74話 ひょっとして仕込みだったりするのか?
姫さんはジム達のパン屋があった大通りから外れた脇道に入りスラムの奥へと進んでいた。
姫さん言うに、この町は国境の壁に近づけば近づくほど治安が悪くなっていく。
その理由は万が一、外敵が侵入してきたときに真っ先に被害に遭う場所だからというのともう一つ。
この場所が元々難民達のたまり場だったらからだそうだ。
大昔の大戦の時代フィロール王国は周辺の国と連合を組むことで帝国に対抗したが、その中で戦いに敗れ傷つき疲れ果てた人々が難民となって大勢この街に流れ着いた。
元々は難民達を一時的に受け入れるキャンプ地だったが、それがいつの間にか集落となり村となり、そうやってできあがったのがこのスラム街だ。
大戦が終わった今でもその頃の名残は強く残り、この辺りは今でもこの町でも特に治安の悪い場所となっている。
と、言う話だったが実際こうして足を運んでみると、正直覚悟していた程ではないなというのが素直な感想だった。
確かにジム達の店があった大通り付近と比べれば薄暗くてどことなく荒廃した雰囲気は感じるが、話に聞いていた程無法地帯という感じでも無い。
そういえばジムのおっちゃんも最近治安が良くなったみたいな事を言っていたが、それと何か関係あるのだろうか?
「あっ……」
不意に姫さんの足が止まる。
その視線の先に居たのは一人の男の子だった。
すこし痩せ過ぎているようにみえるそいつは膝を抱えて座り込んだまま、目の前に置かれた雑草みたいな花と何も入っていない欠けた茶碗をぼんやりと眺めている。
露天のつもりなのかもしれないが子供がやっているにしてもあんまりにお粗末なもんだった。
そんな店に、姫さんは静かに歩み寄ると懐から金貨を一枚取り出し茶碗の中へ入れて花を手に取った。
あの金貨は確か俺が元いた世界の価値で言えばおおよそ一万程度の価値だったははず、そんな物を目の前にしたボウズは驚いた顔で姫さん見る。
困惑と警戒をない交ぜにしたような視線を向けてくるボウズに対して、姫さんただ黙ってにこりと笑みを返してみせる。
「このお花、頂いても良いかしら?」
「……こんなにいらないよ」
「そうなのですか? でもごめんなさい、今はこれしか持ち合わせがなくて。おつりはいらないから、これで許していただけませんか?」
「でも……」
「気にしないでください。こう見えても私結構なお金持ちなんですよ」
冗談めかした様子でそう言い残すと、姫さんは困惑するボウズを置いてさっさとその場から立ち去っていく。
「……良かったのか? あんなことして」
ボウズが見えなくなったところで尋ねる。
「はい、どちらにせよお花はどこかで買おうと思っていましたので、ちょうど良かったです」
「ふーん、にしたってもっとちゃんとしたところで買っても良かったんじゃないか?」
「いいのです、自己満足でしかないことは分かっていますがそれでも何かの助けになってくれれば。それにきっとこのお花でも喜んでくれると思うから」
喜ぶ? っていうことこの花は誰かへのプレゼントって事だろうか? だとしたら一体誰に?
気になって聞こうとしたその時だった。
「ヨウ! そこのアンタ! ちょっと待ちな!」
荒っぽい声に呼ばれて姫さんが振り返ると、そこにはその声まんま柄の悪い男が立っていた。
「見てたぜぇ今の、随分と〜気前がいいじゃねぇか。あんなガキに金つかませて一体何させよってんだ、ええ?」
「匂うんだよなぁ、あんた。そんなかっこしてるが、相当ないいところの人間だろ? 金持ちの匂いがプンプンすんだよ」
「はぁん、うらやましいねぇー。アタシらもあやかりたいもんだねぇ」
気がつくと柄の悪い男とおんなじ様な格好をした男女が何人も現れて俺達を囲む。
なんかことあるごとに、こうやって囲まれるてるような気がするのは気のせいか? というか……。
「なぁ姫さん、これひょっとして仕込みだったりするのか?」
「仕込み? とは何のことでしょうか」
「あ~違うならいいんだ、別に気にしなくて」
突然現れたコッテコテ過ぎる連中によるコッテコテな状況に思わず誰かの作為を疑わずにはいられなかったのだ。
ほら見ろ、あいつなんてナイフなめてるよ、ギャグか? ギャグでやってるのか? やめとけ怪我するぞ。
「俺はな、昔っから御上の連中や金持ちって奴がだいっっっっ嫌いなんだよ。アンタがなにもんで何しに来たのかは知らねぇがこの辺りは俺らの縄張りだ。痛い目見たくねぇなら、大人しく金目なもんを置いてとっとでていきな」
頬に傷のあるリーダー格とおぼしき男が、これまた型で作ったみたいなテンプレ台詞を言うもんだからに俺は吹き出しそうになるのを必死にこらえる。
「あらあら困りました。どうしましょう守護竜様」
小声で姫さんは外套の中に隠れた俺に話しかけるがその声は危機感の様な物はなく、本当にただ困ってしまったと言わんばかりだ。
輩に絡まれてるって言うのに呑気なこったなぁとあきれないでもないが、まぁ危機感を感じてないという意味では俺も一緒だ。
今目の前にいる連中はどう見てもただのチンピラ、今まで相手してきた連中とは実力も数も殺意も何もかも足りなさすぎる。
こいつら程度なら今の俺でも問題なくあしらえる訳だが、せっかくお忍びで外に出てるのに俺がおおっぴらに相手すんのも……そうだ!
