第3話 氷川玲奈の調査と疑惑の確信と
その平凡なプロフィールの下に並ぶのは、異常としか言いようのない踏破記録の数々だった。
ソロでありながらベテランパーティー並みの素材換金額。
異常に短いクリアタイム。
そして彼のログが記録された日時と場所は、ギルド内で噂されている正体不明の存在――「ダンジョンの神」の目撃情報と不気味なまでに一致している。
「偶然……にしては出来過ぎている」
氷川は小さく呟いた。
システムエラーの可能性も考えた。未知のバグか、あるいはチートツールの使用か。あらゆる可能性を検証したがすべてシロ。システムは正常に作動している。
ならば答えは一つ。
この佐藤浩一という冴えない中年男が、本当に「ゴッド・ソロ」だということになる。
だが彼のスキルは戦闘能力のない「探査系」のはず。一体どうやって。
その時だった。
彼女のモニターに新たなアラートが表示された。佐藤浩一のログに珍しいフラグが立っている。
『他探索者との近距離接触を記録。対象:探索者モモ』
モモ。その名前には見覚えがあった。
補助スキルしか持たず、どのパーティーからも追い出されては泣きついてくる落ちこぼれとして有名な少女探索者。
なぜ佐藤浩一が彼女と?
氷川は自分の疑念を確信に変えるためのピースが、ようやく見つかった気がした。彼女は内線端末を手に取り、冷静な声で告げた。
「探索者のモモさんを至急、第3応接室までお呼びしてください」
◇ ◇ ◇
「えっと……私、何かやっちゃいましたか?」
ギルドの一室に呼び出されたモモは、おどおどと椅子に座っていた。
目の前にいるのは氷のように美しいギルド職員、氷川玲奈。その無表情がかえって威圧感を放っている。
「いいえ。少しお話を伺いたいだけです。先日、ダンジョンの中層フロアで【ガーディアンゴーレム】と遭遇しましたね?」
「は、はい……」
氷川の穏やかながらも芯のある声に、モモはこくこくと頷いた。
「報告書によれば、あなたはソロでほぼ無傷でそれを討伐したことになっています。ですがあなたのスキルではゴーレムにダメージを与えるのは不可能なはず。一体どうやったのですか?」
「そ、それは……その、運が良くて」
モモは必死に言い繕う。
師匠――サトウさんのことは絶対に言えない。彼の邪魔をしたくない。そう強く思っていた。
「運、ですか。例えばどのような?」
「た、たまたま罠が近くにあって、ゴーレムが勝手にハマって……」
「なるほど」
氷川は表情を変えずに相槌を打つ。
だがその目は笑っていなかった。彼女は少しだけ身を乗り出す。
「その場にはもう一人、探索者がいたようですが」
「……」
図星だった。モモはサッと顔を青くして口ごもる。
氷川はその反応を見逃さなかった。彼女は巧みに話題を変える。
「サトウ・コウイチさん。あなたを助けてくれたのは彼ですね」
「ち、違います。助けてなんてもらってません。全部偶然で……」
「そうですか。ではサトウさんはどんな方でしたか? Fランクなのにすごい方なんでしょうね」
その言葉にモモは思わず反応してしまった。
「は、はい。すごいです。師匠は……」
しまった、とモモが口を押さえたがもう遅い。
氷川の口元に初めて微かな笑みが浮かんだ。それは獲物を追い詰めた狩人の笑みだった。
「師匠、ですか。彼があなたの」
「あ、いえ、その……」
「結構です。ありがとうございます、モモさん。とても参考になりました」
氷川はそう言うと立ち上がった。
モモは何が参考になったのかも分からず、ただ呆然とその場に残される。
オフィスに戻った氷川は、再び佐藤浩一のプロフィール画面を呼び出した。
未知のスキル。それを隠蔽しての活動。そしてモモの口から出た「師匠」という言葉。
パズルのピースが音を立ててはまっていく。
「サトウ・コウイチ……あなた、一体何者なの」
氷川はモニターに映る気の弱そうな中年男の顔写真を見つめながら、静かに呟いた。
彼女の中で単なる「要注意人物」への疑念は、今、明確な「確信」へと変わっていた。