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金曜日の魔法

作者: あおい蜜葉
掲載日:2026/06/12

金曜日恒例のあれ。


 ごきげんよう、転生者ですわ。

 現在は魔法がある世界の貴族社会を生きております。

 一年が十二ヶ月で、ひと月が三十日で、曜日が七日制なので、日本で発売されていたいずれかの作品世界なのでしょう。


 そこそこ広い国の、とある伯爵家の長子が私――あぁ、名乗りが遅れました。シュクレ伯爵家が長女、ミュエルと申します。


 そして、身の危険を感じる立場ですわ。


 私の母が現女伯爵でして、私のきょうだいは下に妹が二人。残念なことに兄も弟もいませんので、私が次の女伯として、婿を取らねばなりません。

 ちなみに母のきょうだいは双子の妹が一人きり。どうも近年のシュクレ本家は女子が生まれやすいようです。


 爵位相続の優先は、直系男子、直系女子、傍系男子、傍系女子の順で長子優先制だそう。つまり私と妹二人と叔母を全員亡き者にすれば、傍系男子として母方の従弟が伯爵になれます。



 爵位のために実母まで手にかけるか? と常識の範囲で検討もしましたが、そもそも叔母には常識がないので、従弟にもない可能性はあります。何より、先方にメリットが大きすぎるんですよね。



 なにしろ叔母は、伯爵家の娘ながら「あの領地は美味しい林檎ワインができるから」というだけでポム男爵家の次期男爵ゴルデリー様(当時23)に嫁いだ後、次男フッジー様(当時14)とも関係を持ちました。

 フッジー様が叔母好みの美少年だったのと、腰振り猿なお年頃の前に現れた色気マシマシの人妻という取り合わせが、ちょうど事故を起こしたそうです。


 結果、叔母の産んだ長男ツガールと次男オーリンは、異父兄弟でした。


 しかし男爵夫人から言い含められた「一番の仕事は早く孫の顔を見せること」はクリアしています。ツガールもオーリンも、ポム家当主夫妻の孫には違いないので。

 血筋上は何の問題ないから庶子扱いはしない、という当主の意向もあり、オーリンも次期男爵ゴルデリー様の子として届けたそうです。



 ただ、ツガールが家を継いで子どもができた場合、オーリンは当主の予備としては用済みになります。つまり家を出なければなりません。

 その後の人生はだいたいの場合、準貴族として仕官するか、平民になって暮らすかです。


 どっちもイヤだ、貴族としてぬくぬく暮らしたーい。と思った場合、最も安易な手は私と妹二人、それに自分の母を亡き者にして、傍系男子として女伯の跡を継ぎ、伯爵になることです。

 当然、自分がやったと分からないようにする必要はありますが。



 幸か不幸かこの世界は『親が双子の場合のいとこ婚は禁止』と決まっていますから、私や妹が従弟からその尊厳を穢されることはありません。

 前世の知識的に言えば、一卵性双生児のそれぞれの子供というのは、遺伝子的には兄弟姉妹と同じですからね。

 地球ほどの科学がない世界ですが、なんらかの禁忌として神に禁止されているようです。


 だからこそ『やがて女伯になる私の夫になる』という手が使えない以上、爵位を狙うとすれば、従弟より上位の継承者たる四人の命を狙うしかないわけです。




 男爵家の事実上庶子が、男爵を継ぐ嫡子を超えて、伯爵になれる。あまりにメリットが大きすぎます。それなら実母と従姉妹の二、三人殺すことは充分あり得るでしょう。

 一気に母まで消すと領主業務の引き継ぎに困るでしょうから、そこまでは()らないと思います。



 物心ついた時から転生者の自覚があったおかげで、早々にオーリンの危険性に気づいた私は、自分と妹の身を守るための魔法の開発を急ぎました。

 もちろん、使うことがなければ一番良いと思ってはいましたが――世の中、大体のことは悪く転がるものですから。




 ***




「ミュエルの魔法は独特の記法よねぇ。何語?」


 王立学院魔法科の友人、マーコットが私の研究ボードを眺めています。今は騎士科との合同演習で、都市治安の改善や維持に役立つ魔法を作る実習を受けています。


 新作魔法は、個人で考えてもよし、仲間と相談してもよし。とは言え私のノートは日本語で書いてあるから、眺めたところで何もわからないでしょうに。


 魔法を研究するための記法は、魔道士それぞれに異なります。研究を盗まれる対策として、他人に読めないマイナー言語やオリジナル言語で書くことも珍しくありません。


「うふふ、ナイショ。混ぜて使っていますから、書いてる私でも、眠いと読めないことがありますのよ?」

「あら。それなら酔った時も暴発しないから安心ね」


 要は作った本人が『この術は、全文はこの詠唱で、略唱はこれで、こういう効果があります!』ということを理解できていれば、あとは魔力さえ足りれば発動します。


 要するに、記法は前世の言語で構わないわけで。

 安心して日本語や英語で記載し――前世のリアル中二の頃の記憶がちょっと痛みますが。でも秘匿性には代えられないですから。



 ……黄昏よりもホニャララとか。

 エター◯ルフォー◯ブリ◯ードとか。

 一回も試してないと言えば嘘になります。

 はい。やりましたとも。真っ先に。領地の海岸で。二度とやりません――閑話休題(さておき)



