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第二章 黒折流の影(こくせつりゅうのかげ)

渋谷での戦闘から二日後――。


神代蓮かみしろ れんは、折神流せっしんりゅうの本部道場にある古びた床の間で、座禅を組んでいた。

彼の前には師匠であり、折神流の第十代目宗家――猿渡さわたり いつきが腰を下ろしていた。


「黒折流……確かに動き出したようだな」


斎の声音は穏やかだが、眼差しは鋭く光っている。

彼の年齢は六十を越えているはずだが、その動きも精神も枯れる様子は微塵もない。


「アイツらが動くのは、十年前と同じ……儀式を始めるってことかもしれません」


蓮の声に滲むのは、怒りとも悔しさとも違う、深い因縁だ。


十年前。

神代家が襲撃された夜、蓮の両親を殺したのは黒折流の当主――黒折くろおり 玄幻げんげん

世界に紙師のみの秩序を築くため、異能なき人々を“紙”として捨てるように扱う狂信者だ。


「蓮。黒折流が次に狙うのは、恐らく封神の紙だろう」


斎の一言に、蓮と彩が同時に反応する。


「封神……あの神を封じた禁忌の和紙か!?」

「まさか……それを黒折流が手に入れたら……!」


封神のふうしんのかみ――

千年前に生け贄と共に封じられた神の力を封じ込めたという伝説の紙。

折神流・黒折流を含めた紙師の始祖たちが命と引き換えに封じたと伝えられている。


「……奴らは、また神を歪める気か」


蓮は拳を握りしめた。自分の両親が最後まで守ろうとしたもの。

それを、黒折流はまた穢そうとしている。


「蓮、俺の分析でも気になる点がある」


陽斗はるとが手元のタブレットを操作しながら口を開いた。


「この二週間で、神社や古文書館が襲撃された件数が八件。そのほとんどで和紙の焼け焦げが見つかってる。しかも、その中心にいたのが……黒折当主の息子、黒折くろおり 冥司めいじだ」


冥司――玄幻の息子であり、現在十八歳。

父と同じく冷酷非道で、感情の一切を排した無機質な眼を持つ青年。

折神流の蓮とは同年齢であり、戦場で幾度も対峙してきた因縁の相手だった。


「黒折流は、冥司を神を継ぐ器として鍛え上げてるんだろうな。そういう気配を感じる」


「どこかで、俺たちも決着をつけなきゃならない相手だよな……」


陽斗が呟くと、彩が窓の外を見つめながら言った。


「蓮、戦う理由が復讐のままじゃ、いつか自分が折れちゃうよ」


「……分かってる。でも俺は、誰かの大切な人が奪われないように、“折り続ける”んだ」


その時、道場の障子が叩かれた。


「入るわよ~っ!」


元気な声と共に飛び込んできたのは、金髪に濃いメイク、英語交じりの日本語を話す少女――

アリサ・フォード。陽気なアメリカ出身の紙師であり、実力はトップクラス。


その後ろに静かに立っていたのは、彼女の弟、レオン・フォード。

真面目で生真面目、そして蓮に対して強い対抗心を持っている。


「久しぶりだね、カミシロ。会いたくなかったけど、あんたの実力は本物だって分かってる」


「……そっちこそ、ずいぶん丸くなったな。尖り方は昔の俺みたいだ」


「はあ!? 誰が丸くなったって!?」とレオンが反論しそうになるのをアリサが止めた。


「日本で黒折流がまた動き始めたって聞いてね。ウチらの親もあいつらに殺されたから……一緒に叩くって決めたの」


蓮は頷いた。


「頼りにしてるよ、アリサ、レオン。これからが本番だ」


◆  ◆  ◆


その夜。東京・港区の地下、巨大な闇市場の奥。

黒い和紙が貼りめぐらされた祭壇の前で、冷たい視線の男がひとり立っていた。


黒折くろおり 冥司めいじ


その手元に広げられた封神の紙は、うっすらと赤黒く輝いていた。

何かが――目覚めようとしている。


「……俺は神になる。父さんでもなく、お前らでもない。俺だけの世界を、紙で折るんだ」


背後に現れる四人の影。


黒折流・四天王――

狂気の熱血男、冷笑の参謀、残虐な双子の兄妹。


すべてが揃いし時、戦乱のときは加速する。

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