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始まりの村にいるHPを全回復してくれる花売り少女ですが、何度も戻ってくる勇者に恋をしました。

作者: 衣のH



「始まりの村へようこそ。私は花売りの少女。ここで回復していってくださいね」


私の役目は、『始まりの村』に来た勇者を迎え、体力を回復させること。ただそれだけ。




名前はない。

花も売ってはいない。

ただ、そういう“設定”のキャラクター。




この村には何度も勇者がやってくる。


なぜなら、この世界に勇者は常にひとり。

その勇者が途中で倒れれば、また新しい勇者が召喚されて、この村から旅立っていく。



だから私は、何度も同じセリフを繰り返す。


「始まりの村へようこそ。私は花売りの少女。ここで回復していってくださいね」





はぁ、

バカバカしい。

それに何よ、"花売りの少女"って。

名前ぐらい付けなさいよ。


私は毎度同じことを繰り返すこの世界に飽き飽きとしていた。





それに、もう一つ。

少女には気に入らないことがあった。


この世界では、全キャラクターが勇者と結婚出来るようになっている。とんでもないことだ。


そして、そのチュートリアルは"始まりの町"で行われる。



つまり、だ。



「わあ、うれしい!ありがとう!」



こうなるに決まっている。


私は、チュートリアルにプレゼントを渡される最初のキャラクターに選ばれることが殆どだった。




始まりの町にいる女性は3人。

80のおばあさんと、0歳児と、私だ。


もはや、その選択肢で選ばれても嬉しくもない。





たまにそのチュートリアルを無視してプレゼントをしないような変わり者もいたが。



それでも大半の勇者は、私にプレゼントを渡すのだ。




一日に一度だけ渡せるプレゼント。


それなのに、気持ちのこもっていない。


そんなプレゼントを貰っても、ただ、私は。




「わあ、うれしい!ありがとう!」




例え、それがそこらに落ちていた薬草でも。

スライムの残骸でも。石ころでも何でも。



同じ笑顔で。

だって。


そう決まっているから。





そして── その日も、いつもと同じはずだった。


「わあ、うれしい!ありがとう!」


そう言った私の手の中には、勇者の祝いの品として渡される装備の中で、最も高価な、アクセサリーだった。


彼は無言で、だけど、顔を赤らめて、それを私に手渡して、そして去っていった。





間違えたのかと思った。最初は。

というよりも、なんて失礼なやつなんだ、と思った。

人から貰ったものを、そのまま私に渡すなんて!


高価なものをもらったはずの私の感情は、相反して彼へのイメージダウンへと繋がっていた。




まぁ、いい。

もうどうせ、この町へは帰ってこないだろう。

花売りの少女は、そう、たかを括っていた。





けれど、それからも彼は何度も村に戻ってきた。


それも、毎日、毎日。




いつもHPは満タンのまま。

戦闘で傷ついた様子はなく、ただ私に回復されるだけ。



そして、そのたびに、彼は手持ちの中で最も価値のあるものを私へプレゼントしていった。


初めの頃は、『どうせ、一番手っ取り早くプレゼントを渡せた私と結婚するのが効率いいからだ』とか『金にものを言わせて私の心を掴もうとする卑怯者だ』などと私は思っていた。




だけど。


私は少しずつ、彼のことが気になっていた。


私は少しずつ、変わっていった。


決まった言葉しか話せない私に、心が芽生えてしまった。




「わあ、うれしい!ありがとう!」




この言葉しか言えないのが、"もどかしい"と思った。




この人のことが、気になる。


その気持ちに嘘をつけなくなっていた。




そして、私はプレゼントを貰い続けた。


この世界では勇者への好感度が上がると、少しだけ喋る内容を加えることができる。




私は悩んだ。


聞きたいことも話したいこともある。



『どうしていつも私にプレゼントを渡すの?』


『どうして高価なものばかり渡すの?』


『この先に、他に良い人はいなかったの?』




だけど。


一度だけしか言葉は変えられないから。






「わあ、うれしい!ありがとう!……私、いつでもあなたのことを待っていますから」




私は、彼への気持ちを遠回しに伝えた。


勇者は、静かに目を見開いて、微笑んだ。







それから数日が経った。


毎日彼からプレゼントを渡されていたのに、数日開いたのが堪らなく不安だった。



だけど、彼はやってきた。


その手に、プレゼントの指輪を持って。


私の心は喜びでいっぱいになっていた。


なんて単純な女なんだ、私は。





「次に会うとき、結婚してほしい」


そう言って、彼は私に指輪を渡した。





「初めて見た時から、君が好きだった」


私は、はじめて、自分の意志で涙を流した。




「どうしても、伝えたかった」


嬉しい。


嬉しい。


うれしい。本当に。




けれど。


どうしても見過ごせないことがあった。



その日の彼は、なぜかボロボロだった。





鎧は殆ど意味を成していない、服は血で染まり、顔は煤け、立っているのがやっとのようだった。


HPは、ほんの一握りしか残っていなかった。





「わあ、うれしい!ありがとう!……私、いつでもあなたのことを待っていますから」




彼を全回復する。


そして、いつも通りの言葉を伝える。


── だけど。




言葉とは裏腹に、花売りの少女は。


『いかないで』


そう、心で叫びながら。


彼を送り出した。






それから、私は待ち続けた。


数日が過ぎた。


何日も、何日も。


だけど、私は待ち続けた。


きっとまた、あの赤面を見せながら。


きっと。







── だが、起きてはならないことが起きた。






「始まりの村へようこそ。私は花売りの少女。ここで回復していってくださいね」





新しい勇者が、この村にやってきたのだ。


つまり、あの人は ──





私は、変わらぬ笑顔でセリフを言いながら。


胸をナイフで刺されたような痛みで苦しんだ。





私は、彼と結ばれてはいない。


一度の願いも、叶えてもらえない。


── だけど。




どうか。


ああ、どうか。




── 願わくば。


私を、壊して欲しい。

この世界を、終わらせて欲しい。








そして、叶うのなら。


来世は、あの人の隣にいられますように。








そう願いながら、言葉を吐き続けた。




「始まりの村へようこそ。私は花売りの少女。ここで回復していってくださいね」







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