A面 マスターの帰還
気の長い真夏の太陽も徐々に沈み始め夕刻の日差しが、一日だけの宇宙港である羽田空港を赤く染める。
オープン後に公開されたプログラム上では花火大会が19時からの2時間行われ、21時に最終イベントとして停泊している蒼天が出航し、全てのオープニングイベントが終わる手はずとなっている。
さらには花火大会に合わせて本来なら航空機が利用する長大な滑走路や待機場であるエプロンには、今現在急ピッチで、屋台やらビアガーデンやらの来場者歓迎無料夜店の設営が着々と進んでいる。
これらの夜祭り会場の準備はメイン会場である羽田だけでなく、他会場でも同様に行われているようで、他会場に飛来している蒼天を二回りほど小型化した無人飛行船が撮すカメラ映像を呼び出してみれば、その地方それぞれの特色ある夜店が並んでいく様を見ることができた。
ゲームのオープニングイベントだというのに、リアルで花火大会と夜祭りというのも、実にミスマッチな気もしなくも無い。
だがその企画者が日本通というか、日本人より日本文化好きな某兎社長とくれば、その趣味思考を知る面々は誰もが納得だ。
基本的にイベント好きで派手好き。
楽しむ為には全力投球。
それがアリシティア・ディケライアという希代の廃神。
そんなアリシティアをよく知るKUGCの就活組や、提携ギルドのメイン会場での情報収集組の面々はターミナルビル3階のカフェテラスに休憩がてらに集まり、整備や乗員訓練といった仮想ウィンドウ1つで簡単にできるプレイをしながら別行動をとっていたガチ攻略組達と情報交換をしていた。
本来ならばそれぞれの得た情報を交換するところだが、最初の話題はいきなり襲撃をかましてきた別ゲームの世界ランカーCBことチェリーブロッサムの事になっていた。
「これ相手。完全に遊んでるよな」
麻紀との戦闘映像を見て金山直樹は、その攻撃一辺倒の戦闘を見て指摘する。
麻紀が反撃しない、出来無い所為もあるのだろうが、確かにCBの方も決めきれる場面で攻撃を止めている節が所々に見て取れる。
あの趣味的な名乗りで彼らも薄々気づいていたが、調べて判ったCBのプレイスタイルは、ひと言で言うならば戦闘狂。
ともかく戦闘が楽しくて楽しくて仕方ない、生粋のバトルジャンキーと言ったところだ。
「遊びプラス調整じゃないか? ほれ向こうと違って日本だと機能制限がはいるし、HSGOは重力下だけど、PCOだと無重力空間だろ。こんな感じで受ける感覚や、反応速度が違うみたいだな」
戦闘が行われた小惑星帯と、HSGOの一般フィールドの環境数値を見比べながら小林稔が、その身体感覚の違いや影響を簡易グラフにして現す。
小林が指摘するとおり、最初は初の無重力戦闘で軌道修正に苦労している様子が少し見えたCBだったが、世界トップゲームのランカーは伊達ではなく、一撃ごとに少しずつ修正をかましていき、最後の方は重力圏内と遜色ない戦闘機動を見せていた。
「りゃー、この適応力はすごいねぇ。いやー初日から難敵登場で困った。困った。いっそ罠を張って誘い出しで落としちゃう?」
「ユリ楽しそうに言わない。第一どこに張るっての。相手の出現パターンすら不明でしょうが。美貴が言ってたけど、今は警戒するしかあたし達の打てる手はないでしょ。一応ギルド掲示板にも警告レポートと一緒に動画をあげとくわね」
全く困った様子は無く、むしろ楽しそうな笑顔を浮かべている同じくバトルジャンキーな白野百合を睨み付けながら、宗谷唯はCBの動画データやその解析記録を簡潔にまとめ始める。
「唯その動画は提携ギルドの人達にも送っておいて。で、チサトそっちは? HSGOからの刺客はさすがに無しよね?」
追加で情報の送り先を指定したKUGC先代部長である宮野美貴は、バトンを託した現部長である遠藤千沙登へと確認する。
初心者組レクチャーがあるのでメイン会場でのんびりモードの就活組や、情報を集めている収集組と違い、ガチ攻略を行っている攻略組は、慣れ親しんだ自室や部室などからプレイ中。
