雨上がり、坂の上で(2)
私たちは、リビングのテーブルで、漢字の勉強を始めた。
学校の宿題で出た、気になる漢字について、漢字ができた起源だったり、元の形だったりを調べる。
私は「雨」について調べた。
こういう宿題には、なぜ調べようと思ったのか、というのを問われる。
そこで自分の名前の漢字というのは理由作りには楽だった。
晴美はどうやら「羊」を調べるらしい。理由は羊が好きだかららしい。
私は素直に(可愛らしいな)と思った。
10分ぐらいたったころ、晴美がこんなことを言い出した。
「羊って、氵を付ければ洋になるよね。」
「形が違うのに、同じ読みってなんだか不思議。」
確かにそうだ。形は似ているし、そういうもんだと思っていたが、確かに不思議ではある。
少し読み方を捻ってもいい気もする。
「確かに、私はそういうもんだ。って流していたけど、よく考えると不思議だね。ちょっと読み方変えてもいい気もするし。」
「まあ読み方増えたらその分覚えなきゃだし、別にいっか〜」
(晴美らしく、自分なりに理由をつけたな)
こういう所も晴美の柔軟でいいところだと思う。
「そういえば、私の名前の「美」っていう字、氵を付けた形もあるんだよね。」
「そうなんだ?」
「ねぇねぇお母さん、私の名前の美って、元々は氵をつけて晴渼にしようとしてたんでしょ?」
「そうね、でも人の名前には使えない字だったの。」
「どんな意味があるんだろう。」
(私は初めて聞いた話に、興味があった。)
「ちょうどいいし、調べてみようよ」
晴美がそう言い出し、調べることにした。
「「渼」読み方は「み」とは言わないみたい…意味は、波、漣、波紋を意味するんだって。」
「晴にできる波紋、素敵でしょう?今日みたいな、雨上がりをイメージしたの。」
「波紋は、水溜まりにできる波紋をね」
晴美のお母さんがそう言った。
「ふーん、あんまイメージできないけど」
「あらあら」
晴美のお母さんは、優しく、温かさを感じる苦笑いをした。
「とりあえず、雨上がりの水溜まりってことは、雨がなきゃ私が成り立たないわけだ」
(雨がないと成り立たない、か。雨も晴がないと…あれ、なんだか…)
「なんだか、私と雨音ちゃんみたいだね」
私は今、一瞬驚いた顔をしたと思う。でも、すぐに別の表情をした。いや、別の表情になった。
「そうだね」
私は今、今までで一番美しい笑顔を、微笑みを晴美に向けているだろう。
嬉しさと、恥ずかしさが、上手に混ざった表情、
「雨音ちゃんがいないと、私じゃないっていうか、雨音ちゃんがいて、私が出せている気がするの」
「晴と雨、私たちになんか似てるなって。」
「私も、晴美がいて、私な気がする。」
晴があるからこそ、雨は、雨音はより際立つ。
ずっと雨では雨音は個性を持たないだろう。
「そうね、私もそう思うわ、いつもありがとう、雨音ちゃん」
「いえ、こちらこそです。」
「いつもありがとう晴美。」
(今、私はどんな顔をしているんだろう。)
晴美が顔をいつもより少し赤くして、私の好きな落ち着く笑顔をした。
「ありがとう!雨音ちゃん」
今日は快晴、朝のニュースによると、気温は22℃だ。
今日の気温にしては、少しあつい気がする。