突然ですが、殺されそうです
突然ですが、殺されそうです。
帰宅途中の事です。いきなりサングラスにマスクをしたヤクザっぽい人に拉致されて、そのまま車で運ばれて、港の近くの倉庫の中で縛られて、その上でセメントの入ったバケツに足を突っ込まされているのです、今、僕は。まだ、セメントは乾いていませんが、そのうち化学反応が進行すれば、足は容易には抜け出なくなります。そのまま海に放り込まれでもしたら、僕はほぼ確実に死ぬでしょう。というか、明らかにそのつもりだと思うのですが。ま、だから、殺されそうだと思っているわけですが。
ところで、ここで一つ問題があります。一つというか、他に幾らでも問題があり過ぎるくらいにある状況だと思うのですが、それは今は置いといて、その内容を主張させてもらうと、実は僕には殺されなくちゃいけないような覚えが全くないのです。非常に疑問です。一体、どうして僕は殺されなくちゃいけないのでしょうか?
僕をさらったヤクザさんが、今ちょうど目の前にいるので、早速、質問してみたいと思います。
「なんでですか? ヤクザさん」
僕がそう尋ねると、ヤクザさんは首を横に振りました。ジェスチャーでこう告げます。
“違う。ヤクザではない”
どんなジェスチャーだったのかは、各自、想像してください。ヤクザではない誰かさんは、更にジェスチャーを続けました。
“オレは殺し屋だ”
ヤクザ改め殺し屋さんは、そう主張しましたが、僕にとってはどうでも良い話です。きっと殺し屋だから、声を出そうとしないのでしょう。正体を隠す為に。
「僕は殺される理由が知りたいのですが、殺し屋さん」
それを聞くと、殺し屋さんは首を横に振りました。知らないらしいです。そんな、と僕は思います。自分が殺される理由も知らないまま殺されるなんて。
「例えば、例えば今からここに、あなたを雇った人が現れるとか、そんな展開はないのでしょうか?」
なんて、訊いてみると、殺し屋さんは“ビンゴ”とジェスチャーをしました。そしてその途端、倉庫に今度こそどう考えてもヤクザとしか思えない方々と、知り合いの女の子が入って来たのでした。殺し屋さんは主張します。“彼女がオレを雇った”と。彼女はその主張を受けて、こう返しました。何でか、彼女までジェスチャーで。どんなジェスチャーかは、ご苦労様ですが、各自で努力して想像してください。
“実は、裏のお金に手を出しちゃって、ヤクザに追われていたの。で、もう駄目だと思ったのだけど、そこで道連れが欲しくなってしまって。
それで、どうせなら、とその裏のお金で、そこの殺し屋さんを雇ったのね。あなたを道連れにようと思って”
ああ、殺される理由が分かりました。これで一安心… なーんて、納得できるはずがありません。いくらなんでも理不尽です。何なのでしょう?その理由は。そもそも僕は彼女とそんなに親しくないのです。無理心中の相手に選ばれる理由が分かりません。“あなたがいい人そうだから”って、そんな主張をされても知りません。因みに、どうやら一緒に入って来たヤクザの方々は、彼女を捕まえたヤクザの方々みたいです。
“おい、金は何処にある?”
と、例によってジェスチャーで、今度はヤクザの方々が主張しました。彼女に向かって。彼女はこう答えます。
“もちろん、あたしはそのお金で、そこの殺し屋さんを雇ったのだから、その殺し屋さんの元にあるわよ”
それに殺し屋さんは慌ててこう返します。
“それは嘘だ。オレは報酬を貰う為に、ここで待っていたんだから。まだ、金は貰ってないぞ”
彼女はそれにこう返しました。
“嘘よ。もう、お金は彼に払ってあるわ”
ヤクザの方々は、それを聞いて殺し屋さんを囲みます。どうやら、殺し屋さんを痛めつけようとしているようです。因みに、これまでの会話は全てジェスチャーです。凄いですね。ここまでできたら、人類は声を失っても文明を存続できそうです。
殺し屋さんは主張しました。
“プロの殺し屋を舐めるなよ。数だけで勝てると思うな”
そう主張するなり、殺し屋さんはヤクザの方々を殴ったり蹴ったりで倒し始めました。すいません。本当はもっと電光石火な神技で、華麗にヤクザの方々を倒していったのですが、僕の表現力とボキャブラリーでは、この程度が精いっぱいです。
やがて、ヤクザの方々を全員、倒し終わると殺し屋さんは僕の知り合いの女の子に向かってこう主張しました。
“おい、女。どういうつもりだ?”
彼女はそれを受けると“あ!”と、殺し屋さんの背後を指差しました。殺し屋さんは“そんな古臭い手に引っかかるか”と、そう返します。が、その次の瞬間でした。殺し屋さんが背後からヤクザの方々の一人に銃で撃たれたのでした。
バキューン
その殺し屋を撃ったヤクザさんは、それで最後の力を出し切ったのか、そのまま倒れてしまいました。
“ふぅ どうやら、狙い通りね”
と、その後で彼女はジェスチャーでそう語りました。なんて事でしょう? どうやら、これは彼女の作戦だったようなのです。彼女はそれから、倉庫の裏からカバンを取り出すとそれを開けて、中に入っている大金のうちの一束を手にしました。
“あなたに迷惑をかけたから、これでも受け取っておいて。口止め料”
そうして僕は、なんとか命が助かった上に大金を手に入れたのでした…
……と、
なーんて事には、もちろん、なるはずもなく、今、目の前には殺し屋さんがいて、僕は相変わらずに倉庫の中に縛られているのですが。やっぱり、殺されそうなままです。すいません。今までのは単なる僕の夢想。願望を語りました。
……ところで、これを読んでくれているあなた、この文章では始めから、ずっと僕一人しか喋っていない事に気付きましたか? 登場人物は、全員ジェスチャーです。そうです。実は、始めの始めからこの文章はただの僕の独り言だったのです。ごめんなさい。ちょっと悪ふざけをしました。でも、少し考えれば分かりますよね。そもそも突然、理由も分からずに殺されるなんて、あるはずがないじゃありませんか……
……なーんて事だったら、良いのにな。と、まぁ、今僕は思っている訳ですが。誰か助けてください。