すずしい風(2)
「藤田さんはね、ちょっと声が小さいかなー。あと、決断力というか、リードする力がちょっとあるといいかな…」
「そうそう、上手にやってくれてるんだけどね」
「リードする力?」
「うん、優しいからなんだろうけど、練習とか、練習の仕方とか、全部私たちに聞くんだよね。「歌詞ある方がいいかな?」「そろそろ、2番やった方がいいかな」って」
「だから練習の段取りが悪いって言うか、歯切れが悪いかな…」
彼女の性格を鑑みるに、どれも有り得る事だ。
「じゃあ私たちこっちだから、また明日ー」
「うん、またね」
私は、どうにかして藤田さんを庇いたかった。
というより、藤田さんが勇気を出して自分からリーダーになったことを、知ってほしかった。
(もっと上手く言葉が出たらな…)
彼女たちの言うことを、上手く受け止めたうえで、藤田さんの頑張りを、伝える事ができていたら。
そんなふうに思うと、悔しい。
―翌日―
次は音楽で、移動教室だ。
「雨音ちゃん行こー」
「うん」
いつも藤田さんは誘ってくれる。
今は、私たちしか周りにいない。
「あのさ、藤田さん、どうしてパートリーダーになったの?」
「えー?誰もいなかったからかなー」
多分、それだけじゃない。
なにか引っ掛かりがあることが窺える。
「…ごめん、それだけじゃないんだ」
「なんだろうな…頑張ってる私を、見てほしくて」
「誰に?」とは聞かなかった。
なんとなく、察する事ができたから。
この勘が、間違いだとしても、答え合わせはしない。
「いいね、すごく頑張ってると思う」
「ありがとう、私ね、その日のやったこととかメモしてて、その日の練習の計画も立ててるんだ」
「すごいじゃん」
小さなメモを見せてくれた。
ここ数日分の振り返りと、その日の計画が書かれていた。
「最初、頑張りを見せることが中心だったけど、ソプラノのみんなのためにやるのも、楽しいなーって思ってきた」
「上手くできないこともあるけど、とにかく、音楽会で、賞が取れる取れない関係なしに、後悔はしてほしくないなって思ってる」
「そのために頑張ってるかなー」
「いいね」
こんなにも考えていたのか…作られた頑張りじゃない、心からの努力だ。
それも、自分以外の人に対しても向けられた。
「ごめん!語りすぎたね」
「いや、ちょっと心配してたから、良かったよ、楽しんでいるなら」
「ははは、まぁそうだよね。私が急にリーダーやるってなったらびっくりするよねー」
「まあ、そんな感じ」
この日もまた、練習の時間がやってきた。
ソプラノとアルトが同じ部屋で練習をしていて、パートリーダーの二人が、席を外した。
「アルトの前田ちゃん、リーダー上手だよねー」
「そうだね!雰囲気いいんだよね」
「藤田ちゃんは…もう少し強めでもいいかなー」
「だよねー声小さいし」
昨日の2人との会話で、藤田さんへの不満に、火をつけてしまっただろうか、話題として扱われている。
「でもさ、すごいパートのこと考えてたよ」
「そうなの?」
「毎日、その日やったことまとめて、練習の計画も立ててるみたい」
「え、そうなんだ」
「いつも持ってるメモ帳に、沢山書いてた。」
「私、じゃあ良くないこと思ってたし、言っちゃってた…」
2人が戻ってきた。
昨日の2人は、言葉にはしないものの、顔を合わせて、何かを伝え合っているようだ。
「藤田さんいつもありがとう」
「え?」
「パートのこと考えてくれてるって聞いて…」
「私も、ありがとう」
「私も!」
2人をきっかけに、他のメンバーも、藤田さんに、「ありがとう」と伝え始めた。
「え…ああ…うん!ありがとう!上手くできないこともあるけど、私もすごく助けられてる」
「前田さんも、いつもありがとう」
「ははは、こちらこそー」
その日も、練習が終わった。
「いやー嬉しかったなーみんなが「ありがとう」って言ってくれて、ちょっと泣きそうだった」
「後2週間ぐらいかな、頑張ってね」
「うん」
例に漏れず、役割のある人たちは、残ることになっている。
今日も、1人だ。
今も、涼しい風が吹いている。
どこか、寂しさのある、夏を感じることはもうできない。過去の思い出になっている。
この風は、何を連れてきてくれるのだろう。




