6話 なんとなくその瞳にそう言われた気がした
「はっはっはっは! ご覧になられましたか、お預けを喰らった犬の様な情けないあの顔を。あぁ、このような痛快な気分ずいぶんと久しぶりだ」
「もう、笑い事ではありませんよアナ。致し方なかったとはいえ結果的に彼に恥をかかせるような真似をしてしまいました、クロイゲン様にはまた改めて謝罪をしなくてはいけませんね」
「かまう必要などありません、ここ最近奴の増長ぶりは目に余るものがありましたからな、恥の一つや二かいたほうがいい薬でしょう。とはいえよかったのですか? クロイゲンはカラスの様に陰険な男ではありますが権力と影響力だけはある男、あのように縁談を一方的に棄却したとなれば大臣連中からのお子小言も増えましょう」
「……正直に言えば私自身迷っていました、大臣や領主の方々が新たな王配を望んでいることは分かっていましたから。皆が望むでのあれば国の為、私情を排し彼の求婚を受け入れるべきなのではないかと――でも」
「ん? なんだよ」
その時なぜだかお姫様が俺を見つめながら穏やかで優し気な笑みを浮かべる。
「自身の意思を真っ向から示すことが出来ないものが国の為に何が出来るというのでしょう? そう気が付いたのです。ありがとうございます守護竜様」
俺を見つめ頭をなでながら、お姫様がなにやらお礼を言った。
なんのことを言ってるのか俺には見当がつかなかったが、とりあえず許しもえずに人の頭をなでるうざったい手を尻尾で弾いてやるがそれでもお姫様の目は優しいままだった。
「ですがそれはそれとして」
かと思ったら今度は御姫様の眉根がきゅっと寄ってまたさっきの怒った顔になる。
「守護竜様、先ほどの様な乱暴な言動は良くないと思います。あんな話し方では周りの方から守護竜様が怖い人だと勘違いされてしまいますよ」
「はんっ、知るかよ」
「はっはっは、今代の守護竜様はなかなか剛胆な方でいらっしゃられるようだ」
そうしてアナスタシアは楽しそうに笑い声をあげると、改めて俺たちの前に跪いた。
「守護竜様、挨拶が遅くなり申し訳ございません。クルーゲル領、領首アナスタシア・ファン・クルーゲルであります。いや、先程のクロイゲンに対しての啖呵は傑作でございました、お陰様で曇天の空が腫れたような心持でございます」
そう言ってアナスタシアは愉快だと言わんばかりにもう一笑いしてみせた。
陰湿だったクロイゲンの後だからことさらそう思えるのかもしれないが、快闊なアナスタシアの言動は俺としては心地よく好感を感じられる。
「義姉様も改めておめでとうございます、これで名実ともにフィロール王国女王でありの守護竜の巫女。本当にご立派です、きっと兄上も誇らしいことでしょう」
「まあまあ、ありがとうアナ。あなたこそ、また立派なられて少し背が伸びたのではありませんか?」
「義姉様、わたしは今年で二十一。タケノコではないのですから、そういつまでも背は伸びたりしませんよ」
「あらあら、でも私にとってあなたはオシメを変えていたちっちゃくてかわいいあの頃のままで」
「うおっほん!……あまりこういった場で、そのような話しはしないでいただきたいのですが、守護竜様の御前でもございますし」
「あらあら、ごめんなさいね。うふふ」
アナスタシアが恥ずかしそうに頬を赤くし、お姫様が悪戯気に笑う。
話を聞いていれば二人が嫁と小姑の関係なのはなんとなく察しがつく、ただその距離感はそれよりももっと近くて深い絆めいた物を感じさせる。
「さて、義姉様、守護竜様。大変申し訳ないのですが、出立の時間が迫っておりますので、名残惜しくはありますが私もそろそろ失礼させて頂きます」
「あら、もう帰られしまうのですか? 夜も遅いですしもう少しくらい、ゆっくりされていっても」
「義姉様のご厚意痛み入りますが、最近北の帝国に妙な動きがあるとの噂もございますゆえ、北方の領主である私がいつまでも領地を留守にしている訳にも参りません」
「そうですかならば仕方ありませんね」
残念そうにするお姫様にアナスタシアは少し申し訳なさそうな顔をするが、直ぐにキリリと表情を引き締めなおした。
「では、女王様、守護竜さまワタシはこれで失礼致します」
そう言い残しアナスタシアが謁見室を後にする一瞬彼女と目が合った。
『どうか義姉様をよろしくお願い致します』
なんとなくその瞳にそう言われた気がしたが多分気のせいだろう、仮にそうだったとしても俺には知ったこっちゃない話しだ。
アナスタシアが去り謁見室には俺とお姫様だけが残される。
ただでさえ広い謁見室はがらんとして、なんだか余計に広くなったような気がした。
「さぁ守護竜様、もう夜も深いことですしそろそろ夕食に致しましょうか。その後は歯を磨いて寝室で読み聞かせをして寝付くまで子守唄を歌って差し上げます」
「いらんわそんなもん! 読み聞かせも子守唄も却下だ却下! そもそもてめぇまさかこのまま一緒に寝るつもりなのか?」
「当然です、守護竜様と寝食を共にしお世話をさせていただくのが巫女の御役目なのですから。もしよろしかったら守護竜様も私の事をお母さんだと思って甘えてくださっていいのですよ」
「誰がんな軟派な真似するか。つうかいい加減俺に構うんじゃねよ鬱陶しい、テメェの事はテメェでやるつってんだろが」
「まあまあ、またそんな乱暴な言葉遣いをなされていけませんよ、メッ!」
「人の話を聞けー!!」