提携ギルドや募集した有志プレイヤーと一緒に、第一目標として目星をつけていた封鎖領域星系開放への初期攻略クエストを初日から開始している。
『はい。こっちは予定通りハードモードの封鎖領域コーアン星系の外部惑星の衛星前線基地掌握作戦成功です。問題無しですよ』
『いや待てチサ! 問題大有りだろうが! 一応は確保はできましたけど維持が大変です! さっきから無人奪還艦隊がダース単位で襲撃してきて、修繕や回復が追いつかないんで、マジで先輩ら早く来てください!』
いつも通り子犬チックなのんびり笑顔を浮かべる千沙登がピースサインをしているウィンドウの隣で、その相方で現場の戦闘指揮をしている芝崎太一がヘルプ要請をあげる。
いきなり攻略は無茶と思えるかも知れないが、オープンβの時はいくら封鎖星系といっても、所詮は最外部惑星の衛星基地。
さほど高レベルMOBがいるわけでも無く、数を集めての大規模戦闘で余裕を持ちながらレベリングを行うには、なかなかに美味しい狩り場といえていた。
無論彼らとてオープンβで使えた手が、公式オープンでは通用しない可能性も判っている。
しかしオープンにあわせて、βと同じ難易度のノーマルと、それより手強いハードモードという二面世界なんて常識外の手を打ってきた運営に対し、巫山戯んなという対抗心やら、俺らならいけるんじゃないかと歴戦のゲーマー魂に火が付いた所為か、初日からの大攻勢となっていた。
実際に数百人ものプレイヤー達と、その搭乗艦が集結しての一大攻勢は、無人バーサーカー艦隊との大戦闘を何とかプレイヤー側が押し込んで、オープンβの時と同じく最外部惑星の衛星基地を掌握するところまでは成功している。
しかしその後は、オープンβの時と違い、内部星系から雲霞のごとく湧いてくる無人艦隊との、終わりなき死闘を演じる羽目になっていた。
難易度が上がる代わりに熟練度も上昇しやすいハードモードなので、ごりごりとスキルレベルは上がっていくが、同時に資材とプレイヤーの忍耐力も削られていく状況だ。
今は初期艦に輸送艦を選択したプレイヤー達によるピストン輸送で奪取した前線基地への補給線を無理矢理に繋いで、何とか凌いで一進一退の攻防を続けている。
しかしいつまで続くか判らない上に、制限があるので無闇にフルダイブや祖霊転身もできず、決め手に欠ける消耗戦が続いていた。
だがメイン会場や、他のリアル会場に情報収集で散っているギルドメンバーも多い。
彼らが攻略に参戦すればこの状況は覆せるはず……だったが、
「あーわりぃ太一。このあとは花火を見ながら飲む予定になったんで、ヘルプは最短で明日の昼過ぎだ。そこまで何とか凌げ。他会場のユウトラやノブさんらも、ただ酒ならとことん飲むって話だから遅れる」
「うむカナの言う通り。ただ酒と聞いて飲まないわけにはいかんだろ。それに就活組の俺達は既に一度は現役を退こうとした身。ここは若い力を信じその奮闘を見守るのも歴戦のゲーマーとしての勤めだ」
サークル一の酒豪として他の追随を許さない小林は、金山の発言に頷きもっともらしいことを言いつつも、既にその興味は出てくる酒の種類に移っているようで、屋台の配置チェックに余念が無い。
「ちなみにあたし達だけじゃなくて、FPJ、餓狼、イロハに弾丸特急のマスターも参加が遅くなるか、下手したらいけないかもって。こっちで打ち上げもあるけど、いろいろ後片付けやら締め切りなんかあるって話よ」
「ごめんねぇチーちゃん。タイくん。花火大会中はゲーム内は火力と回復力1.5倍らしいから二人ともガンバ♪」
「お土産も有りだっていうから後で部室に持ってってあげる。チサトはリクエストあったら纏めといて」
後輩からの必死の要請に対して、唯や百合のみならず美貴さえも軽いエールで返す。
花火を見ながらビール片手に屋台料理を楽しむ。
夏の風物詩として実に魅力的で、しかもいくら飲み食いしても運営持ちで全て無料。
