58話 それでも信じている
甲高く耳障りなまるで悲鳴の様な音を、ライレイの持つ魔導具があげる。
「ッ!」
音の正体に気がついたライレイだったがもう遅い。
「ボンっ♪」
アカネがそう口にした瞬間、魔導具は内側からはじけ飛び、魔導具の破片がライレイの手を裂き、爆炎が皮膚をあぶる。
「くあっ! くっ」
苦悶の表情を浮かべながら、ライレイはすぐさま銃口をアカネへと向け引き金を引くが――。
「失礼いたします」
瞬間、凶弾が打ち出されるよりも早くセリスがライレイの腕を蹴り上げる。
けたたましい銃声を響かせながら放たれた弾丸は空の彼方へと消える。
すかさずセリスは銃を持つライレイの腕を捕らえ地面へと組み伏せる。
銃口を天に向けたまま極められた腕はミシミシと嫌な音を放ち、やがて痛みから握られていた拳銃が力なく零れる。
こうして十数分に及んだ膠着はわずか数秒で決着を見せた。
拘束され地に組み伏せられるライレイだったが。
「なぜ? ……なぜです?」
その口からまず発せられたのは、命乞いやましてや弁明などではなかった。
「魔導を行使することは不可能だったはず、それなのにどうして魔導具を破壊することが出来たのですか! 教えてください、なぜです!」
好奇心に目を輝かし訪ねるその様は罪を犯し捕られたとは思えず、その知識欲から来る狂気は恐怖さえ覚えるほどだ。
「裏切り者に教える事はない。むしろ聞くのはこっちの方よ立場をわきまえなさい」
「ああ、そんな殺生な」
意気消沈するライレイにアカネは油断のない鋭い視線を向ける。
魔導を使えない場でどうやって魔導具を破壊したのか、アカネがしたことはそれほど複雑な事ではない。
ライレイが使用した魔導具は周囲の魔素を吸収消費することで、周囲に魔素の真空地帯を作り魔導を使用不可能にするものだった。
魔素がない場所ではさしもの守護竜も魔導を行使することは出来ないがだったらある場所から持ってくればいいだけのこと。
アカネは作り出された真空地帯の外にある魔素を操り集めそれを一気に吸収させる事で許容限界を越え機能不全を起こさせ、その上で内部から爆破させたのだ。
理屈は単純、しかし自分から十メートル以上離れた場所の魔素に遠隔で干渉し操るなどこの世界の魔道士にとってそれは神業に等しい行いであり、理解の外にある技術。
魔素の流れを司る守護竜であり魔導の研究開発に秀でたアカネだからこそ出来る技だった。
「改めてもう一度聞く。スバル達をどこへやったの?」
見下ろしながら有無を言わせぬ口調で発せられたアカネからの質問に、ライレイはため息の様に小さく息をはいた。
「……港から北西約一キロ地点にある森の中です。もっとも確保が上手くいったにせよ失敗したにせよ、女王様はもうそこには居られないでしょうが」
「随分とあっさりしゃべるじゃない、観念でもしたの?」
「ええ、まぁそんなところですよ。どうです? 聞きたいことがあるのなら今のうちですよ」
抵抗する様子も見せずあっさりと情報を喋るライレイに拍子抜けして思わず互いに目を合わせる一同だったが、なんにせよこれが現状唯一の情報源である。
この際真偽は置いておいて聞き出せることは何でも聞くべきだろうと、アカネはライレイに質問を続ける。
「貴方達の目的は何?」
「ワタクシの目的は先ほどお話しした通りなのですけどね、この場合は保守派連中の目的を答えるべきなのでしょうか? だったらネネイル、フィロール間の公益条約締結の妨害と推進派の急先鋒であるスバル様の排除です。なんて、この程度のことは言うまでもなくご想像できていたでしょうが」
「貴方にあの妙な魔導具と銃を渡したのも保守派の連中って訳?」
「それは違います。あれはワタクシが個人的に協力関係をむすんでいる方から預けられていた物ですよ。保守派の連中にあのような物を用意できるはずもない」
「協力者って言うのはさっき貴方が言っていた太古の禁忌についてしっているって胡散臭いやつの事? それは一体どこの誰なの?」
「それだけはお教え出来かねます。話すなという契約ですから」
