70話 胸をかすめた何かをそうやって振り払った
姫さんと散歩に出ることになったはいいが、さすがに女王様が黙って外出するわけにも行かない。
だから領主であるアナスタシアに許可を取りに向かうと、彼女はあっさりとそれを了承した。
「義姉上も気分転換が必要でしょう。少々お待ちくださいただ今外出の準備させますので」
「ああそれなんだけどよ、できればお忍びって事にしたいんだ。だから出来れば護衛だとかそんな大仰なもんはなしで」
「お忍びでございますですか? ですが女王を一人で外出させるなんテー」
「一人じゃねぇ俺もいる。仮にも俺はこの国の守護竜だぜ下手な護衛なんかよりよっぽど安心だろ、違うか?」
「そうですがーうーんこまったなー」
アナスタシアはどっか不自然な口調で、少し、いやかなりわざとらしすぎる位に考えるそぶりを見せて。
「ワカリマシタ。ですがお忍びだと言うのならばその格好では少々メダチスギですので、着替えは私の方で用意させていただきますが、よろしいですね」
「ああ、分かった。姫さんもそれでいいか?」
「守護竜様がそうしたいと仰るのなら、私はそれでかまいません」
「そっかありがとう。そんじゃアナスタシア頼むわ」
「はっ! では着替えの方をご用意いたしますのでその間部屋でお待ちください。では」
そう言って立ち去るその刹那、アナスタシアが俺をみて小さくうなずき、俺もそれをこっそりと返した。
「どうしたんでしょう? アナ少し様子がおかしかったような」
「ん~気のせいじゃないか〜」
「そうでしょうか? もしかして何処か具合が悪かったりするんじゃ」
「んなことねぇって大丈夫大丈夫、ほれ俺達はアナスタシアが来るのを大人しく待つとしようぜ、なっ」
訝しむ姫さんを俺はどうにかなだめる、まったくアナスタシアめ、演技が下手すぎるだろ。
実を言えばここまでの流れはもう昨日のうちに打ち合わせを済ませておいていたのだ。
姫さんの今の状態はなにか過去にあった出来事が原因の可能性が高い、そしてそれは先代国王だけが知っていたという秘密が多分関係してる。
でもだからといって、それをただ馬鹿正直に聞き出すだけじゃ何の解決にもならない。
だから一度外に連れ出して姫さんの過去が眠るこの町を案内させる中でその秘密を聞き出し、あわよくば不調の原因であるトラウマを解消するのが今回の目標だ。
まぁそこまで都合良くいくかはいかないにせよ、少なくとも外出することで気分転換くらいにはなるはずだ。
姫さんを外に連れ出すにあたり、アナスタシアは護衛を付けず街を散策させることに最初難色を示したが、俺はお忍びであることにこだわった。
護衛を引き連れて街を見て回っちまったらそれは散歩じゃなく女王としての公務になっちまう、それじゃあ姫さんの素を引き出す事は出来ないしリラックスだって出来ないだろう。
そうはアナスタシアをなんとか説得し、こうして姫さんと二人きりで外出することになったというわけだ。
「ふふっ」
部屋でアナスタシアを待っていると、姫さんの口元からこぼれ落ちた様な笑い声が降ってくる。
「なんだよ、随分と上機嫌じゃねぇの」
「だって、守護竜様と二人きりでお出かけだなんてこれが初めてなんですもの……それに」
すっと姫さんが左手の薬指にはめられた指輪をなぞる。
「誰かと一緒にこの街を歩くのはすごく久しぶりなので」
……いま姫さんが何を思い出しているのか俺には分からない。
でもきっとそれはとても幸せな思い出で、そしてその相手は死んじまったって言う姫さんの旦那のことなんだろう。
口には出さなくても、そのことは面を見るだけでなんとなく察しが付いた。
姫さんの旦那、クルーゲル領主の息子でフィロール王国先代国王、名前はロイドだったか?
そいつの事を俺は城の寝室に飾られた絵の中で微笑む姿しか知らない。
一体どんなやつだったのか、気にならないわけじゃない、何度か聞こうとしたこともあったがなんとなく聞くタイミングがなくて今も聞けないでいる。
いま俺達がいるこの場所は姫さんの故郷であると同時に旦那との思い出の地でもある、今回の散策で彼が一体どんな人物なのか俺は知ることになるんだろうか?
……ん?
「……守護竜様、どうかなされましたか?」
不意に姫さんがそんなことを聞いてくるが、その問いの意味が分からない。
「なんだか浮かないお顔をされている気がして、もしかしてどこかお加減が?」
「んなこたぁねえよ、気のせいだ気のせい、気にすんなよ」
「本当ですか? 本当でございますね?」
「本当だって、ちょっとは信用しろよ」
「分かりました。でも、もしちょっとでも気持ちが悪くなったりしたら言ってください、約束ですからね」
「ああわかったよ……まったく、気のせいだって言ってんのに」
そう、気のせいだ。
さっきのは気のせい、そうに決まってる。
俺は胸をかすめた何かをそうやって振り払った。
「どうですか? 守護竜様。暑かったり苦しかったりしませんか」
「ああ、思いのほか快適だよ」
外套のフードをすっぽりかぶって顔を隠した姫さんに俺はそう答えた、
アナスタシアが用意した変装用の服は上着とズボン、その上から外套のを羽織るという物で、一体どこから調達してきたのかそこそこ使い古されたそれらはこの辺りでは旅行者や旅の商人がよく身にまとっている物なんだという。
このチョイスにしたのは顔を適度に隠しつつ、外套に俺を隠す事が理由らしい。
まぁ確かにいくら目立たない格好していても、ドラゴン抱いて歩いてるやつがいたらそりゃ目立つだろうって話な訳で。
姫さんに抱かれたまま、外套の隙間からのぞく街は思いのほか活気づいていた。
国境付近にある辺境の街というと田舎っぽい印象を受けたが実際はそん風に感じる事はない。
「この町は帝国との国境に位置する防衛の要で、この辺りに住んでいる方のほとんどは国の兵士やそのご家族なんですよ」
へぇ、なるほどそう言われてみてみるなんだか街の連中皆、ガタイがよくて逞しい様な気がしないでもない。
何より、姫さんが言うようにここが防衛の要である事を実感させるのは国境に沿うように作られた障壁だろう。
壁と言うより砦を思わせるそれは、何でもはるか昔、帝国が近隣諸国に侵略戦争をふっかけ回ってた乱世の時代に建てられたものらしい。
そんな背景があるからか巨大な壁は威圧感抜群で、きっと元いた世界にあった万里の長城なんかも、近くで見たらこんな感じだったんだろう、まぁ実物は見たことないからよく知らないんだが。
「で? 姫さんは今、一体どこに向かってんだ? なんだかその壁の方へ向かってるみたいだけどよ」
「はい、実は守護竜様に是非あっていただきたい人達がいるんです。お元気にしておられるといいんですけど」
そう語る声はとても懐かしげで、どうやら俺に会わせたいっていうそいつらは姫さんにとってよほど思い入れのある人物らしい。
そうしてちょくちょく姫さんによるガイドを挟みながら歩くこと十分くらい、壁の正門へと続く大通りその脇にある建物の前で姫さんは足を止めた。




