61話 神の雷
心地のいい綺麗な歌声に答える様にスバル女王に刻まれた聖痕が輝き始める。
その意味を察したのか俺達を囲っていた保守派の連中の何人かが一目散に逃げ出し、残りの奴らが阻止しようと向かってくる。
「悪いけど、ちょっとだけ時間稼ぎよろしく」
ウィンクのおまけ付きでそう頼まれて、俺は殺到する保守は連中を適当になぎ払う。
そうこうしているうちにスバル女王の聖痕の輝きは増しその手がアカネ触れる。
光はアカネへ移ってその姿を変えていく。
さっきよりも何倍も大きくなった長くしなやかなその体は赤い毛皮に覆われ、その姿は艶やかな大蛇の様にも気高い獣の様にも見える。
ダークエルフの国、ネネイル。その守護神たる朱き龍の姿が顕現する。
「さーて、ちょっとビリビリするよ」
言うなりアカネの体が帯電を始めたかと朱い稲妻があっという間に広がって俺達をもろとも島全土を覆い尽くすほど巨大に膨れ上がった。
アカネが言っていたとおり、ピリピリとした感覚が体を巡る、まるで弱めの電気風呂にでも入ってるみたいなそんな感覚だ。
「――百雷万雷」
瞬間。
轟音と共に神の雷が国中に降り注いだ。
さっきまで俺達を襲い掛かろうとしていた保守派の連中そのすべてが雷に打たれ一人の残らず倒れふし、全員の体からうっすらと煙を立ち上らせ辺りにはほんのり何かが焦げた様な匂いが漂わせていた。
「今……いったいなにしたんだ?」
思わず俺がそう訪ねると、アカネは別に何でもないように軽く答える。
「別に、ただ島中で暴れ回ってる悪い子に文字通り雷落としてやったのよ」
あんまりの事に俺はその言葉を一瞬疑いたくなる。
だってもし今言ったことが本当だと言うのなら、こいつはあの数秒の間に島中のテロリスト共を全て補足しかつそいつらへピンポイントに落雷をぶち当てた事になる。
物理法則も裸足で逃げ出すような超常現象。そんな物をこいつはなんてことないようにやって見せたというんだろうか。
「ちょっと、あんただって守護竜でしょう? この程度の事で驚かないでよ。このくらいあんたでも軽く出来るって」
そうは言うがあまりにも大きなスケールの話に俺はすぐに飲み込めそうにもなかった。
「……」
「あっ! おい姫さん危ねぇぞ」
気がつくと姫さんがフラフラと倒れている保守派の一人に近づいていくのが見えて、慌てて側に飛んでいく。
「……殺してしまわれたのですか?」
ピクリとも動かない保守派を不安そうに見下ろしながら姫さんが訪ねるとアカネはさぁ? と軽く答えた。
「一応死んだりはしないよう手加減はしたつもりよ? やろうと思えば文字通り消し炭にしてやることも出来たけど、さすがにそこまでするのは可哀想じゃない?」
言われてよく見てみれば周りの倒れている連中はどいつもこいつも一応は息をしているのか時折うめき声みたいなのが聞こえてくる。
「そうですか……よかった」
自分たちを襲ってきたような連中相手にどうしてそういう表情をしてやれるんだか。俺はやれやれと小さくため息をついた。
「さてと、連中がノビてる内にさっさと取り押さえちゃいましょうか。途中で捨ててきたライレイの奴も拾いに行かないと」
「その必要はございませんよ」
アカネの台詞に割って入ってきた声に俺達が振り返るといつからそこにいたのか、ライレイの姿がそこにはあった。
「さすがはアカネ様、ほんの一瞬で暴徒達を鎮圧してしまうとは。これも詠唱を介さずとも魔素に干渉する守護竜様の能力ですか? まるで神の御業、いやはや興味が尽きません」
なにがあったのか俺は詳しく知らないが、火傷と裂傷でボロボロの右手に殴られでもしたのか頬を赤く腫らした痛々しい姿にも関わらず、ライレイは初めてあったころとは別人のように流暢に言葉紡いでいた。
「不思議ねどうして動けているわけ? ちゃんと拘束しておいたはずなのに? それともそれも例のお友達のおかげ?」
お友達? 話がいまいち見えない俺に姫さんがそっと耳打ちをして俺達と離れていた間になにがあったのかをかいつまんで話してくれた。
どうもライレイの奴が今回の騒動を手引きしていたらしいこと、保守派の連中とは別の協力者がいるらしいことを。
「若造、貴様しくじりおって」
急に割り込んできた声に振り返ってみれば、さっき姫さん達が合流したとき速攻でビリビリされていたあの保守派の爺さんだった。
爺さんは杖で震える体をどうにか支えながら立ち上がりライレイに掴みかかる。
「おや、これこれはお目覚めになられましたか。さすがはノイゼル卿、腐っても国随一魔道士だ」
「減らず口をたたくな! 貴様が手はず通り守護竜共を押さえておればこんなことには」
「またずいぶんな言い草ですな。そもそも女王二人だけを転移させるはずだったところを失敗し、確保出来なかったのはそちらの落ち度でしょうに」
「黙れ! 若造の分際で。そもそも今回の件は貴様から持ち掛けて――」
ズドンッ!
突然響く轟音。それはライレイがおもむろに取り出した拳銃で爺さんの頭を撃ち抜いた音だった。
「ほいほいと唆されたのはそちらでしょうに。上手くいかなければ責任転嫁とはかんしゃくを起こした子供と変わりませんな」
爺さんがまるで人形の様にその場にくずおれて、額にあいた穴から血だまりが広がっていく。
死んだ、人が目の前で。
向こうの世界にいた頃、喧嘩で相手を病院送りにしてやることはいくらでもあったがそれでも人が人を殺すところを見たことはなかった。
「……あ……あぁ……」
「姫さんっ?」
突然、姫さんがその場にかがみ込み俺を抱く腕に力が籠もるでその体が震えだす、まるで何かにひどく怯えているみたいだった。
「……そんなつもりじゃ……ごめんなさい……ごめんなさい」
「姫さん、おい! しっかりしろ、どうしたんだよ! おい! 姫さんッ!」
うわごとみたいに何かをつぶやき始め、いよいよただ事じゃないと慌てて声を掛けるが、焦点が定まってない瞳は虚ろで俺の声も聞こえてるかどうか。
明らかに異常な状態、いったい急に統しちまったっていうのか。なにがなんだか分からないがとにかく落ち着かせないと、でもどうやって?
「ああ、くそっ!」
俺は自分のちっちぇ前足を使って姫さんの顔を捕まえてまっすぐ俺の方へと向かせる。
どうすればいいかなんて分かんねぇ、でもどっか言っちまった姫さんの意識を呼び戻すにはもうこれしか思いつかなかった。
「俺を見ろ! ――アンヌッ!」
ありったけの力を込めて俺は姫さんの名前を呼んだ。




