60話 自国の不始末自分達で解決しないとね
「おいっ!」
スバル女王とルリルの奴に短く声を掛けてオレは素早く戦闘態勢に入る。
今も首にチリチリと感じる感覚は誰かが俺達に向けた殺意、つまり敵だ。
「……バレたのなら、隠れたところで無駄ですな」
物陰から人影が姿を見せる。
ルリルやスバル女王と同じ褐色の肌にとがった大きな耳をもつ老齢の男。
ハゲ頭と反比例するみたいに口元には長く立派な髭を蓄え、肌には深い皺が刻まれ、大きな杖をつくその風体はまるでベタベタな老魔法使いみたいだった。
「ノイゼル卿、保守派を扇動していたのはやっぱり貴方だったんだね」
「お久しゅうございますスバル女王陛下。こうして直接お目通りいたしますのは、貴方が私めを城から追放されたあの日以来でしょうか」
男の聞き心地がわるいしわがれ声が響きスバル女王の表情に緊張が走る……それはいいんだが。
「……なぁ、あの爺さん誰だ」
「ルリルが知るわけないでしょ! ちょっとは頭使いなさいよザコトカゲ」
ルリルと耳打ちし合いながらこっそり話す。
ぽっと出でそんな因縁の相手みたいな雰囲気を出されても、他所から来た俺達としてはどんな顔してればいいんだから分からん。
いや、話の流れ的に保守派のリーダー格なのはなんとなく察せるが、だからといって目の前にいるのが知らない爺さんなのは変わらない訳で。
「ようやくこの日が来たのです。異界の技術に気触れ我々の文化と暮らしを踏みにじり作られたこの汚れた街を清め、我々を追いやり迫害する大陸人に迎合しようとする売国奴をこの手で粛せ、いんぎゅぅ」
「「あっ……」」
オレとスバル女王の口から、間抜けな声が思わず漏れる。
何やらペラペラと講釈を垂れていたノイなんとか卿が突然押しつぶされるみたいに倒れ顔面を地面にめり込ませだしたのだ。
突然の出来事ではあったが誰がなにをしたかなんてのは考えるまでもない。
「おい、ルリルよ。あのおじいちゃんまだ喋ってる途中だっただろうが」
「はぁ? 知らないってのそんなの。ザコ老人のつまんないザコ話とかルリル興味ないしぃ」
あーあ、あんなにラスボス感醸し出しながら出てきたってのに。あっけなさすぎる展開にさすがに若干同情しないでもないが、まぁルリルの言うことも通りだ。
こいつが今回の主犯格だって言うのならこいつを無力化すれば事態の収束もちゃっちゃか片付くかもしれない。
「と、そういうことならさっさとあのジジィふん縛って」
「――まったく、これだからよそ者は」
聞き心地の悪いしわがれ声に視線を向けると、ルリルの魔導を受けて押さえつけられていたはずのなんとか卿が杖をつき立ち上がろうとしていた。
「はぁ!? ふっざけんじゃないっての」
自信の魔導を押し返されてルリルが苛立ち声を上げる。
「同族の血が流れているとはいえ所詮横暴で粗野な大陸人の小娘よ。その年にしては悪くないが術式の詰めが甘いわ」
そう言いながらなんとか卿が、とうとう完全に立ち上がる。
ただ以前、覚醒体の俺がしたみたいにルリルの魔導が完全に無力化けされた訳ではなく、あくまで中和しているだけでルリルの魔導は今も効果を維持し続けているのは傍から見ても明らかだった。
そのことはルリルも分かってるみたいで、多少の苛立ちを見せちゃいたがその表情はいつもの小憎たらしいクソガキ面を崩しちゃいない。
「ふん、立ち上がるのがやっとなザコの癖して調子乗んないでほしいんですけどぉ」
「口の減らない餓鬼め。大陸人の小娘ごときに私めが押さえ込まれるなんて屈辱の極みだがそういう貴女も今は私めをこうして押さえるのでやっとのはず、そんな状態で――」
チリリッとまた殺意の気配、しかもそれは一つや二つなんて数じゃない。
「――果たしてこれだけの数を相手することが出来るかね?」
気がつけばいつかの襲撃者と同じ格好をした黒装束の連中が俺達をぐるりと囲む、その数はざっと見ただけでも十や二十で足りない。
「守護竜様が敵意を察知することが出来ることは存じております。しかし戦場となった今この場には敵意と殺意に溢れている、この中で我々の害意のみを探るのは守護竜様といえどいささか苦労するのではありませんか?」
「へぇ対策済みって訳だ、どうりで。わざわざ解説どうも」
そう皮肉を返しちゃみるが、状況は芳しくない。
周りにいる連中がさっき俺とスバル女王を襲った連中と同程度の実力とするならこの人数を一人で裁ききるのはさすがに骨が折れる。
あの爺さんにしても、俺でもあれだけ手を焼いたルリルの魔導を押し返して見せる辺りあれでも相当の魔道士なんだろう。
そんな相手を押さえてる今、ルリルの加勢にも期待は出来ない。
動けないルリルとスバル女王二人を庇いなが戦うことが今の俺に出来るのか?
