まもなく茜色
「さようならー」
「はい、さようならー」
歌の練習も終わって、学校での1日も終わった。
今日は金曜日。
カレンダーで金曜日を見ると、心做しか色付いて見える。
他の平日と変わらず、黒色で書かれているのだけれど。
今日も晴美と藤田さんは休みだった。
まだ体調が良くならないらしい。
昨日と同じく、静かな日を過ごし、夏の余韻を感じているかのような空の中、帰っている。
秋を目指している時期、道を走る車の音、ほんの数羽のカラスの声。木の揺れる音。全てが心地よく感じる。
空の持つ雰囲気がそうしている。
そう見えるように、魔法をかけているかのようだ。
(あれ…)
そんな金曜の興行の中、一人で立ち止まっている、少女がいた。
まだ小学校にも入っていないだろう…
(迷子?…それとも近くに誰かいるのかな…)
少し、歩幅を縮めてみた。
(ああ…)
「すみません、お母さんとか、いる?いる場所分かる?」
一回りほど下の子に、「すみません」なんて。
女の子は小さく顔を横に振った。
この子の顔を見たとき、迷子だと確信した。
分かりやすいほどに、表情に不安が滲んでいた。
「大丈夫、私も一緒に待ってる」
何が大丈夫なのだろう。
この子が誰なのか、そもそもこの辺りの子なのかも分からない。
「ここらへんに住んでるの?」
「…」
「私はこの辺に住んでるんだ。中学に通っててさ」
なんて、どうでもいいか。
この子は、制服を着ている。
水筒も持っているようだし、水分は大丈夫そうだ。
「水筒の中入ってる?大丈夫?」
「…」
「良かった」
頷いたり、首を振るだけだけど、ちゃんと言葉は届いているみたい。
そんなに暑くないし、私はいくらでも待てる。
というか、どうやって迷子になったのだろう。
そこまで複雑な道ではないし…近所に住んでいるなら、迷うようなところではない。
「…たい」
何か喋った。
「ん?」
「トイレ行きたい」
「ああ、トイレか。じゃあ…どうしよう…」
ここからは、コンビニか、家…どっちがいいんだ…
早く決めないと…
「じゃあ私の家行こっか。ここからすぐだし」
選択は、私の口に任せた。
家に向かって歩き出す。
本当に家で良かったかな…てか歩くスピード大丈夫かな?
……もう少し速くて良かったようだ。
女の子は私の前を歩き出した。
いつもの居酒屋が見えてきた。
「もうすぐだよ…あっ」
女の子は居酒屋に向かって走っていった。
「ちょっと、危ないよー」
(あ)
手に何も持っていない女性が、私の家の方向から出てきた。
「ママー!」
「あー!さえちゃん!」
30メートルほど離れていたけど、近くで話しているのかと思うほど、大きな声。
どうやら、お母さんだったようだ。
「ごめんねー怖かったよねー。探したんだよー」
「こわくなかったー。全然大丈夫だったー」
「えー?そうなの?」
「ママが先に帰ったとおもって、探してた」
「さえちゃん置いて帰るわけないでしょーもー良かった」
母親は、どこか涙目だ。
良かった、ちゃんと会えて。
家の方向なので、親子の方へ向かう。
…私がついてました。私が助けました。
なんて、言うのは…気が引ける。
こういうのは言わない方がかっこいいのでは…この子の中のどこかで、ヒーローになれていたらそれでいい。
というより、めちゃくちゃいい。
何も知らないです。と言わんばかりに通り過ぎる。
(ふふふ、これで私は身元の分からない不思議なヒーロー…)
「じゃあね!ありがとうー」
(え…)
「え?さえちゃん?」
背後から視線を感じる。
「もしかして、ここまで連れてきて…」
「…まぁ、たまたま一緒だったって言うか…通りすがりとい…」
「ありがとうございます!!本当に!さえちゃ…この子も本当に安心したと思います!」
「ああ、良かったです。ホント、二人が会えて」
「あああ、えと、これ、良かったら…」
洋菓子…?
「旅行のお土産で、あれなんですけど、良かったら…お礼になるかわかりませんが。」
「ありがとうございます。いただきます。」
「さえちゃん、ありがとうって言って?」
「ありがとう」
「いいえーでは、」
「本当にありがとうございます!」
ちょっと妖しさを持つヒーローになろうとしたけど…これも悪くない。
目の前が家だ。
空は…まもなく夜だろう。日が寝に入ろうとしている。
「ただいまっ…」
先程の子が、こちらに手を振っている。
遠くで見ると、より小さくて…可愛い。
私も、顔の位置くらいで、軽く手を振った。




