75話 あれを出されてしまっては俺は黙るしかない
「いやぁ、まさかあなたがアンヌ様だなんて露にも思わなくて。分かってたらあんなマネ、死んでもしなかったんすっけど」
頬に傷のある男が申し訳なさそうに後頭部を掻きながら謝る。
ついさっきまでいきり立って襲いかかってきていたやつが今では借りてきた猫みたいなこの態度だ、一体なにがどうしたって言うんだ?
「しっかし、アンヌ様があんなに強いなんて。女王様ってのは魔導まで習うもんなんっすか?」
「あっいえ、あれは――」
チラリと姫さんが外套の中に居る俺に視線送る。
……まぁ、姫さんだとバレちまった以上隠れててもしょうがねぇ、俺は外套の隙間からひょっこりと顔を出した。
「うおっなんだ? 女王様のペットすっか」
「誰がペットだ! なめんな!」
「喋った!」
「うふふ、この方はこの国の守護竜様。さっきの魔導は全てこの方のものなのですよ」
「守護竜ぅ? この猫みたいにちんまいのがっすか?」
「ちんまい言うんじゃねぇよ、コラ。あんまし調子乗ってっとまた転ばすぞ、おおん?」
「ああん? そっちこそアンヌ様の前だからって調子乗ってんじゃねぇぞ、チビこの野郎」
「てめぇ、やんのか?」
「やってやんよ、表出ろコラ」
「こぉ~らッ、二人とも喧嘩はいけません! それ以上やるなら私も怒りますよ」
「……すんません、アンヌ様」
「ケッ、大体なんでテメェはさっきから付いてきてんだ、うっとうしい。他の連中と一緒にとっとと消えればいいものを」
「この辺りで俺に喧嘩売ってくるような馬鹿はいねぇからな。まっ護衛だよ護衛」
「さっき俺達に喧嘩売ってきた馬鹿のくせして、なーにが護衛だ」
「ああん?」
「おおん?」
「二人ともっ! いい加減にしてください!」
姫さんの制止に額がくっ付きそうな近距離でメンチを切っていた俺達は渋々矛を収める。
「いいではないですか守護竜様。私も久しぶりで目的地へまっすぐに迎えるか心配でしたし、お言葉に甘えさせていただきましょう」
「だがよ、姫さんコイツらは」
「守護竜様」
「うっ」
俺を呼ぶ姫さんの声はいつもと同じ優しげな物だったがどこか普段よりも平坦な印象を受ける。
俺は知っている、姫さんがこの声で呼ぶときはどう言うときか。
「もしまだ喧嘩をなさるようなら、ぎゅ~ですよ?」
「…………はい、ごめんなさい」
正直不満はある。が、あれを出されてしまっては俺は黙るしかない。
だからぎゅ~だけは、ぎゅ~だけは勘弁してもらいたい。
「あなたもえーと……ごめんなさい、名前を教えてもらってもよろしいですか?」
「はいっ! エイっす」
「エイ? ……ひょっとしてあなたはハウスの」
「ッ! ハイ! そうっす! まさか覚えていてくれてたんっすか?」
「ええええ、もちろんですとも。ごめんなさい、すぐに気づいてあげられなくって、まさかこんなに大きくなってるだなんて」
「へへっしょうがないっすよ、最後に会ったのは五年くらい前なんすっから、さっきの連中もほとんどがハウスの出っすよ」
「あらあら、そうなのですか」
「んー? あーなんだ、知り合いなのか? つうかさっきから言ってるハウスってのは?」
「ええ、それは……いいえ、やっぱり秘密です」
「はぁ! 何でだよ」
「さっき喧嘩をした罰です。それに、どうせすぐにわかることですからそれまでのお楽しみです」
人差し指を唇に添えながら泣きぼくろのある右目でいたずら気にウィンクをする姫さん。
罰って、そもそも喧嘩ふっかけてきたのは向こうだろうが。
と思いはするがまぁすぐに分かる事らしいのでここは大人しく引き下がってやることしてやる。
ただやっぱり面白くないものは面白くないんで道中俺の口数は自然と少ない物になった。
それからチンピラ野郎と一緒に歩くこと少し、たどり着いたのはそれなりに大きな建物だった。
スラムの中には似つかわしくない小綺麗な建物で、塀に囲まれた敷地の中には公園の様にブランコや滑り台等の遊具が置かれ数人のガキ達が走り回っている。
「あっ! エイにいちゃん達だ!」
「おうっ! 良い子にしてたかおまえら!」
子供の一人がこっちに気がついてエイの元に駆け寄り、一人が来ると一人また一人とガキ達が次々と集まってくる。
「なーなーにいちゃん、今日はなにしにきたん?」
「一緒にあそぼー」
「やー! エイおにいちゃんはアタシと遊ぶのー!」
「まーまー待て待て。一人ずつ話せ一人ずつ」
よっぽど好かれているのか、エイのやつは子供達にあっという間に囲まれもみくちゃにされる。
あんななりしたチンピラのくせに子供に好かれているのは以外だが、エイの表情も穏やかなもんでまんざらでもない様子だ、ああ見えて以外と子供好きなんだろうか。
「おうおうおう、そんなことよりもだお前ら! 今日はすんっげえ人を連れてきてやったぞ」
「すんっげえひと~?」
「そうだぞー、いいか良く聞けなんとこの人は!」
「あー! 女王さまだー!」
もったいぶるエイなんぞ気にもとめず、フライングで外套をのぞき込んだ一人が声を上げると今度は姫さんの周りをわっとガキ達が集まってくる。
「みなさんお久しぶりです。良い子にしてましたか~」
「女王さまー遊びに来てくれたのー?」
「またご本読んでー!」
「鬼ごっこしよー」
「これなーにー?」
「でっかいトカゲ!」
「あらあら、皆さん落ち着いてふふふ」
さっきまであれ程エイの野郎に懐いていた子供達が掌を返した様に姫様に殺到する。
姫さんは何だか幸せそうだし一人ポツンと取り残されたエイの野郎は傑作だが、好奇心旺盛なガキ共は余程俺の事が気になるらしい。
無遠慮に突かれたり引っ張っられたとたまったもんじゃない、いい加減にしろと文句でも言ってやろうかとおもったその矢先。
「コラー! あなた達なにをやってるの、お客様が困ってるじゃない」
建物の扉を開け放ち、良く通る叱り声を響かせながら一人の女が姿を見せた。




