7話 これがいわゆる転生特典とでも言うのだろうか?
……まさか本当に読み聞かせや子守歌まで聞かされる羽目になるとは思わなかった。
アナスタシア達との謁見が終わった後、食堂で食事を取り今日ははそのまま就寝の時間になった。
寝る前の準備としてお姫様は例の如く歯磨きやらなんやらの世話を焼こうとしてきたが、俺はその全てをどうにか突っぱね現在に至る。
このお姫様はことあるごとに俺をガキ扱いして甘やかそうとしてくる、正直うざったいことこの上ないがそれもここまでだ。
夜が更けてあたりから人の気配が消え声を上げることも憚れほどの静寂の中、俺は隣から寝息が聞こえて来たタイミングを見計らってお姫様の腕からそっと抜け出しベットから飛び降りた。
お姫様の様子を窺うが目覚めた様子はない、そう俺はずっと自由になれるこの時を待っていた。
守護竜だなんだとわけの分からんものに担ぎ上げられるのはまっぴらごめんだ、頼んでもいないのに転生させられた挙句そんなものまで背負わされてたまるものか。
ベットから抜け出した後俺は改めて自身の手足を確認する、四足の足は前足後ろ足共にちっちゃくて頼りなく人間の時ほど器用に動かせそうにない。
この姿でそこら辺を動き回るのは苦労しそうだったが問題はない、俺にはある考えがあった。
俺はその場で意識を集中させる、すると一人でに体がふわりと宙に浮かび上がった。
その場で軽く旋回してみて飛行感を確かめてみるが特に問題は感じない、これならこのちっちゃい手足で歩くよりもずっと早く静かに移動することが出来そうだった。
よ
これは魔導と呼ばれるこの世界に存在する技術だ。
【魔導】それはこの世界を構成するエネルギーである魔素を操ることであらゆる事象を発現させる、今やったことを例にすると魔素を操り重力を軽くし浮かせた体を空気の流れを操って空中を飛んだのだ。
――なんて、そんなことを誰に教わるでもなくスラスラ諳んじることが出来てしまう。
言うまでも無いが元いた世界にいた頃はこんなこと出来なかったし、そもそも魔導なんてものは存在していなかった。
それなのにどういう訳か俺はそれが出来ると無意識のうちに確信し、まるで当たり前のことのように行使できた。誰もが物心ついた時には手足の動かし方を知っている様に、今俺の頭の中には魔導の使い方とその知識がすでにそなわっている。
それだけじゃない。自然すぎて気にしていなかったが考えてみれば俺は飛ばされて間もないこの世界の言葉を理解して、当たり前のようにコミュニケーションが取れている。
この世界で生きていくために必要な最低限の知識は転生した時点で備わっている、これがいわゆる転生特典とでも言うのだろうか? 覚えの無いことが頭の中にあるというのは薄気味悪い感じもするが、便利なものは素直に使わせてもらうとしたもんだろう。
部屋の明かりは消されていたが、瞳の仕組みが人間とは違うのか暗闇の中でも問題なく辺りを見ることが出来るし、小さくていったい何の役に立つんだと思っていた背中の翼も飛んでいる時の姿勢制御に以外と便利だ。
こんな体にされたときはどうなるかと思ったが、想像以上にこの体は便利なのかもしれない。
俺は体を浮かせたまま寝室の出入り口へと向かおうとするが、その途中視界の隅に誰かがいたような気がして咄嗟に身構えて気配のした方へ視線を向けるがそこにあったのは一枚の絵だけだった。
なんだよ驚かせやがってと安堵の息が漏れる。寝室に入ったときはバタバタしていて特に気に掛けてなかったが、その絵には二人の人物が描かれている。
一人は品よく椅子に座って笑みを浮かべているお姫様、もう一人はそんな彼女の肩に手を置きながら傍らに立つ男。
その男を俺は知らなかったがそれが誰なのか直ぐに察しはついた。
さっきの謁見で話しに上がっていたこの国の先代国王、アナスタシアの兄でありそしてお姫様の旦那。
男にしては線の細い優男然としたそいつは、まるでおとぎ話に出てくる王子様の様できっと温和で優しい人物だったのだろうと絵を見るだけで想像させられる。
まぁ、だからなんだって訳でも無い、先代の国王がどんな奴だったかなんて俺には全く関係のない話しだ。
俺は何を思うでもなく出入り口の扉をそっと開きもう一度だけお姫様の様子を窺うが、やっぱり目を覚ました様子は無い。
「あばよ、お姫様」
最後にそう言い残し俺は一人寝室を後にした。