この誘惑にはさすがのゲーマー達でも逆らえる者は少数派だった。
さらに言えば大鳥や井戸野などの社会人マスター組は、リアル事情もあり、そうそう長時間にわたる攻防戦には付き合える状況ではないようだ。
『ちょ! 先輩らマジですか?!』
『りょーかいです! 美貴先輩! 林檎飴あったらお願いします! あ、タイちゃん第14Waveスタートだって! じゃあ前線に戻りますね!』
絶望的な顔を浮かべる太一とは対照的に、圧倒的に不利な状況であろうともゲームを楽しんでいるのが一目で判るチサトは、敵艦隊再来にもニコニコとした笑顔をうかべ、再開した攻防戦に向けゲームプレイへと戻っていった。
「チサトは消耗戦だろうと負け戦だろうとゲームを心底楽しんでるわね。美貴。ナイス後継者選択」
「あの辺りの脳天気さがチサトを選んだ理由だからね。ほんと面倒事ばかりで厭になるから」
大学ゲーム愛好会としての本来の意味でのKUGCの場合、部長職引き継ぎは、基本的に拒否権無しの先代部長からの指名が伝統となっている。
OBからの無茶ぶりや事務からの呼び出し対応やら、文化サークル連合会議への顔出し、学祭時には他サークルとの諸々の折衝が部長の主な仕事。
要はメリットほぼ皆無で、面倒事が増えるだけで誰もやりたがらないので、いつの間にやら伝統という名の強制指名制度が確立していた。
「美月ちゃん達に半分でも分けてあげたいわ。真面目に考えすぎてパンク状態みたい。休憩もそこそこにまたプレイに戻ったけど、正直修繕、補給系ならコンソール1つで十分だと思うんだけどね」
CBの襲撃を喰らって予想外の資材消費をした上にスタートダッシュに失敗した美月はどう巻き返しをすれば良いかと頭を悩ませており、先ほど軽い食事補給を済ませて、情報収集もそこそこにプレイに戻っている。
「戦闘系なら手助けしてあげたいけど直接手伝いは禁止。うちらは情報提供やらアドバイスのみだからね。就活のルールに壁禁止って書かれる時代になるとは」
取りだした書類に細々と書かれた注意書きを見て、唯が乾いた笑いを浮かべる。
就活でゲームを攻略する羽目になったと聞いたなら、一年前なら冗談でしょと笑い飛ばしていただろうが、それが今の彼らの現実だ。
「そ-いや美貴ちゃん。リアルはチーちゃんで良かったけど、こっちはどうする?」
PCOのロゴマークを指した百合が、ゲーム内のKUGCを誰が纏めるかと指摘する。
こちらのトップはリーディアン時代は三崎からアリシティアへバトンタッチ後は、ゲーム終了まで副マスにユッコこと三島由希子と不動の体制が続いていた。
こちらはリアルと違い結局はゲームなので、絶対的な義務や責任がある訳ではないがギルマスには入会申請に対する許可や、取得可能なギルドスキルを選択する以外にも、何よりも他者へとギルドの雰囲気や印象を象徴する存在だから必要なのは確かだ。
「アッちゃんの事だから、本人は何とかしてゲームに参加するつもりだろうけど、立場上ゲーム内情報を全部を知れるから、そんな情報チートをあのシンタ先輩が許すわけないって」
「だからってユッコさんはリーディアンの時と同じく一応は外部扱いのデザイナー協力だからプレイヤー参加はいいかもしれないけど、リアルが忙しい人だから、マスターを任せるのはさすがに申し訳ないわよ」
「それにギルドつっても、今回は情報共有がメイン目的だから勝手が違うぞ」
今回のゲームPCOにおいては、情報共有グループネットワークがギルドとなる。
多種多様な情報がステータスやイベントフラグに関係するPCOにおいては、ギルドに所属し、情報を共有し多く取得する事が、攻略への基本行動といえる。
初期ギルドは、所属プレイヤー数や情報共有深度、共有可能機密レベルに制限有りなので、これらをギルドスキルで開放したりレベルアップさせていく必要がある。
「まぁ、そこらはおいおい自然と決まってくでしょ。ほらシンタ先輩の後のアッちゃんだって、うちの学生じゃなかったけど、誰からも反対は無かったでしょ。なるべき人がなるでしょ。うちの場合」
