第10話 追い詰められた黒幕と最後の葛藤
陽動作戦が成功し、黒幕の注意が俺に集まっている間に、Sランクパーティーは順調にその居場所を突き止めたようだった。
あとは彼らに任せておけば大丈夫だろう。
「いや……一応最後まで見届ける義務がオレにはあるか」
そう判断した俺は探索者たちの喧騒から離れると、モモを連れてギルドから提供されたマップを頼りに、彼らが戦闘中だというフロアの安全な上層回廊へと移動していた。
もちろん野次馬根性からではない。作戦の成否をアドバイザーとして最後まで見届けるのも仕事のうちだ。万が一彼らが取りこぼすようなことがあれば、後が面倒になる。
俺たちがたどり着いたのは、戦闘エリアを見下ろせる吹き抜けの回廊だった。
俺の隣ではモモが固唾を飲んで眼下の戦いを見守っている。彼女もまたアドバイザーの助手として、この作戦の最後まで付き合う義務があった。
「すごい……。あれがSランクパーティーの戦い……」
眼下ではアレクサンダー率いる「神剣の騎士団」が、古びたローブをまとった一人の男を完璧な連携で追い詰めている。あれが【ネクロマンサー】か。
『サトウさん、聞こえますか。あなたの陽動のおかげで対象を完全に捕捉しました』
耳の通信機から氷川玲奈の安堵を含んだ声が聞こえる。
Sランクパーティーの力は圧倒的だ。ネクロマンサーはもはや虫の息で、勝敗は決したも同然。
俺が安堵のため息をついた、その時だった。
「――愚かなる者どもよ、道連れにしてくれるわ」
追い詰められたネクロマンサーが血を吐きながら叫んだ。
そしてその手に持った杖を、自らの足元の地面へと突き立てる。
直後。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
ダンジョン全体がまるで巨大な生き物が呻くように、激しく揺れ始めた。
これまで経験したことのない異常な振動。天井からはパラパラと土埃が落ち、壁に亀裂が走る。
「きゃっ」
突然の激震にモモがバランスを崩して俺の腕にしがみついてきた。その体は恐怖に小さく震えている。
「大丈夫だ。俺のそばから離れるな」
俺は彼女の肩を強く抱き寄せながら、眼下の惨状を睨みつけた。
アレクサンダーが驚愕の声を上げている。
「奴め、このフロアの『セクターコア』を暴走させたか!」
セクターコア。ダンジョンの各エリアを維持する局所的なエネルギー源。ネクロマンサーはダンジョン全体ではなく、このフロアだけを破壊し俺たちを道連れにするつもりなのだ。
『サトウさん、緊急事態です。ダンジョンの自己防衛機能が働き、当該フロアが他の全フロアから隔離されつつあります。このままではフロアごと圧壊します。すぐにそこから離れてください』
氷川の警告と同時に揺れはさらに激しさを増す。
天井の岩盤が巨大な塊となって次々と落下してくる。床は耐えきれずに裂け、あちこちに深い亀裂が口を開けた。
眼下ではSランクパーティーが退路を魔法障壁で塞がれ、絶望的な声を上げていた。
俺はこの絶望的な状況を打開する術を必死で思考していた。
俺一人だけなら簡単だ。スキルを一回使うだけで、この死地からモモと二人で逃げ出すことができる。
だが、それでいいのか?
俺の脳裏に、眼下で必死に仲間を守ろうと戦うSランクパーティーの姿が浮かんだ。
あの騎士サマたちは確かに鼻持ちならない連中だ。だが彼らは紛れもなくギルドとこの街を守るために戦っていた。彼らを見殺しにして俺だけが生き延びる? そんなことをして娘に胸を張れるのか。
何より俺の腕の中で恐怖に震えるこの少女。俺を「師匠」と慕ってくれる素直な弟子を、こんな場所に置き去りにして自分だけが助かるなどという選択肢は、もはや俺の中には存在しなかった。
「……ちっ。面倒な性格になったもんだ」
俺は自分の心境の変化に悪態をつきながら腹を括った。
一つの途方もない考えが脳裏をよぎる。
このフロアがダメなら、このフロアからいなくなればいい。
俺がまだ足を踏み入れていない下の階層へ。ギルドのマップで把握している安全な座標へ。
全員を、連れて。
「まだだ」
俺は誰に言うでもなく呟いた。
「まだなにか手はあるはずだ」
俺は崩れゆく眼下の光景を見下ろした。
その目には絶望の色はない。
元営業マンとして数々の無理難題、絶望的な納期、理不尽なクレームを乗り越えてきた。
土壇場からの逆転劇は、むしろ得意な方だ。
「絶対に皆をたすけてみせる!」