65話 そう言い聞かせながら俺は一心不乱に空を駆けた
なにが起きたかなんて分からなかった、とにかくやばいと思ったその瞬間ありったけの力で魔導を行使して自分と姫さんを守り、気がついた時には瓦礫の下に埋まっていた。
呼びかけると姫さんの声が帰って来る。そのことにとりあえずホッとするが悠長な事はしてられない、もう一度魔導を使って俺達の上に覆い被さる瓦礫を吹き飛ばす。
広がる景色にオレ達は言葉を失った。
まるでこの世の終わりのようだった。辺りにあるのは建物だった瓦礫の山、美しかった町並みは跡形もなく吹き飛んで辺りには青白い残り火がチリチリと燃える。
デインの守護竜を中心にそんな景色が辺り一面に広がっていた。
「フフッ、アハハハハ! どうだい、すごいだろう? これでも加減したんだ、君達が死んでしまったりしないようにね」
また高らかに笑い出したデインの守護竜の声が辺りに禍々しく木霊する。
俺達以外辺りに人の姿は見えない。ルリルやセリスは無事だろうか? 街の人達は? アカネのやつはどうした? まさかスバル女王がいなくなって消えちまったって言うのか。
「ハハハハハハハハ,、でもまだ足りない」
突然何の前触れもなくデインの守護竜が俺と姫さんを見たその瞬間、今までにないくらいの悪寒が俺の体を駆け巡った。
「もっともっともっともっともっともっともっともっともっとだ……この際だフィロール王国の巫女もここで戴いていこうか?」
今まで感じていた殺意や敵意なんてもんじゃない、まるで背筋に毛虫で入れられた様な不快な感覚、本能が警告をならす圧倒的な危機の予感。
デインの守護竜が高度を下ろし徐々に俺達へと近づいてくる、その気になれば一瞬で距離を詰められるだろうにそれをしないのは完全に俺達をなめてるからだろう。
むかつくが、やつが今それだけ強大な力を持っている事は認めざる終えない。
だがこうなればもう腹を括るしかねぇ。どこまでやれるかは分からないが今は戦うしかない、そのためにはまず覚醒体にならなきゃ話にもなんねぇ。
「姫さん!」
俺は姫さんへ呼びかける、力を解放して戦う力を得るために。
でも。
「…………ッ」
姫さんは俺を抱く腕に力を込めるばかりで解放のための詠唱を始めようとしない。
俺はもう一度姫さんに呼びかける。すると今度はイヤイヤするみたいに姫さんは首を振って。
「だめっ……戦っては…………だめです」
「はぁ? なに言ってんだこんな時に。今はそんなこと言ってる場合じゃ」
「だめッ!」
その声に、俺は出かかっていた声を思わず飲み込んでしまった。
だってまるで、その声が怯える子供みたいに弱々しい物だったから。
「お願い……どこにも行かないで……」
本当にさっきから一体どうしちまったって言うのか、これじゃまるで俺がこっちに来たばかりの時に戻ったみたいな、いや、あの頃だってここまでじゃ――。
そうこうしている内にデインの守護竜は俺達のすぐ目の前に降り立ちその黒い巨翼を広げる。
もうこうなったらこのままやり合うしかないかと思ったその時だった。
紅い烈風の様ななにかが横からデインの守護竜を一瞬で攫いそのまま遠くえと離れていく。
「……しぶといね、君も」
「つれないこと言わないで、もう少し付き合ってよ」
アカネが巻き付いてたまま俺達からデインの守護竜を遠ざけていく、デインの守護竜は自身の体を青白い炎で包み抵抗するがそれでもその拘束は緩む気配なく負けじと朱い稲妻を帯電させながら締め上げていく。
突然の事に俺達はその様を目で追うことしか出来ずにいると俺達を呼ぶ声が聞こえた。
声のした方へと視線を向けてみると、こちらへと向かってくるセリスのその背中に背負われてぐったりした――。
「ルリルちゃんッ!」
悲鳴の様な声を上げて姫さんは瓦礫に足を取られ、ドレスが破れることもかまわず二人の元へ一目散に駆け寄る。
「ご安心ください、呼吸も脈もあります。アカネ様が言うには命に別状はないだろうと」
「そうなの? よかった……」
ルリルの状態を聞いて姫さんが深く安堵の息をついた。
セリス曰く、ルリルが爆発から魔導で庇いどうにか何を逃れたはいいが、瓦礫に埋まって身動きがとれなくなっていたところをアカネに助けられたらしい。
「面目次第もありません。本来であれば女王様をお守りする立場である私がこの体たらく」
「いいのです。二人が無事生きていてくれたのならそれで、本当にただそれだけで」
姫さんが片手で俺を抱えながらもう片方の手でセリス達のことを抱きしめ涙を流す。
二人の無事に安堵する気持ちは俺も同じだが、いまはそんな悠長な事をしてる状況じゃない。
ねぇ、聞こえる?
頭の中にアカネの声が響く。
返事はしなくていい、その代わりよく聞いて。
時間がないから端的に言う、今すぐ女王様達を連れて逃げなさい。
いきなりのその提案に俺は愕然とする。
こんな一方的に好き放題やられてなにもしないまま逃げろってか? 冗談じゃない! そんな軟派なことが出来るか!
確かに今のあいつがかなりの力を持っている事は分かる、だが俺も覚醒体になってアカネと二人がかりならどうにか。
そんな俺の考えを見透かすみたいにアカネの声が端的にそして絶望的な事実を伝えてくる。
あたしはもう長くない。
悲観も焦りもない淡々としたその言葉は、だからこそ、それが揺るぎ様のない事実なのだと俺に突きつけてくる。
この混乱した状況で戦ったところで貴方が勝つ確率は万に一つだってない、だから今は逃げて体制を立て直しなさい、今はそれしかないの。
確か姫さんの情緒が不安定になっている今、まともに戦うことは難しいかもしれない――だがよぉ。
いいから行け! 守りなさい、貴方の大切なものを!
頭に響いたその言葉が俺の背を突き飛ばした。
「ッ……ちっくしょぉぉぉおぉがぁぁぁぁ!」
怒りと悔しさを絶叫と共に吐き出して俺は姫さんへと向き直る。
「姫さん! 詠唱を。今すぐだ、早く!」
「ッ! いけません、戦っては」
「戦わねぇ! 逃げんだよ。だから早く」
「でも……」
「このままじゃ全員、死ぬんだよ! いいのかそれで!」
死という言葉に姫さんの目がハッと見開く。
なおも僅かな躊躇を見せる姫さんだったが、それでもその口は徐々に解放のアリアを奏で始める。
姫さんの手のひらにある聖痕が輝き俺に触れる、力が流れ込んできて俺の体が真の姿へと変異する。
覚醒体へと変化を終えて、一度アカネへと視線を向ける。
今もデインの守護竜を拘束し続けているアカネだったが、一瞬その視線がこっちを見た。
早くいけ、そう言われた様な気がした。
「全員乗れ!」
姫さんとセリス、気を失ったままのルリルを背に乗せて俺は飛び上がり、全速力でその場から離脱する。
振り返る事はしない、そんな余裕はなかったしもし今振り返れば覚悟にヒビが入ってしまうような気がしたからだ。
姫さん達とこの場を逃げ仰せる、それがいま俺に出来る唯一の事。
……そう言い聞かせながら俺は一心不乱に空を駆けた。




