67話 クルーゲル領へ
守護竜の巫女であるフィロール女王アンヌの身柄を差し出し全面降伏せよ、さもなければ我が帝国は貴国への軍事侵攻開始する。
デインからの書簡は概ねそんな内容だった。
もちろんそんなナメた要求をはいそうですかで飲むはずもない事は向こうも分かりきっているだろう。
事実上の宣戦布告、それは誰のから見ても明らかだった。
もう姫さんの意思がどうとか言う個人的な物でどうにかなるラインは超え、帝国との戦争はどうあがいても避けられない所まで来てしまった。
帝国から進軍を行うと宣言した期日は十日後。
今更あいつらが律儀にそれを守るかどうかは甚だ疑問だが、わざわざ書簡まで送ってきた以上は今日や明日みたいな近々の内に進撃してくる事はないだろうというのが姫さんや城の大臣、それから各領の領主達といった国のお偉方達の意見だった。
とは言えのんきにチンタラやってる程、脳天気してる訳にもいかない。
国を挙げて超特急で迎え撃つための軍備を整えるなか、俺と姫さんの二人はいち早く帝国との国境付近にあるクルーゲル領へと向かうことになった。
国の主である女王が真っ先に最前線へ向かうってのは奇妙な話のようにも思えるが、この世界では別段おかしい事じゃない。
この世界においての最大戦力は守護竜だ、同時にその最大戦力に対応出来るのもまた守護竜しかいない。
相手がその戦力を行使する可能性が高い以上、その唯一の対抗策である守護竜と、その力を唯一解放できる巫女の姫さんが先行する事は当たり前と言えば当たり前の話だ。
要は何時飛んでくるか分からないミサイルに対して即座に対応できるよう迎撃ミサイルとそれを操作できる人間を配備するような話だ。
なんであれ俺達は先行してクルーゲル領へと向かう事になった訳なんだが……そんな中で俺はある懸念が拭えずにいた。
デイン帝国が進軍を開始する期日まで後八日となったその日、俺は姫さんを背中に乗せてクルーゲル領へと飛んでいた。
セリスとルリルの二人はネネイルでの傷が癒えず療養のために城で留守番。クルーゲル領までは馬車で丸三日は掛かるが覚醒体になった俺なら三十分も掛からない。
目的地であるクルーゲル領主の邸宅、その広い庭園に降り立ち、覚醒体からいつものちっこい姿に戻ると、姫さんは有無を言わさず速攻で俺を捕まえていつもよりも少し強く俺を胸に抱いた。
「お待ちしておりました。義姉上、守護竜様お久しぶりです」
男と見待ちがえてしまいそうな程の大柄でガタイのいい体躯をした金髪の女が俺達を出迎える。
アナスタシア・クルーゲル。姫さんの義妹、つまりは姫さんの旦那だった前国王の妹に当たる。
こうして顔を合わせたのは俺がこっちの世界に来たばかりの頃に彼女が挨拶に来た時以来だ。
「ネネイルであった話は聞き及んでいます。一報を聞いたときは正直生きた心地がしませんでしたが……ご無事で本当によかった」
「ありがとう心配を掛けましたね。でも見ての通り守護竜様やセリス達のおかげで私はなんもありませんよ」
「国の主の危機にはせ参じる事も出来ず申し訳ありません。生まれてこれほど路傍の石ころの様な自身の無力さを恨んだことはありません」
「そんなこと言わないで。貴方は今、不在のフェルム領主の代理として二つの領を管理する多忙の身、そんな中でこの事態に率先して迅速な対応と準備を進めてくれて感謝していますよ」
「もったいないお言葉です。付いて早々ですがもしよろしければ、母様にお会いになってください。きっとお喜びになるはずです」
「ええもちろんです。最近お義母様のお加減はいかがなのですか?」
「ここ最近は特に体調がいいみたいで、今朝方も義姉上にお会いできる事を楽しみにしていました」
そんなたわいない会話をしながら邸宅をアナスタシアの案内で進む。
姫さんはこのクルーゲル寮にあるスラム街の生まれ、十二歳の頃領主の息子であり後の旦那である先代国王に拾われ城に迎えられるまでの数年間をここで過ごしていたらしい。