「姫さんちょっとあいつに向かって手をかざして見てくんないか?」
「手を? 急にどうなさったんです?」
「まぁまぁいいからいいから、ほら早く」
俺の提案をいぶかしみながらも姫さんは俺が指示したとおりリーダー格らしき男へに手をかざしてみせる。
「ああん? 一体何のつもりだぁっほう!」
姫さんがかざした手の先でイキり散らかしてたリーダーが格の男がひっくり返って奇声を上げる。
当然それをやったのは俺。ちょちょいと魔導でつむじ風を作り出して足下から巻き上げてやったのだ。
「守護竜様!」
咎める声で姫さんが目を三角にして俺を呼ぶ。
「ちょっと脅かして帰ってもらうだけだよ。なぁに、怪我なんかさせねえって」
咎める姫さんを俺が適当流している傍らで、仲間の一人がひっくり返されてチンピラ連中は明らかに動揺を見せていた。
「おい、いまのってまさか魔導ってやつなんじゃねぇのか? こいつ魔道士だったのか!」
「ありえねぇ! 魔導を使うには詠唱とか言うのを唱えなきゃいけねぇんじゃねぇのかよ!」
「ビビってんじゃねえ!」
絵に描いたような戸惑い方をしていたチンピラどもに、さっきひっくりかしてやった奴が起き上がりながら渇を入れる。
「魔導だかなんだか知らねぇが、俺たちゃなめられる訳にはいかねぇんだ! 分かってんだろ!」
その一喝を受けてさっきまで動揺していた周りの連中の目に闘志が宿ったのが見て取れた。
ほーん思ったより根性はある連中らしい。
「待ってください、さっきの事は謝ります、ごめんなさい。だからもうあなた達も乱暴な事はやめましょう、ね?」
「うっせぇ! 説教かましてんじゃねぇ!」
姫さんの説得に耳を貸す訳もなく、連中はナイフやらなんやらを構えバリバリの臨戦態勢をとる。
「あらあら、どうしましょう」
「あーあ、こいつらもうやる気満々だな。もう何言ったって聞きゃあしねぇぞ。どうする? 姫さん」
「元はと言えば守護竜様のせいじゃないですか、もう……絶対怪我をさせてはいけませんよ」
「よしきた」
「何をブツブツ一人で喋ってんだオラァ!」
一人が拳を振り上げて俺達に迫るが、さっきと同じように、風を使ってそれを受け流してやるとチンピラはバランスを崩して蹈鞴を踏んだ。
それでもめげずに二度三度と拳を振り回すがそのたびに俺も同じ事を繰り返す。
もう一人がナイフを振り回して来たんで一瞬だけ灼熱を生み出し刀身だけを蒸発させてやる。
さらにもう一人が姫さんに掴みかかろうとしてくるやつがいたが、そいつは重力を軽くしてふわりと風船みたいにその場に浮かべてやった。
次々起こる魔導にチンピラ共は驚き慌てふためきながらも、連中は懲りずに何度も向かってくる。
見上げた根性だが、だからって俺の相手になるわけじゃねえ。
チンピラどもあらゆる魔導を駆使しながらちぎっては投げちぎっては投げを繰り返していると、ここ最近何かと鬱憤もたまってたせいかだんだんと興が乗って楽しくなってきた。
が、さすがにちいとばかし調子に乗りすぎた。
「きゃっ!」
風の魔導を使おうとしたとき手元が狂って、姫さんの顔を隠すためにかぶっていた外套のフードを勢い余って吹き飛ばしてしまった。
あっやべ! と思った頃にはすでに姫さんは既にフードをかぶり直していたが、さすがに目の前のこいつらには姫さんの正体がばれちまったらしく、襲いかかる手を止めて驚きの表情を浮かべていた。
「いっ今のツラ……あんた、もしかして」
まずいな、せっかくお忍びで来てるってのにこれで妙な騒ぎになったりしたら秘密を探るどころじゃなくなるかもしれない。
クソッ、しょうがないこうなったらこの場はいったん諦めてアナスタシア達の館に戻るか?
そうこう俺が考えを巡らしているとチンピラ共に動きがあった。
奴らは姫さんの前で横一列に並んだかと思うと、その場に両膝をと両手を付いて――。
「もーーーーーしわけございませんっしたっ!」
突然その場で地面に頭突きでもかます気かという勢いで頭を下げたのだった。




