶち込み締め上げる。
この日の為にユッコさんが用意したという新作浴衣の柄は、俺の勝負ネクタイと同じ兎とディスプレイが紋章風にあしらわれた物。
世界の三島由希子デザイン。しかも一点物というレアすぎる装備を身につけたアリスの顔面を親指と中指でこめかみを掴みながら、人指し指で左右のウサ髪の中央を押さえる。
するとアリスはクリティカル攻撃を食らったコカトリスのような悲鳴をあげた。
「どこの世界に公衆の場で、煙玉と爆竹を使ったゲリライベントしかける主催者がいる。このアホ兎が」
アリス曰く、ウサミミの根元は感覚が集中していて、俺に優しくなでられると足腰の力が抜けるほど気持ちいいけど、強く押されると刺激が強すぎてすごく痛いとのこと。
大分前にいちゃついてたときは、反応がおもしろエロくつい調子に乗っていじくった所為で、アリスが二、三日まともに動けなくなったんで封印していた秘技を開放。
「シ、シンタ、そ、そこ、にぎゃっ!? ら、らめ! ひやっ!?」
強い刺激で力が抜けたアリスがへたり込むが、構わず攻撃続行。
「もうちっと常識と良識と認識をもてって、何時も言ってんだろうが」
この派手好きだけは本当に……ただでさえやることは多いのに、母娘そろって余計な仕事を増やしくさりやがって。
エリスにもきついのかましてやるが、そうなりゃおまえの方にもかましてやらんと不公平この上ないよな。
「リルさん。この阿保に説教しますんで10分間休憩します」
『三崎様。15分まで延長可能ですので、ご存分にお願いいたします。アリシティア様……いえアリシティアお嬢様の今回の振る舞いに関しましては、私としましても看過できない部分がございます。約束やルールを帝室が軽んじたが為に、かつての帝国は暴走を致しましたから』
暴れることもできず悶絶するアリスを見下ろしながら俺が休憩(説教)時間を告げると、アリスのお目付役としての顔を取り戻したリルさんは、さらにやり繰りしてくれたのか+5分の猶予を生んでくれたようだ。
まさか人が親切心で設けてやったトイレ休憩という名の僅かな息抜き時間に、サカガミと組んでやらかしやがるとは。
リルさんの冷静な声に、さすがにまずいと感じ取ったのか、アリスのウサミミを模した髪がしゅんと垂れ下がった。
何時もなら、反省の色が見えたと判断して放してやるところだが……お前。今日に限っちゃこの程度で済むと思うなよ。
現役時代同様に泣くまで説教してやる。
「今のお前は地球でもディケライアの社長って事で顔が知れてる。影響力だってある。そんな奴がガキみたいにはしゃいでいたら、会社の評判に影響するくらい言わなくて判るだろうが。しかも下手に影響力があるから、何かされても文句を言いたくてもいえない立場の奴だっているって事も理解しろ。それ以前にいい大人が、人様に迷惑を掛けて良いと思ってるのか。やらかしたカフェテラスの店長がセツナの知り合いだったから、大きな問題にしてくれないですんだが、お前の行動は営業妨害も良いところだ。今回のイベントに参加してくれている企業やグループは別に俺らの下に入ったんじゃ無くて、あくまでも対等の関係で、一緒に盛り上げようって事で参加してくれてる。お前にもわかりやすいように言うなら、要はパーティメンバーだ。リーディアンの時に野良だろうが固定だろうが、組んだ以上はパーティメンバーには絶対に自己都合な迷惑はかけるなって散々言ったな。忘れたとは言わせねぇぞ。しかも俺らの立場は主催者。いわばパーティリーダーだ。協力してくれたパーティメンバーの他社や、参加してくださったプレイヤーのお客様に、安全対策はしていますが空港なので火気厳禁ということにして、もちろん公衆の場なので危険行為や、迷惑行為はしないようにしましょうって有って当たり前の、極々基本なルールを作ったのに、言いだした当の本人のパーティリーダーが破ったって判ってるだろうな。ルールを守れといい出した当の本人が率先して規則を破って、誰が信用してくれるかって話だ。俺らが今挑んでいるクエストは、俺やお前の力だけじゃ到底クエストクリアに足りないってのは………………」
時折締め上げる力を緩めたり強めたりしながら、大馬鹿お祭り頭の脳味噌に世間のルールって物を俺は淡々とたたき込み始めた。
