54話 誰もいなかった筈のそこに、誰かが立っていた
フィロール、ネネネイル、両国の女王による会議が行われた翌日の早朝、早々に俺達は国へ帰ることになった、昨日の内に話し合いもあらかた終わって長居は無用と言う訳だ。
「此度はお招きいただきありがとうございました。本当はもっとゆっくり出来れば良かったのですが」
「それでしたら、ぜひまたいらして下さい。いつでも皆さんのご来訪を楽しみにしております」
「はい、私もその時を楽しみにしています」
どちらともなく差し出された手を取り二人の女王が握手を交わす。
「アンヌ女王陛下」
スバルに続いて声を掛けてきたのはライレイだった。行きは使者として俺達の案内をしていたが帰りは船に乗るこはせずここで別れる事になっている。
「お会いすることが出来て光栄でございました。無事に交易が開かれる事があればぜひまたフィロールにお邪魔させていただきます」
「ええ、そうなるよう努力します。ライレイさんも今までありがとう」
そうして姫さんはライレイとも握手を交わして別れの挨拶も終わり、俺達は来たときと同じ船に乗り込もうとしたその時。
姫さんの目の前。
誰もいなかった筈のそこに、誰かが立っていた。
そいつの手が徐に姫さんへと伸ばされる瞬間、敵意を察知した俺は殆ど反射で動き出していた。
突然現れたそいつの手と姫さんの間へとっさに自分の体を割り込ませる。
ただ後から思えばこの時、姫さんを庇うのではなく魔導で問答無用に相手を吹き飛ばすべきだった。
謎の人物が俺の体に触れた瞬間、ぐるりと世界が回った。
高いところから急降下した様な浮遊感を感じ、気が付いたらは俺は見知らぬ森の中にいた。
「姫さんッ!」
慌てて周囲を見回すがさっきまで直ぐ側にいた姫さんの姿がないそれどころかルリルやセリス、スバル女王達もいない。
混乱した頭にとりとめのない思考がめぐる。
何が一体どうなってんだ? 落ち着け 皆はどこ行った? 落ち着け あいつは一体何者だ? 落ち着け 俺は今のどこにいる? 落ち着け 姫さん達は無事なのか? 落ち着け!
「ッ!」
後ろに気配。俺は咄嗟に振り返り速攻で臨戦体制を整えるがそれは直ぐに無駄になった。
後ろに立っていたその人物は俺もよく知っている人物だった。朱色の髪と瞳に褐色の肌、切れ長の瞳はどこか狼を思わせる。
「スバル女王!」
「守護竜様! ここは?」
「それはこっちが聞きてぇんだよ! どうしてあんたもここにいる? 一体何が起きてんだ」
矢継ぎ早に聞いてはみるがスバル女王もこの状況を飲み込めていないことは、周囲をきょろきょろ見回すその様子で直ぐに察した。
「ごめんなさい。オレも気が付いたらここにいて……ただ、状況から考えるに転移の魔導を使われたのではないかと」
「転移って」
そうだ、俺は前にも似たような現象を見たことがある。あの時もアカネはさっきのやつと同じように何も無い場所から突然現れた。
「つまり俺はどっか知らない場所に瞬動させられたってのか、クソッ!」
「守護竜様、どうか落ち着いてください」
「落ち着いてられっかッ! いったい何がどうなって、ッ――!」
スバル女王と言い合いになりかけたその時、首筋に針を刺したみたいな感覚が走って周囲を警戒したその瞬間俺達めがけて何かが飛んでくるのが見えた。
飛んできたもの全部を魔導の風で払いのけ弾く。
弾かれて辺りの地面や木に刺さったのは矢。それが飛んできた方向からこの前の襲撃者と同じ恰好をした連中が出てくる。
数は五人、未だ隠れて様子を窺ってるやつを入れれば八人、そいつらがぐるりと俺とスバル女王を囲う。
「……スバル女王、あんた戦えるか?」
「魔導の知識はそれなりに、ただ戦闘技術という意味ではあまり」
俺の端的な質問に過不足ない返事が返ってくる。こんな状況でも慌てる様子もなくさすが肝が座っている。
「分かった、俺から離れんじゃねぇぞ」
一気呵成。目の前にいた奴の土手っ腹に風の弾丸をぶっ放して吹き飛ばす。
それと殆ど同時に残りの四人が短剣片手に俺に殺到する。
魔導で纏めて吹っ飛ばしてやろうとするが、隠れていた連中がスバル女王めがけて矢を放つ。
「チィ!」
俺は魔導を攻撃から防御に切り換えて飛んできた矢を弾き、短剣をすんでの所で交わしながら蹴りや体当たりを喰らわしてやる。
襲撃者は踏鞴を踏んで体制を崩すが追撃を入れようとすると直ぐに距離を取られた。やっぱり片手間の攻撃じゃ手応えが軽い。
どうも、いつぞやルリルが城に引き連れてきた山賊連中と同じとはいかないらしい。あの時はどいつもこいつも闇雲に突っ込んでくるだけだったが、こいつらの動きは明らかにそれとは違う。
俺が攻撃に転じようとしたらすかさず援護の弓が飛んできた、偶然じゃない明らかに訓練された連携。
それでも俺一人ならこんな連中どうとでもなるが、スバル女王を庇いながらとなると流石に骨が折れる、さてどうしたもんか。
「……合図をしたら目を」
その時、ポツリとスバル女王が呟く。
それと殆ど同じタイミングで襲撃者共がもう一度俺達に攻撃を仕掛けてくる、俺がそれを迎え撃とうと身構えた瞬間。
「――ッ!」
スバル女王が詠唱を唱えた瞬間咄嗟に目を閉じる、すると一瞬瞼の向こうに激しい光を感じ、目を開くと襲いかかろうとしていた襲撃者が目を窄めて足を止めているのが見えた。
そこからは速攻、まずは隠れて俺達を狙っていた三人に魔導をぶち込み、返す刀で短剣を構えた四人を同じように吹っ飛ばす。
それで終わりとは流石にいかなかったが、連携が崩れた連中を畳んじまうのにそれほど時間は掛からなかった。
最後の一人が伸びて動かなくなるのを確認して一息つく。
「たくっ、手間取らせやがって」
「すごい、あれだけの相手を一瞬で」
「悲しいかな、喧嘩はこっち来る前から慣れっこなんでね。にしてもあんたも思ったよりはやるじゃねぇか、見直した」
「いいやそんな、ボクはただ目くらましをしただけで」
「ボク?」
「あっ、ごめんなさい。その、気が抜けちゃって……うぅ恥ずかしい」
そう言いながら、赤くなった顔を隠しながらうずくまってちっちゃくなるスバル女王。
なんだ? 今までと雰囲気が違うような。
「あっ……あんまりジッと見ないで下さい。益々恥ずかしくなっちゃって、ボク……」
「ああ、悪い」
言われてスバル女王から目をそらす。
さっきまで凜々しい王子様然とした態度は一体どこに行ったのか。
突然の変化に俺はただ首をかしげることしかできなかった。




