第三章 追憶と誓い
夜。
道場の屋根の上に腰かけ、神代蓮は月を見上げていた。
柔らかな風が、手に持った一枚の和紙を揺らす。
それは、かつて父が教えてくれた“折神流”の型紙。幼い頃、何度も折り返し、何度も破り、ようやく完成した折鶴の設計だった。
「……まだ、お前が見てるなら……今の俺、どうだ?」
誰にともなく呟いたその声に、屋根の後ろからふわりと声がかかる。
「独り言なら、屋根の下で言えば? 風邪引くわよ」
現れたのは彩だった。クールな性格でありながら、いつも蓮を気にかけている幼なじみの少女。
普段はツンとすました表情の彼女も、今夜ばかりはその目が柔らかい。
「……昔のこと、思い出してただけだよ」
「ふーん、あの夜のこと?」
その一言に、蓮の目がわずかに陰る。
十年前のあの夜――
平穏だった神代家の屋敷が、黒折流に襲撃された日。
幼き蓮は、両親が命を賭して守ろうとした折神の紙の在処を目の当たりにした。
血の匂い、倒れた父母、黒き紙を操る者たち――
あの時、全てが変わった。
「守れなかった。俺は、あの時、何もできなかった」
「だから今、全部背負おうとしてるのね」
「……勝手だって、分かってる。けど、あの時の俺に誓ったんだ。もう誰も、俺のように後悔させないって」
彩はそっと近づき、蓮の手に触れる。
「背負うだけが強さじゃないよ。私たち、いるじゃない。陽斗も、アリサも、レオンも。……私も」
その私もの声に、蓮はようやく小さく微笑んだ。
「ありがとな、彩」
◆ ◆ ◆
翌朝。
道場には、折神流の一門や弟子たちが集まっていた。
その中心に立つのは蓮。手には、自らの流派“折神流”の総当主の証、白雷紙が握られている。
「俺は、今日より正式に折神流の当主として――黒折流と戦うことをここに宣言する」
緊張感が張り詰める中、弟子たちの中から小さな声が上がった。
「神代様……黒折流と戦うなんて、無謀じゃ……」
「お前たちは退いても構わない。けど、俺は前に進む。折神流の紙師として、そして一人の人間として」
その瞳に宿る確かな意志に、誰も言葉を続けられなかった。
◆ ◆ ◆
その日の夕方。
一同は、都内某所の古びた神社跡に集まっていた。
ここには、封神の紙に関する古文書が保管されているとされ、黒折流が狙う可能性が高い。
「蓮、データからしてもここはかなり狙われやすい。警戒は最大にしておこう」
陽斗が低く言う。
「来るぞ……!」
紙が揺れ、空気が震えた。
突如、黒き紙をまとった一団が神社の奥から姿を現す。
先頭に立つのは、あの青年――黒折 冥司。
「また会ったな、神代蓮。……いや、折神の亡霊」
「冥司……!」
「人間の情も、紙の理も。すべて捨ててきた俺に、お前は勝てない」
蓮は一歩前に出た。
「なら証明してみろ、冥司。……これが折神流の誇りだ!」
蓮が一枚の白紙を取り出し、折る――瞬間、空気が震える。
「――折神流奥義・天翔白鶴!」
展開した紙から、巨大な鶴が飛び出し、冥司の黒紙の障壁を突き破った。
だが冥司も一歩も退かず、黒紙を束ねるように両手をかざす。
「――黒折流秘術・終焉黒刃!」
黒い紙片が剣となり、飛翔する白鶴と激突。
轟音と共に、神社の境内が爆風で包まれた。
◆ ◆ ◆
戦いは一進一退。だが――
「蓮ッ! 撤退の時間だ!」
陽斗が叫ぶ。すでに冥司の増援が迫り、これ以上は分が悪い。
蓮は白鶴の翼で仲間を包み込み、空へと舞い上がった。
去り際に、冥司の視線と交差する。
「俺が紙の神になる。それだけは……譲れない」
冥司の冷たい宣言に、蓮はただ言い返した。
「なら、お前の“神”ごと、折ってやる」




