第4話 深淵の墓所と黒い魔石
翌日。
俺とモモはギルドの正式な任務として、ダンジョンの中層ゲート前に立っていた。
その先にあるのは数日前のスタンピード事件の発生源となったエリア――通称【深淵の墓所】。
普段はBランク以上の探索者しか立ち入りを許可されない危険地帯だ。
「サトウさん、これ……」
「ああ、お守りだ」
モモが俺の耳につけられた小さなイヤホンを指差した。
これはギルドから貸与された最新式の通信機で司令室にいる氷川と直接繋がっている。つまり俺の行動はリアルタイムで監視されているというわけだ。全く信用されていない。
『聞こえますか、サトウさん』
イヤホンから氷川の冷静な声が響く。
「……聞こえてますよ、監視官殿」
『アドバイザーとお呼びください。では任務を開始してください。モモさんはサトウさんの指示と周囲の状況を記録。そしてその調査端末のカメラは、常にサトウさんが活動している方向へ向けておくように』
「は、はい。了解です」
モモが緊張した声で返事をする。なるほどそういう仕組みか。俺の視点ではなく、モモの持つ端末からの映像で俺の行動を監視するというわけだ。どこまでもこちらの内実を探ろうという魂胆が見え見えだった。
俺たちは顔を見合わせひとつ頷くと、不気味な静寂に包まれた【深淵の墓所】へと足を踏み入れた。
エリア内は想像以上に凄惨な状態だった。
アンデッドの残骸がそこかしこに転がり、壁や床はスタンピードの爪痕で無残に破壊されている。空気は死と魔力の匂いが混じった、淀んだ匂いで満ちていた。
「うわっ、道が崩落してる……」
モモが声を上げた。
進路が巨大な瓦礫の山で完全に塞がれている。普通の探索者ならここで引き返すか、危険を冒して瓦礫を乗り越えるしかないだろう。
だが俺には【配置換え】がある。
「モモ、少し下がってろ。カメラは俺の手元じゃなく、瓦礫の山を映しておけ」
「え? は、はい」
モモが戸惑いながらも指示に従う。これでいい。俺がスキルを発動する瞬間をわざわざ見せてやる必要はない。
俺は瓦礫の山と、その先にある何もない空間をイメージした。
そしてスキルを発動。
轟音と共に目の前にあった瓦礫の山が忽然と姿を消し、代わりに安全な通路が出現した。消えた瓦礫は誰もいない行き止まりの空間へと転移させておいた。
『……今、何が?』
イヤホンから氷川のわずかに動揺した声が聞こえる。司令室のモニターには「目の前にあった瓦礫が何の予兆もなく消え去った」という、不可解な映像だけが映し出されているはずだ。
「見ての通りですよ。危険な瓦礫を『探査』し安全なルートを『確保』した。これが俺の仕事でしょう?」
俺はわざとらしくそう言ってやった。
俺の能力が物理的な『移動』だとバレればさらに面倒なことになる。あくまで俺は「危険を察知し何らかの方法で無力化する」程度の能力だと思わせておく必要があった。
氷川はそれ以上何も言わなかったが、納得していないのは明らかだった。
俺たちは同じように【配置換え】を使い、崩落した道や起動しかけている危険な罠を次々と処理しながら墓所の奥へと進んでいく。
その神業のような手際にモモは尊敬の眼差しを向け、氷川は通信機の向こうで沈黙を守っている。なんとも居心地の悪い任務だ。
探索を開始して一時間ほど経った頃。
最奥に近い巨大な祭壇のある広間で、モモが何かに気づいた。
「サトウさん、これ……なんだか変な感じです」
彼女が指差したのはアンデッドの残骸に混じって落ちている一つの黒い石だった。
こぶし大の、闇をそのまま固めたような禍々しい輝きを放つ魔石。
モモはおそるおそるその石に触れ、自身の補助スキル【鑑定】を発動させた。
数秒後、彼女はサッと顔を青くする。
「……これ、【隷属の黒魔石】です」
「隷属?」
「はい。効果は……『周囲の低級アンデッドを、術者の意のままに操る』。間違いありません」
その言葉に俺と、そして通信機越しの氷川も息を呑んだ。
これだ。
これが今回のスタンピードの原因。
事件は自然発生した天災などではない。
何者かがこの【隷属の黒魔石】を使い、意図的に引き起こした「人災」だったのだ。
俺たちの任務はただの調査から、未知なる「黒幕」を追うという全く質の違うものへと変わろうとしていた。
俺は黒い魔石が落ちていた祭壇を見つめる。
面倒なことになった。
なぜなら俺が対峙しなければならない相手はただのモンスターや罠ではなく、狡猾な知恵を持つ「人間」である可能性が濃厚になったのだから。