「カナ。悪いがまた仕掛け頼む。アリスがやらかした所為で炎上になる前に手を打つ。ったくユッコさんまで巻き込みやがってこの馬鹿は」
イベントの主催者側。それも首脳陣の一人が率先してルール破りなんぞ、火付きの良い燃料も良いところ。
ただでさえディケライアの勢力を伸ばすのに無茶している所為で、いろんな所からヘイトが集まっているのに、おもしろ半分で火がつけば、炎上必死だ。
地球での計画に影響が出るのは必至。地球で滞りが生まれれば宇宙にまで影響が出る。
そうなる前に手を打つために、頼りになる後輩に情報操作を頼む。
アリスの乱行を隠すのでは無く、積極的にばらしていく方向で。
情報収集に、世論作り。
それに特化した後輩のカナの腕は信頼している。
何せ俺が引退した後も上手いこと、俺の方にヘイトを寄せ集めてくれたおかげで、ギルメンや後輩。そして何より相棒のゲームプレイにさほど影響が出なかったんだからな。
『まぁーいいっすけど。さすがにこれやり過ぎじゃ? アリスさんなんだし仕方ないって事で笑ってる奴が多かったですよ』
仮想ウィンドウに映るほろ酔い気味のカナは俺が送った計画書を見て、ここまでする必要があるのかって顔を浮かべていた。
「身内相手だけならな……騒ぎを起こした咎で、明日はこの馬鹿兎と共犯のサカガミは会場のゴミ拾い。真夏の炎天下で10時から14時まで4時間しっかりと罰掃除だ」
既にリルさんと打ち合わせ済みで、ぶち切れてたセツナにも連絡済みでサカガミも確保してある。
記録的な酷暑の体感温度45℃越え設定の真夏の滑走路で、今日の片付けとしてゴミ拾い。
誰の目から見てもそのきつさが判るように温度記録と一緒にwebカメラ映像もつけて、イベントの一環として実行する。
今話題の女社長が何をやらかして、その所為でこんな罰掃除をやらされているか。
一切隠さず、全てをオープンにしてだ。
「文句ないなアリス?」
「…………ぅっ……ぅ……はい。ちゃんと……っぅ……掃除します」
きっかり15分の説教で凹んだアリスは、俺の横に腰掛けまだグズグズと泣いていたが小さく頷く。
ここまでしっかりと説教しとけば、今の自分の立ち位置とか、周辺環境への認識なんかを間違えることは無いだろう。
ただまぁアレだ。こうもグスグスと大泣きされると……ッたくこの馬鹿は。いちいち俺の計画を変更させやがって。
「カナ。あと悪いが情報解禁。アリスがどうしょうもないゲーオタ廃神だって公開すんぞ」
『ディケライアの若き女帝ってイメージが世間一般じゃある程度はできてたんですけど、勿体なくないですか?』
カナの言うことはもっともだ。
社長が若い。しかも女性。
それがメリットに働く面もあるが、デメリットもあるわけで、一番にあげるなら交渉時に舐められやすいってのがある。
ましてやディケライアは、ベンチャーからのぽっと出の新興企業。
いくら特筆できる技術を持っていても、その資金力や規模から侮られたり、足元を見られて、でかい企業相手には禄な交渉が出来無いってのは予測済みだった。
だからせめてアリスを、やり手の女性経営者ってイメージを必至に練り上げ作ってきた。
そのイメージ戦略の一環として、関係者にバレバレだけど、アリスはVRゲーム好きだって程度に抑えてあった。
寝食忘れてぶっ通しでゲームにはまる廃神だって事は隠して、あくまでもゲームで事業を興すために研究熱心だったっていうテイスト。
それを世間のイメージとして広げて、このどうしょうもないゲーム馬鹿の本性を隠そうってのが、俺の策の1つで、カナにも協力してもらい進めてきたイメージ戦略。
だが方針転換だ。
「仕方ねぇ。頼んだ俺が言うのもあれだけど元から無茶だったからな。こういう奴だって判ってもらうルートに変更する。状況的にもそろそろディケライアを安く見る連中もそうはいないだろ」
ゲーム好きすぎて暴走するが、その際にはしっかりと手綱を握られて、場合によっちゃ怒られてガチで凹む子供っぽい人格。
つまり本来のアリスそのものを出していくってルートだ。
ディケライアを中心とした企業連合体もある程度は上手く動いているから、こいつの本性を出してもデメリットは少ない影響で済むはず……だと思いたい。