ということはつまり今俺達がいるこの場所は姫さんの実家みたいなもんであり、今から会いに行こうとしているアナスタシアの母親にあたる人物は姫さんにとっては育ての親同然の人だという話だ。
姫さんにとっての育ての親。それが一体どんな人なのか、そんなことを考えてそこはかとない緊張感を俺が感じていたら、アナスタシアがある部屋の前で立ち止まり、声を掛けると中からしゃがれた声で返事が返ってきた。
扉を開くと部屋には人が三人は平気で寝られそうな程大きくて豪奢なベットが中央に置かれ、そこに一人の老婆が上半身を起こしてこっちを見ていた。
皺が多く痩せ細ってなお精悍な顔立ちをしているその老婆は、まるでアナスタシアをそのまま五十位老けさせた様で、誰が見てもこの二人が親子だと一目で分かる。
メリア・クルーゲル。言うまでもなくアナスタシアの母親であり姫さんのいわゆる姑に当たる人物、こうして直接顔を合わせるのはこれが初めてだ。
聞いた話じゃここ二、三年は病気に伏してほとんど寝たきりだという話だったが、こうして会ってみると肌の血色もよくまだまだ元気そうに見える。
ただどこか遠くを見ているようなぼんやりとしたその目には長い年月から来る老いを感じずにはいられない。
「お久しぶりでございます、お母様」
「……遠路はるばるご苦労でしたね、アンヌ……疲れていないか?」
「いいえ守護竜様からお力をお貸し頂きましたので、私はなにも」
「……そうか……お初にお目に掛かります当代の守護竜様……このような姿でのご挨拶になってしまい……申し訳ございませんが、どうかご容赦を」
老人特有のゆっくりとした動作と口調で話しながら俺の事を見るメリアに対して、俺は「ども」と小さく首を縦に降って応えた。
どうにも気まずいというか、人ん家のばあちゃん相手にどう接したもんかイマイチわかんなくて返事がややつっけんどんになってしまったが、メリアは気にした様子もなく小さく微笑んだ。
「今代の守護竜様は……どうやら少し照れ屋さんのようですね……」
「ええ、そうなんです、照れ屋のあまのじゃくさんで、でも素直じゃないだけで本当はとっても心優しいお方なんですよ」
「おいっ! 変な言い方すんな」
「うふふっ、ごめんなさい」
俺の苦情に対して姫さんはいつもの様に朗らかな笑みを帰す。そんな俺達にとってはいつものやりとりを見ながらメリアが目を優しく細める。
「……守護竜様の巫女としてのおつとめは……上手くやれているようだ」
「はい、これも全てお義母様をはじめとした皆様のご指導のたまものです」
巫女としての云々に関して、俺はもの申したいような気がしないでもなかったったが、ここでギャーギャー騒ぐのはそれこそ子供っぽいような気もしたんでここは聞き流してやることにする。
「……デインの話は聞いている……大変な事になったな」
「はい……私が女王として未熟なばかりにこのような」
途端、姫さんの顔が明らかに曇る。
苦痛の表情でうつむく顔を見上げる、別にあれは姫さんのせいなんかじゃないだろうに。
俺が思わず、何か励ましの言葉を駆けようとしたその時。
「顔を上げろアンヌ」
ぴしゃりと、その言葉に頬を叩かれたようにうつむき始めていた姫さんの顔がハッと上がる。
さっきまでどっか呆けたような老人のものじゃないピンと芯が通ったメリアの声が凜と響く。
どこを見ているのか分からなかった視線がまっすぐに姫さんへと向けられて、その瞳に宿る凄味はとても七十過ぎの寝たきりの老人とは思えない。
「たとえどんな苦境に立たされようと一国の主として軽々しく弱気な姿を人に見せるな、そう昔教えたはず、忘れたか?」
「いいえ、片時も忘れた事はございません」
「それならばいい……」
メリアの目に宿っていた凄味がすぅーと消える。
ほんの僅かな間とはいえ見せたあの覇気はさすが年食っても名門貴族という事だろうか?
……いや違うな。どっちかと言えばあれは、一時期とはいえ姫さんを育てた母としての意地ってやつなのかもしれない、根拠はないがなんとなくそんな気がした。




