第四章 裏切りの紙縒(こより)
雨が降りしきる夜。
東京湾に面した廃倉庫の中、折神流の面々は焚き火の前で静かに息を潜めていた。
前夜の戦闘で重傷を負った者も多く、特に陽斗の肩はひどく裂けていた。だが本人は苦笑を浮かべながら言う。
「これくらい、大丈夫。チャラ男はこう見えて、打たれ強いんでね」
「もう……調子に乗ると死ぬわよ」
彩がきつめに言いながらも、包帯を巻く手は優しかった。
アリサとレオン姉弟は離れた場所で無言のまま。
アリサは祈るように、古紙に刻まれた古の呪文を何度も見つめていた。レオンはというと、じっと蓮の背を睨むように見つめている。
「何を見てる、レオン」
「お前だよ。あの戦い、無理をしただろ。……死ぬ気か」
「生きる気だよ。そのために、力を使うだけだ」
冷たく、でもどこか優しいその言葉に、レオンは小さく舌打ちをした。
「……だったら、俺も前に出る。アニキにだけ、背負わせねえ」
◆ ◆ ◆
夜が更ける。
蓮は一人、倉庫裏の海岸沿いに佇んでいた。手には古びた紙縒。
それは、父が遺したもののひとつで、いまだ開封を許されていない封神の鍵。
――その時だった。
風のないはずの海岸に、一陣の紙風が吹いた。
それに紛れて現れたのは、黒折流の幹部――四天王の一人、灰島 匠。
「神代蓮。お前に伝言を預かっている。父の死は誤解だ……と」
「……何を言っている」
匠は薄く笑いながら、手元の黒紙から一通の文を取り出す。それは、間違いなく蓮の父が使っていた筆致だった。
『――私は黒折と手を組む。折神の理はもはや腐敗しきっている。』
読んだ瞬間、蓮の手が震えた。
「嘘だ。こんなもの……捏造だ!」
「信じるか信じないかはお前次第だ。ただ、真実という紙は、折り方次第でどんな形にもなる。それが“紙師”だろ?」
そう言って匠は背を向け、霧の中へと姿を消した。
◆ ◆ ◆
翌朝。
蓮は重苦しい空気をまとったまま、仲間たちの元に戻った。
だがその姿に、陽斗も彩もすぐに気づく。
「どうしたの、蓮。顔、怖いわよ」
「何でもない。……ただ、確かめたいことができた」
「確かめたいことって、まさか……!」
彩の言葉を遮るように、レオンが立ち上がる。
「もう黙ってられねえ。蓮が何か隠してるのは明白だ。お前、何を見てきたんだ!」
「……黒折と父が繋がっていたかもしれない。それだけだ」
その一言に、一同の空気が凍る。
「なっ……そんなこと、あるわけないだろ!」
陽斗が叫ぶが、蓮の表情は変わらない。
「だといい。だが、それが真実なら……俺は、何を信じればいい?」
◆ ◆ ◆
その夜。
倉庫の外でひとり佇むアリサに、匠の声が再び届いた。
「君の力、こちらでも評価されているよ。君の中の神紙の素質は、我々にこそふさわしい」
「……私をどうするつもり?」
「選ばせるだけさ。君は誰のために折るかを、まだ知らない」
アリサは言葉を返さず、その場を去った。
だが彼女の瞳に浮かぶ迷いは、確かに深まっていた。
◆ ◆ ◆
翌朝、蓮は決断を口にする。
「単独で動く。これ以上、みんなを巻き込めない」
「ふざけんなっ!」
レオンが殴りかかる寸前、陽斗がそれを制した。
「行かせてやれ。……でも、忘れるなよ、蓮」
陽斗は蓮の胸に折り紙を一枚差し込んだ。
それは、三人で最初に折った折神の誓いの鶴だった。
「お前がどう折れるかは、お前次第だ。でも俺たちの絆は、一度折ったらもう戻らねぇ紙じゃない。……そうだろ?」
蓮は何も言わず、それを受け取り、倉庫を去った。