「あと迷惑かけたカフェの方は、お詫びコラボでVRCMをうって、その撮影にこの阿呆ウサギも貸し出すから宣伝も頼む。せっかく夜店を楽しんでるところ悪いが、ちょっと早めに頼む」
『ういっす。んじゃ早速、手を打っときます』
紙コップに入った飲みかけのビールを一気にあおって飲み干したカナは快諾を返して、通信を打ち切る。
VR関連掲示板をみると、昼間の件に関していくつかの新規スレが立ち、早速工作活動を始めてくれたらしい。
情報操作はカナに任しておけば、上手いことやってくれるだろう。
気心の知れた有能な後輩には感謝の一言だ。
早く死んで宇宙側に来てくれると助かると思いたいところだが、さすがにそいつは非道だな。うん。
さてんじゃ次はこっちだ。
「でだアリス」
「っ! ……っぅ……お、お説教の続き?」
俺が呼びかけるとびくっと肩を揺らしたアリスがぐずりながら上目遣いで俺を見る。
泣いて赤くなった目をこするアリスは、またウサミミをやられるのかと少し怯え気味。
今のアリスの身体はナノセル製義体なんだがさすが宇宙技術。
モノホンの人間としか思えない表情と反応だ。
「んな時間あるか。ただでさえ忙しいってのに。オープン初日でいろいろ仕掛け中だっての。お前ばかりに構ってられねぇからな」
大昔に佐伯さんからこいつの上目遣いの泣き顔を撮影しろって言われたこともあったが、あれは今だったら即答で拒否だな。
なんつー加虐心あおる表情してんだこいつは。そっちの趣味が無いってのに、なんか来るもんあるんだが。
ったく他人に見せられるか。
二人きりで良かった。マジで。
「……ぅ……ごめん……なさい……」
俺の言葉にアリスはさらにどんよりと凹む。
怒っている俺が冷たくしていると思ったんだろうが、あいにくマジで忙しいんだよ。
やることは山積みだってのに、さらに増やしやがってこの馬鹿ウサギは。
リアルタイムじゃ半世紀も過ぎてる付き合いだってのに、いまさら新しい性癖に目覚める気なんぞサラサラない。
右手でコンソールを打ちながら、左隣に座っているアリスの頭をさっきとは違いやさしめに掴んで、いきなりのことに呆気にとられているアリスの頭をそのまま膝上に持ってくる。
膝枕してやるなんて、恥ずかしいんで目線はウィンドウに向けたままだ。
「シ、シンむぐっ?」
ついでに顔を向けられないように押さえつつ、余計なことを言えないようにアリスの口を手で押さえとく。
「もうちょっとだけ自制しろ。この阿保。新しいイメージを作ったら、ありのまんまのお前でギルメンやら、サカガミらと会えるようにオフ会でも仕込んでやるから」
新規ミッションは、ゲーム開発側のトップの一人が旧知のギルメンや友人プレイヤーとオフ会をしても、優遇や情報漏洩していないと他のプレイヤーに理解させることと。
我ながら難題すぎんぞ。
しかし、その手段はともかく、相棒が情に厚いというか、友人思いだってのは、怒る所じゃ無い。
銀河文明に生きる連中から見れば、初期原始文明の地球人なんて下等生物ってのが常識だ。
だけどアリスは、そんな俺らに対して良くも悪くも本気で向かい合ってる。
銀河を支配した帝国皇帝直系子孫であるアリスがだ。
友好度を上げるにはちょっとばかりチョロすぎた気もしないでも無いが、それでもこいつと一緒に歩いているってのが俺の自信。
銀河に住む全種族を相手にやり合い、こちらの味方につけられるっていう根拠が無いが、確信を持って断言できる根っこだ。
ちょっとばかり寿命やら生息環境やら遺伝子構造やら論理思考が違っていても、なんとかなるし、なんとかしてやろう。
……惚れた女のためならってか。
俺らしくないにもほどがあるフレーズが心の中に浮かぶが、そいつは心の中に留めておく。
うっかり口に出してリルさんにまた録音された日には、しばらく悶絶する羽目になるし、弱みが増えるだけだからだ。
第一だ。口に出さずとも膝の上で、ゆっくりとそのウサミミを模した髪を揺らしはじめたこいつには伝わっているはずだ。
『さすがです三崎様。見事なまでの鞭と飴ですね。ご一家のメモリアル映像に新しく加えておきます。タイトルは『思い人の為に』でよろしいでしょうか?』
訂正……花火をバックにアリスを膝枕をする俺という、何ともアレな映像を表示したリルさんにも俺の気持ちはがっつりと伝わっていたようだ。