その三
肩が痛んでおぼろげに目が覚めた。
床は木の板だから、横を向くと肩が痛い。
寝返りをうったときに目が覚めてしまったのだろう。
戸ががたがたと揺れていて、風の音を鳴らしていた。
日の光は差し込んでいないからまだ夜中だろうか。
身体を起こして、壁に寄りかかりり座りながら寝てみようとしたが、どうにも寝付けない。
板の隙間から月明かりが差し込んでいる。
満月かどうかは分からないが、今日は月の明かりが強い。
少し外を歩いてみようか。
怖いもんなんてなにもないさ。
そう思いながら戸を半分ほど開け、ふと見をやる。
俺は声も出せずに口を開き、背筋が凍りついた。
女がいる。
白っぽい服を着た女だ。
女は俺には気がついているのだろうか、こちらに身体は向けているが正座をしてうなだれている。
髪は顔を全て隠すほど長い。
音を立てないようにくるりと戸に背を当てて、ゆっくりと座った。
あれはなんなんだろうか。人間なのか幽霊なのか。
でもある意味、俺だって幽霊みたいなもんだ。きっと平気さ。
しかしその根拠のない自信は一瞬にして崩れ去った。
「にくい・・・にくい・・・」
俺はぞっとする。
「憎い・・・憎い・・・」
おいおい、やめてくれよ。
「ニクイ・・・ニクイニクイ・・・ニクイニクイニクイ・・・」
思わず目をつぶり耳をふさぐ。
すると何も聞こえなくなった。
一瞬だけ考えこむ。
こういうものは耳をふさいでも聞こえるもんじゃないのか。
俺は恐る恐る目を開ける。
俺の目に、目を見開いた女の目玉が飛び込んできたら嫌だなと思ったけれど、いらない心配だったようだ。
耳をふさいでいた手を外す。
すると女の細い声が聞こえる。
「憎んでも仕方ないことはわかっています」
女は泣いているようだった。
「どうしてこうもうまくいかないのでしょうか」
女は続けた。
「私はあんなところへ嫁ぎたくなんてありませぬ」
女はすすり泣いてから、呟いた。
「・・・死んだほうがましなのです」
何時の時代も、色恋沙汰はうまくいかないもんなんだな。
いつの間にか俺の恐怖心はなくなっていた。
よく知らない女の、憎しみというよりも悲しみが伝わってきた。