なんてうだうだ考えたってしょうがない、出来る出来ないなんて話じゃないやるしか道はねぇ。
「ほらどうしたよ? 雁首そろえてボケっとしてねぇでさっさと来いよ、まとめて寝かせてやるよ」
「さすがは守護竜様だ、この状況でも威勢がよろしい。ならばお望み通り今すぐ全員で――」
バチチィッッ!
「ぎゃばばば! キュウ……」
「「「あっ」」」
思わず漏れる間抜けな声に、今度はルリルも重なる。
一瞬甲高い音が聞こえたと思った次の瞬間、突然爺さんが奇声を上げてそのまま力尽きたみたい倒れてビクビクと痙攣し始めたのだ。
ただ俺は見た。一瞬過ぎてほとんど捕らえる事は出来なかったが、俺のすぐ横を赤い稲妻が走り爺さんに命中した瞬間を。
「あらら、こっちが駆けつける羽目になっちゃったわね」
聞き覚えのある声に振り返ると、俺達を囲んでいた保守派の連中、その一角の数人がさっきの爺さんと同じようにくずおれていく。
その向こうに見えたのは――。
「姫さ、ぐぇ!」
「守護竜様! ああ、よかったご無事でしたのね、心配していたのですよ!」
俺が何か言うよりも早くマッハで駆け寄ってきた姫さんの胸元へ抵抗する暇もなく抱き寄せられる。
「どこかお怪我はしておられませんか? おなかはすかせておられませんでしたか? さみしい思いをしておられませんでしたか? ああ、守護竜様、守護竜様!」
「うぐぐ、ぷはぁっ。分かった分かったから、落ち着けって姫さん、今はこんなことしてる場合じゃねぇんだよ!」
押しつけられる胸元からどうにか顔を出して反論する俺。
まったくこんな時だって言うのにこの人は。
安心したような拍子抜けしたような。
「無事だったようですねルリル……よかった」
そう言っていつもの様に淡々とした声で褒めるセリスにルリルはまたいつもの様に、フンッと鼻を鳴らして答える。
「……どうも、ていうかなんで先に行ってたはずの女王サマ達がルリル達より後に来るわけ?」
「途中でちょっと道草食っちゃって、その間に追い抜かれちゃってたみたいね」
「道草? ……やっぱりライレイは」
スバル女王のその言葉に、姫さん達と行動を共にしていたはずのライレイがいない事に気がつく。
ということはスバル女王の推測は当たっていたって事だろうか?
「詳しい話は後にしましょう。まずはこの状況をどうにかしないと」
突然のアカネ達の登場に動揺していた保守派の連中の目に敵意の光が再び宿る、だが姫さんと合流できた今、もうなにもびびるこたぁない。
「姫さ――」
「ああ、必要ない必要ない」
今も俺を抱く姫さんに声を掛けようとした時、アカネが待ったを掛ける。
「自国の不始末自分達で解決しないとね、ねぇスバル?」
言葉はいらないんだろう、アカネに声を掛けられた瞬間スバル女王は聞きほれるような詠唱を奏で始めた。




