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緑の手を持つ薬草令嬢は溢れる愛にて花開く

作者: おかき
掲載日:2026/04/13

 

ザァー……


春を告げる柔らかな風が吹き抜ける。


草花が舞い、可憐な少女の髪を巻き上げる。

少女は髪を押さえながら、広大に広がる薬草畑で薬草を摘み取る。


「シュシュ。こっちは全部摘み終わったよ。」

軽装ながらも美しい容姿の青年が声を掛けた。


「ありがとう。こっちももうすぐ摘み終わるわ。」

シュシュと呼ばれた少女は、青年に答える。


青年はシュシュを手伝いながら、薬草摘みを終わらせた。


二人は片手に籠を抱え、空いた手を繋ぎ丘を降りて行く……。

二人の周りには小さな輝く光の珠がクルクルと回り、踊りながら一緒に付いていく。


穏やかな春の日、薬草園の門の前にシュシュは立った。


「暫く来る事が出来ないけど、なるべく早く帰って来るわ。それまで皆、宜しくね!」


門の前には沢山の光の珠が飛び交っている、


〘早く帰って来てね。〙

〘お土産は甘いお菓子ね。〙

〘薬草は任せてね。〙


沢山の声が聞こえる。

シュシュは魔力を両手に集め、門に注いでいく。


「半年は持つけど、その前には片をつけて帰ってくるわね。」


シュシュがニッコリ微笑み光の珠に手を振る。


「行こうか。シュシュ。」


青年が手を差し伸べ、シュシュと手を繋ぐ。

二人はゆっくりと、広大な草原の中心に建つ邸に向かう。


「さっさと決着をつけましょう。」


青年が微笑みシュシュに声をかける。


「そうね。お父様と薬草を守る為にも、さっさと終わらせるわ。」


可愛らしいシュシュの顔がほんの少し険しくなる。


過去を思えば仕方のない事。


散々利用され虐げられ、死を選んだのだから。

そんな人生なんて、もういらない。


愛される事を知った少女は復讐を決意していた。


(せいぜい楽しく過ごすと良いわ。)


可憐な少女の心の闇を知る者は、彼とシュシュの父親だけだった。




〜✿✿〜




私が過去に戻った事に気が付いたのは、全身大火傷で瀕死の時だった。


二度目のそれに、驚くしかなかった。


(私は死んだはず……。)


全身の火傷の痛みに耐えられず、一度目覚めた思考は再び深い闇に落とされた……。



私はアーサーと婚約して義妹に寝取られ死んだはず……。

シュシュは闇の中で歩きながら、自身の生きた時を思い出す。


シュシュが10歳の時に1歳下の義妹を連れた義母と父が再婚をした。


政略的な再婚ではあったが、義母のヴィラは学生の頃から父であるマーカスに密かに恋慕の気持ちを持っていた。


義母の最初の結婚は伯爵家当主の急逝で変わってしまった。

当主の弟が爵位を継ぐ事になったのだ。

後継を産めなかったヴィラは、実家の子爵家へと娘を連れて戻された。


可哀想な娘の為に父である子爵が、侯爵家当主の父マーカスに再婚話を持ち掛けた。


マーカスは愛する妻を亡くし、生きる気力を無くしていた。

だが、愛する妻の忘れ形見のシュシュを深く愛していた。

王宮務めや領地経営に追われ、シュシュとの時間を取れずにいた。

シュシュが寂しそうに自身の見送りをしてくれている事にも気が付いていた。

だが、優しくし過ぎるのも良くない。

と、あえて感情を出さず、一歩距離を置いた。


マーカスのその一歩距離を置いた行動が、シュシュの運命を決めた一つのきっかけでもある。


娘に母親と妹が出来ればシュシュも寂しくないだろう……。

と、マーカスは子爵家からの話を受け入れた。


義母のヴィラ。義妹のマリー。

父から簡単に説明されるが、シュシュの気持ちは追いつかなかった。


義母と義妹は父がいる前では、シュシュに優しく仲良くしている体を崩さない。

父は安心したのか、義母に邸の全ての権限を渡した。


シュシュの地獄が始まった瞬間だった。


シュシュの婚約者はアーサー様。

伯爵家の次男でシュシュと婚姻し侯爵家へと婿入りする。

アーサーは容姿の可愛らしいシュシュを好ましく思い、婚約をとても喜んだ。

侯爵となる事もその一つだ。


義母や義妹に虐げられようと、シュシュは優しいアーサーがいればそれで良かった。


アーサーも義母や義妹に何を言われようと、シュシュを愛する事を誓ったのだ。


しかし、15歳となったある日。

義妹のマリーの凶行により、シュシュの運命がまた地獄の奥底に落とされる。


燃える暖炉の中に、マリーはシュシュを突き飛ばし魔力で押さえつけた。


「あんたなんか大嫌いよ。アーサー様もこの家も、私が全て貰うわ!」


シュシュは必死に逃れようとするが、マリーの恐ろしい顔を見て力が抜けて行く。


熱さと痛みと恐怖で、シュシュは自ら力を抜いてしまった。


「お義姉様が!!」


マリーの必死の叫び声だけがシュシュの脳裏に刻まれた。


シュシュは命は助かったが、体の火傷と喉を焼いた為に声を出せずにいた。


父マーカスはそんなシュシュを見て、

「領地でゆっくり療養しなさい。」

そう伝えた。


シュシュは父に縁を切られたと思い込んだ。

当たり前である。

自分に優しくない冷めた態度の父。

義母や義妹がいる場では笑顔なの父。


(マリーにされた仕打ちを伝えても無駄よね……。)


