79話 今ならはっきりと答えられる
「こんな所に墓があったのか、てっきり王都にあるもんだと思ってた」
「王都にもお墓はありますがあの人の体は今ここに眠っています。最後のお願いでしたから自分の亡骸この場所にって」
姫さんは墓石の前に静かにひざまずいてあのボウズから買った花を供え祈り始めた。
本当なら俺も祈りの一つを捧げるべきなんだろうが、それをしてしまうとなんだか姫さんの邪魔をしちまうような気がしてなにもしなかった。
そもそも赤の他人でしかない俺に祈られたってあの世にいる姫さんの旦那も困るだけだろう。
一分、二分と時が過ぎる中で俺はただ静かに待って十分くらいの時間がたったろうかという頃、姫さんの長い祈りが終わった。
「お時間を取らせてごめんなさい。さぁ帰りましょう、これ以上はアナが心配してしまいます」
「……なぁ姫さん」
「はい、なんですか?」
「ロイド国王ってどんな人だったんだ?」
そんなこと聞かれるとは思って無かったんだろう、姫さんはキョトンとした顔で俺を見る。
なんとなくバツが悪くて俺はそんな姫さんの視線から逃げるみたいに顔をそらした。
「……どうしてそのような事を?」
「さぁ、なんとなくかな?」
そうとしか言い様がなかった。
姫さんの旦那、それが一体どんなやつだっのか。今までだって気にならなかった訳じゃない。
でも聞くタイミングがなかったというか、わざわざ聞くほどでもないかとその気にならなかった。
でもなんとなく今この場所で聞かなきゃいけないようなそんな気がした。
今日一日、姫さんにゆかりのある場所を尋ねてその先々でロイド国王の名前を聞いたからそんな風に思ったのかもしれない。
「無理にとは言わねぇよ。姫さんが話したくねぇっねのなら別に」
「日だまりを照らす日差しの様なそんな人でした」
その時、姫さんの右手が左薬指の指輪をなぞる。
「優しくて暖かくて、暗闇の中でもそっと照らして包み込んでくれるようなそんな人。自分に威厳がないことを気にしたりしているかわいらしいところもあって――」
そこで何か思い出が浮かんだのか、姫さんがふふっと楽しそうに笑う。
ロイド国王の事を話す姫さんは、本当に楽しそうで懐かしそうで、そんで少しだけさみしそうで。
ああそうか、姫さんは――。
「好きなんだな、今でも」
そう聞くと姫さんはちょっと驚いた顔をした後、恥ずかしそうに控えめに小さくうなずく、その頬は少しだけ赤くなっているような気がした。
「…………はい、愛しています」
その言葉を聞いた途端胸が痛い、締め付けられるみたいに。
あーあ、やっぱ聞かなきゃよかった、おかげで色々気づいちまった。
「さっきのボウズの事をとやかく言えねぇな、俺も」
ぼやいた俺の言葉に姫さんが小首を傾げる、その顔が本当になんにも分かってなさそうでちょっと抱け腹が立った、人の気も知らねぇで。
「姫さん少しだけ手を放してくれねぇか、大丈夫どこにも行かねぇから」
姫さんはそう言っても放すことを躊躇したが、もう一度頼んでようやく俺を捕まえていた腕の力が僅かに緩む。
魔導で浮かび上がり真正面からまっすぐに姫さんの顔を見つめる。
そうやって今俺の中にあるこれが本物であると確信して覚悟を決める。
「姫さん俺は戦うぞ」
「駄目ですっ!」
短いその一言だけで、姫さんは悲鳴の様な声を上げた。
「危険すぎます、もし戦って守護竜様の身に何かあったらどうするんですか? もしかしたらまだ戦いにならない方法だってあるかもしれません、デイン帝国の方々が私の身柄を要求していると言うのならいっその事」
「それ以上は言っちゃいけねぇ。そんくらい言われなくたってあんたが一番分かってんだろ?」
「ッ! ……」
それでも納得ができねぇんだろう、姫さんは悔しそうな顔で口をつぐんだ、まる駄々をこねる子供みたいに。
普段大人な姫さんがそんな顔してるのがなんだか可笑しくて、こんな時なのになんだか笑みがこぼれちまった。
「別に俺は説得しようだなんて思ってねぇよ、姫さんが納得しようがしまいが俺は戦う。たとえこの姿のままでもな」
今日こうして二人で外に出たのは様子のおかしい姫さんをどうにかして、俺が万全な状態で戦えるようにするためだった。
でもそれは無理だった。だからこれは説得じゃない、俺自身が覚悟を決める為の決意表明、宣戦布告だ。
「あなたが戦う必要なんてありません!」
それでも姫さんは、俺を止めようと懸命に叫ぶ。
「この世界に呼ばれてしまっただけのあなたに、命を掛ける理由も必要も責任もないはずです、だからあなたは戦う必要なんて無いッ!」
その時ぽろりと大粒の涙が姫さんの頬を伝った。
それが呼び水となったのか姫さん瞳からは涙が止めどなく流れて、とうとう嗚咽をこぼし泣き出してしまった。
「ごめん……なさい、こんな……みっともない姿を……でも……」
止まるまることない涙を拭いながら嗚咽混じりに口にしたそれは本当につらそうで悲しそうで、聞いてるこっちの胸が痛くなりそうだった。
でも、いやだからこそ、俺も引くわけにはいかない。
少し前にこんなことを聞かれた、せっかく生まれ変わったこの世界で何かやりたい事は無いのかって?
あの時は何にも思い浮かばなくてまともに応える事が出来なかったが今ならはっきりと答えられる。
「俺は姫さんの為に戦うよ。姫さんと姫さんが大切にしているもんを守りたい、その為なら俺は命を掛けられる」
はっきりと口にだしたそれが、いま俺自身の嘘偽りのない本心だった。
でも姫さんは、そんな俺の言葉を聞いて、いやいやするみたいに首を激しく左右に振った。
「それならばなおのことそんな事はおやめください! ……守護竜様にそこまでの事をして頂く資格なんて、私にはございません」
「資格って何だよ、そんなもんは必要ないだろう」
「あるのです! そもそも私は……私は……」
ひときわ大きな嗚咽をあげて、それをようやく飲み込んで、姫さんは絞り出すみたいにその先の言葉を紡ぐ。
「私は本来、守護竜様の巫女になるべき人間などではないのです……」
ごめんなさい、ごめんなさいとうわごとのようにつぶやきながら姫さんが語り出したのは、皮肉にも俺が聞き出そうとして無理だと諦めた姫さんの過去と罪の話だった。




