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第9話 家庭訪問と父の威厳と探り合い

 なぜギルドの職員が俺の自宅アパートを知っている。

 そんな疑問が頭をよぎったが、今はそれどころではなかった。

 目の前の氷川玲奈と名乗った女性は明らかに俺という人間を特定し、何らかの目的を持ってここに来ている。


「お父さん、誰か来たの?」


 リビングから美咲の呑気な声が聞こえてきた。

 まずい。娘に心配をかけるわけにはいかない。

 俺は咄嗟に頭を切り替え、いつもの飄々とした中年男の仮面を被った。


「ああ、仕事関係の人だ。ちょっと込み入った話があってな」


 俺は美咲にそう答えつつ氷川に向き直る。


「どうぞ。狭いところですが」


 俺が促すと彼女は軽く会釈して静かに部屋へと足を踏み入れた。

 すき焼きの匂いが残るリビングに通すと、美咲が興味津々な目でスーツ姿の氷川をじろじろと見ている。無理もない。俺の「仕事関係者」としてこれほど綺麗な女性が訪ねてくることなど、これまで一度もなかったのだから。


「娘の美咲です。こっちは、ええと……職場の氷川さん」

「初めまして。氷川玲奈と申します」


 氷川は美咲に対して完璧な営業スマイルを向けた。その表情筋の切り替えの速さに俺は少し感心してしまった。

 美咲にお茶を淹れてもらい、俺は氷川と向かい合って座る。テーブルの上にはまだ片付いていないすき焼きの鍋。ひどく場違いな光景だ。


「それで、ご用件は」


 俺が単刀直入に切り出すと氷川は微笑みを消し、再び氷の無表情に戻った。


「単刀直入にお伺いします、サトウさん。あなたの【スキル】は本当にただの『探査系』なのですか?」


 やはりそこから来るか。

 俺は内心で溜息をつきながら、とぼけた顔で答える。


「さあ、どうでしょうね。ギルドに申告した通りですが」

「本日、Bランクパーティー『紅蓮の牙』があなたに一方的に無力化されたと報告がありました。これもただの『探査系』スキルで成し得ることなのでしょうか」

「人聞きの悪い。俺は何もしてませんよ。彼らが勝手に罠にハマっただけです。運が良かったんでしょう」

「運、ですか。あなたは『運』という言葉がお好きなようですね」


 氷川の目が鋭く俺を射抜く。

 探り合い。腹の探り合いだ。

 営業マン時代に何度も経験した緊張感のある交渉。相手の言葉の裏を読み、自分の手の内は明かさず、有利な状況を作り出す。

 俺は動じなかった。この手の駆け引きはむしろ得意な方だ。


「あなたの力はギルドとしても看過できないレベルに達している可能性があります。もし未申告の強力なスキルをお持ちなのであれば、正直に報告していただきたい。これはあなた自身を守るためでもあるのです」

「ご心配どうも。ですが俺はしがないFランクの探索者ですよ。日銭を稼ぐので精一杯です」


 俺たちの会話をキッチンでお茶を淹れながら聞いていた美咲が、尊敬と疑惑の入り混じった目でこちらを見ている。

 自分の父親がエリート然とした知的な美女と一歩も引かずに渡り合っている。

 その光景は彼女にとって衝撃的だったに違いない。

 「お父さん、一体何のバイトしてるの……?」という心の声が聞こえてくるようだった。


 結局、氷川は確たる証拠を掴むことができず、その日は引き上げるしかなかった。

 玄関まで彼女を見送る。


「本日は夕食時にお邪魔いたしました」

「いえいえ。また何かあればギルドの方へ伺いますよ」


 俺がそう言うと彼女は去り際にふと振り返った。

 その瞳は夜の闇よりも深く、静かだった。


「一つだけ忠告しておきます。あなたの力は良くも悪くも、いずれギルドとしても無視できなくなります。その時、あなたが平穏な日常を望むのであれば……今のやり方は見直した方がよろしいかと」


 それは脅しとも、純粋な忠告とも取れる言葉だった。


「そのことは、お忘れなく」


 そう言い残し、氷川は夜の闇に消えていった。

 俺はドアを閉め、大きな溜息をつく。

 公的な組織の影。それは俺が一番避けたかった種類のリスクだ。

 俺のささやかな平穏に、確実にその影が差し始めている。

 どうやらこれまで通りのやり方では、いられないのかもしれないな。

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