シュシュは家族に関わる全てを諦め捨てて領地へと向かう。

唯一の希望は、アーサーとの婚約はそのままだった事だった。

傷を治し、綺麗になればアーサーとの婚約も結婚にも問題はないと……。

そう信じる事がシュシュの生きる希望となった。


シュシュは誰にも伝えていないが、〘緑の手〙と言う神様から与えられた特殊な能力を持っている。

大火傷で苦しむ中、夢現のシュシュに神様がそう囁いた。


〘緑の手を持つ者よ。自身を癒し人々を癒しておくれ〙


優しい声を今でもはっきり覚えている。


シュシュは領地へと向かうと、直ぐに行動に移す。

領地は辺境領が近く、辺境ではいつも隣国や魔物との戦闘がある。


治癒草を沢山育て、軟膏やポーションを辺境伯へと送った。

内密に。との文を添えて。


辺境領での薬の効果は凄く、騎士や戦に駆り出される領民達から絶大な信頼を得た。

作り手は、辺境伯が頑なに口を閉ざし知る者はいない。

貧しさから薬を買えない者にも、安価だが効き目の高い薬を辺境伯を通じて売っていた。


シュシュの体も薬草で綺麗になり、畑の薬草も順調に育てていた。


18歳となり、アーサーとの結婚も近付いて来た。


だが、シュシュは領地に籠りきりで真実を知らない。


侯爵家ではシュシュは領地に引き篭もり、何もしていないとされていた。

マーカスは信じられず、領地の邸に手紙を送るも返事は一切ない。

侯爵家の執事に確認に向かわせるが、シュシュは毎日どこかに出かけ邸にはいない。

そう報告されていた。


マーカスは悩んだ結果、シュシュを後継から外しマリーとアーサーとの婚約を結ばせた。


全て、ヴィラとマリーの策略であった。


マーカスの手紙を隠し、領地からの手紙も隠していたのだ。

アーサーは被害者ではあるが、既にマリーと体の関係も深めていた為、シュシュとの婚約の解消に口を出す事は無かった。


アーサーはシュシュに恋心を残してはいたが、マリーとの体の関係に溺れていたのも事実である。

それに、シュシュが後継から外されたのならばマリーと婚約しなければ婿入り出来ないのだ。


アーサーは自身の保身を優先し、シュシュを捨てた。

貴族ならば仕方のない決断でもある。

とも言える……。



シュシュが王都にそろそろ戻ろうと支度をしていると、邸が騒がしくなった。

シュシュはベールを被り玄関へと向かう。


そこには愛するアーサーがいた。


だが、隣で大切そうにエスコートするマリーへの視線でシュシュは全てを理解した……。


(アーサー様を奪ったのね……。)


執事に手を上げ、紙を用意させた。

文を読んだ執事がアーサーとマリーを客間へと案内する。


三人はソファーに座り向かい合う。


アーサーの隣には、ベッタリとマリーが貼り付いている。

アーサーが三人での話し合いを希望し、執事を追い出した。


「お義姉様は後継から外されました。お父様の決定です。そして、アーサー様は私と婚姻し侯爵家を継ぎますので安心して下さいね?

それに、私のお腹にはアーサーとの愛の結晶がいますの。」

マリーは満足気に笑い、お腹を擦る。


アーサーは少しだけ後ろめたそうにするが、直ぐにマリーのお腹に手を置いた。


「シュシュ。申し訳ないが婚約はとうに破棄されている。シュシュが領地で怠惰な生活を送るのを皆知っている。私もそんな人との婚約より、侯爵家を思いやるマリーを選ぶよ。」


アーサーの言葉を聞いても、シュシュは答えない。

二人は未だにシュシュが大火傷の時の後遺症を負っていると思っている。


「お義姉様の居場所は何処にもないわよ。この邸には、私達の婚姻後両親が移り住むの。だから出ていくか。もう一つの選択は……。」

マリーが話しながら、一つの小さな瓶を出した。

緑の手の持ち主のシュシュには、それが何であるかは知っている。

毒草から作られる薬だからだ。


(この世界で私を愛してくれる人はいない……。)

シュシュは生きる事を諦めてしまった……。


「ただ捨てられるより、貴族のまま死ぬ事も出来ますわ……。」

マリーがアーサーの前だからか、義姉を思い苦渋の決断のような声と仕草でそう伝える。


シュシュは薬を手に取り、ベールを剥ぎ取ると一気に飲み干した。


「これで満足かしら?マリー。私を暖炉に突き飛ばし大火傷を負わせ全てを奪って満足よね?」

シュシュがそう口にした。


アーサーは色んな意味で驚いていた。

ベールを取ったシュシュはとても美しく、今迄見て来たどの令嬢も勝てない程の容姿になっていた。


淡い緑の髪がふわりと揺れる。

薄い黄金の瞳を忘れた事は無かった。


顔を合わす事の無かったアーサーは、シュシュが美しく成長していたのを知らずにいた。

しかも、話せなかったシュシュがとんでもない事を口にしたのだ。


シュシュが美しい顔をアーサーに向ける。


「アーサー様。私は貴方を愛していましたわ。今日この日を向かえるまでは。」


愛していたの言葉で美しく微笑むシュシュに見惚れてしまうが、その後に続く言葉に顔を青くさせる。


「そんな出鱈目な話を誰が信じるのよ!」

マリーが大声で叫んだ。


その声を聞き、執事が急いで部屋へと入る。

シュシュがベールを取っていた事に気が付いた執事は、急ぎシュシュの側に近付いた。


執事の靴先に小さな小瓶が、コツンと触れる。

執事は小瓶を拾うと、シュシュを見つめた。


「ごめんね。」


シュシュがそう口にすると、血を吐きゆっくりと倒れていく。


執事はシュシュを掻き抱き、きつく抱きしめ肩を震わせる。


「お前らを絶対に許さない……。」


執事の無礼な一言に、マリーが声を上ようとするが執事の圧に押され口を開けない。


「お前らの地獄を見届けよう。」


執事はその一言を発すると、マリーとアーサーに顔を向けた。

ずっと俯き気味でいた執事の顔を二人は何処かで見た事があった。

だが、思い出せずにいた。


執事はシュシュを横抱きにし、転移をして目の前から消えた。


「たかが執事ごときに、何も出来る筈はないわ。」


マリーの言葉に、アーサーは頷くしかなかった。

アーサーは自分が選んだ道が間違いである事を自覚していた。

だが、シュシュが死に消えた事でまだやり直せると信じた。



アーサーとマリーは父のマーカスに、シュシュが後継から外された事を知り邸を捨て出て行ったと伝えた。

マーカスはそれを聞き、酷く落ち込んだ。


マーカスはシュシュを後継から外しはしたが、領地でシュシュと一緒に暮らしやり直そうと考えていたからだ。


マーカスは全てをアーサーに譲り、領地へと早々に向かう決断をする。


マーカスが心の内をシュシュに惜しまず口にしていたら、全てが変わっていたのだ。

マーカスの独りよがりのシュシュへの対応が、悲劇の結果を生んだのだった。



アーサーとマリーの結婚式は、豪雨の中執り行われた。

季節外れの豪雨に、参列者の皆は考える事は同じであった。


((この結婚は祝福されていない。))


この国は、妖精達の気まぐれで色んな現象が起こる。

妖精をいじめたりすれば、その者の周りにだけ怪異が続いたり不幸が起こる。

結婚式もその一つ。

祝福されれば快晴であり、この様に豪雨となれば……。


だが、そこは貴族。

心に思うが、誰も口にも顔にも出さない。


結婚式も終わり暫くすると、マーカスとヴィラは領地へと向かった。

マーカスが邸に到着すると、門番と揉める者がいた。


馬車の紋を確認すると、なんと辺境伯の馬車であった。


マーカスは急いで馬車から降り、辺境伯の元へと向かう。


「シュシュ殿に会いたいのだが、いないと言われるのだ。いつも同じこの日に会う約束をしている。約束を破る方ではない。」


マーカスが声を掛ける前に、侯爵に気が付いた辺境伯が声を掛ける。


「とりあえず邸の中に。」


マーカスの案内で辺境伯は客間へと入る。


「辺境伯殿は、シュシュと知り合いですか?シュシュが何か不敬でも?」


マーカスの言葉に辺境伯は険しい顔をし、大きなため息を吐いた。


「貴方はシュシュ殿の父であろう?シュシュ殿の事を何も知らないのか?」


辺境伯の言葉に、

「シュシュは大火傷を負い、こちらの領地で療養するように言いました。ですが何もせず毎日ふらふら遊び歩いているとの報告を受け、後継から外しました。

それを聞いたシュシュは、邸を出て行ったと。」

マーカスが寂しそうにそう伝えるが、辺境伯の怒りの声に驚いた。


「シュシュ殿が遊び歩いているだと!

