87話 二羽の鳥
くずおれた奴は、口から血を滴らせて苦悶の声を上げていた。
「……なん……でぇ……」
咳と一緒に血を吐き出しながら口を開く。
「二人の巫女を取り込んで、僕は最強無敵の存在になったはずなんだ……それなのにどうして? おかしいじゃないか……あんたと僕は同じ守護竜だろう? 一体なにが違うって言うんだよ?」
時折血を吐き出しながら息も絶え絶えに奴は言った。
「……もう勝負は付いた、連れてきた帝国の連中連れてとっとと帰れ」
「なにを言ってる、僕はまだ生きてるよ」
「殺す気はねぇ、お前も守護竜なら殺意の有無くらいわかんだろうがよ」
「ハッ、優位になった途端そんなこと言って余裕のつもりかよ。そうだ、今からフィロールの女王を食ってやる、そうすれば僕は本当の最強無敵に――」
その時だった。
「がッ、クガッ!」
突然苦しみだしたかと思うと傷口から奴の体がひび割れそこから赤黒い光が漏れ始める。
「ぐぅがぁ、うあぁぁぁあぁぁ!」
奴が苦悶の声を上げる度体のひびは広がり、吹き出す光は目に見えてその光量を増していく。
おそらくダメージで取り込んだ魔素の制御が聞かなくなって暴走しているんだろう、このまま放っておけばこいつはここで大爆発を起こす。
今の俺にはそれが自然と分かる。
とはいえ放っておいたところで何か問題があるわけじゃない、幸いここら一帯には人の気配はないし今の俺なら爆発をまともに受けたところで傷一つ追わないだろう。
被害があるとしたらせいぜいここにどでかいクレーターが出来る程度、だからこのままでもとくに問題は無い――だけど。
俺は今にも破裂しそうな奴の前に立って大きく一度深呼吸をする。
やれる自信はある、でも本当にそんなこと出来るのかと理性が問い掛けてくる、それくらい荒唐無稽な事を俺はやろうとしている。
守護竜には出来ないことなんて無いの、ぐだぐだつまんないこと考えてる時間なんてないわ。
ふといつぞや先輩守護竜から言われた言葉が頭をよぎる。
そうだな、その通りだよな。
「シッ、やるか!」
覚悟を決めて俺は今も広がるひび割れ、その中心へと手を突っ込んだ。
白い。
ただただ白くて何もない空間だった。
気がつくと俺はさっきまでの姿ではなく竜の姿ですらない、文字通り産まれたままの姿でそこに突っ立っていた。
一体なにがどうなったのか? ここはどこなのか? 疑問はつきなかったがなんとなく辺りを見回してみると少し離れた所に人影が見えた。
白い空間にぽつんと見えるその姿は、離れていてもよく目立つ。
俺はその人影へと歩み寄った。
真っ白い空間で距離感がイマイチ掴めない、思ったより近かったような気もするし思ったよりも遠かったような気もする、でも俺は気がつくと人影の側へとたどり着いていた。
そいつは背を向けて膝を抱え顔は見えなかった、でもなぜだかその背中にどこか見覚えがあるような気がした。
「……二羽の鳥がいたんだ」
そいつはぽつりと話し始めた。
「二羽は同じかごの中で産まれて同じ飼い主に飼われてた。一羽は優秀で言われたことは何でも出来て飼い主にも可愛がられた、でももう一羽の鳥はそうじゃなかった、出来が悪くて飼い主からも見放されていたよ」
唐突な話だったが、俺は何を言うでもなくそいつの話に耳を傾ける。
「ある日、出来の悪い鳥は飼い主に逆らってかごから飛び出して行ってしまったんだ。一羽がいなくなって飼い主はより優秀な鳥を可愛がってくれたよ、毎日褒めてくれたし望むだけ餌だって与えて貰えた、恵まれている自覚はあったし優秀である自負もあった、でも」
そいつはうつむき、ぎゅうとより強く膝を、いや、自分自身を抱きしめる。
「自分はなにも間違ってない僕の方がすっと優秀なんだ――いくらそう言い聞かせても、かごを飛び出して大空を自由に飛ぶもう一羽がその鳥には羨ましくて仕方なかった」
「どうして、優秀な鳥は外に出ようとしなかったんだ。望みさえすればいくらでも出来たろう?」
「力が無かったんだよ。鳥籠を突き破って飛び出していくだけの力がその鳥にはなかったんだ。だから力が欲しかった、籠を飛び出していったあの鳥みたいな誰にも指図されない誰にも縛られない力が、それさえあれば自由になれると思ったから、だけど結局僕は……」
「馬鹿な話だな。飛び出していったそいつも、それを羨ましがってた奴もどっちも大バカ野郎だ」
「はは、そうかも知れないね」
「……帰るぞ、こんな何もない所にいつまでもいられるか」
「それは出来ない。僕には救われる資格がないから……特にあなたには」
言葉の意味が分からず首を捻る。どうして俺だけ特にだと言うのか見当が付かない。
「やっぱり気付いてないんだね、いいよ教えて上げるよ」
膝を抱えて目を伏せたまま、そいつはニヤリと貼り付けた様な笑みを浮かべてある事実を口にする。
「あの日あの時、元の世界であなたを殺したのは僕なんだよ兄さん」