「ミュエルの今の課題は何なの?」

「初速ですね。座標指定はできましたので」

「都市防衛隊の魔道士じゃないのに、初速要る?」


 ここでいう初速とは、魔法の発動開始から、充分な威力に到達するまでの速度のこと。

 よく灯火(ランプ)の魔法で説明される概念ですね。

 最終的に同じ明るさになるのだとしても、発動からすぐパキッと明るくなるのと、時間をかけてゆっくりと明るくなるのでは『初速が異なる』と扱われます。


「都市防衛隊が使うような対魔獣魔法ではないですが。基本は護身用ですから、対人間でも初速は大事です」

「なるほどね。スリ対策とかそういう感じ?」

「……まぁ、そのようなものです」


 私が考えているのは、犯人の逃走防止の魔法です。


 犯罪が起きないで済む世にするのが政治の仕事。

 起きてから捕まえるのは騎士の仕事。

 だとすれば魔法使いの役割は『犯罪が起きてから捕まえるまでを短縮すること』だと思うのです。


 必要なのは逃走の牽制および存在の周知。

「これじゃ逃げ切れない」と犯人に思わせることと「あそこに逃走中の犯罪者がいるぞ」と周りの方々に思わせること。

 その二つの目的のために、発動から威力最大化までの時間をできるだけ短くしたいところです。


「あとは、略唱をどこまで短くできるか……」

「短く唱えて初速最大、が接近戦の理想だもんね」

「えぇ」


 詠唱を短くしすぎると、使う際に術の具体的なイメージが欠落しやすいとされます。そこをバランス取って巧くまとめるのが上手な魔道士というわけで。

 なにか巧い感じに、術のイメージを過不足なく補える略唱を思いつきたいものです。




 ――そんな話をしていた金曜日。

 学院生は、金曜の夕方は学校から馬車に乗って王都にある家に帰ります。週末を家族と過ごして、月曜の朝に馬車で登校します。そして月曜の午後から金曜の朝までは寮生活。

 毎週の馬車通学が負担になる男爵家以下の生徒は、ずっと寮生活も選べます。


 ですから学院生は、犯罪抑止実践論で言うところの『決まったスケジュールで決まった場所に寄る、などといった行動を取ると被害に遭いやすい』をまんまと踏み抜いているわけです。

 危害を加えようとしている側としては、そんなに計画の立てやすい獲物は居ませんからね。



「またね、ミュエル!」

「えぇマーコット、また来週」


 金曜日の夕方は、学園前の馬車溜まり広場に各家の馬車が集まります。身分の高い家の馬車が移動するのを邪魔しないよう、馬車溜まりを使用する時間は爵位ごとにある程度決まっています。


 本日も公爵家の方は午後一番にお帰りになり、次いで侯爵家が。そして伯爵家が使用する時間帯を迎え、私とマーコット――こんな気さくだけどタンジェリン伯爵令嬢なんですのよ、ビックリですわ――が自分の家の馬車を探していると。


 どこかの御者であろう方の「危ない!」という声と、私に突進してきた黒いフードローブの方の「死ねぇ!」という声が聞こえるのはほぼ当時でした。


 心臓は庇った。

 けど、利き腕を刺されてしまった。

 杖が持てない、反撃できない。

 とっさに、魂の底から浮かんだ略唱を叫ぶ。


「きっ……『きん◯まキラキラ金曜日』ー!!!!」


 弾け飛ぶ黒ローブ!

 輝く全裸の男!

 光源は両足の間!

 ガン見する令嬢たち!

 輝く全裸のまま、走り出す襲撃者!


「「「へっ、変態だーー!?」」」


 その前に殺人未遂です、捕まえてくださいな。

 私の魔力をありったけ叩きつけて発動したので、しばらくは光り続けますから。


 そんなことを思いながら、私は太い血管からの失血と痛みに耐えられず、気を失ったのでした――

 



 ***



「いやぁ、お手柄でしたなシュクレ伯爵令嬢」

「研究がお役に立てたようで光栄です」


 後日。

 股間を中心に全身が光り続ける不審者が王都を駆け抜けて逃亡し、逃げ込んだ先の屋敷がポム男爵家の王都邸だったそうです。

 あれだけ目立てば、いつでも捕まえることは容易だったそうですが、泳がせた甲斐があったということなのでしょう。



 襲撃者が男爵家の家族当人ということはなくとも、下級使用人や出入りの平民を使ったか、または闇ギルドで雇った人間の可能性はあります。

 今は邸内にいた全員が捕縛されて取り調べを受けているとのこと。


「令嬢があんな魔法を作っておられたのは、元々身の危険を感じて?」

「えぇ。その、我が家は数代、女系ですから……傍系の男性に要らぬ野心を抱かせてしまうのは仕方ないことですので。であれば、できる対策を、と……。なんともまぁ、思った通りの効果が出て嬉しいやら、それを我が身で証明したのが悲しいやらですが」