シュシュ殿は我が辺境領の為に沢山の薬を作り送ってくれていたのだぞ!毎日出かけるのは、薬草畑の手入れや薬の生成の為だ!!」


辺境伯はテーブルを拳で叩き付け、激しくマーカスを非難する。

マーカスの隣のヴィラはその様に怯えていた。


「もう良い!シュシュ殿が侯爵家に見切りを付けていた理由が理解できた。愛してくれない父などいらない。そう言ったシュシュ殿の寂しそうな顔を私は一生忘れない。」


辺境伯の言葉に、マーカスが反論する。


「私は亡き妻の忘れ形見のシュシュを愛していますよ!ずっと寂しそうにしているシュシュの為に家族を作り楽しく過ごす事を考えていた。

必死に家族との仲を取り持ったが、シュシュは心を開いてはくれなかった。そして大火傷を負った。

私はシュシュを後継から外しはしたが、籍を抜くなど考えていない!

この邸で一緒に過ごし、やり直そうと考えていたのだから!!」


マーカスの必死な姿に辺境伯は真実を語っていると推察する。

だが、青褪めるヴィラに直ぐに気が付いた。


「ならば誰かが何かを企み、策を講じたのだろう。それを調べるのかどうするのかは、侯爵次第だな。

シュシュ殿のいないここには用がない。」


そう言うと、辺境伯は部屋を出て行った。


マーカスは辺境伯の言葉を考えていた。


誰かが何かをしたのか?


そう考えながら妻となったヴィラに視線をやると、一瞬肩を揺らした。


(あぁー。私の選択した全てが間違いだったのか。シュシュを追い詰めたのは私なのだな……。)


マーカスは自身の失態をやっと理解した。


ヴィラも自身の失態を気付かれた事を自覚した。

マーカスのヴィラを見る目は、疑いの眼差しだったからだ。


その夜、話し合いたいとヴィラがマーカスをお茶に誘う。

マーカスもヴィラが何かを企んでいる事に気が付いていたが、愛する妻も娘もいない。

マーカスは全てどうでも良かった。

ヴィラから出された紅茶も躊躇いなく飲み干した。

例え毒入りであろうとも……。


口に含んだ紅茶はやはり毒が入っていた。

マーカスはシュシュへの贖罪の為に紅茶を全て飲み込んだ。


ヴィラは疑いなく飲み干すマーカスを信じられない思いで見つめる。


飲み干したマーカスはゆっくりと床に崩れ落ち、呼吸が止まった……。


「愛していたのです。マーカス。」


泣きながら叫ぶヴィラの声に使用人達が集まり始めた。


「旦那様はシュシュがいなくなり、寂しさの余り自死を……。」


泣き続けるヴィラに冷たい視線を向ける使用人達……。

この女が当主を殺したのだと直ぐに推察するが、誰も口にはしない。


居なくなった執事から、全てを聞かされていた使用人達は黙りを貫き、マーカスは自死として王宮に報告された。



〜 いつの日か来るであろう 

優しく美しいお嬢様の無念を晴らす執事の役に立つ為に……。

使用人達は静かにその時を待ち続ける…… 〜


マーカスの死亡届けに陛下は眉をあげた。

少し前に侯爵家の後継変更の届けを目にしていたからだった。


大火傷の後遺症で当主として役目を果たせぬと理由を言われれば、それは当然の事と陛下は了承の印を押したのだ。


だが、後継であるマリーの豪雨の結婚式。

そして当主のマーカスの自死。

侯爵家の度重なる不審な出来事に、何も思わないはずはない。


そして……。


目の前に座る辺境伯と息子であるクレメンの顔ぶれに何かがあると察した。


「久しいな。リチャードよ。」


辺境伯をリチャードと呼ぶ陛下は、優しい目をしていた。

辺境伯の当主は、陛下の年の離れた弟で辺境伯に婿入りしていた。

陛下は息子にも視線を向ける。


「クレメンもずっと帰って来ず、何年ぶりに顔を見るのか。久し振りなので誰か解らなかったぞ?」


ため息交じりに陛下は皮肉を伝えた。


「父上。そんな事はどうでも良いのです。こちらを見て頂きたい。」


そう言うとクレメンは妖精を手に乗せ、陛下にシュシュの不幸な出来事を見せる。


シュシュが義母や義妹からの暴言暴力に耐える日々。

アーサーだけが心の拠り所となり、必死に生きる日々。

そして、大火傷を負ったあの日の真実。


領地で緑の手を使い、辺境領と貧しい者に手を差し伸べ薬草を育て続けた事も。


シュシュは突然現れた執事を気にせず受け入れ、日々を辺境で戦う者達の為に捧げ続けた事を。


そして、シュシュが死んだあの日の事も。


マーカスが死んだあの日の事も。


全てを妖精が見せた。


シュシュは妖精に愛されていた。

緑の手の持ち主は、妖精にとても愛される。

心優しく、神に選ばれし緑の手を妖精達は愛し続けるのだ。


「妖精王は罰をこの国に与える事を決めたと、妖精が教えてくれました。妖精達が愛する緑の手の持ち主を、この国の者が虐げ殺したのですから、当然の事でしょうね。ですが、妖精王に会いある事を条件に罰を待ってもらいました。」


