69話 罪人
「トラウマ? ですか?」
アナスタシアに聞き返されて自分の思考が口に出ちまっていた事に今更気がついた。
気恥ずかしさも思わず体が熱くなるが、この際だいっそ開き直ることにしよう。
「あ~なんつうか。姫さんがああなっちまった原因が何か考えててよ。それで何か昔のトラウマでも引っかけたんじゃないかと思って、あんたそう言うのに何か心当たりないか?」
尋ねてみるとアナスタシアは少し考えるそぶりを見せて、あくまで根拠のない話ではありますが、と前置きをして。
「昔、義姉上にについてある噂が流れていた事があります」
「噂? 具体的には?」
「それは……」
アナスタシアは眉間に皺を寄せた苦渋の表情で言葉を切る。よほど話しにくい事なのか、彼女はしばらく逡巡していたがその内ゆっくりとその重い口を開いた。
「義姉上は過去に罪を犯した罪人であり、竜の巫女としてふさわしい存在ではない、と」
「はぁ? なに言ってんだ?」
あのお人好しの姫さんが罪人だなんてにわかには信じられず俺がそう帰すとアナスタシアは力強く頷きを返す。
「その通りです。大方、義姉上を妬んだ何者かが流したでまかせでしょう……ですが」
そこでまた、アナスタシアが僅かに口をつぐむ。
「以前、噂の真偽を兄上に聞いた事があるのですが、兄上は答えてくれませんでした。ただそのことについて話すことは出来ない、ごめんと」
「それは確かになんか意味深な返しだな」
「兄上は嘘を付くのが得意ではありませんでしたから」
姫さんが罪人だなんて俺には思えないし、そもそも昔の噂だなんて当てに出来たもんでもないかもしれない。
だが火のない所に煙は立たないとも言う、何より俺には心当たりがあった。
それはルリルが率いる盗賊団に誘拐されたあの事件の直後、姫さんが言っていた。
『罪には罰が必用な事は理解しています。ただそれでも、私はできることなら罰ではなく許しを与えたいのです。このフィロール王国を統べる者として私はそんな女王でありたい……あの人が私にそうしてくれたように』
まるで、自分が何かの罪を許されたようなそんなな口ぶりだった。
あの時はあえて深く聞かなかったが、もしかしてそれが今アナスタシアが言っていた噂に関係があるんだろうか?
そしてそれが今の姫さんの現状と何か関係があるんじゃないのか?
根拠はない、ただなんにしても現状他に手がかりになりそうな物もない、だったらここでうだうだ考えたところでどうにもならない。
俺が気兼ねなく全力で戦うためには姫さんには調子をとりもどしてもらわなきゃならない、だったらただ手をこまねいて天に祈るのは柄じゃねぇ。
「なあ、少し頼みがあるだが」
そうして俺はあることをアナスタシアに頼んだ。
翌日の朝、俺は姫さんが用意してくれた朝食をぱくつきながら。
「あー……なぁ姫さん少し外に散歩て行きてぇんだけどよ」
「だめです。一人で外にお出かけになるなんて」
昨日と相変わらず姫さんはにべもない、だがここまでは想定通りだ。
なるべくさりげなく、なるべくさりげなく、なるべくさりげなく。
俺はそう頭ん中で繰り返しながら、昨日の用意しておいたある提案を口にする。
「じゃあよ、その……いっ一緒に行くってのはどうら?」
ぎゃー、噛んだ! どもった! なんてことねぇ台詞だろ、すっと言えこれくらいあほか俺は!
冷や汗をかきながら胸の内で自分に罵倒をする。いったい俺はどうしてこんなにも緊張してるんだ?
たかだか姫さんを散歩に誘うだけなのに。
そんな、なぞの動揺に困惑する俺を姫さんはきょとんとした顔で見つめる、やめろ見んじゃねえ! と胸の内で叫んでも聞こえるわけもなく。
よっぽど意外だったの姫さんは無言のまま、ぱちくりと目を二、三瞬きさせて。
「……いいのですか? 私もご一緒してしまって」
「べ、別にそんな変なこと言っちゃいないだろうよ。一人で出かけるのがだめだってんなら、それなら一緒にどうだって話で。それにここは姫さんの故郷でもあるんだろ? だったらせっかくだし案内とかしてもらってもいいんじゃないかってよ。なっ? 別におかしくねえだろうが、それに姫さんだって何時までも外に出ないんじゃ息が詰まるだろう?」
恥ずかしさと謎の緊張から口調が早口になる。なんか余計なことまで喋っちゃいないかと思わんでもないがんなことに気を遣う余裕はない。
「そうかもしれませんが、でも……いいのでしょうか? こんな時に」
姫さんはなかなか煮え切らない、まぁでもそれは仕方ないことだろう。
これから戦争が始まろうっていう時に、仮にも国の主である自分が散歩だなんてしている場合なのだろうかと気が引けるのは当たり前と言えば当たり前だ。
とはいえここで何もしなければ何も変わらない、現状を変えるためにもここは多少強引にでも!
「姫巫女よ! 貴様、自らの使命を忘れたか!」
俺の急激な変化に姫さんが目を丸くする。
「貴様の使命は守護竜であるこの俺に仕える事であろう、そして今俺は外へ散策へと出る事を、えーと、所望? している! であるならば二つ返事俺に付き従うのが貴様の役目であろう! いいかこれはフィロール王国守護竜としての命令だ貴様に拒否権はない!」
どうよこの有無を言わせない威厳のあるしゃべり方、流石の姫さんもここまでの命令には逆らえまい。
無理矢理従わせる様な真似は正直ちょっとばかし胸が痛んだが、ここで下手に出てたんじゃらちがあかない。
「……」
姫さんが何かをこらえる様にうつむく。
ひょっとしてやり過ぎちまったか?
罪悪感から冷や汗をかきながら俺があわてて謝罪の言葉を口にしようとしたその時。
「……ぷっ」
吹き出して、姫さんがおかしそうにクスクスと笑い出した。
「申し訳ありません守護竜様。 ただ、その……必死に背伸びをしてらっしゃる守護竜様があまりにかわいらしくて、つい笑みがこぼれて」
「なっ! せ、背伸びなんざしとらんわい!」
「あらそうなのですか? ごめんさい」
謝りながらも、うふふと姫さんの笑い続ける。これは絶対に信じていない。
「ええい! とにかく、今は四の五の言わず俺に街を案内してくれれりゃいいんだよ! 分かったか!」
「ふふっ、承知しました。守姫巫女としてお供させていただきます、守護竜様」
半ばやけくそで命令する俺に、姫さんは笑みを浮かべたまま応える。
なんだか思ってたのとは違うが、とにかくこれで言質はとれたので今はこれで良しとしておく事にした。




