56話 別に迷惑になんて思っちゃいないんじゃないのか?
さっき確認した港が見えた方向へと俺とスバル女王の二人で森を進む。方角を見失わないように時々空から確認しながらしばらく歩き続けていると。
「……大切なんですねアンヌ様のことが」
ぽつりとスバル女王がそう言った。
「見ていたらわかります。どれだけアンヌ様のことを想っていて、それで今どれだけ心配しているか」
「……何だよ、藪から棒に」
「いえ。ただ、守護竜様の姿を見ていたらそう思って」
ちょっとだけうらやましいな。
誰に聞かせるでもない小さなささやきが、最後に付け足された。
ほとんど声にもなっていないようなその独り言は誰かに向けて口にしたものじゃないだろう、胸にあったものが不意にこぼれてしまったようなそんな言葉だった。
「なんだよ、おたくらのところはうまくいってねぇのか?」
「どう、なんだろう? 正直ボクにはよくわからないです」
「よくわからない? まぁあの傍若無人っぷりじゃあな、仲良くしようってのも骨だわな」
「ううん、そういうことじゃないんです。むしろボクの方がアカネあきれられているかも」
自信のない弱気な声が、スバル女王の口から零れる。
「もうバレちゃってると思うけど。見ての通り本当のボクは弱気で引っ込み思案なダメダメで、とても女王なんてできる人間じゃないんです。でも、そんなボクをアカネはこの国の女王なんだからしっかりしなさいっていつも励ましてくれるんです。だからボクも立派な女王でいようって……でもだめですね、こうやってすぐメッキがはがれちゃう」
スバル女王の視線が徐々に自信なさげに下へ落ちていく、その様はどこか弱々しくて頼りなくて、アカネがそばにいたときやステージの上で歌っていた時とは本当に別人みたいだ。
「いくら取り繕っても根っこの部分は変わってないボクはアカネにキレイ飾り付けされたお飾りの女王様なんです。だからそんなボクのことをアカネ迷惑に思ってるんじゃないかって……あ、ごめんなさい、こんなこと話してる場合じゃないのに」
「……別に迷惑になんて思っちゃいないんじゃないのか?」
「へっ?」
俺の言葉に自信なく下がっていたスバル女王の視線が上がった。
「少し前にあいつと話したんだがな、そんとき言ってたぞこの国はあたしとスバルの二人で作ったって、そりゃもう自慢げにな」
あの時のアカネは尊大で謙遜のけの字もないような言動だったが、それでもすべてを自分一人で成し遂げたとは言わなかったのだ。
「迷惑に思ってるってならあんな風にあんたの名前を口にしたりはしないんじゃないか?」
「そうなんですか? ……本当に?」
「ああ本当だよ。こんなことで嘘ついて俺に何の得があるってんだよ」
とはいえアカネがスバルのことをどう思ってるかなんてのは出会って二日も経ってない浅い関係の俺には知りようもないことで、だからこれはただの感想でしかない。
何の確証も根拠もない無責任な意見、ただそれでもスバル女王口元を緩めて少しうれしそうに小さく笑ているみたいだった。
「さっ! くっちゃべるのは終わりださっさと先を急ぐぞ、そろそろ港が見えてくるはずだ!」
「はいっ、ただ守護竜様その前に少しだけいいですか?」
その時、スバル女王の声にわずかに神妙な気配が響きが混ざる。
「実は、お話しておかないといけないことがあるんです……」
俺たちは元いた港へようやくとたどり着いたのが転移してから大体一時間位いだろうか? そこにはすでに人の姿はなかった。
あたりに散見する誰かが争ったような跡に、さっきまでなりを潜めていた不安と焦りの炎がチリチリと胸を焼く。
落ち着け! 俺と姫さんの命はつながってる。姫さんが死ねば俺はこの世界から消える、だから少なくともまだ死んじゃあいない。
焦りそうになる自分をなだめながらどうにか冷静な思考に努めてあたりを見渡して気がつく。
あたりにある魔素の流れに乱れを感じた。
魔素はこの世界を構成するエネルギーで、魔導はそれを操り自分の望む現象を発現させる技術だ。
この世界にこの姿で生まれ変わって以来当たり前のみたいに分かるようになった魔素の流れ、それが不自然乱れるっていうのはつまり、近くで誰かが魔導を行使している可能性が高いということだ。
感じ取った魔素の乱れを辿っていくと、その先に見知った顔を見つけて俺は思わずそいつの名前を大声で呼ぶ。
「ルリル!」
名前を呼んだ瞬間ルリルが薄紅色のツインテールを揺らしながら振り返ると、踏みにじっていた襲撃者であろう男の頭から足をどけて俺達の方へと駆け寄ってくる。
「ザコトカゲ! あんた今までどこ行ってたの!」
「うっせぇそれはこっちが聞きたいくらいなんだよ! それより姫さん達はどうした?」
あたりにはルリルのやつが伸したであろう襲撃者の仲間らしき連中が転がっていたが、それ以外に人影らしいものはない。
「はぁ? そんなもの逃がしたに決まってるでしょう? まったくあんたを心配して探すって言い出したお姫サマなだめるの苦労したんだからね。あっ、一応言っとくけどわルリルはあんたみたいなザコのことなんてこれっぽちも心配してないから」
「どうでもいいわ、んなこと! それより逃げたって、誰とだっ!」
「どうでもいいって……何よ急に必死すぎじゃないですかぁ?」
「いいから、言え! そういうのに付き合ってる場合じゃないんだよ」
いつもの調子で俺のことを煽るルリルの言葉をぶった切って改めて姫さんが誰とどこへ行ったのか聞く。
多少不服そうだったが俺の様子に何か察してルリルもそれ以上は茶化さず素直に答えた。
「お姉サマと一緒よ。それとライレイとか言うやつとこの国の守護竜。城の方に避難するって言ってたけど」
その話を聞いた瞬間、俺とスバル女王は互いの顔を見合う。その表情に焦りが浮かんでいる。
「急ごう! ここからお城までならボクが案内できます」
「ちょっと何がどうしたって言うのよ! ルリルにもちゃんと説明しなさいよ!」
文句を垂れながら追いすがって来るルリルの相手もそこそこに、俺たちは姫さん達の跡を追う。
ここに到着する直前、スバル女王から聞かされたある事実。
それは俺が飛ばされた後、スバル女王を俺と同じ場所へと飛ばした裏切り者の事だった。