クレメンの見せるシュシュの過去。

そして妖精王からの言葉。

それを何故クレメンが知っているのか、陛下は気になった。


「クレメン。何故お主がその全てを知っておるのだ?何故妖精王がそちに会えるのだ?」


クレメンにそう陛下が問いかけた。


「私はシュシュを愛していました。ずっとずっと気持ちを隠し続け、彼女の側にいました。彼女の為に、幸せになる為にずっと……。」

クレメンは亡くなったシュシュを思い、涙を流す。

すると、クレメンの周りに沢山の輝く光が現れた。


〘泣かないでクレメン〙

〘シュシュを愛してくれてありがとう〙

〘シュシュは眠ってるだけよ?泣かないで。〙

妖精達が必死にクレメンを慰めている。


リチャードも陛下も驚いている。

妖精の声を聞き、人を慰めるなどあり得ないのだ。


〘クレメンは私と妖精王との約束を守ってくれるわよね?〙


そう言う妖精は人型となった。


それは小さなワイングラス程の背丈だが、纏う空気が他とは違う。

高位の妖精であるのは確かだ。


〘私は緑の手を持つ乙女を護る大地の妖精よ。緑の手の持ち主のシュシュを幸せにする者。

クレメンが妖精王に会えたのは、シュシュを深く誰よりも愛したからよ?〙


シュシュが大火傷を負ったあの日。

神は憐れで心優しく輝く魂を持つシュシュに、緑の手として役目を与えたのだ。


シュシュが誰にも話さなかったのは、あの義母や義妹に妖精を知られる訳にはいかなかったからだ。


「それで、妖精王と交わした条件とは?」


陛下は冷静になり、クレメンへと問いかける。


「世界のやり直しです。この世界をやり直す為に、生贄が必要となります。その生贄とはシュシュを死に追いやった者。

その命を精霊王に捧げよと。

また、次の世界でシュシュを幸せに出来なければ、直ぐに国を滅ぼすと。」


妖精王からの要望を拒否する事は出来ない。拒否すれば、今を生きるこの世界でこの国は妖精王により滅ぼされる。


ならば、次の世界で全てをやり直し、国を護る手段をとる方が賢明だと決断をする。


「相わかった。クレメンの好きにせよ。ただし、民達へ被害なきように。関係の無い者への関与や断罪は許さぬ。良いな。」


陛下はそう告げると、クレメンとリチャードに全てを委ねた。


妖精王と約束を交わしたのはクレメンだ。

一国の王など、妖精王の名の下では意味をなさない。



クレメンとリチャードは、あの三人を地獄へと落としシュシュの為の生贄になってもらう為の策を練り始めた。



シュシュが亡くなった事を知る人は、領地の使用人達とリチャードに陛下。

そしてシュシュを愛するクレメンのみだ。



シュシュがこの世を去り一年が過ぎる頃、王宮で盛大な夜会が開かれる。


なんと、妖精王の顕現があるとの公布がされたのだ。


国の全ての貴族が参加をする。


貴族の数が多い為、会場は屋外になった。

広場では、妖精王の顕現を今か今かと待ちわびる貴族達で溢れていた。


壇上に陛下が現れると、貴族達は一斉に礼をとる。


「今宵は沢山の者が集まり、感謝する。

先に公布したように今宵は精霊王が顕現なさる。皆は静かに見守るように。」


陛下の言葉に貴族達は礼を解くと、姿勢を正し妖精王が現れるのを待った。


陛下が後ろに下がると、壇上は目を開けていられないほどに光り輝き始めた。


必死に目を開け、壇上に視線を向ける。


美しい蒼と銀の混じり合う髪を床に付くほど伸ばした、美しく儚げな男性が立っていた。


〘この国は滅ぼす運命にある。我が子供達が愛する緑の手の乙女を死に至らしめた故。

だが、乙女を愛する者達からの願いを叶える事にした。ある条件を付けてだがな。〙


精霊王の言葉に、心当たりの無い者が一言漏らした。


「緑の手とは何だ?」


その言葉は精霊王に届いた。


〘そうだったな。何も知らないのだから理解は出来まい。

ならば緑の手とは誰の事か、乙女を殺したのは誰かを貴様らに見せよう。〙


精霊王が手を空にかざすと、幼きシュシュが映し出された。


「あれは……。シュシュ嬢?」

幼き頃を知る者は、そう口にする。


そこから先は陛下が見たものと同じ事が流れていく……。


会場の何処かにいるアーサーとマリー。

それに、ヴィラ。


映し出されるシュシュが成長するにつれ、誰が何をしたのかがはっきりと理解出来た。


会場の一部に空間が出来た。


そこには、顔を青褪めさせるアーサーにマリーがいた。


少し離れて、一人ポツンと立ち尽くすヴィラがいる。


貴族達からの冷たく厳しい視線を三人は浴びていた。


〘お主らの命と引き換えに、世界のやり直しを行う。有無は言わせぬ。〙


酷く苦しい圧を、会場にいる全ての者が受ける。

立つ事さえままならず、殆どの者が地に伏せ始めた。


「アーサーにマリー。ようやくお前らを地獄に落とせるよ。」

そう話しながら二人に近付く男性は、シュシュを連れ去った執事だった。


「私はこの国の王子。クレメンだ。」


冷たい声と視線にアーサーとマリーは顔を青褪めさせた。


「よくもシュシュを虐げ、殺してくれたな。」

怒りに燃えるクレメンを、側に来たリチャードが制止する。


「皆も知っているはず。奇跡の薬を作り、病に苦しむ者に安価に提供し貧しい民を助け続けたのは、シュシュ殿だ。

我が辺境の領地領民をも救ってくれた、私にとってシュシュ殿は命の恩人だ。」


リチャードがそう口にした……。


〘さて。儀式を始めようか。我が子供達が三人と遊びたがっている。〙


精霊王の言葉に、会場に光の珠が沢山現れた。


赤く輝く光は、妖精達の怒りの光。


妖精達は、三人に向かい次々とぶつかっていく。

妖精の光に触れたその部分は、酷く焼けただれ始めた。


三人の喚き声に顔を顰めた精霊王は、声が聞こえないように三人に結界を張った。


三人の体や顔は、火傷を負ったかのように焼けただれていた。

痛みと熱さに、涙を流し必死にクレメンとリチャードに手を伸ばした。


「気が付いていないのか?シュシュが負った火傷と同じ箇所を狙われているのだと。

シュシュは助けを求めたが、諦めた。

一人ぼっちのシュシュは助けを求める相手がいなかったのだからね。」


手を伸ばしたまま地に顔を伏せ、動かなくなった二人を目の前にクレメンはそう口にした。


「さて、皆は巻き込まれただけだが精霊王に従って貰う。今この瞬間に精霊王に滅ぼされるか、やり直しの世界を選ぶかしか選択の余地はない。王家はシュシュ嬢の幸せを願い、また民を護る為に精霊王に従う。」


