雨の先は(3)
背後から、足音が聞こえる。
タッタッタッタッ。
歩いていないのが分かる。
「雨音ちゃん!」
「雨音ちゃん見つけた!探したよ!」
「ごめん、私も探していたんだけど、見つからなくて。」
「あははっ!なんだ、一緒だね」
「なんだか晴美と話すのが久しぶりな感じがする。」
「私も。昨日、一日話さなかったぐらいだけどね。」
「一緒に帰ろう!雨音ちゃんと話したいこと沢山あったんだ!」
「うん。ありがとう。」
「雨音ちゃん、私ねー今度部活で海の方まで行くんだーそれで…」
私は、晴美から顔が見えないように、晴美とは反対の方向を向いた。
今、私の視界は、少し霞んでいる。涙目なのだ。
別に、悲しくない。
むしろ、
「楽しみなんだけど、ちょっとめんどくさいなー、遠いし」
今晴美は、いつもの私の大好きな笑顔を浮かべているだろう。
(もう、大丈夫かな)
「ごめん、ちょっと考えごとしてて、海に行くんだっけ?」
私はなるべく、気づかれないように、笑顔で言った。
謝っているのに、笑顔って、なんだか違う気もするけど。
「、えーっ!部活で海に行くんだよ!」
晴美がそう言うまで、一瞬、間があった。
「ごめん、海、いいじゃん。暑くなって来たし。」
「それもそうだね!テニスの試合なんだけど、海に入れたらいいなー」
私はまだ、笑顔を続ける。
「雨音ちゃんのお話も聞きたいな!」
「え?私?そうだな…」
「私は、私は今晴美と話せて、すごく嬉しいな。」
そう。むしろ嬉しいんだ。
あれは嬉しさ故のものだった。
「私もー、なんだか照れる。」
(ああ、私の見たかった、大好きな笑顔だ。)
「そうだ雨音ちゃん。あの公園行こうよ!あそこで、今日はもう少しお話しよう?」
「分かった。」
私と晴美は、公園へ向かった
小さい頃からよく遊んだ小さな公園。
ここからもう見えている。
公園に到着した。
「いつもの象ね!」
晴美はそう言って、走っていった。
この公園には、石でできた象がいる。
上に座れる、椅子みたいな。
この象の製作者は、どんなことを考えていたのだろう。
象の像、とでも言わせたいのだろうか。
「お菓子があるともっといいんだけどねー」
「最近は、あんま遊んでないけど、よく遊んでたよね。」
「そうだねー、中学入って、あんまり遊ばなくなっちゃった。」
「あっ、小学生の子も遊んでる。あの子たちも、大きくなったら遊ばなくなっちゃうのかな。」
(珍しいな)
晴美にしては、なんだか寂しい発想だ。
「なんだか寂しいね。晴美がそんなこと言うの。珍しい。」
「私だって寂しい気持ちになることあるよー!なんなら、たった一日雨音ちゃんに会わなかっただけだけど、寂しかったし。」
「私も。」
「雨音ちゃんも?なんだか嬉しい。」
それから、私たちは二時間ほど、この公園にいた。
「あっ、なんだか暗くなってきたね。帰ろうか。」
「そうだね。」
私たちは、家を目指した。
私の心は、さっきまで、晴美に会うまでは、大雨に近かっただろう。
しかしそれが、慈雨とも呼べるほど、優しくて、温かい雨になった。
そしてそこに、太陽も現れた。
雨上がりの空に、太陽が顔を出せば、どうなるだろう。
私の心は、雨上がり。
私の中には今、薄い青と、七色がアクセントになった空が広がっている。
「久しぶりにこんなに沢山話したかもー、ありがとう雨音ちゃん!」
「こっちこそ、本当にありがとう。」
(お礼を言うのは、こっちの方だ)
いつもの坂道に着いた。
「雨音ちゃん、また明日ね!」
「また明日、ありがとね、晴美。」
私の心に虹をかけた太陽が、小さな坂を登っていく。
晴美は坂を登りきった後、こちらを振り向いた。
私の大好きな笑顔で、元気に手を振っている。
私も、いつもより大きく、手を振った。
本当に、お礼を言うのは、私の方だ。
晴美はきっと、私が涙を浮かべているのに気づいて、公園に連れてきてくれたのだろう。
晴美なりに、晴美らしく、私が話しやすいようにしてくれていた。
私はそのまま、家にはいる。
「ただいまー」
「おかえりー」
「あれ?雨音、なんかあった?」
「どうして?」
不思議と、声が弾んでいる。
「なんだか嬉しそう。聞かせて。」
「分かった」
私の虹は、中々消えない。
私の、雨上がりの心には、優しくて、温かい、小さな水溜まりができている。