 いえ元々、こうなる可能性があったから開発したのですけれども。


 犯罪者が、いわゆる『巣』に帰るまで目立った状態で楽に追跡できるか、逆にそんな目立つ状態のまま『巣』に戻って一網打尽にされるのを避けるために敢えて捕まるか、という効果を期待して開発した魔法です。


 少し頭が回れば「自分だけ捕まってたまるか」と依頼人のところに行って、巻き添えにする可能性も見込んでのこと。

 目立つ姿で依頼人のところに行くこと自体が、司法取引の材料になるわけです。


 こちらの世界では『火消しと騎士団は仕事がないのが一番いい』と申しますが、今回の魔法もなんだかそんな気分です。そうですか、役に立ってしまいましたかー……。案外『狙い通り』と笑う気分にはなれないものですね。




 もちろん現在の最有力容疑者は叔母とオーリン、それにオーリンの実の父であるフッジー様です。

 万が一にもオーリンが未成年で伯爵位を継いだ時、その後見人となれる無爵で近い血縁の成人男性が必要です。当てはまるのはフッジー様しか居ませんから、私の死に対して大変に利益がある関係者と見なされたわけです。


 ちなみに、ポム男爵と次期男爵ゴルデリー様、その長男ツガールは、領地にいたのと、伯爵家を継いだりその後見人になれる立場ではないため、利害関係者と見なされず無罪放免。



「ところであの時、一緒にいたタンジェリン伯爵令嬢が、耳慣れぬ言語の詠唱を聞いたとの事でしてね。どんな略唱をお使いに? とても初速が速く、威力が高く、短くて効果的な略唱だったと聞いていますよ」


 あぁぁ、やっぱり訊かれますよねそこ。

 まさか「とっさに思い出した前世のスラングです」なんて言えないものの。

 あれで発動してしまった、イコール、『アレが略唱である』と魔法次元に登録されてしまった。


 そしてこれは公益性の高い魔法なので、発動が確認され、騎士団に提出を求められたら、すぐさま登録・提出しなければならない。

 今訊かれているのは要するに『今すぐにでも普及させたいので、はよ教えろ』ということで――適当なカバーストーリーを付与するしかない。


「あれは、魔法次元の夢を見るときに聴こえた言語なのです。とっさに浮かんだのが『き◯たまキラキラ金曜日』と言いまして……意味は、こちらの言葉だと『行い邪なる者に災いあれ』ということですわ。もちろん、夢で聞いた言葉なので、発音には不安がありますけれど……ですから、同じ夢を見ていない方々は、全文詠唱の方が安全かもしれませんわね」


 苦しい。言い訳が苦しいですわ。

 でも、イヤすぎますもの。

 これから街中で、スリに遭われた方がとっさに「きんた◯キラキラ金曜日!」って叫ぶのを聞くのは、さすがに耐えられる気がしませんわ?


「なるほど、現行犯は確実に『行い邪なる者』ですからな。現行犯である分には、冤罪の心配もないと」

「えぇ。『加害者と被害者』の関係が成立した瞬間に、二者間には魔法的な『強い縁』が紡がれます。それを利用する魔法です」

「ほほう?」

「縁を辿って魔法をかけるので、たとえ相手の顔が見えなくとも、その場では逃げられても、後から魔法を掛けることすら可能です。仮に被害者が殺されたとしても、今度は『加害者と被害者遺族』という縁で発動することもできますわ」

「それは素晴らしい!」


 信じてくれましたわ。


「ではでは私ども騎士団魔法局は、この成果を持ち帰りまして、すぐにでも啓蒙活動および今後の捜査に活かします。発動から逮捕に至る実績が積み上がれば、国に多大な貢献があったとして大幅な加増もあり得ます。楽しみに待ちながら回復なさってください」

「まぁ、夢がありますわね」


 後は家令に任せて騎士団の方をお見送りしていただき、まだ血が足りなくてフラフラするので寝室に戻る。


 領地の加増があるなら普通に嬉しい。妹たちの持参金のためにも、頑張って増やしてあげたいですもの。

 私が命を張って稼いだ領地っぽくなりますけれど、貴族の領土は基本的に命を張って得るものだものね。私のやり方は戦争ではないだけで。えぇ、悪くないですわ。


 あと、心配なことがあるとすれば――あの略唱、金曜日以外にも発動するのかしら?




発動しないから連呼される未来が見える。

諦めて全文詠唱してくれ。

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日刊コメディー3位!ありがとうございます!

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