陛下の声に貴族達の意識が戻る。

誰も口を開かない。

陛下の裁決に従うからだ。


〘二度はないと刻め。〙


精霊王の言葉に、人々は空間が歪むのを感じた。

酷い目眩に襲われながら、全員が意識を手放した。


〘シュシュの幸せ以外は認めぬ。〙


世界は暗闇にゆっくりと包まれて行った……。




〜✿〜




二度目の大火傷は逃れられない運命。

大きな事象は避けられない。

シュシュの母親が亡くなる事も避けられない。


クレメンは産まれた時から記憶がある。

産まれた時から記憶があるのは、クレメンとリチャードのみだった。


クレメンは早々に自身の身辺を整えた。

彼はシュシュの3歳上。

前世でシュシュと出会ったのは、リチャードに会いに行き薬を作る者に興味を持ち探し出した時だ。


火傷の残るシュシュだったが土に塗れながらも、一生懸命に薬草を育てる姿に心惹かれたのだ。

クレメンは行き倒れを装い、執事として邸に入り込んだ。

クレメンをシュシュが受け入れた理由は、妖精達がクレメンに懐いたからだ。


クレメンは行方不明となり、王家は隣国と話し合いを持った。

何故なら、クレメンは隣国の王女と政略的な婚約を結んでいた。5つ下の王女はまだ幼い為、時間の猶予はあった。


この婚約は解消される事はないのだ。


クレメンがシュシュへの気持ちを奥底に隠した理由はそれだった。

シュシュが幸せになる姿を確認したら、クレメンは王宮に戻るつもりでいたのだ。


だが、幸せになる事は無く死んでしまった。

この世界では絶対に幸せにすると誓う。


クレメンと王女の婚約が結ばれる事は無かった。


シュシュが火傷を負った知らせが王宮に広まる頃、陛下と宰相の記憶が戻ったのだ。


陛下は慌てて婚約を結ぶために送る予定の書面を全て破棄した。


((間に合った……。))


陛下と宰相は、安堵の息を吐いていた。



シュシュが大火傷を負った事を知り、クレメンは次の日に急ぎ侯爵家へと向かう。

この日はシュシュが生死を彷徨っているのに、ヴィラとマリーは平然と茶会に参加し不在だからだ。


邸に入ると、侯爵が頭を下げクレメンを待っていた。

「侯爵は記憶が?」

クレメンがマーカスに直に問うた。


「シュシュの火傷姿を見て、記憶が蘇りました。」

頭を下げるマーカスの床に、ポタリポタリと雫が落ちる。

自身の不手際で娘を苦しめ、追い詰めたのだから。


「シュシュは殺されたのですね。」


顔を上げたマーカスは涙を浮かべながらも、強い眼差しでクレメンを見つめる。


「そうだ。私は妖精達からシュシュのことを聞かされ全てを知っている。

この世界で、シュシュを幸せにするのは私だから。」


そう宣言すると、クレメンはシュシュの部屋へと急ぐ。

案内するのは妖精達だ。


包帯だらけでベットに横たわるシュシュの側に急ぎかけよる。


「シュシュ。会いたかった……。」


包帯で巻かれた手を優しく優しく掬い上げ、涙を流しクレメンは再会を喜ぶ。


小さな呻き声が聞こえ、俯いていたクレメンがシュシュの顔を覗くと視線があった。


(クー…ロ…)


声が出ないが、口の動きで解る。


「そうです。クーロです。執事をしていたクーロです……。」

シュシュの記憶が戻った事に、歓喜する。


精霊王からはシュシュがいつ記憶を戻すのかは教えて貰えなかったのだ。


ずっと見てきたが、記憶は無かった……。


やっと動き出せる。

クレメンはこれから本格的に動き出す事に決めた。


「シュシュ……。」

震える声の主は、父のマーカスだった。


「すまない。すまなかった……。」

涙を流し必死に謝罪の言葉を口にする。

しかし、シュシュの瞳は揺れる事は無かった。


「シュシュ。そう呼ぶね。私はクーロではなくクレメンって名前なんだ。」


いきなりの説明に、シュシュの瞳が揺れる。


クレメンはゆっくりとシュシュが知らなかった事実を聞かせる。


マーカスは間違った愛情表現をしていた事。ちゃんとシュシュを愛していた事を。

そして、最後は自死を選んだ事を。


シュシュの瞳が大きく揺れ、

(お……とうさ…ま……)

シュシュは父を呼ぶ。


「シュシュが呼んでいますよ?」

クレメンはマーカスを側に呼んだ。


「シュシュ?」

マーカスの優しい名を呼ぶ声に、自分を映すその優しい眼差しに。

シュシュの瞳からポロポロ涙が流れる。

マーカスはそっと涙をハンカチに吸わせる。


「シュシュ。私の可愛い娘。愛しているよ……愛して…っいるんだ。」

マーカスも泣きながら気持ちをきちんと伝える。

お互いのすれ違いがやっと無くなった瞬間だった。


「その火傷はマリーの仕業だよね。」

クレメンの言葉に、(はい)

そう口を動かした。


「シュシュは緑の手を贈られたかい?」

クレメンの言葉に(はい)