「シンタ先輩とコンビ組んでったってのが無くても、アッちゃんクラスの高接続と、廃神ぶり見れば他にいないよね」
「アリスさんレベルのがそうそういたら困るけどな。俺は未だにニュースで見る女社長とうちのマスターが一致しないからな」
金髪碧眼の兎娘と、茶褐色髪の若い美女社長。
リーディアン時代とリアルの2つのアリシティアの姿を見比べた金山のぼやきに誰もが無言で頷く。
知識としてはアリシティアがディケライア社を率いる若き女社長だというのはもちろん彼らも判っている。
しかしだ復帰報告以来、暇を見てはギルド掲示板に顔を出しているアリシティアといえばリーディアン時代と変わらぬ、やたらとマニアックな言動をしている。
そんな戦隊シリーズ1世紀全主題歌熱唱スキル持ちの重度なマニアと、各国の首脳陣やら世界的企業相手に終始余裕ある笑みで交渉をしていくやり手女社長を、重ねあわせろは無茶も良いところだ。
「今日も来てはいるけど、あの大きい飛行船でお偉いさんに挨拶やら顔あわせだしね。当てが外れたかもね」
メイン会場に美貴達がわざわざ来たのは、なにも興味本位だけではない。
ここならアリシティア本人にリアルで会えるかもしれないからというのも大きい。
なにせ大学のOBである三崎とは違い、アリシティアとはVR世界で出会い、ずっと過ごしてきた関係で、オフ会にも顔を出さなかったのでリアルで会ったことは一度も無い。
しかもリーディアン終了時に音信不通となり、その度が外れた廃神ぶりにゲーム終了に絶望して自殺したなんて笑えない冗談さえ流れた始末だ。
「今や飛ぶ鳥を落とす勢いのディケライアの女社長。VRならともかくリアルじゃ簡単に会えなくても仕方ないだろ」
そんなアリシティアが予告も無くパートナーである三崎と共に新規VRMMOゲームを発表。
さらには困窮した日本VR業界全体の巻き返しを図り、あげくの果てには世界的大異変であるサンクエイクにも、強引だが手早い手で対抗策を打ち出し、情報通信界にとって救世の女神扱いされる。
「本当うちのマスターズは次は何やらかしてくれるんだか。今回の件もそうだけど驚かせるのは止めて欲しいわよ。ったく。言いたい事ばかり増えてくんだけど」
CBの襲撃にもあの二人が絡んでいるのはまず間違いない。
面と向かって言いたい文句がまた1つ増えたと美貴がぼやいていると、急にカフェテラスの入り口辺りからざわめきが聞こえて来た。
「ん。何の騒……アッちゃん!? それにユッコさんや戸羽さん達まで!?」
何事かと目を向けてみると、件のアリシティア・ディケライアが三島由希子や、他の提携ギルドのマスター達と一緒に連れだってこちらへと歩いてきているところだった。
最近よくニュースで見る大人びたにこやかな笑みを浮かべるアリシティアの姿は夕日に照らされ、その美女ぶりもあってか思わず息を呑む美しさだ。
ただ1つ違和感があるのは、アリシティアとユッコがなぜか雨も降ってないのに雨合羽のような奇妙な恰好をしていることだろうか。
そんなアリシティアは美貴達のいるテーブルの側まで来て立ち止まると、
「いくよユッコさん! ホウさんスタンバイ! ロイド撮影準備! サカガミンとセッちゃんはスモーク&風タイミング合わせよろしく!」
その淑女の仮面を脱ぎ捨て子供っぽい楽しげな笑みを浮かべると、弾んだ声で周囲に指示を出す。
「了解ですマスター」
アリシティアの横にユッコがすらりと並び、
「あいよ『プログラムドライブ』っでいいんだよなかけ声? んじゃプログラムドライブっと」
意味が判らないがアリシティアの指示に従い、かけ声と共にわざわざ映像共有設定で可視化し拡大した仮想コンソールのエンターキーに鳳凰が拳を叩きつけ、
「俺は雑誌編集でカメラマンじゃねぇから出来具合に期待すんなよ」
アリシティア達の真正面に移動したロイドが業務用カメラを構え、
「承知! 見よ我が狐忍法! 火力多めスモーク!」
