晴れ、どきどき晴れ(3)
ああ、たまに、こういうことがある。
想像していた、ありそうにないことが、本当に起こるということが。
私の目には今朝の男性が映っている。
おじいさんを圧倒していた男性。
彼は今、電車に乗って来た。そして、目の前にいる。
(あれがわざとなのか、本当に話を聞いてほしかったのか聞きたい…)
少しして、無意識に、じっと見てしまっていたのだろう。
「あの、もしかして、私のどこか、変ですか?」
「えっ、」
男性の意識に触れてしまっていた。
「じっと見つめられていたもので」
「すみません…なんでもな…」
(いや、気になっていたことがある。)
「すみません、今朝、おじいさんに話しかけられていましたよね?」
彼は、少し驚いたような顔をした。
「ああ、見られていましたか、まさかあの場にいた方と、同じ電車だとは…」
「あれって、絡まれていた男子二人を助けるためですか?」
電車では話さない。これが染み付いているのか、声は控えめに出た。
答えは正直、聞く前から想像はついている。
ほぼ確信に近い想像だ。
「えっと…」
彼は少し考え、
「いえ、私がただ、彼に話を聞いてほしかっただけです。」
私は声が出なかった。
男性は、余裕を感じる笑顔で続けた。
「助ける、という形になっていたなら本当に良かったです。」
「あ、ありがとうございます。ちょっと気になっていたので…急にすみません。」
「ええ、大丈夫ですよ。」
二駅が過ぎた。
「私はここなので、降ります。」
「はい、ホント、急にすみません。」
本当に恥ずかしいし、申し訳ない。
「全然大丈夫ですよ。ただ、「私が質問に答えたから」というわけではないのですが、もし、困っている方がいらっしゃったら、あなたも、助けてあげてください。」
「わかりました…えっ」
「それでは」
男性は、降りていってしまった。
(あなたも…)
私は今、驚きと、感心と、嬉しさみたいなもので、いっぱいだ。
私はやはり、顔に出やすいのだろう。
私が質問をした時も、どこか自信のある表情だったはずだ。
それを感じて、彼はあんなふうに答えた。
あの男性は、今朝、困っている男子二人を助けた。
それと多分、困っている人を、もう一人。
それも、最後まで守るかたちで。
その行動はおそらく、故意によるものだ。
私が言うのもあれだけど、表情と、雰囲気と、言葉がそう語っている。
確証なんて、どこにもないけれど。
私たちは、電車を降りた。
「雨音さんって、静かだけど、意外とコミュニケーションはいける方ですよね」
「そうかも、自分でも、たまに驚くぐらい喋る」
そう、たまに私は、口数が多くなる時がある。
「雨音さん、なんだか、嬉しそう。やっぱり、あの男性の答えが聞けたからですか?」
「え?また顔に出てたかな…」
「出てますよ、今日一番です。」
「ははっ」
私は、地上に出るにつれ、高揚を感じる霧が、晴れるような気分になった。