第2話 弟子入り志願と面倒なことと
これは非常にまずい状況だ。
キラキラとした期待の眼差しを向けてくる少女に、俺はどう答えるべきか悩んでいた。
元営業マンの経験が告げている。下手に期待を持たせるようなことを言えば絶対に面倒なことになる、と。
「いや、だから偶然だ。たまたま罠がうまく作動しただけなんだよ」
「嘘です」
俺の言い訳は少女の食い気味な一言できっぱりと斬り捨てられた。
彼女は俺から数歩の距離を保ったまま、ぶんぶんと首を横に振る。
「私、見てました。ゴーレムの足元に突然油がぶわって出てきて……。そのあと壁にあった火を噴く罠が、ゴーレムの目の前に移動してきて……。あんなの、偶然じゃあり得ません」
……がっつり見られていた。
完全に俺のスキルによるものだとバレている。
俺は「はぁ……」と深い溜息をつき、ごしごしと無精髭をこすった。
「君、名前は」
「モモです。あなたは?」
「……サトウだ」
名乗ってしまった時点で俺の負けは決まっていたのかもしれない。
モモと名乗った少女は俺が観念したと思ったのか、堰を切ったように自分の身の上を語り始めた。
彼女は戦闘系の【スキル】を何一つ持っていないこと。
持っているのはアイテムを収納する【収納】や、鑑定するだけの【鑑定】といった戦闘の役には全く立たない補助スキルばかり。
そのためどのパーティーに入っても「使えない」と罵られ、すぐに追い出されてしまうのだという。いわゆる落ちこぼれ探索者というやつか。
「それでも、私、探索者を辞めるわけにはいかないんです」
モモはぎゅっと拳を握りしめた。その目には先ほどとは違う切実な光が宿っている。
「病気の弟がいるんです。あの子の薬代を稼ぐにはどうしてもダンジョンで稼ぐしかなくて……」
……それは反則だろう。
そんなことを言われて無下にできるお人好しではないが、かといって面倒事を背負い込むほどのお人好しでもない。
だが彼女の姿がどうしても娘の美咲と重なって見えてしまう。もし美咲が同じような状況に陥ったら。そう考えると、どうにも邪険にはできなかった。
「あなたの戦い方を見て希望が見えたんです」
「俺は戦ってないが」
「そうです、それです。戦わずにモンスターを倒す方法。それなら戦闘スキルがない私にもできるかもしれないって思ったんです」
なるほど。理屈は分かる。
だがこの【配置換え】はそう単純なスキルじゃない。状況分析と的確な判断力、そして何よりどこにどんな罠があるかを記憶する能力が求められる。
素人に簡単に真似できる芸当ではなかった。
「悪いが俺はソロでやるのが性に合ってる。君の力にはなれない」
俺はそう言って今度こそ本当に立ち去ろうとした。
それがこの少女のためでもある。そう思ったからだ。
しかし。
「お願いします」
背後から聞こえた声に俺の足が止まる。
振り返るとモモがその場に土下座していた。ダンジョンの硬い石畳の上に、まっすぐに。
「私を、弟子にしてください」
その声は震えていたが、明確な意志が込められていた。
俺は狼狽した。なんだこの展開は。
ただの日課をこなしに来ただけなのに、どうしてこんなことに。
「弟子なんて取らん。だいたい俺は人に教えられるような柄じゃない」
「そこをなんとかお願いします。どんな雑用でもしますから」
「いや、だから……」
俺は頭を抱えた。
真っ直ぐな瞳。切実な願い。そして土下座。
断るための言葉が喉の奥で詰まって出てこない。
リストラされて以来の、人生で最大級の面倒事が今まさに始まろうとしていた。