第8話 戦わない攻略法と増える預金
Fランクの探索者証を首から下げ、俺は再び「ゴブリンの森」へと足を踏み入れた。
ギルドのショップで最低限の革鎧と錆びついたショートソードを購入した。値段はしめて2万5千円。昨日の稼ぎのほとんどが消えたが、これは必要経費だ。
剣の振り方なんて知らないが、いざという時のお守り代わりにはなるだろう。
さて、今日の目標はより深く、そしてより効率的に稼ぐことだ。
俺は早速、得意の「在庫確認」を始めた。フロアを隅々まで歩き回り、罠の種類と位置を頭の中のマップに叩き込んでいく。
「ふむ、このフロアは【粘着床の罠】が多いな。それと壁から矢が飛び出すタイプの罠もあるか」
まるで新しい赴任先の顧客リストを頭に叩き込む作業のようだった。こういう地道な作業は性に合っている。
一通りマップを把握したところで俺はモンスターの群れを探し始めた。
やがて少し開けた場所でオークの群れを発見した。豚のような顔をした、ゴブリンよりも一回り大きなモンスターだ。その数、五匹。
近くでは若い探索者たちのパーティーが別のオークと必死に戦っていた。剣と魔法が飛び交い、激しい金属音が響き渡る。
彼らを横目に俺は群れから十分に距離を取った場所に陣取った。
「さて、と」
俺は腕を組み脳内マップと目の前の光景を照らし合わせる。
五匹のオークは一箇所に固まっている。一体ずつ罠にかけるのは非効率的だ。
ならば答えは一つ。
俺はこのフロアの入り口近くにあった、ある厄介な罠を思い出していた。広範囲に毒の霧をまき散らす【猛毒の沼の罠】。探索者たちが最も嫌う範囲型の持続ダメージトラップだ。
あれをオークの群れのど真ん中に配置すればどうなるか。
俺はにやりと口角を上げ、【配置換え】を発動した。
オークの群れの中心と、脳内に記憶した【猛毒の沼の罠】を強くイメージする。
『入れ替えろ』
次の瞬間。
オークたちが立っていた地面が不気味な紫色の沼へと変化した。沼からは見るからに体に悪そうな毒の霧が立ち上る。
突然のことにオークたちは混乱し、沼から逃げ出そうともがく。だが沼は足にまとわりつき、その動きを鈍らせる。そして毒の霧が確実にオークたちの体力を奪っていく。
断末魔の叫びが数分間にわたって続いた。
やがて五匹のオークはすべて力尽き、紫色の沼の中に沈んでいった。
俺は毒の霧が完全に晴れるのを待ってから悠々と現場へと向かう。
沼が消えた後には五つ分の【魔石】と、数本の折れた牙が残されていた。
戦闘時間、実質ゼロ。消費体力、ほぼゼロ。
これが俺の戦わない攻略法だ。
俺の頭の中ではダンジョンマップは巨大なパズル盤でしかない。「どこに」「何を」配置すれば最も楽に、そして安全にクリアできるか。それを考えるだけのゲームだった。
◇ ◇ ◇
その日一日で俺は会社員時代の月収の半分近くを稼ぎ出した。
日に日に俺の銀行口座の残高は増えていく。ATMで数字を確認するたびに失いかけていた自信が、父親としての尊厳が少しずつ回復していくのを感じた。
もう金の心配をして美咲に寂しい思いをさせることはない。
その事実が何よりも俺の心を強くしてくれた。
通帳に印字された数字が増えるたび、俺はダンジョンの入り口で静かに呟く。
「これでまた、美咲にうまいものを食わせてやれる」
その一心で俺は今日も、誰にも知られずたった一人でダンジョンへと潜っていくのだった。