と答えた。


「声を出せないから辛いだろう?はい。なら瞬きを1回して、違うなら2回瞬きをしてくれる?」


シュシュは1回瞬きをした。

クレメンは素直なシュシュが可愛くて仕方なかった。


「私の事を話すね。」

クレメンは自分の以前の行動を全て話した。三人の断罪も、妖精王からの言葉も。

そして……。


「私は婚約者がいた。想いを交わし合う事は無かった。5つも年下の幼い王女を憐れとは思ったくらいかな。

私はね。シュシュを愛していたんだよ。

深く深く愛した。

でも、政略的な婚約を破棄する事は出来なかった。ならば、シュシュの幸せな姿を見届ける事に全てを注いだんだ。」


クレメンは寂しそうに、シュシュに話しかけた。

執事として側にいたクーロからは、そんな雰囲気を感じた事は無かった。


驚き目を見開くシュシュに、

「シュシュ。貴女の事を愛しています。ずっとずっと愛してきました。この気持ちは変わる事はない。私の可愛いシュシュ。」


気持ちを隠さず口にする事が嬉しくて、シュシュにずっと愛の言葉を伝える。


「コホン……。殿下。シュシュが……。」


マーカスの言葉に、シュシュを見ると涙を溜めて必死に何かをパクパクと口を動かし伝えようとしている。


恥ずかしいから、止めて。と……。


「シュシュに伝えれる事が嬉しくて!ごめんね。」


ご機嫌なクレメンに、シュシュは白旗を揚げるしかなかった。


「多分、妖精王が言う大きな事象とはシュシュの母君の死、シュシュの火傷、マーカス殿の死。だろう……。」


シュシュがハッとなり、父を見る。


「シュシュの死は無いはず。

シュシュを幸せにする事が妖精王からの命だ。ならば、マーカス殿の死も回避出来るはず。その為にこれから動く。

シュシュは火傷で体が痛いだろうが、領地に向かうまでは我慢してくれ。」


クレメンが優しく火傷がない頭を撫でる。


シュシュはクレメンと視線を合わせると、瞬きを1回した。


クレメンは頷き、

「沢山寝て、領地に早く行けるように体力を回復してくれ。あの女達が不在の時に会いに来るよ。」


シュシュは頭を撫でられる心地良さに身を任せ、眠りに就いた。


眠るシュシュを確認すると、クレメンは邸の執事と侍女長を呼びマリーによる犯行だと伝えた。

証拠がないため、裁けないが絶対にあの母子をシュシュに近づけないように命じた。

クレメンの事もマリーの仕打ちも、他言してはならない事も。


クレメンはマーカスに早々にシュシュを領地で静養させる提案をする。

マーカスには頼み事があるので、それが終わればシュシュのいる領地に行って貰いたいとも。


マーカスはクレメンの話を受け入れ、手筈を整えていく。



シュシュはベットの中でゆっくりとやり直す前の人生を思い返していた。


諦めずに、父に話かけていたら父の愛情に満ちたあの言葉を聞けていたのかもしれない。

マリーやヴィラの事も、早く伝えていれば何かが変わったかもしれない。

領地に引き篭もるだけでなく、アーサーに手紙を送ったり会いに行けばマリーに盗られなかったかもしれない。


考えても、かもしれない。

それしか言葉が出て来ない。


でも、辺境伯やクーロの事を考えると答えは出て来た。


私があの二人に全てを話して助けを求めれば、絶対に助けてくれた。

かもしれない。とは考えられなかった。


(お父様とクレメン様の言葉は嬉しかったな……。)


シュシュはまだ父マーカスに対して気持ちが引いていた。

でも、私を思い自死を選んだ事が事実ならば、不謹慎ではあるが嬉しく思う。


あれからシュシュは邸で静かに静養している。

シュシュのお世話は、侍女長とクレメンがしてくれる。

クレメンがお世話するとなった時に泣いて拒否したが、動かぬ体では無理だった。


クレメンが楽しそうに包帯を替えたり、食事の介助をしてくれる。

ここ最近は、クレメンの好きにさせている。


今も包帯を巻いてもらっている。

クレメンの膝の上で……。


「少しだけ良くなって来たから、そろそろ領地に向かおう。薬草畑を作ってあるから、直ぐに治癒草を育てようね!」


包帯を巻き終え、シュシュの頭を優しく撫でる。

シュシュは小さく頷き、クレメンの胸に体を預けた。

クレメンは可愛いシュシュの頭を撫でながら話を始めた。


「2日後シュシュは領地に向かってもらう。私も一緒に行くから安心してね。

準備は執事と侍女長が全て行うから大丈夫だよ。」


シュシュを優しく抱きしめ、

「シュシュ。愛してるよ。」

そう耳元で囁くと、シュシュの耳にチュッと口付けを落とした。


シュシュは耳を真っ赤にさせ、クレメンの胸に顔を埋めたまま動かなくなった。


クスクス笑い、可愛らしいシュシュをクレメンは堪能するのだった。


クレメンとシュシュは領地へと向かう。

マリーやヴィラの不在の時に邸を出て行く。


(この世界でもアーサー様と婚約しているけど、記憶が戻ってからは顔を見ていないわね。)


ぼーっとアーサーの事を考えていると、クレメンがシュシュに声をかけた。


「考え事?」

クレメンは席を離れ、シュシュの側に座る。

シュシュの体の為に、馬車の中は半分を寝台に作り替えてくれていたのだ。


シュシュはアーサーの事を考えていたので、罰が悪そうにしていた。

クレメンはシュシュの態度で察してしまった。


「アーサーの事を考えていたの?」

クレメンの無の表現と声色にシュシュはビクッとなる。

クレメンが視線を合わせてくるが、瞬きする事なくスッと視線を外した。


クレメンはシュシュの布団を剥ぐと、シュシュの寝間着の紐を引いた。

驚くシュシュだか、体が動かない。

手で必死にクレメンの腕を叩く。


クレメンは体に巻かれた包帯をゆっくり撫で、胸の上の包帯を外した。


火傷の跡が現れ、シュシュはギュッと目を閉じた。

胸の辺りを優しく撫で、チュッと唇があてられた。

シュシュが驚き目を開けるとクレメンの燃える瞳とぶつかった。


「シュシュのこの火傷の跡も、何もかもを愛せるのは私だけです。アーサーみたいな奴に、貴女を渡さない。」

そう口にすると、シュシュの火傷の傷に沢山の口付けを落としていく。


シュシュは泣きながらも、その行為を受け入れた。


アーサーは火傷の跡を確認すると、視線を背けた事があった。

誰しも醜い跡を好きに思うはずが無い。

以前のシュシュは綺麗な肌になればアーサーもまた見てくると思っていた。


そんな考えなど意味がないかのように、クレメンは醜い火傷の傷を愛しそうに愛でるのだ。


(私は怖いくらいに愛されている……。)


泣きながら受け入れるシュシュに満足なクレメンは、たっぷりとシュシュを堪能したのだ。


馬車の中では重い愛情を与えて、与えられて……。

お互いの気持ちが通じ合う事になった。



邸に到着すると、使用人達が泣いてシュシュに縋り付いてきた。

彼らも記憶が戻っていたのだ。


この世界で優しいお嬢様を幸せにする為に、皆は一丸となってシュシュが邸に来るのを待っていた。


領地では直ぐに辺境伯であるリチャード様が会いに来てくれた。

まだ包帯が取れていないシュシュを見て、泣きそうな顔でシュシュとの再会を喜んでくれた。


元気になったら、軟膏や薬の製作に直ぐに取り掛かるつもりでいる。


クレメンはシュシュを抱きかかえ、毎日領地の薬草畑へと向かう。

シュシュとの畑仕事は楽しかった。

前の世界では触れる事すら出来なかったのだ。


毎日シュシュに触れ、一緒に仕事をし生活を送る。

クレメンにとって、毎日が幸せでしかなかった。

シュシュもそんなクレメンを見る事が最近の幸せな事と実感している。

溺れそうな愛情を注がれ、火傷に塗る軟膏すら手ずから塗ってくれる。

毎日毎日愛を囁かれ続ければ、堕ちてしまうのだ。


領地で仲良く過ごすシュシュは王都での出来事を知らずにいる。



侯爵家では、当主のマーカスが領地で過ごす話をする。

「シュシュの療養について行く事にする。愛する娘と離れるのは辛いからな。」


マーカスの言葉に、ヴィラが問いかける。


「私とマリーはどうなりますの?」


マリーとヴィラが不安そうにマーカスに縋る視線を向ける。


マーカスは腹の中では怒り狂っていた。

(こいつらがシュシュを……。)

