84話 破滅の矢
思ってもいなかったその一言の処理が出来ずほんの一瞬俺は足を止めてしまった。
まずいと思った瞬間にはもう遅い、奴のかぎ爪が俺を捉え踏みつける様に急降下し地面へ叩き付けられる。
隕石にでもなったような勢いで、大地に大きなクレーターが穿たれる程の衝撃が俺の体を駆け抜け、ミシミシと嫌な音がなる。
覚醒体となった守護竜の肉体であっても軽くはないダメージ、だがそんなことよりも。
こいつ、今なんて言った? 兄さん?
その一言が想像以上に俺の心を揺さぶっていた。
「ああ言ったよ、兄さん」
鉤爪で俺を捕らえ踏みつけたまま、まるで考えを見透かしてるみたいに奴はそう言った。
「と言ってもいきなりじゃ信用できないか、じゃあこれならどうかな? ――――」
それは《《俺の名前》》だった。
俺が元いた世界で人間だった頃のもう呼ばれる事も無いと思っていた名前、それをこいつは知ってて当然と言いたげな口ぶりで口にした。
「ああこれでも信用できないか? それじゃ父さんと母さんの名前を言おうか? それともおじさんやおばさんはどうかな?」
そう言って奴がすらすらと口に出す名前は確かに俺にも聞き覚えがあるものだった。
まさか、そんなことあるはずがない。
頭には否定の言葉が浮かぶが、目の前の現実はそれが事実であると突きつけてくる。
「あぁその顔、その顔だよ兄さん、その顔が見たくてもったいぶって今まで黙ってたんだから」
「お前……本当に?」
「そうだよ兄さん、僕だよ。もっともあなたはもう僕の事なんて覚えていなかったみたいだけど、ねっ!」
投げ捨てられ、数キロ飛ばされ地面を転がりながらどうにか体制を立て直すと、やつは感情の読めない笑顔の様な表情で俺を見ていた。
「僕も最初は驚いたよ。こんな姿に生まれ変わって、しかも死んだはずの兄さんに再会できるなんて嘘だと思った、でも嘘じゃないんだよこれがさぁ」
頭が目の前の事実について行けてない。
いきなり弟だとか言われてもハイそうですかって納得出来る訳がない。
ええい、日和ってんじゃねぇ! 今はそれどころじゃなぇだろうが!
雑念を振り払いもう一度戦いに集中しようとしたその時、世界がぐらりと正体を無くしたような感覚に襲われる。
かと思えば口から何かがあふれてこらえきれずその場にぶちまける目の前一杯に赤色が広がった。
……へぇ、こんななりになっても血はちゃっかり赤いでやんの。
よく見れば胸の辺りがハンマーか何かに殴られたみたいに鱗が砕け凹んでいる、さっきのダメージが思っていた以上に深い。
ただ一発もらっただけでも分かる、奴の力がさっきよりも遙かに増した、ただでさえ開いていたパワーの差がさらに開いた。
「……だからどうしたよ」
目の前に広がる血だまりから顔を上げ、体の悲鳴を無視して俺はもう一度飛翔する。
奴が力を増し姿が変わろうと俺のやることは変わらない、もともと力の差があることはわかり切ってた戦いだ。
俺はまっすぐに突き進み、その途中魔導で大地を隆起する槍へと変えてぶつけるが当然それはただの目くらまし。
俺は奴の視界を遮った一瞬を付いて方向転換、側面へと回り込みその土手っ腹にに向かって全力の打ち噛ましをかます。
反応させることも許さず、俺の攻撃は間違いなく奴に命中した、でもその手応えはさっきまでとはまるで違う。
まるで岩山でも殴り付けているみたいなだった。でもそれはもののたとえであって今の俺なら岩山だって粉々に砕くのは簡単だ、それぐらいのパワーで一撃を入れたはずだ。
それなのに奴はピクリ共その場から動かず、まるで俺の攻撃なんて気がついてもいないみたいにぼんやりとどこか遠くを見つめながら平然とそこに立っていた。
「ははっ、これだけの力があるのならもうあれはいらないか……」
やたら高いテンションのまま訳の分からない事をほざいたかと思うと奴はゆっくりと口を開きそこに小さな火が灯る。
青白い不気味な火、それに俺は見覚えがあった、あの時ネネイルの街を瓦礫の山に変えたのと同じ、だがそこに集まる力はあの時とは比にならない。
警戒して俺は身構えるがすぐに気がつく、奴は俺を見ちゃいない、じゃあ一体何を狙ってる?
――あれはもういらないか。
「ッ! クソッタレが!」
一にも二にもなく俺は全速力で飛んだ瞬間、奴の口元がぐにゃりと溶けた飴細工見たいに歪んだ笑みを浮かべた様に見えた。
青白い火が破滅の矢となって放たれる。
それが狙うのは俺じゃない、その先にあるのはフィロール王国陣営の本陣、姫さんがいる場所。
青白い破滅の矢が俺を追い抜い抜くのが見えて、すかさず速度を上げてその前に出るが、もう本陣はすぐ目の前に迫っていた。
考えてる暇もなかった。
破滅の矢が姫さん達に届くすんでの所で俺はその間に滑り込み、そして――。




