その五
街には行かなかった。
しばらく街での食い逃げはできるだけやめることにした。
その代わり、山菜やなにかが取れないのかと、一時間ほどだろうか山の中を歩きまわったが、そもそも山菜があっても俺には見分けがつかないことに気がつき、自分の阿呆さ加減に失笑した。
だが、山の麓に農村があるのを見つけた。畑にはかぼちゃや大根、ナスが生っていた。
しばらくはこれを盗めばいいし、近くには流れのゆるい川まであった。
足早に川まで降りる。
俺は着物を脱ぎ裸になり、川で身体と着物を洗い、身体と着物を石の上に広げ、少し泳ぐ。
今の季節は夏なのだろう。
太陽が登りきっていない時間なのに、川辺の石は熱くなっていた。
川は太陽の光を乱反射してきらきら光っていた。光の中には無数の魚がいて、手を伸ばし釣ろうとしたがまったく釣れなかった。
釣りの経験がないが、そもそも道具がなくて手で掴もうとしたのが間違っていたのかもしれない。
俺が学んできたことはここで生きるために余りにも役に立たなかった。
身体の強さと足の速さに助けられているだけだ。
なんだか心身ともに疲れてしまった。
平らになっている石の上で大の字になって寝そべる。
動いたせいなのか、腹が減ってきた。
「もし」
女の声がする。
やけに楽しそうな声に聞こえる。
「魚は釣れましたか」
そっと地面から起き上がると、頭に傘を被り背中に大きな籠を背負う、若い女が笑っていた。
「いや、まったく」
ろくに人と話していないせいでぶっきらぼうに答えてしまった。
「あれじゃ絶対に魚はとれませんよ」
「そんなことを言われても困る。釣ったことなんてないんだから」
女はすこし驚いた顔をした。
俺は立ち上がり、着物に手をかける。まだ半乾きだ。
女は俺の身体を見てさらに驚く。
「あの、名のあるお侍さんか何かで?」
「いや」
「とてもご立派な体格をしているんですね」
女は小さい。140cmもないかもしれない。
そもそも俺も体つきは良いが身長は大きなほうではない。
けれども街を歩いていて、俺よりも大きな人間には会わなかった。
せいぜい背の高い男でも170cmというところだが、線は皆細かった。
「あなたはここで何をしている。釣りの仕方でも教えに来たのか?」
女は何も答えずに裾を膝までめくった。顔の割に白い肌だった。
そのまま川の中に入っていき、腰を曲げて川岩の裏側に手を伸ばした。
「こういう方法もあります」
籐細工だろうか、女はひょうたんのような形をした籠を見せてくる。
それからは川の水が滴り落ちていて、中に数匹の魚がいるようだった。