狐面を斜めに被るサカガミがその和風美人に似合わぬにんまりとした笑顔共に、火をつけた煙玉と爆竹を派手にばらまき、
「ばっ!? 美琴! 爆竹混ぜるな! あーもう! いくら知り合いの店だからって私まで怒られるでしょ!?」
予定外の爆竹追加に半切れで怒鳴りながらも真面目な刹那が手持ちの送風機でスタンバイ位置にはいる。
簡単な打ち合わせのみでリハーサルは無しだというのに、長年同盟を組んできたギルドマスター達により息の合った連携により、その変身は成立する。
ぶわっと巻き起こった煙幕がアリシティアとユッコの姿を薄く覆う。
その煙の中バチバチと派手な音を奏で爆ぜる爆竹をBGM代わりに、アリシティア達が纏う雨合羽が変形を開始する。
それはオープン直前にメインステージで見たショーと同じ物だと美貴達が気づくと同時に変形は完了。
送風機により煙幕は拡散される中、そこにはさっきまでとは全く違い、そして懐かしい服装、いや装備を身につけるアリシティアとユッコの姿があった。
すらりと立つアリシティアが身に纏うのは、キラキラとした黄金色に輝く西洋風鎧。
レアモンスターだったアルドドラゴンを千匹討伐して1つ出るか出ないかという黄金龍鱗を10枚必要とした廃神御用達。高防御&確率自動魔法反射スキル付属の廃装備『夜明けの黄金龍』
そしてその横で控えるユッコが纏うのは、白銀の刺繍が施され宵闇よりも暗い暗褐色の丈の長い黒ローブ。
同じくレアモンスター産レアドロップを必要とする代わりに、詠唱短縮、MP増加効果を持つ廃装備『混沌たる闇衣』
どちらも二人がリーディアン時代に最終装備とした懐かしくも見慣れた恰好だ。
いきなりの展開に、アリシティア達を知る美貴達関係者のみならず、たまたまカフェで休憩中だったほかのプレイヤーや、店員達も唖然と固まるなか、アリシティアがその茶褐色の髪を右手で跳ね上げる。
手で払いあげられた髪の一部には根元に機具が付いていて、ウサミミのような形状で一瞬だが空中で止まり、
「親愛なるギルメン達! そして血の誓いを交わした盟友達よ! 私は帰ってきた!」
アリシティアは高く響く声と共に再会の挨拶を高らかに歌い上げる。
その顔は実に嬉しそうであり、そして先ほどまでの美女どこに消えたという子供っぽい物だ。
アリシティアの奇行には慣れている美貴達もつい言葉を失っていると、
「帰還挨拶終了! ごめんユッコさん戻るね! ホウさん達もありがと! じゃあみんなもこの後花火とかいろいろやるから楽しんでってね♪」
満面の笑みを浮かべたアリシティアはユッコ達に頭を下げて礼をいうと、美貴達の顔を懐かしそうに、しかし手早く見渡してから踵を返し、テラスの出口へと向かって走り出した……あの見事な造形かつ、リアルでは動きにくいことこの上ないごてごてした装飾つきの鎧姿のままで。
「ヘッ!? ち、ちょっとアッちゃん!?」
「ごめんミッちゃん! 抜け出してきただけですぐ戻らないといけないから! 深夜に掲示板でき…」
一方的にやりたいことだけやってのけてそのまま去ろうとしたアリシティアに、美貴が呼びかけるが、その本人はあの恰好でよく出せると思わず感心するような全力疾走であっという間に消えてしまった。
一瞬の早業と展開に、誰もが理解が追いつかない。
「あ、あの柊さん今のって……ディケライアの社長さん……よね?」
こんな公衆の場で迷惑も良いところなゲリライベントに、普通なら怒るはずの店員達もそのメンバーの中に、今回のイベントを仕掛けた主催者の一人がいたことで判断に困っているようだ。
「すみません。本当にすみません! ほら美琴! あんたもこっち来なさいよ! 煙だけでも大迷惑なのに! 爆竹は使うなっていったでしょうが!」
顔見知りらしいカフェテラスの店長に何度も頭を下げる刹那の声が響く。
「えー。だって煙と爆音はセットってのが戦隊あいた!?」
「泣くまで殴るわよこの馬鹿!」