だが、この先二人がどう動くかを見極める為に動くしかなかった。


「二人は王都で過ごすと良い。領地には私だけが向かう。」

マーカスの返事にホッと安堵の息を吐いた。


「解りました。可愛いシュシュのためです…。マーカスが戻るまで邸を守りますわ。

でも、私の事を忘れないで下さいませ。」

ヴィラの言葉にマーカスは返事をする事なく頷くだけだった。


「お父様。お義姉さまが元気になると良いですね。でも、早く帰って来て下さいね。私も寂しいのですから。」

ニッコリ微笑むマリーだが、マーカスは握り拳を作りその場を凌ぐ。


「そうだな……。」


マーカスの返事は素っ気ない。

だが、領地に向かう事が無くなった事が大事な二人は早々に部屋から出て行く。


執事がマーカスの手に触れ、拳を解いていく。

手のひらには爪が食い込み、血が流れていた。


「良く辛抱なされました。」


執事は手当てをしながら、ポツリと呟いた。


「何が可愛いシュシュだっ……。」


マーカスは怒りを抑える。

ゆっくり呼吸をし、手当てを受ける。


「明日は領地に向かわれます。シュシュお嬢様に宜しくお伝え下さい。」

執事の言葉に頷き、明日領地に向かう楽しみを思い怒りを鎮めたのだった。


マーカスも領地に到着する。

クレメンとシュシュが仲良く手を繋ぎマーカスを出迎える。

この邸でのみ、手を繋いでいる。

一応だが、シュシュには婚約者がいるのだから。


「お帰りなさい。お父様。」

可愛い笑顔で出迎えてくれるシュシュを、マーカスはギュッと抱きしめる。


「ただいま。愛する娘。」


マーカスはシュシュの頭に口付けを落とし、抱きしめる。


「マーカス殿。いい加減シュシュを返して下さい。」

クレメンからの声かけに、呆れた声で

「普通は立場が逆な気がするが……。」


マーカスの言葉を無視して、クレメンはシュシュを奪い返した。


「あの二人には更生は無理でしょうね。」

マーカスの報告に、クレメンはため息を吐いた。


「更生させる気だったの?無理でしょ!妖精王の罰を受けたのに、魂に何ら変化が無いのですから。」


妖精王や神からの罰を受けた者は、その瞬間の謝罪や後悔が魂に刻まれる。次に生まれ変わった時に贖罪をする為だ。

ただし、怨みつらみを持つと魂に変化は無いまま次も罰を受ける事になる。


魂が改心するまで、罰は続くのだ。


アーサーは魂に変化があった。

シュシュを愛していた事や、自身の過ちを謝罪しながら死んだからだろう。


大地の妖精から魂の話を聞いたクレメンは、アーサーに改心の機会を与えたくは無かった。

だが、この世界でシュシュを傷付けてはいない。

なぜか、マリーとの関係も深まっていなかった。

魂に刻まれたからか……。


「アーサーはまだ暫くはシュシュの婚約者でいてもらう。あの義妹がどう動くのか見なければならないからな。」


クレメンは婚約者の立場にあるアーサーに嫉妬していたのだ。

忌々しそうに、アーサーの話をする。


「王都でマリーとヴィラがどう動くのか、それを見て決めましょう。」


二人の会話を妖精達がシュシュへと伝える。

シュシュはクレメンと父が何かを企んでいる事に気が付いていた。

知らない振りをしながら、妖精達にお願いをして全て把握していた。


「ありがとう妖精さん。今日は沢山お菓子を用意したわ。」

妖精達にお礼として、お菓子を振る舞う。


シュシュは何も知らない無垢な少女を演じた。

その方がクレメンと父が動きやすいだろうと考えたからだ。

シュシュはマリーとヴィラを自らの手で断

罪したかったのだ。

特に二度も火傷を負わせたマリーを……。


シュシュの心は、復讐の炎で満ちていた。


その日、シュシュは妖精達にある話を王都の貴族達の噂として流すようにお願いした。

妖精が耳元で囁く事は真実として囁かれた者は語ってしまうのだ。


「シュシュ嬢は領地に引き篭もり、婚約者がありながら男性を邸に引き入れている。」


そう囁かせた。


マリーの近しい貴族令嬢に……。


それを聞いたマリーがどう使うのか、領地からシュシュは見物するのだ。


次に、軟膏やポーションはシュシュの名前できちんと販売する事にした。

クレメンや父は反対したが、

「以前は名前を明かさなかった結果、私の存在は自堕落な令嬢とされましたわ……。」


悲しそうに伝えると、二人は了承してくれた。

私は大火傷を自ら負ったにも関わらず、民の為に身を尽くす令嬢として王宮での評判をあげた。

自分の価値が上がった頃を見計らい、

「妖精さん。また噂を囁いてくれる?」


シュシュは妖精に、またお願いをした。


「シュシュの薬は別人が作り上げた物を、自分の名前で売りだしている。火傷の後遺症が残るのに薬を作れるはずが無い。」


そう囁いて貰う。

以前と同じ令嬢達に……。


令嬢達には、マリー以外には話せないようになっている。

令嬢の噂話は、マリーしか耳にしない。


やがて二つの噂が社交界に広まる。


(マリーとヴィラはどう動く?

アーサーは私との婚約をどうする?)


薬草畑を手入れしながら、シュシュはクスリと笑っていた。


前の世界よりも薬草畑を広大にした。

薬草だけでなく、お花も沢山植えている。


魔物避けの花。

安眠を促す花。

薬になる花。


花畑の中に立つシュシュの周りを妖精達の光がキラキラ照らす。

シュシュを見かける領民は、口々にその美しさを語る。

その話は王都には流れない。

何故なら、シュシュの事は領地以外では語れない。

不思議な何かがシュシュを守るかの様に、本当のシュシュを知る者は領地の者以外いなかった。


王都で噂が流れ始める頃、良識ある者達の記憶が蘇り始める。


以前の世界とは違う、やり直しの世界であると……。


世界を救いたい者がシュシュを救おうと考えるが、考えるだけで行動には移せない。

見えない何かに縛られ阻まれているかのように、動く事を禁じられているようだ。


妖精王か神の御業か……。


記憶を持つ者は、ただシュシュの幸せを祈るしかなかった。




今宵、大夜会が開かれる。


第三王子クレメンの婚約者の発表があるからだ。

お相手の令嬢の名前は明かされないまま、夜会が始まる。


マリーとマリーに侍る令嬢は、一人夜会に参加をするシュシュを見つけたのだ。

隣にマーカスがいた事で、ベールの令嬢がシュシュである事に気が付いた。


マーカスがシュシュから離れ、一人になるのを見計らいマリーがシュシュに近付いた。


「あら。もしかして、お姉様ではありませんか?ベールを被らないと人前に出れないなんて、なんて可哀想何でしょう。」


見下した視線を向け、扇子で笑いそうな口元を隠したマリーがシュシュの前まで来ていた。


シュシュは黙ってマリーに体を向ける。


「そうそう。後遺症で話せなかったのを忘れていましたわ。火傷を負い、可哀想だとは思いますが男を連れ込み人の作る薬を我が物顔で売るのはどうかと思いましてよ?」


マリーの言葉を拾い上げた野次馬達から、ざわざわと声が広がる。

大半はマリーの言いがかりを否定するものだが、シュシュより立場が上であると勘違いしているマリーにはその言葉が聞こえていない。


王都で華やかに暮らすマリーとヴィラは、大火傷を負い田舎領地で暮らすシュシュを見下していたのだ。


周りのざわめきを、自身の味方と勘違いをし更にシュシュを貶める。


「火傷を負った体での婚姻など、アーサー様が可哀想ではありません事?

