風物詩(3)
「3年2組の演奏です」
指揮者は、全員が整列したことを確認して、ピアノの人とアイコンタクトを取る。
…♪…♪
伴奏が始まった。私たちは、声と音のタイミングを合わせる事を、殊に練習してきた。
(ちゃんと、指揮者の動きを見て…)
…♪…♪
ピアノからなる、艶やかな風に、私たちの声が乗る。
「指揮者をちゃんと見て」とか、よく分かってなかったけど、今年、やっと分かった。
あの手の動きが、リズムの指標となっていた。
今回の指揮者の中島さんは、彼女自身も、歌っている訳ではないけど、音を奏でているようだ。
私達の演奏が終わった。
退場の様子も見られているようなので、気をつけて明るみから捌ける。
「ここで、休憩時間を取ります」
席に戻ってきた。
「みなさんお疲れ様でーす、本当に素敵でした!」
「終わったねー」
「ちょっと緊張したわ」
「お前、退場する時ニヤニヤしてただろ」
「してないよ!印象良くする笑顔だって」
「雨音ちゃん、終わったね」
「うん、上手に出来た気がする」
「うん!今までで1番良かったよ!」
リーダーとして演奏を聴きながら練習をしていた藤田さんが言うんだ。間違いないだろう。
「梨句ちゃん、どうだった?」
梨句ちゃん、中島さんだ。藤田さんが話しかけた。
「良かったよーめちゃくちゃ楽しかった。今までで1番かも」
「ほら、梨句ちゃんも言ってる!」
なんだか、自信が出てきた。
その後は、吹奏楽部の演奏があって、結果発表になった。
発表の前に、いつも音楽の先生が話す。
「ホントに、みなさん上手くなったねー、聞いてて感動しました。1年生、本当に良かった。新しい友達の中、良く頑張ったと思います。2年生、貫禄出たねー、3年生に負けないくらいです。」
「そして、3年生、やっぱりすごいよねぇ、迫力があったし。後輩も、圧倒されたと思います。」
ついに、結果発表だ。
結果は、正直二の次だ。これは本心。
いい演奏だったし。でも、順番が付けられるなら、あわよくばという気持ちはある。
1年生は、宵音ちゃんのクラスが1位で、金賞だった。
2年生も終わって、次は私たち。
「まずは銅賞…3組です」
拍手が響く。
残ったのは、私と晴美のクラス
「銀賞は…2組」
私たちだ。
ということは、金賞は晴美たちだ。
指揮者と、伴奏者が盾と賞状を取りに行った。
銀賞か…真ん中って、微妙で、そんな微妙さが、ちょうど良く出ることもある。
このクラスは、なんとなく後者な気もする。
2人が戻ってきた。
「表彰式を、終わります」
すぐに校長先生が出てきた。
時間が押しているのだろうか。
「みなさん、お疲れ様です。本当に素敵な演奏で、私もたまにみなさんの練習を見せてもらっていたのですが、本当に上手になって、感動しました。保護者の皆様も、本日は本当にありがとうございました。一生懸命に頑張った生徒たちを、褒めてあげてください。」
「これで、音楽会を終わります」
会場に明かりが灯り始めた。
この後は、写真を撮るらしい。
「盾かっけーな!」
「俺持ってみたい!」
「おい、田中壊すなよ!」
「大丈夫、器用だから…おおお」
「危ねぇ!落とすとこだったじゃん!」
「ごめんごめん、中島さんやっぱ持ってて」
「雨音ちゃん、銀賞取れたね」
「うん、盾もキレイ」
みんな、銀賞で悔しいとかは思っていなさそう。
不思議と、私もそんな感じ。
練習をしたから、頑張ったから、銀賞が取れた。そんなふうにも思う。
「1+1はー?」
「5」「3」「7」
「消しゴム」
集合写真を撮った。
「はーい、みなさん、お疲れ様です!これで解散ですが、また明日、学校ありますので、よろしくお願いしまーす。解散でーす」
「藤田さん、また明日」
「うん!また明日」
私は、晴美を探した。
「雨音ちゃん!帰ろ!」
もう出口の方にいた。
外に出ると、お母さんと、晴美のお母さんがいた。
「おっ!おつかれー」
「おつかれ」
「お腹空いたーご飯食べたい」
「私も」
「じゃあ、ご飯食べて帰ろっか」
「そうだねー」
私たちは、駅に向かう。
時間は昼頃、辺りは賑やかさを持っている。
道の脇に植えられた木々が色を付け始めている。
もう季節は、すっかり茜色だ。
ここに吹く風は、以前私が来た時の記憶を、保存してくれているように感じる。
風が頬を撫でると、水を飲み込むように、回想される。
この風が、今日も含め、全て残してくれるのではないだろうか。
そんな、期待の混じった予感が色を作った。