「うー、そう言ってすぐ殴る。アッちゃんの復帰祝いなんだから派手にしただ、うぁ切れた!?」
拳骨を落とされ不満顔の美琴の文句に、無言になった戸羽が右手を上げて顔の前で強く握り拳を作って見せる。
それは戸羽がゲーム内で見せる本気戦闘の前の癖だとしる美琴は、さすがにまずいと思ったのか顔を青ざめさせて後ずさる。
どうやらオープンイベントの寸劇でただでさえ限界に来ていたストレスが、今の一言であふれ出したようで、ストレス解消モードの大暴れ状態に入ったようだ。
「だぁ! ま、待て! 柊! リアルでいきなり餓狼モードになるな! 餓狼関係者! 柊止めろ!」
「うっさい放せ! この馬鹿狐は一度噛み殺してやらないといつまでも反省しないでしょうが!」
慌てて止めに入った井戸野が、背後から戸羽を羽交い締めにするが、ものすごい力で拘束を解こうとするので、この場にいる戸羽を知る餓狼ギルドの関係者達も急いで宥めに走るはめとなった。
「ふふ。やはりマスターさん達が揃うと賑やかですね。そうだ鳳凰さん。こちらの生地を今度は私の所で使わせてもらいたいので、打ち合わせに一席を設けさせていただいても良いかしら?」
そんな大騒ぎを見ても不動の副マスと異名を持つ由希子は、庭でじゃれる孫達を見るような優しい目で楽しげに微笑みながら、色や形だけで無く堅さまで可変する生地にデザイナーとしての感性が刺激でもされたのか、開発者である大鳥に商談を持ちかけている。
「願ったり叶ったりなんでこちらから頼みたいくらいですけど、耐久性があまり無いからショー用限定になると思いますよ。あと……そっちの連中に今のを説明してやった方が良いんじゃ無いですか? まだ固まってますよ」
「あ、そ、そうですよ! ユッコさん今のって一体どういう事ですか!?」
大鳥の言葉にようやく我に戻ったメンバーの中から美貴が代表して問いかけると、ユッコはゲーム内と変わらない笑みを浮かべる。
「どういう事もなにも見たままですよ。お仕事が忙しくて、せっかくのリアルでもみんなに会う時間も全然取れないので、せめて帰ってきた挨拶だけでもというのでアリスちゃんのご希望に合わせてみました」
「シンタの奴に仕事をいろいろ詰め込まれて刹那ほどじゃないにもストレス溜まってたみたいだ。昼のイベントをみてこれを使った復帰挨拶を考えたみたいで、10分だけトイレ休憩時間名目で抜けるから協力してくれって泣き付かれたんだよ」
「私も花火大会に合わせた浴衣レンタルの準備が終わって少し手が空いてましたし、便乗させていただきました。ふふ。リアルでこのローブを身に纏う日がくるなんて嬉しい誤算ですね。実にうちのマスターさんらしいご挨拶でした」
よほどこの衣装が気に入ったのか何度もさわり心地を楽しんでいる由希子の言葉に誰もが納得してしまう。
らしい。確かにらしすぎる。この短時間で見せる濃さとネタの深さは実にあのアリシティアらしいと。
「……なあ宮野」
深く息を吐いた金山が達観した表情を浮かべている。
「何?」
「さっきの発言訂正する。今のでアリスさんとアリシティア社長が完全に融合した」
「あーあれ見させられたらそうなるね。妥当だねぇ」
「経済記事のトップを飾る美女社長の中身アレだって詐欺だ。男だったら見た目に騙されるだろ」
「しかしあのアッちゃんの後を継ぐマスターね。適任者いるんだか。美貴しばらく保留でいいんじゃない?」
金山の苦笑混じりの言葉に、周囲も頷いている。
今の言動を見て納得してしまうのだから仕方ない。
アレこそが自分達のマスターであるアリシティア・ディケライアなのだと、魂まで納得するのだから。
「ほんとうちのマスターだけは何やってくれるか、いつまでたっても判らないんだから。これから先も楽しめそうで何よりね」
ただ集まりワイワイやる。
たまに予想外の事も起こるが、そのおもちゃ箱をひっくり返したような騒ぎこそが自分達のギルドの売りであり特色。
自分達の基盤をしっかりと踏みしめた感触をこの上なく味わった美貴は、笑うしかなかった。