口も利けず醜い容姿に身持ちの悪い後継なんて、侯爵家の恥じでは?」


マリーはシュシュにそう言い放った。


周りは一瞬にして沈黙となる。


「マリー!お前はシュシュに何て事を口にするのだ!!」


怒りの表情で、マーカスが来るとシュシュを自身の後ろに隠した。


「お父様!本当の事ではありませんか!不自由なお姉様より私が後継となれば、侯爵家を盛り上げることが出来ますわ。

お姉様は邪魔者ではありませんか。

お父様もお姉様より私達を優先してくれていましたでしょう?

火傷を負って可哀想な振りをして男漁りをし、他人の手柄を横取りするお姉様より、私の方が後継もアーサー様との婚約も相応しいではありませんか。」


全く悪びれない様子のマリーに、マーカスは呆れ果てる。

何をどうしたら、そうなるのか。

(男漁り?手柄の横取り?何の話だ。)

マーカスはシュシュの噂を知らなかった。


「マーカス殿。シュシュはどちらに?」


マリーの背後から、マーカスに声をかける者がいた。

皆が一斉に視線をやると、そこにいたのはクレメン殿下だ。

クレメン殿下が現れた事に、皆頭を下げた。


「良い。楽にしてくれ。で?シュシュは?」


先程からクレメン殿下の口から「シュシュ」の名前があがる。

全員がマーカスとマーカスの背後に視線を向ける。


マーカスの背後から、ヒョコっとベールを被る女性が現れた。


「そこにいたのか。」

マーカスの背後のシュシュにクレメンは手を伸ばし、優しく抱き込んだ。


ベールを優しく撫でながら、クレメンが口を開く。


「シュシュ。こんな所でかくれんぼかい?鬼は……。さて、誰だろうね?」


聡い者は、クレメンの言葉を察した。


「クレメン殿下が何故お姉様を抱きしめているのです。そんな身持ちの悪い女に触れては穢れてしまいますわ。」


マリーの表情は、クレメンを心から心配するものであった。


だが、そんな芝居など見たくもないクレメンがあっさりと真実を告げる。


「身持ちの悪いとは?シュシュの事かな?何故かシュシュに関して悪い噂が流れている。それも全てマリー嬢の周辺にだけだ。何故だろうね?」


マリーが噂を流したのは事実である。

一瞬ひるんだマリーにクレメンは立て続けに話を始める。


「シュシュが作った薬だが、シュシュが人が作った薬を自身が作ったと偽り売っている噂があるが、それは事実ではない。

なぜなら、私とリチャード辺境伯も一緒にその薬を作っているからだ。

それに、男を連れ込んでいると言う噂だが、私とリチャード辺境伯の事だろうね。」


クレメンが語る事実に、マリーは口をハクハクさせている。

反論したいが、反論する材料を持ち合わせていない。


「それに醜い容姿だと、シュシュを貶めていたが……それも事実ではない。」


クレメンは抱き込むシュシュからベールを優しく外した。


隠されたシュシュの顔を見て、マリーはもう何も言えなかった。


「マリー。貴女が私にした仕打ちは許す事はありません。ヴィラもです。」


シュシュは離れた場所から様子を伺うヴィラに視線を向けた。


ヴィラはビクッと肩を跳ねさせた。


「貴女達が私を虐げた証拠はあります。

火傷も……マリー、貴女が私を暖炉に突き飛ばしたのです。言い逃れは出来ないと思いなさい。」


シュシュは毅然とした態度でマリーに告げる。

マリーは証拠がある筈がないと思っている。


「いつもお姉様は被害者ぶるのね。私が義理の妹で両親に愛されてるからと僻むのは止めた方が宜しくてよ?」


扇子で口元を隠し悲しそうに話すマリーだが、扇子の下の口元は笑みを浮かべている。


「全て偽りだと言うのだな?マリー嬢。」


クレメンがマリーに確認をする。


「ええ。お姉様の被害妄想ですわ。」


マリーがそう告げた瞬間、マリーの体が草花に縛り上げられた。

太い蔦は棘をマリーの肌に食い込ませた。


マリーは痛みに大絶叫し、血塗れの姿で立たされている。


眩しい光りとともに現れたのは、美しい精霊王だった。


記憶のある者は、今世も駄目だと覚悟を決める。


〘やはりお前は醜いな。〙


精霊王がマリーに向ける視線は、恐ろしい程に冷たい。


精霊王が視線をすっと移した先には、義母のヴィラがいた。


〘お前もな。〙


そう告げた後、精霊王はアーサーを見る。


〘お前はやり直せたな。〙


アーサーは膝を突き、肩を震わせ涙を落とした。


〘お前達二人を贄とするならば、今世は許そう。シュシュは愛され幸せにしておるからな。〙


精霊王はヴィラを鞭のような蔦で捕まえると、マリーも連れて光の中に消えて行った。


呆気ない最後であった。


マリーとヴィラが何処に連れて行かれ、その先がどうなるのかは誰にも解らない。


解りたくはない。


「記憶のある者は今世は精霊王に許された事に喜ぶと良い。

記憶の無い者は、知らずとも良い。

アーサー殿とシュシュ嬢の婚約は白紙になった。

そして、今宵は息子のクレメンとシュシュ嬢の婚約披露だ。皆、思う存分楽しむがよい!」


陛下のお言葉に、広間に大歓声が響き渡る。

クレメンとシュシュの婚約の祝福の言葉と、今世やり直せた事に皆は喜んだ。


夜会は日付が変わっても続いた。


シュシュはやり直しの世界で、クレメンから溢れる愛情を注がれた。

すれ違い死を迎えたシュシュと父も、今宵は仲良く二人でダンスを躍る。


シュシュと父マーカスの悲しい死は回避された。


クレメンは仲良く躍る父娘を温かい眼差しで眺めていた。


〘クレメン。約束は果たされた。これからも緑の手のシュシュを愛せ。〙


クレメンの耳元で大地の精霊が囁いた。


姿は見えないが、シュシュの幸せそうな笑顔をきっと見ているだろう。


クレメンは父娘の元に歩みを進めた。


愛するシュシュを奪還するために。


シュシュに手を伸ばすと、当たり前のように手を伸ばしてくれる。


前世触れる事が許されなかった指先を、クレメンは優しく握りしめる。


前世命の消えたシュシュを抱きかかえた苦しみは、今世は愛しすぎる苦しさに変わった。


幸せな苦しみを、溢れる愛情を、惜しみなくシュシュに渡し続けると誓った。


誤字報告ありがとうございます。

訂正しました❀

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