「あら、此の後に及んで抵抗する気? 役目もはたせなかった貴方にその協力者が義理立てする理由もないでしょうに、どうせこのまま見捨てられて終わりじゃない」
「それはどうでしょうか? それに役目を果たせなかったと貴方様は言いますがそれは違う、私は自信の役目を現在進行形で遂行中ですよ」
含みのある発言にアカネが疑問を覚えたその時、爆発音の様な音が響き渡る。
その音は離れていたが間違いなくネネイルの首都の方から聞こえてくるものだった。
「言ったはずです。ワタクシの目的はあなたたちの足止めだと。それは別に力で押さえ付ける必要はない、こうして楽しくおしゃべりしているだけでもそれはことたります」
やがて爆発音がした方角から黒い煙が立ち上り天へと昇っていく。爆発の名残かそれとも火事か、原因は分からないがその様は否応なく不吉を予感させた。
「一体何が起きてるの?」
「さぁ? 異界の技術に犯された街を破壊し我々の文化と歴史を取り戻す。と、保守派の連中は息巻いていましたが、やれやれ野蛮な人達だ」
まるで他人事の様に話すライレイの頭をアカネは自らの尾を鞭の様にしならせて打ち付けた。
乾いた音が響き口内を切ったのかライレイの口元から鮮血を一筋垂らすがその不敵な表情は崩れない。
まだ怒りの収まらないアカネだったが、今この男をあいてしていても無意味だと察し、頭を切り替える。
今首都の方で何かが起きているのは間違いないが今すぐ首都へ向かったとして、巫女であるスバルと分断され覚醒体になることの出来ない今のアカネにどれだけの事が出来るのか、それに仮にも客人であるアンヌ達をこれ以上自分たちの国の問題に巻き込む様な事をしていいのだろう?
それならばいっそ港へ引き返しさっきライレイが言っていたポイントへ向かいスバル達と合流することを優先するべきなのではないか? 合流さえ出来ればテロリストの鎮圧もアンヌ達を逃がすことも思いのままだ。
進むか、戻るか。二つの選択肢が天秤に乗せられる。
揺れる天秤に、アカネは即座に答えを出せないでいたが。
「……首都へと向かいましょう、アカネ様」
逡巡していたアカネの耳にアンヌの言葉が届く。
「民はアカネ様の事を待っているはず。一刻も早くお戻りになるべきです」
毅然としたその言葉は、アカネが今何を悩んでいるのかを口にはせずとも察していた。
「……ちょっと意外ね、貴方は何よりもまず先に守護竜と合流を優先したがると思ってたけど?」
守護竜が姿を消した後、その行方を誰よりも案じていたのは彼女だ。本当は今すぐにでも守護竜の捜索を行いたいはずだ。
だがしかし、アンヌは静かに首を横に振った。
「正直に言えば、私も守護竜様と早く会いたい。守護竜様が今怪我をしているんじゃないか、さみしい思いをしていられるのではないか、そう思うだけで心配で胸が破裂してしまいそうです……でも――」
そのときアンヌの口元がフッと綻ぶ。
その笑みはこんな緊急事態には似つかわしくない様な、朗らかで見た人を安心させる様な優しげな物だった。
「私、それでも信じているんです。きっと守護竜様は無事で今も私たちの元へ駆けつけてくれようとしていると」
「……根拠は?」
「ありません、ただ私がそう思っているだけです」
迷いなくアンヌはそう断言して見せる。それはアカネの胸の内にで揺れる天秤を傾かせるには十分だった。
「……まぁ確かに仮に上手く脱出して港に残ってくれたあの娘から話を聞いてこっちに向かっているのなら下手に戻るより進んだ方が合流できる確率は高いかもね。でもいいの? 悪いけど、ここから先状況次第じゃそっちの面倒までは見切れないかもしれないけど」
「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫です、セリスもそばにいてくれますから」
「ご期待に応えられるよう、努力いたします」
「ええ、頼りにしております」
「分かった先に進みましょう。それで、もしもの時は貴方のナイト様が駆けつけてくれる事を期待しましょう」
そうしてアンヌ達は首都へと向けて進路をとる。
急ぐ一同が進む先からは今も、爆発音の様な不吉な音が今も断続的に響いていた。




