第5話 スキルレベルと新しい可能性と
モモとの奇妙な師弟関係のようなものが始まってから一週間が過ぎた。
彼女は驚くほど素直で、俺の教えをスポンジのように吸収していった。
今では通路の些細な違和感から罠の存在を看破したり、モンスターの接近を音や匂いで察知したりと、見違えるように探索者らしくなっている。
「サトウさん。この先の曲がり角、土埃の匂いが濃いです。たぶん土を掘る系のモンスターがいます」
「正解だ。おそらく【モールベア】の群れだろうな。よし、今日の授業はここまでだ。引き返すぞ」
「はい」
モモは的確な判断を下せるようになり、無駄な戦闘を避ける術を身につけていた。
もちろん、それでも避けられない戦闘はある。
その日も俺たちは広めの通路で【リザードマン】の小隊と鉢合わせてしまった。その数、五匹。盾と剣で武装した厄介な相手だ。
「モモ、下がってろ」
「は、はい」
俺はモモを背後にかばい、冷静に周囲を見渡す。
罠の在庫は確認済みだ。この近くには【粘着床の罠】が二つと、壁から槍が飛び出す【スピアトラップ】が一つ。
よし、プランは決まった。
俺は【配置換え】を発動。
まず前衛の【リザードマン】二匹の足元に、別々の場所から【粘着床の罠】を同時に持ってくる。これで前衛の足止めは完了だ。
次に後衛で弓を構えていた一体の真横に、通路の奥にあった【スピアトラップ】を配置。突然現れた壁の穴から飛び出した槍に、弓兵はなすすべもなく串刺しになった。
残るは二匹。
スキルは残り一回。どう使うか。
いや、使うまでもない。
そう判断した、まさにその瞬間だった。
ふわりと目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がった。
【ステータス】画面だ。しかし、いつもと様子が違う。
『【配置換え】のスキル熟練度が一定に達しました。【スキルレベル】が2に上がります』
……スキルレベル?
そんなものが存在したのか。
俺が驚いている間にも、ウィンドウの表示は続いていく。
『【スキルレベル】の上昇に伴い、以下のボーナスが付与されます』
『・使用回数:3回 → 5回』
『・対象カテゴリに【設置物】を追加』
「……マジか」
思わず声が漏れた。
使用回数が三回から五回に増える。これは純粋にありがたい。これまで以上に柔軟な立ち回りが可能になるだろう。
だが本当に重要なのは二つ目のボーナスだ。
対象カテゴリに【設置物】を追加。
俺はウィンドウに表示された説明文を食い入るように読んだ。
【設置物】。それはダンジョン内に固定されているオブジェクトを指すらしい。例えば壁にかかった【松明】、積み上げられた【木箱】、果ては天井からぶら下がっている【シャンデリア】のようなものまで。
それが入れ替え可能になる。
「うおお……」
俺は興奮を隠せなかった。
戦術の幅がとてつもなく広がる。
敵の頭上に天井の重い【シャンデリア】を落として押し潰す。敵の逃げ道を大量の【木箱】で塞いでしまう。暗闇を好むモンスターのど真ん中に、壁の【松明】を複数転移させて混乱させる。
ただ罠とモンスターを入れ替えるだけだった俺のスキルが、ダンジョンそのものを武器に変える環境兵器へと進化したのだ。
「サトウさん? どうしたんですか、急に固まって……」
「いや、なんでもない」
俺は心配そうにこちらを覗き込むモモに答えながらも、頭の中は新しい戦術のことでいっぱいだった。
残りの【リザードマン】二匹がこちらに向かってくる。
ちょうどいい。早速試させてもらおうか。
俺は天井近くの壁に設置されていた【松明】を、二匹の【リザードマン】の間に配置した。
四回目のスキル発動。
突然足元に火のついた松明が現れたことに、リザードマンたちは驚いて飛びのく。その隙は致命的だった。
「サトウさん、顔がすごくニヤけてますよ」
「気のせいだ」
俺は口元が緩むのを自覚しながら、新しく生まれた隙を利用して残敵を安全に処理する算段を立てていた。
この力は想像以上に面白いことになりそうだ。